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大荷物を背負ったフードのお兄さんと一緒に広場に向かって歩く。
路地を去る前に、完全に伸びた男達に一発ずつ蹴りを入れておいた。
エロ同人みたいなことしやがって。フヒヒ、ざまーねぇな!
「変な所に小娘1人でいると思ったら、迷子だったとはな……」
「えへへ……返す言葉もないです。でも、そのおかげでお兄さんも目的地に行けるんですから、おあいこですよ」
「お前に『お兄さん』なんて呼ばれるほど、俺は若くねぇよ」
「またまたぁ………冗談ですよね?」
お兄さんに広場までの道を知っているかと尋ねると、御丁寧に案内してもらえる事になった。
何て紳士的な人なんだと感動していると、お兄さんもあるお店を探していたらしい。
久しぶりにマルトゥスに来た旅人さんらしく、昔あの裏路地にあった素材屋さんに用があったのだが、お店が移転してしまっていたらしい。
その店の事を偶然にもアタシは知っていた。腰の曲がったお爺さんとお婆さんが経営するお店で、フランツさんがマルトゥスを案内してくれた時に通りがかったのだ。
確かその時、お爺さんが「前の店舗が老朽化したから、広くて新しい物件を購入して移ったんだよ」と説明していた気がする。お兄さんの言う店主の特徴とほぼ一致しているし、間違いないだろう。
あそこは一本道だから、私でも迷うことはない。
……という訳で、今のアタシができるお礼として、店のある場所までお兄さんを案内する事にしたのだ。ギブ・アンド・テイクの精神は大切です。
「その大きな荷物って、何が入ってるんですか? もしかして、お宝ですか?」
「ああ、これのことか。最近、この都市の付近で手に入れた『素材』でな。適正価格で買い取ってくれそうな店があの店くらいしか思い浮かばなかったんだが、行ってみれば店は移転したと言われた。どうするか考えていたら、路地にお前が連れ込まれていくのが見えてな」
「お兄さんが道に迷ってくれて、本当に良かった。アタシの救世主様ですよ」
「ククク、大袈裟な奴だな」
1つ言ってもいい? アタシ、初めて見たよ。「ククク」って笑う人。
そうこうしている内に正門広場に到着した。
ここまで来れば、帰り道は分かる。本当にこのアサシンマスターのお兄さんには感謝してもしきれない。
さて、この広場から素材屋さんはすぐそこだ。早く連れて行ってあげよう。
「素材屋さんはここを真っ直ぐ行けば、道沿いに看板が見えますので」
「あぁ、お前のおかげで助かった。案内はここまででいい。次は迷子にならないように気をつけろよ」
じゃあなとアサシンマスターお兄さんは別れ際にそう言って、アタシの『待ってください!』の静止も聞かずに行ってしまった。
その後ろ姿を見えなくなるまで見送っていると、
「あ――っ!!」
という聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
振り返ってみると、光る金髪のツインテールが両手を広げたまま、猛スピードでこちらに向かってきていた。
その後ろに紫の髪のナイスバディと、絵に描いたような大量の荷物を山積みにして持つ元携帯端末機が呆れ顔でこちらに向かって来ていた。
「チーヒーロー!! どこ行ってたのッ? すっーごく、心配したんだからね!」
さぁ、彼女たちに今まで起きた出来事をどう説明しようか。
アタシは頭を悩ませたのだった。
説明を終えた後、ビアンカ姉さんとシェナにみっちり叱られた。
こんな事件があったのだから当然、帰りが遅くなり、アタシ達は玄関で張っていたウィルソンさんとエレノアさんに捕まった。
事情を説明すると、アタシより先輩2人が『買い物に夢中になって見習いを見失うなど、メイドとしての自覚が足りない』と厳しく説教されてしまった。
全部アタシの不注意のせいなのに……2人共、ホントにごめん。
この事はウィルソンさん経由で、すぐにフランツさんとアイネの耳にも入った。
これで一件落着! とは行くはずもなく、本当に大変だったのはこの後だった。
「その2人組の冒険者は、この都市をまだうろついているのかな?」
フフフっと、表情と対照的に目が笑っていないフランツさんは、剣を持って颯爽と出かけようとするし……。
待て。抜き身の剣を持ち出して、フランツさんは何をするつもりなのかな?
乱心するフランツさんをハル先輩とマルコ先輩が必死に止めていたが、終始呆れ顔でフランツさんの動向を見ていたアイネがフランツさんの鳩尾にワンパンを決めた。
声にならない叫びを上げて気絶したフランツさんにアイネが浴びせた冷たい一言、
「騎士ともあろうものが情けない」
が今日一番のハイライトだったかもしれない。
目を覚まして夕食の場に現れたフランツさんに、『今回みたいな事がまた起きるかもしれないから、チヒロは屋敷内の仕事だけをするように』と、外出禁止令を出されてしまった。
今回はたまたま迷子になっただけだい! 皆、大げさなんだから……。
「あ、そう言えば……」
アサシンマスターのお兄さんの名前、聞いておけば良かった。
いつかまた会えたら、必ず御礼をしよう。
アタシはそう胸に誓った。
~ 8th Scene End ~
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