【16】恋人
R15回です! ここまで長くなってしまってすいません! 苦手な人はご注意ください!
次の日の仕事終わり、スーツ姿の王子くんが迎えにきていた。
「王子くんスーツなんですね。今日は土曜日だから小学校の授業はないんじゃないんですか?」
「今日は教育研究の日で、他の学校に行ってたんだ。思ったより早く終わったんで迎えに来た」
王子くんはスーツ姿がとてもよく似合っていて、社会人……というよりはどこかホストっぽくも見える。
「何というか……ホストっぽいですね」
「それよく言われる。髪が金茶のせいなんだろうけどな」
金色と茶が混ざる王子くんの髪は、染めているような色合いにも見えるけれど地毛だ。
大学までの道のりを、王子くんと歩く。
「そう言えばさ、マメコは透のどこが好きなんだ?」
「聞いてくれるんですか? えっとですね、まず服を作るのが上手なところですね。トールの作る服はどれも素敵で、着ると気持ちがふわふわとするんです。あと料理上手なところも大好きです。笑うときに口元に折り曲げた人差し指を添える仕草もとてもキュートですし、それと……」
尋ねられてここぞとばかりに話始める。
自分から聞いたくせに、王子くんがちょっと引いていた。
「もういい。とりあえずマメコが透を大好きだということは伝わってきた」
「まだ語り足りないんですが」
「十分だ」
王子くんは幾分げっそりしていた。
ふいにヴィルトを思い出す。
ヴィルトはわたしの話を相槌を打ったりして聞いてくれて、ミサキちゃんの話を逆に聞かされたりもして盛り上がるのだけれど、王子くんはそうではないのでちょっと寂しい。
好きな人の事を語れる親友がいたってことが、どれだけ素晴らしいことだったのかがいなくなってわかる。
少しシュンとしながら大学までの道のりを歩く。
「……透のやつの面白い話があるんだけど聞きたいか?」
「聞きたいです!」
落ち込んだわたしの空気を感じ取ったのか、王子くんがそんなことを言い出した。
もちろん全力で食いつけば、王子くんが小学校のホワイトデーの時の事を話してくれる。
バレンタインデーにチョコをたくさん貰ったトールは、ホワイトデーに女の子たちに手作りのお菓子をプレゼントしたらしい。
作り過ぎたからとクラスの男子にも配ったらしいのだけれど、女の子たちが作るものより断然見た目も味もよくて、彼女達の立場が全くなかったのだという。
やっぱりトールは小さい頃からもてたんだなと少し嫉妬はしたけれど、その後の結果がトールらしくて笑えてしまった。
トールの講義が終わるまで時間があったので、王子くんが所属していたバンドサークルの部屋でお茶をご馳走になる。
講義が終わる時間になって、王子くんと教室の前に移動する。十五分経ってもトールは出てこなかった。
「誰も出てこないし、変だな」
王子くんが教室のドアを開けて中を覗く。
どうやら今日トールが受けるはずだった講義は、急遽休みになっていたようだった。
「休講って黒板に書いてあったから、俺たちが丁度きた頃に帰ったかもな」
「そんな、トールに謝りたかったのに……」
しゅんと落ち込めば、王子くんがスマホを取り出して電話をかけ始めた。
「よう、透。実は、今日お前を大学までマメコ……アカネと迎えにきたんだけど、すれちがっちゃったみたいでさ。今どこにいるんだ?」
電話の相手はトールのようだ。
会えるかどうか、聞いてくれるつもりらしい。
「なんだつれないな。透が来ないなら、マメコとふたりっきりで飲みにでも行こうかな。明日、俺もマメコも休みだし遅くまで飲める」
含みをもった言葉で、王子くんはそんな事を言う。
「王子くん、謝るためにトールを呼び出すんじゃなかったんですか!」
まるで煽るような言葉にはらはらとして、王子くんのスマホに手を伸ばせば、頭を軽く押さえられた。
「へぇ、マメコと付き合ってるんだ? 知らなかったな。遠慮? そんなの関係ないって、お前がよく知ってるだろ。マメコに聞けばまだ手も出してないみたいだしな」
悪戯を楽しむ子供のような顔で、王子くんがそんな事を言う。
トールが何か電話の向こうで叫んでいるのに、王子くんはそのまま通話を切った。
「王子くん、電話の向こうでトールが怒ってたような気がするんですけど!」
「そうか? 俺にはよくわからなかったな」
王子くんはそんな事を言って肩をすくめる。
「たぶんすぐにアカネの携帯の方に電話がかかってくるぜ」
言われた通り、私の方の携帯電話がメロディを奏ではじめる。
着信の名前を確認して出ようとしたところで、王子くんに電話を奪われてしまう。
「なんだまだ用事か? ん? 一緒にいるんだから俺が出ても不思議じゃないだろ?」
「ちょっと王子くん、返してください!」
「これからいつもの店にマメコと行くつもりだから。それじゃ」
王子くんが携帯を返してくれたけれど、通話はすでに切れていた。
「透と待ち合わせしたし、行こうぜ。先に着かれても困るしな」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
