2-≪ 52 ≫
≪ 52 ≫
5日目の夜。
村長夫妻と早めの夕食を済ませた後、アタシはフジサキの部屋に向かった。
おい、誰だ? 今、夜這いとか言ったヤツ……ぶん殴るからこの後アタシの部屋に集合な。
フジサキの部屋で一体何をしているのかと言うとだ。
部屋の真ん中に置かれた丸いテーブルに向かい合って、アタシとフジサキは座っている。
テーブルに積まれた数冊の書物とテレサさんが入れてくれた2人分のハーブティー。
ぼんやりとおぼろげな光で部屋を照らすランプ。アタシの手元には束になった数枚の紙。
利き手の右手にはインクのついた羽ペンが握られている。
この世界の紙は流通量こそ、それなりに多く不足しているとこはない。
活版印刷の技術も進んでおり、書物もお手ごろ価格とは言えないが大量に市場に出回っている。とは言っても書物はピスタさんに注文するか、町の書店に行かないと購入できないそうだ。
ローナ村のような小さな農村にはまず入って来ない。
しかもそれらの製造・販売の全てをつい最近までヴァルベイン帝国が牛耳っていた。
他国に製本の技術が伝承されたのは、ここ10年ほどのことだ。
帝国は10年に1度、自国の技術を他国に披露する。
こうして他国に自国で開発した技術を『恩恵』と言う形で与える事によって国同士の経済格差や衝突を抑えているらしい。
ヴァルベイン帝国万能説だが、それとこの大陸の全てにおいて技術を独占、または管理する帝国は脅威の存在だ。
そんな帝国印の貴重な紙をロイズさんから分けてもらい、掌に納まるメモ帳サイズに切り分けて裏表で使う。
「こんにちは……私の名前は……チヒロです。よろしくお願い……します、と。よしッ! 書けた!」
慣れない羽ペンに苦戦しながらも紙に文字を書き上げると、自信満々の表情でそれを見直してからフジサキに手渡す。「拝見いたします」と一言言って受け取ったフジサキはアタシの書いた文を読む。
そう。現在、アタシはこの世界の文字の一種、ヒュムニア語を絶賛勉強中なのだ。
フジサキがたった3日でヒュムニア語を完全マスターしてくれた。
とは言っても毎度フジサキに文字を読んでもらうわけにはいかない。
異世界に来ても、学生は勉学から逃れられない事がよく分かった。
文字が読めない、書けないのは、何かと不便なのでアタシはフジサキに講師になってもらい語学勉強を始めたのだ。
偉いでしょ? もっと褒めてもいいのよ?
「今回のは自信あるんだ。どう? 合ってるでしょ?」
「マスター、2点よろしいでしょうか? マスターの書かれたこの文章ですと『私の名前はチヒロでした。お願いしろ』になってしまいます。この部分は現在形で、こちらは丁寧語でお書き直しください」
「……」
マンガで言うなら、『ズコー!』って効果音が入りそうだ。
フジサキの容赦ない添削に、言葉なくガックリとテーブルに突っ伏すアタシ。
何だ? 『チヒロでした』って……じゃあ、今のアタシは誰なのよ?
ツッコミどころ満載だ。さっきまでドヤ顔してた自分が恥ずかしい。
アタシの語学力は、アルバイトで始めた託児所で預かっている子供達以下だ。
前にガキ大将の馬鹿にされちゃったしね。あんなガキんちょに馬鹿にされても言い返せないのは正直、悔しい。
だから巫女様の名誉挽回のためにもこうして猛勉強することにしたのだ。
そしてその成果が、さっきの『私はチヒロでした』だ……。
うるせーやい! アタシは成長がゆっくりなんだよ!
「本日はここまでに致しましょう。マスター、お疲れ様です」
「うん、お疲れ。いつになったらアタシもフジサキみたいに完全マスターできるのかな?」
こんなんで本当に大丈夫なのかなぁ、とハーブティーを飲みながらこぼしていると、フジサキは書物を片付けながら励ましてくれた。
「何事も焦らず、確実にこなす事が最短コースでございますよ、マスター。基本さえ覚えてしまえば、後は簡単でございます。自信をお持ちください」
「うーむ。その基本が、ねぇ? ………何はともあれ文字をマスターするまでは講師よろしくね、フジサキ」
「お任せください。マスターにご理解頂けるまで何度でもお教え致します」
フジサキの言葉はいつも頼もしい。
全く、イケメン執事兼、個別指導講師は最高だぜ!
そう思いつつも、アタシはフジサキによって添削された文を見て溜息をついた。
間違っている単語にアンダーラインを引かれて、その下に正しい単語が達筆な文字で書かれている。
とほほ、先が思いやられるなぁ……。
アタシは紙と羽ペンを重ねてまとめるとテーブルの端に置いた。
この世界に来てまだ5日だ。時間はたくさんある。
フジサキが言ったように少しずつ、確実に覚えていけばいい。
焦りは禁物と自分に言い聞かせた。
★チヒロは【 Key word 】の1つ、【 訳 】を失いました。
★チヒロは【 Key word 】の1つ、【 覚 】を手に入れました。
●○●CHOICE TIME!●○●
【 Key word 】の【 夢 】を使いますか?
使う …… ≪ 175 ≫ へ進んでください。
使わない または 持っていない
…… ≪ 9 ≫ へ進んでください。




