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≪ 122 ≫
マルコ先輩は、頼りになる皆のお兄ちゃん的存在だ。
アタシも随分お世話になっている。
この間も……。
* * *
手に小さな袋を持ったアタシは、コソコソと裏庭の木陰に入って行った。
裏庭の中でも一際大きな木の下。辺りをキョロキョロと見渡しながら、注意深く警戒する。
よし、誰も見てないね。
アタシは木の下にしゃがみ込むと、茂みを覗き込んだ。
「おーい、ニャン太―。ご飯持ってきたよ。出ておいでー」
ドキドキしながら待っていると、近くの茂みがガサリと揺れて、小さな塊が飛び出してきた。
「ミャー」
「もー、ニャン太ってば、呼んだらすぐ出てきてよ。心配したじゃん……。ほら、今日のご飯はフジサキからこっそりかっ攫ってきた白身魚の切り身だよー」
茂みから飛び出したのは、小さな黒い子猫。
前にさ、城下町にお使いに行ったとき、ミューミュー鳴きながらウロウロしていたこいつを見つけてさ。
皆にバレないようにこっそり連れ帰ってきたんだ。
だって、まだこんなに小さいんだもん。自分で餌を探すなんて、絶対にできないよ。
アタシは近寄ってくるニャン太を撫でると、袋の中から魚の切り身を取り出してニャン太の前に置いた。
ニャン太は待ってましたと言わんばかりに、一心不乱に切り身を食べ始める。
うふふ、可愛い。
もう、魚しか見えてないね。持ってきたのは、アタシだぞ?
「ニャン太はいい子でちゅねー。いっぱい食べて、大きくなるんだよー」
「ミャォッ」
「うわッ! こら、ニャン太、くすぐったいよ!」
貰った切り身を食べ終わったニャン太は、アタシの膝の上に飛び乗った。
そして、頬擦りして、アタシの手や頬をペロペロと舐める。
なになに、魚のお礼? くすぐったいよ。
「……チヒロ」
「ヒッ!!」
後ろから急に声を掛けられて、アタシはビクッと大きく肩を揺らした。
や、や、ヤバい!!
咄嗟にニャン太を後ろ手に隠す。
「な、何だー、マルコ先輩。どうしたんですか?」
「チヒロ、今すぐ隠した物を見せて」
「えー? な、何のことでしょかー? 何も隠してないし……」
あー、何でこんな裏庭の奥にマルコ先輩が来るんだよー。
ニャン太、お前のことはアタシが絶対に守るからね!!
マルコ先輩は少し困ったような顔をしてアタシに一歩近づく。
アタシも一歩、後ろに下がる。
「悪いようにはしないから、早く見せて」
「何もないですってば!」
「チヒロ……」
「こ、来ないで、マルコ先輩! 何にもいないったら! 何にもいないったら!!」
こうなったらもう、根比べだ。マルコ先輩が諦めて立ち去るまで、アタシは絶対に折れないんだから!
そう決意したアタシはしばらくの間マルコ先輩と押し問答をしていたけど……。
やがて、アタシの背後から『ニャー』と小さな鳴き声が一声上がった。
ば、ば、馬鹿!
ニャン太、お前は何でこんなときに鳴くんだよー!!
マルコ先輩が少し微笑み、ふう、と息を吐いた。
「猫だね。しかも子猫。……どこから拾ってきたんだい?」
「こ、この間、ここの掃除してたらいたんです。ねぇ、だから……」
「嘘は駄目だよ、チヒロ。このコルデア家は鉄壁の管理体制になっている。俗に言う『猫の子一匹逃しはしない』、なんだから」
「……」
「このことを見逃したら、僕は職務怠慢ってことになる。コルデア家をきちんと見回りし、見聞きしたことはすべて報告するのが、僕の仕事だからね」
「マルコ先輩……」
だって、ニャン太は、アタシがいなきゃ……。
でも、そうしたらマルコ先輩に迷惑がかかる? これはアタシの、単なる我儘?
「ね、悪いようにはしないから」
いつの間にか、マルコ先輩がアタシのすぐ近くにいた。
ひょいっとアタシの手からニャン太を抱き上げる。
「あっ……」
「ウィルソン様とエレノア様に報告して、ちゃんと新しい飼い主を見つけてもらうようにするからさ。聞き分けてよ」
そう言うと、マルコ先輩はアタシの頭をぽんぽんと手の平で軽く叩いた。
マルコ先輩の腕の中のニャン太は、警戒することなくゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らしていた。
……裏庭でひっそりと飼われるより、ちゃんといい人に飼ってもらった方がいい?
お前もそう思う? ニャン太……。
「何たって、泥棒からティルバ連合のスパイまで臆することなく引き受けるコルデア家だからね。子猫一匹ぐらい、どうとでもしてくれるよ」
そう言うと、マルコ先輩はニコッと笑った。
泥棒は……マルコ先輩のこと。
引き取って働く場所まで与えてくれたコルデア家を裏切ることはできないよって。
優しく……だけど強く、そう言ってるんだ。
「わかり……ました」
「じゃ、行こうか、チヒロ」
マルコ先輩がニャン太を撫でながら歩きだす。
アタシはそれについていくと、これだけは言っておかなきゃと大きく口を開けた。
「でも、アタシはスパイじゃないですから!」
「あ、そうだったね。異世界から来たんだったね。異世界にも猫はいるのかい?」
「はい。しかも、姿形も同じです。だから……」
「――そうか。懐かしかったんだね」
「……はい」
マルコ先輩は、アタシがどこか淋しい気持ちを抱えていることも、何となく気づいていたのかもしれない。
そう思ったら……マルコ先輩のほっそりした後ろ姿が妙に頼もしく見えた。
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