そう言って王子くんが私の手を引いて、足早に歩き出す。
連れて行かれた先は、住宅街の裏にある古びたカフェだった。
王子くんは店主と知り合いらしく、懐かしむような雰囲気でしばらく喋った後、奥の方の席に座る。
ここはよくトールと王子くんが来ていたカフェらしい。
奢ってやるといわれて好きなものを注文し終わったところで、カランコロンと入り口のベルが鳴る音がした。
そちらに目を向けたら、トールがこの席まで一直線にやってくる。
汗で額の髪がくっついて、トールにしては珍しく服装が乱れていた。
「アカネ、帰るわよ」
トールに手首をぐっと引かれて立ち上がれば、もう一方の手を王子くんが掴んでいた。
「思ったより早かったな、透」
からかうような王子くんの手を振り払って、トールが私を抱き寄せてくる。
「アカネをお前の遊びに巻き込むな。これは俺のだ」
「トール……」
俺の、という言葉が嬉しくて、思わず見上げれば。
そこには王子くんを睨むトールの顔があった。
敵意をむき出しにするような、攻撃的なトールを見たことがなくて、男の人っぽい一面にドキッとする。
「だとさ。よかったな、マメコ」
王子くんがそう言って立ち上がり、トールの肩を叩く。
「安心しろ。マメコになんて全く興味はない。彼氏が全く手を出してくれないって泣きつかれて、相談にのってやってただけだ」
ニヤニヤと笑う王子くんに、トールがわたしの方へ目を向けた。
本当の事なのかと確認するようなその視線に、恥ずかしくなって俯く。
「……ごめんなさいトール。トールがその気になってくれないのは、わたしが押しすぎてトールが引いちゃってるからだって言われて、最近トールを避けちゃってました。一緒にいると我慢できなくなるから、日曜日の誘いは断っただけで、王子くんとの約束は最初からないです」
「そうそう。日曜日に俺が教会にお祈りに行くだけの話なんだよ。昔からの習慣みたいなものだしな」
謝るわたしに対して、王子くんの方は軽くトールにそんなことを言う。
「彼女を不安がらせるのはどうかと思うぞ、透」
「余計なお世話だ」
肩に置かれた王子くんの手を、トールは振り払う。
王子くんはそれにちょっと驚いたみたいだったけれど、楽しそうに笑った。
「ただコイツ奥手なだけだから、全部思ってること話してやれ。ここはとりあえず奢っておいてやる」
感謝しろよなというようにわたしたちに目配せし、伝票を持って王子くんは店を出て行く。
丁度注文していた品が二つ届いて、お金も払ってあるからということでトールと二人で食べることにした。
パスタを食べる私の目の前で、トールは王子くんが注文していたチキンの煮込み料理を口に運ぶ。
「トールの料理の方、美味しそうですね」
「……昔からこの店ではこれを頼んでるの。タカのヤツ、最初からあたしに席を譲る気で呼び出したみたいね。あいつ鳥肉食べないし」
空気に耐えかねて話題を振れば、トールが淡々と呟く。
その顔にはお節介なやつめと書かれている気がした。
「……なんでタカに色々話したりしてるの」
「ご、ごめんなさい」
質問してくるトールの声は明らかに怒っていて、謝れば沈黙が返ってくる。
「王子くんは昔から色々相談にのってくれてましたし、それに恋愛マスターの王子くんなら色々教えてもらえるかなと」
「ふーん、昔から……ね? あの遊び人のタカと、あだ名で呼びあったりなんかして。やけに親しげだったわよね。二人で楽しそうに大学内を歩いたりなんかして」
ひやりとしたトールの声に、嫌味のような響があるのに驚く。
「大学内って……王子くんと歩くところ見てたんですか」
声をかけてくれたらよかったのにと、そんなことを思って口にすれば、トールが眉間にシワを寄せた。
「えぇ。講義が休講だったから後輩と夕食でも食べに行こうって話になったのよ。すれちがったのに、話に夢中で二人ともあたしに気付かなかったみたいだけどね?」
トールの声には明らかな棘。
こんな意地悪な言い方をするトールを、あまり見たことがなかった。
それでいてトールにはどこか傷ついたような雰囲気があって。
これではまるでトールが、嫉妬してるみたいだ。
自意識過剰なんじゃないかと思いながらも、そうとしか思えなかった。
「もしかして……嫉妬してくれてます?」
「……しないとでも思ってるの?」
尋ねれば、トールに睨まれる。
当たり前のことを聞くなと言うように。
「アカネ、何で嬉しそうにしてるのかしら。あたし、今相当怒ってるんだけど」
「すいません。トールが嫉妬してくれるなんて思わなくて」
トールに言われて顔がにやけてしまっているのに気付く。
嬉しいと思ってしまった。
「トールは誘惑しても手を出してくれませんでしたし、娘としか見てくれてないんじゃないかって不安だったんです。でも、そうじゃないんですよね?」
期待をこめた確認をすれば、トールが大きく目を見開いて、それからフォークを置いた。
「……一旦あたしの家に行きましょう」
そう言って、トールが立ち上がり慌ててわたしもついていく。
