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≪ 16 ≫
「チヒロ?」
頭を抱えたままうんうん唸っていると、背後から名前を呼ばれた。
振り返らなくても声だけで誰だか分かる。
「あ、ビアンカ姉さん……」
「こんな所でどうしたんだい? もう今日はおしまいだろ?」
「あはは……ちょっと、考え事してて」
ちらっと心配そうにアタシに視線を向けるビアンカ姉さんに、アタシは慌てて乾いた笑いで応えた。
アイネお嬢様のせいで悩んでるって、喉元まで出かかったがゴクンと飲み込んだ。
この事はアイネとの女同士の約束で、他言するのは厳禁と釘を刺されている。
「考え事?」
「えーと……」
そうだ。こう言っちゃあ何だが、ビアンカ姉さんは男心に詳しそうだ。
フジサキにそんなものがあるのかどうかわからないが、聞いてみるだけ聞いてみようかな。
「あのですね。恋愛の何たるかもわからない朴念仁がいたとします」
「はぁ」
「ビアンカ姉さんなら、どうやってこういう男にアプローチします?」
「……」
ビアンカ姉さんはアタシをまじまじと見つめたあと、「なあんだ」というような顔をした。
「そうかい……ついにチヒロも自覚したんだね」
「へっ!?」
あれっ、ちょっと待った!
マズい、マズい。
どうやらビアンカ姉さんの中では、アタシが「朴念仁に恋してる」設定になっているようだ。
「ち、ち、違います! アタシの話じゃないですよ!」
「まぁ、否定したくもなるだろうねぇ……」
「いや、だから……」
「とにかく黙って聞きな。いいかい? 男にはねぇ……『男気』ってもんがあるんだよ」
「…………男気?」
誤解はどうあれ、何かちょっと面白そうな話だ……。
アタシが乗り気になったのが分かったのか、ビアンカ姉さんは満足そうに頷いた。
「そう、男気。頼られると張り切ってしまう、面倒だと思っても逃げられない。義理堅いというか……信頼されたら裏切れない。そして……」
「そして?」
「この女には自分がいないと……ってのに弱いのさ」
「へぇ……」
そう言えば……フジサキにも、そういうのはある気がする。
マスターを守るのが自分の仕事だ、とか言ってくれたし、アタシがわんわん泣いたときもずっと慰めてくれたし……。
あれ? でも、アレはあくまで『忠誠心』だろうか? 『男気』とは違う?
「そしてね。男のそういうツボを巧妙に突ける女がイイ女、ということだね」
「ツボ……」
「朴念仁だろうが、男である以上どこかにツボはあるはずさ。まずはそれを探すことだね」
ビアンカ姉さんはそう言うと、「まぁ、頑張んな」とニヒルに笑い、足早に去っていった。
いや、頑張るのはアイネだけど……。
とは言え姉さん、カッコいいです。去り際も素敵すぎます。
うーん、そうか。とにもかくにも、まずはフジサキだな。
相手は元携帯端末機、はたしてそんなツボがあるのかどうかもわからない。
だけど……もしフジサキにそういうものがあるなら、それを見つければアイネへのアドバイスも浮かぶってもんだ。
よし、本人……フジサキと、ちゃんと話し合いをしよう。
ビアンカ姉さんに言われたことを反芻しながら……アタシはふむふむと独り頷いていた。
~ 9th Scene End ~
第4章「アタシと、コルデア家」≪ 完 ≫
これで、チヒロがコルデア家の一員になるまでのお話は終了です。
お疲れさまでした。
このまま、「第4章 あとがき」へ進んでください。




