【14】恋は駆け引き大作戦
「トール、またね!」
「えぇ、明日も仕事帰りに迎えに行くわ」
デートが終わって、トールがわたしの家まで送ってくれる。
休日はトールとデートをして、平日も暇があれば会って。
トールのお家にも連れて行ってもらったりなんかして、結構恋人っぽいことはしているとは思うのだけれど。
「なぁに、アカネ。まだ一緒にいたいの?」
じーっとトールを見つめれば、そんなことを言って笑う。
「それはそうなんですけど」
「あぁ、忘れてたわね」
催促するようなわたしに、一歩トールが距離をつめてきて頬に触れてくる。
それだけでドキドキしてゆっくりと目を閉じれば、前髪をかきあげられて、額に唇の感触がした。
「おやすみなさい、アカネ」
「……おやすみなさいトール」
寝る前のおやすみのキスを貰って、トールと別れたけれど。
わたしが本当に欲しかったのはそういうのじゃなくて、もっと大人なキスだった。
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「そういうわけで、付き合ったのに全然手を出してくれなくて。もうそろそろ恋人になって三ヶ月経つんですよ!」
「そうか大変だな」
わたしが真剣に悩んで相談しているのに、王子くんときたらどうでもよさそうだ。
お世話になっている教会には、日曜日になるとお祈りする人たちがやってくる。
わたしが王子くんと呼んでいる彼は、金に近い茶の髪に色素の薄い瞳をした同じ歳の青年だ。
お母さんが外国の人で、昔から日曜日になると一緒にお祈りに来ていた。
トールには敵わないけれど、外見がやたら整っていて。
周りの人が彼を王子くんと呼んでいたから、声をかけるときに王子くんと呼んだら睨まれた。
「じゃあお前は豆粒みたいなチビだから、マメコだな。苗字も遠藤だし、えんどう豆でぴったりだろ」
後で知ったことだけれど、王子くんというのは彼に内緒で付けられたあだ名だったらしい。
本人は物凄く嫌だったらしく、むっとした顔でそんな事を言われた。
「豆っ!? 失礼な! 今からすくすく伸びるんですよ! 牛乳だって毎日飲んでるし、王子くんなんてすぐに追い越して見せるんですからね!」
一向に背が伸びないことを気にしていた当時の私は、大人気なく彼と言い合いをしてしまって。
それ以来、教会に彼が来るたびよく話すようになった。この世界における、わたしの幼馴染のような存在だ。
昔は教会によく来てくれたけれど、王子くんが大学を卒業後に就職をしてから、来る回数は激減した。
金の混じる茶の髪に整った顔立ちをしている王子くんは社交的で、悪戯っぽい雰囲気も持っているせいかチャラくみえる。
しかし、これでも一応教師の仕事をしていたりするので忙しく、会ったのは一年ぶりくらいだった。
「トールはわたしが昔から思い描いていた理想の人なんです。恋人になれただけで、満足するべきなのかもしれないですけど。それだけじゃ嫌なんですよ」
「お前の理想って確か、オネェで優しくて服を作るのが上手くて、その上料理も上手で気遣い上手なイケメンだったか。昔から思ってたけど、本当変わった趣味だよな」
ピンポイントすぎると、王子くんが呟く。
わたしは昔からそういう人が理想だと、王子くんには話していた。
適当に聞き流しているかと思ったら、ちゃんと覚えていてくれたらしい。
「もしかして、恋人って思ってるのはわたしだけなんでしょうか。もうわたしたち恋人ですよねって聞いた時、はっきり頷いてはもらえませんでしたし……」
好きと言って好きと返してはもらった。
だからもう付き合っているとわたしは思っているのだけれど、実はそれが勘違いだったらどうしようと不安になってくる。
「別にそんなに大層なことを求めてるわけじゃないんです。そろそろキスくらい唇にしてくれたっていいと思うんですよ。何がいけないんですかね……わたしそんなに魅力ありませんか?」
トールの中でわたしはやっぱり娘で、子供で。
……そういう対象にはならないんじゃないか。
心の中にはそんな思いがあった。
「まぁ色気はあまりないかもな。少し子供っぽいし」
悩みをくちにすれば、王子くんはからかうような口ぶりで肩をすくめる。
「やっぱり……子供っぽい、ですか」
「なんだ、本気で落ち込んでるのか。珍しい」
暗い声を出せば、王子くんは驚いた顔になった。
「無駄にポジティブなのがマメコのいいところだろ。むしろせまって押し倒せばいいんじゃないか?」
「それは、もうしました」
「だよな。さすがにマメコでも女からそれは……ってしたのか!?」
冗談のつもりで口にしていたのか、王子くんがツッコミを入れてくる。
「それでどうなったんだ」
「彼の部屋で二人っきりになったので、それとなくベッドに押し倒してみたんですけど。アカネったら疲れてるのね。そんなに眠いならあたしのベッド貸してあげるって、寝かしつけられて、子守唄歌ってもらいました」
「……」
「気付いたら寝てました」
王子くんの呆れたような視線が痛い。
「……お前いくつだ?」
「王子くんと同じで今年誕生日がこれば、二十四になります。もう大人です。わたしもこの扱いに納得いかないんですよ!」
ぐっと拳を握り締めて口にする。
トールときたら未だにわたしを子供扱いするのだ。
「実は女に興味がないんじゃないのか。オネェなんだろ?」