移動する間トールは一言も喋らなくて。
答えてもらえなかったことに、段々と不安が募っていく。
「おじゃまします」
「言ったところで誰もいないわよ。昨日から家族旅行に行ってるわ」
挨拶してトールの家に入れば、淡々とそんなことを言われる。
「……トールは行かなかったんですか?」
「えぇ。誰もいない家で、アカネを誘って過ごすつもりでいたの。一週間は皆帰ってこないわ」
恐る恐る質問すれば、カチャリと部屋のドアの鍵を閉めてトールはそんな事を言う。
「アカネ」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれて、びくりと体を硬直させる。
トールがわたしに近づいてきて、髪を撫でた。
優しいいつもの仕草だけれど、今日はそれが少し怖い。
「あんたの今までのあれは、あたしを誘惑してるつもりだったの?」
ストレートに聞かれて、オロオロとする。
そんな恥ずかしいこと素直に言えるわけがなかった。
「どうなの、アカネ」
「は……はい」
観念して頷けば、トールは盛大に溜息を吐いた。
恥ずかしくて穴に入りたいような気持ちになる。はしたない子だと呆れられてしまったかもしれない。
「トールにそういう風に見て欲しくて……でも全然相手してもらえなくて。それで王子くんに相談したら、押しすぎだって言われて」
「だから最近あたしに冷たかったわけね?」
その通りですと頷く。怖くてトールの顔が見れない。
「アカネ、顔を上げなさい」
泣きそうになって俯けば、トールがそんなことを言ってくる。
軽蔑されてしまったかもしれないと思うと、顔が上げられなかった。
嫌々と首を横にふれば、頬を両手で包まれて上を向かせられる。
トールの顔がすぐそこにあって。
ちゅ、と軽くその唇が私の唇にふれた。
「え……トール?」
その唇は耳元に、首筋にと降ってくる。
んっと鼻にかかった息を漏らしたところで、トールがわたしから離れた。
「ト……んっ、あ」
再度名前を呼ぼうとすれば、それを口付けで封じられる。
唇の間からトールの熱い舌が入ってきて、口内をくすぐってきて。胸の上に置かれた手に、ドキドキと心臓が高鳴るのがわかった。
もう一度トールが口付けてくる。思いのほか激しい口付けは、優しいトールに似合わず意地悪で。
離れようとすれば逃がさないというように舌を捉えられて、息ができなくてくらくらとした。
「誘惑してるならしてるって言わないとわからない。あまりにもアカネが無防備だから、男として意識されてないのかと思って……我慢してたんだからな」
トールが無茶な事を言って、拗ねたように口にする。
照れの混じった表情は、もう怒ってはいないようだったけれど。
その言葉で、自分の今までの行動が裏目に出ていたことを知る。
「アカネは……ちゃんと俺のこと、男として好きだって思っていいんだな?」
「当たり前じゃないですか。ずっと、口にき、キスして欲しいなって、思ってたんですから!」
確認するように尋ねられて、真っ赤になりながら口にする。
勢いで言ったものの恥ずかしくて、その場から逃げ出したくなったけれど、トールにぐっと腰を引き寄せられた。
「アカネは、すぐそういう事を言って俺の理性を試すよな。そういうことの先にあるのが何か、ちゃんとわかってて誘惑してる? 俺はもう、アカネの優しい保護者じゃないんだけど?」
トールの指先が、唇を掠める。
見つめてくる瞳の奥に、抑えこまれた熱がぎらぎらとしていて。
――わたしの知らない男の顔をしていた。
「……わかってます。わたしだってもう二十四ですし、トールと同じ歳なんです。いつまでも子供扱いしないでください。キスのその先があることだって知ってますし、トールとならしたいと……してほしいって思ってます」
恥ずかしくって最後は消え入るような声になる。
俯けば、顎を捉えられて上を向かされる。
「アカネが俺の事をちゃんと男として見れるようになるまで、手は出さないって決めてた。保護者のままじゃ、こういうこと……できないし」
「ん……トール……」
言いながらもう一度トールがキスをしてくる。
トールが与えてくれるものが気持ちよくて、潤むような視線を送れば、トールの瞳に欲望にも似た光が灯った気がした。
「アカネ、ドキドキしてる」
わたしの胸に手をのせてトールが低い声で笑う。
妖艶なその笑みが綺麗で、思わず赤くなってしまう。
抱き上げられて、ベッドに連れていかれる。
いつものトールとは違う、真剣でどこか切羽詰ったような表情でわたしを見つめてくる。
「アカネ、いい?」
こくりと頷く。
これから始まることへの期待と不安から、体が強張ったわたしに、ふっとトールが表情を和らげた。
「大丈夫だから。あたしに全部まかせて……やさしくする」
いつもの落ち着くトールの喋り方。
そのことに安心して力を抜けば、いい子ねといつも頭を撫でてくれる骨ばった長い指が、体をなぞっていく。
――その日ようやくわたしは、本当のトールの恋人になれた気がした。
次回でラストです。




