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「ビアンカ! そうやって、シェナを甘やかさないでくれ! 君が仕事を肩代わりするから、シェナは全然反省しないんだ!」
「おやおや、今度はアタシに八つ当たりかい? アタシはシェナに貸しを作ってるだけさ。それなりの事を返してもらうつもりだよ。アンタこそ、その2人の事は放っといたらどうだい? もう子供じゃないんだからね。自分達でした事は自分達で解決させないと、進歩しないよ?」
2人を説教していたマルコ先輩が、アタシと話していたビアンカ姉さんを指差して怒鳴った。
でも、そこは姉さんの方が一枚上手で肩をすくめながらマルコ先輩に言い返していた。
カッコいい、アタシもこんな大人の女になりたい。
おい、今、『お前じゃ無理だろ』とか言ったヤツ……アタシも同感だわ。
ビアンカ姉さんは「貸しを作ってるだけだ」って言ってるけど、今のところ返してくれとは一度も言っていない。
……それじゃ後が怖いだろうって?
そんなことはないよ。
そうだ、二日前だったかなあ……。
* * *
「チヒロ……何を見てるんだい?」
マルトゥスの商店街にビアンカ姉さんとお使いに行ったときのこと。
棚に並ぶ綺麗なガラスの瓶を眺めているアタシに、ビアンカ姉さんが不思議そうに声をかけた。
「あの……これ、化粧品ですか?」
「んー?」
アタシのすぐ隣に並び、じーっと覗き込む姉さん。
あれっ、何だろう。ビアンカ姉さんからすごくいい匂いがする。
「そうだね。だけど貴族御用達のお店だから、すごく高いよ」
「そうか……」
「何だい、化粧品が欲しいのかい?」
ガックリと項垂れるアタシに、ビアンカ姉さんが少し驚いたように言った。
「うーん、できれば。元の世界にいたときはいつも少しだけしてたから……」
「奇妙な世界だねぇ。まだ若いんだからしない方がいいのに」
「そうですよね……」
「ほら、行くよ」
ビアンカ姉さんに引っ張られ、アタシは綺麗なガラスの瓶の前から後ろ髪を引かれる思いをしながら離れた。
小走りで姉さんの後ろについていく。
「ビアンカ姉さんは、いつもいい匂いがしますね。どんな香水を使ってるんですか?」
「これかい? あはは、これは自分で作ったんだよ」
「えっ!!」
アタシが驚いて目を見開くと、ビアンカ姉さんが
「そんなことが珍しいのかい?」
と不思議そうに首を傾げながらも、どうやって作ったかを丁寧に教えてくれた。
だけどかなり手間がかかるみたいで、アタシにはとてもできそうにない……。
そう思って再び項垂れていると、ビアンカ姉さんが呆れたように溜息をついた。
「とにかく! アンタ達ぐらいの年で自分を飾り立てる事ばかり考えるのは感心しないね」
「……はい」
「覚えないといけない事、やらないといけない事はいっぱいあるだろう? 自分を磨くなら、まずは内面からだね。そうすれば塗りたくらなくたって、自ずと輝くもんさ」
「……はい!」
それは、元の世界でも色んな人が言っていた気がする。
だけど……ビアンカ姉さんの言葉が一番ズシンときた。
ビアンカ姉さんは昔のことを話したがらないから、アタシぐらいの年にどうしていたのかはわからない。
だけどきっと、いろいろあって――それで、アタシのためを思って言ってくれているのだろう、と素直に信じることができたんだ。
「チヒロ、ちょっと来な」
その日の仕事が終わって自分の部屋に戻ろうとすると、ビアンカ姉さんがアタシを手招きした。
「何ですか?」
「これ、余ってるからあげるよ」
そう言ってビアンカ姉さんが渡してくれたのは……小さな、小指ぐらいの太さのガラスの小瓶。
「これは……?」
「アタシが作った香水だけど、ちょっと失敗しちゃってさ。アタシには合わないから、アンタにやるよ」
「えっ!!」
思わず小瓶とビアンカ姉さんの顔を見比べる。
アタシと目が合うと、ビアンカ姉さんはニッと笑った。
「だけど、仕事中につけるのはご法度だよ。アンタにはまだまだ早い」
「……はい」
「そうさねぇ……好きな男をモノにするときにつけな」
「えーっ!!」
「バカだねぇ、大きい声を出すんじゃないよ。……それに、何て顔をしてるんだか」
ビアンカ姉さんはアタシを見ると、からからと笑いだした。
そんな姉さんを見ていたらアタシもおかしくなって、思わず笑ってしまった。
「あの、大事にします! ありがとうございます!」
「ああ」
モノにしたら報告します……と言いたかったけど、それはやめておいた。
だって、この世界ではリア充にならないって誓いを立てたしね。
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