「そんなことはありません! ちゃんと女の人が好きだって前にいってましたし、わたしのことが好きって言ってくれました!」
ムキになって否定すれば、そうかと気圧された様子で王子くんが呟く。
「手を出してほしくて色っぽい水着で誘惑してみたら、こっちの方が可愛いわよって露出が少ない水着プレゼントされちゃうし。酔っ払ったふりして脱いで迫っても駄目だったし。偶然を装ってトールの服に水をかけて、服を脱がそうとしたら怒られるし。もうどうしたらいいかわからないんですよ!」
ここぞとばかりに王子くんに愚痴をこぼす。
王子くんは子供の頃から大人顔負けに頭が良くて、面倒見がいい子だった。
どうでもよさそうな態度を取りながら話をちゃんと聞いてくれるし、相談にものってくれる。
「……なんとなく、原因が見えたな」
「本当ですか!」
「マメコ、お前押しすぎ。あいてが引いちゃってるんだよ」
食いついたわたしに、王子くんがそんなことを言う。
「まぁ俺ならそこまで情熱的に迫られたなら、手を出すところだけどな。あいてはオネェだし、草食系なんだろ。逆にそっけなくしてみたらどうだ?」
「そっけなくするって……そんなことしたらどうやって手を出してもらえばいいんですか!」
これだからマメコはというように、王子くんが馬鹿にしたような顔をする。
「グイグイきてたやつがいきなり自分に冷たくなってみろ。あれどうしたのかなって思うだろ? 相手を不安にさせれば、あっちからくる」
「そんなことしてる間にトールが別の人の所へ行ったりしないですかね。トールは物凄くモテるから心配なんですけど」
「恋人なら自信を持て。駆け引きの一つや二つ使えなくてどうする。そんなんだからマメコなんだ」
王子くんは自信たっぷりに言い放つ。
昔からモテモテで、彼女もいっぱいいた恋愛マスターの王子くんが言うと、説得力がある気がした。
「いいか、何事も駆け引きが重要なんだ」
「……わかりました。頑張ってそっけなくしてみます。具体的にはどうすればいいですか?」
「マメコはあいてが自分に対して何かやってくれたら、すぐ尻尾振って嬉しいって顔するだろ。まずはあれをやめろ」
難易度は高そうだったけれど、これもトールをその気にさせるため。
わかりましたと頷いて、王子くんの言葉の次を待つ。
「後は自分から遊びに誘わない」
「そしたら、会いたいときどうしたらいいんですか!?」
「我慢しろ。マメコがそうやって好き好きオーラだしてるから、相手が余裕を持っちゃうんだ。こっちが夢中になるんじゃなくて、相手に夢中にさせなきゃだろ」
「さすが王子くん、言う事が違いますね」
おぉと思わず感心してしまう。
確かに一理ある気がした。
「とりあえずは一週間頑張ってみろ。面白そうだから、多少のアドバイスはしてやる」
「助かります! 王子くんが協力してくれるならどうにかなる気がします!」
これもすべてトールにその気になってもらうため。
固い決意を胸にして、その日から『恋は駆け引き大作戦』をわたしは決行することにした。
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トールに何かされても喜ばない。
そう決めたのだけれど、これがなかなか難しい。
仕事が終わってトールが迎えにきてくれて。
迎えにきてくれたんだ嬉しいと、抱きつきそうになる衝動をまずはぐっと堪えた。
仕事終わりの疲れている中、トールの顔を見ただけで癒されてしまって、ついテンションがあがってしまう。
それからトールの家に行って、遅めの夕食をご馳走になる。
トールは実家暮らしでかなり大きな家に住んでいて、お母さんはとても料理上手だ。おっとりとした雰囲気を持ったお母さんは美人で、トールはお母さん似なんだなと思う。
時々お父さんの方もいるのだけれど。
トールのお父さんは目つきが鋭くて、黙っていると怖い人にも見える。よく見ればその目元はよくトールに似てる。
話してみればとても気さくな人で、色んなことを知っている。トールがお父さんを尊敬しているなんて言っていたけれど、わかるなと思った。
折角家族の夕食に招待されたのに、そっけなくとかできるわけもなく。
いつも通り会話を楽しんで料理を食べた。
帰り道、近くの駅まで送ってもらう。
なかなか、そっけなくって難しい。
どうしたものかと思っていたら、トールが顔を覗き込んできた。
「アカネ、どこか体調悪いの?」
体調が悪いわけではないけれど、わたしの様子が変なことにトールは気付いてくれていたみたいだ。
それだけでも嬉しくなってしまう単純な自分を、それじゃ駄目だと抑えつける。
「平気ですよ。トールは心配しすぎです」
顔を覗き込んできたトールの胸を押して体を離す。ツンとした態度を心がけてみたけれど。
トールにこんな態度をとるなんて初めてで、それだけで心臓がバクバクとする。
恐る恐るトールの顔色を窺えば、やっぱり驚いたみたいで目を見開いていた。
「アカネ」
「な、なんですか?」
名前を呼ばれて後ずさる。固い声で答えたわたしの額に、トールが額をぴったりとくっつけてきた。
「っ!」
「熱はないみたいね」
「あ、当たり前ですよ。今日はここまででいいです」
このままだとボロが出る。
むしろもう顔が赤くなってしまってる気がして、ふいっと背中を向けて。
トールがわたしの名前を呼んだのを聞こえないふりして、走り去った。




