【17】おまけ・悪い男
七月の終わり。
仕事が終わったら、食事に行く約束をしていたので店に行く。
そこで、アカネと親しげに話しているヴィルトを見つけた。
王の騎士しか着る事を許されない、式典用の騎士の正装は遠くからでも目立つ。
しかも金髪に碧眼で、まるで映画に出てくる役者のような整った顔立ちをしてるものだから注目されてしまっていた。
どうしてヴィルトがここに?
ここはニホンなのにと考えてから、今日がヴィルトがミサキちゃんを迎えにくる日なのだと気づいた。
離れた場所にミサキちゃんの姿を見つけて、やっぱりそうだと確信する。
ヴィルトの服装が目だちすぎるので、服を買いにきたというところだろう。
こちらにヴィルトが気付いたみたいなので、近づいて声をかける。
彼はあたしやアカネからすれば、過去のヴィルトで間違いないようだ。
過去のヴィルトに言ってもしかたないことだけれど……あたしはヴィルトにいっぱい言いたいことがあった。
ニホンで出会ったアカネの側には、男がいて、そいつが最悪な奴だったとヴィルトは言っていた。
アカネに酷い仕打ちをして捨てて、またよりを戻して。
そんな奴にアカネを渡してなるものですかと、あたしは必死になっていたのだ。
けれど実際にアカネと会って確認してみれば、悪い男どころかアカネは一度も男の人とつきあったことがないらしい。
――ヴィルトのやつ、あたしを煽るためにあんな事言ったわね。
ヴィルトがけしかけてくれなければ、ここまで来る事はできなかった。
感謝はしているけれど、それとこれとは話が別だ。
そこまで考えてはっとする。
ヴィルトはこうも言っていた。
その悪い男は――あたしにそっくりだったと。
そこまで考えて気付く。
一瞬にして理解した。
傷ついたアカネを拾って優しくして、アカネを夢中にさせておいて。
アカネが好きだと告白した瞬間捨てた男。
――つまりは全て、あたしのことだ。
なるほど、あれは全部あたしへの嫌味も兼ねてたってわけね。
……あいつ言いたい放題してくれたじゃないの。
そこに辿りつけば、ヴィルトに上手く乗せられた気がして。
思わず心の中で悪態をつく。
嘘はついてないという部分がまた腹立たしい。
クライスがヴィルトを意地が悪いと言っていた意味が、物凄くよくわかる。
でもそれくらいしてくれないと動けなかったから、感謝すればいいのか文句を言えばいいのかさえわからない。
不満そうな顔をしてるあたしに二人が気付いたので、その理由を話せばヴィルトは身に覚えがないなと呟いた。
そりゃそうだ。未来のヴィルトがあたしにしたことで、このヴィルトはまだ何もしていない。
「あんた、アカネとあたしが出会えること知ってて、あんな風に煽ったのね? どこで出会えるか知ってたなら、情報をくれたっていいじゃない。かなり苦労したのよ! しかもアカネが俺と同じ年って知ってたってことだよなコレは! なのに……あぁもう腹が立つ!」
このヴィルトが悪いわけじゃないとわかっていたのだけれど、やっぱり我慢できなくて憤りを吐き出せば、少しだけすっきりとした。
「……色々世話になったわね、ヴィルト」
気を取り直してお礼を言う。
「でももう安心して頂戴。アカネはあたしがちゃんと幸せにするから」
そう宣言して、側にいたアカネの肩を抱き寄せれば。
嬉しそうにアカネがあたしの名前を呼んだ。
「ヴィルト、ありがとね。わたしもヴィルトに感謝してる。どこにいたって離れてたって、ずっと親友だと思ってるから!」
ヴィルトの前に進み出てそう言ったかと思うと、感極まったようにアカネはその体に抱きつく。
思わず声を上げそうになって、ヴィルトがこっちを見たのでそれを堪えた。
アカネは少々、スキンシップが激しい。
もう大人なんだから、自分からあたし以外の男に抱きつくのはやめさせないといけないと思う。
けれど、これが最後の別れだとわかっていたので黙って二人を見守る。
「俺がいなくても大丈夫か? もう振られても付き合ってやれないぞ?」
「ヴィルトこそ、ミサキに振られないようにね。わたしも、もう付き合ってあげられないから」
冗談を言い合うように、ヴィルトとアカネが顔を見合わせて笑う。
姿や形、出会う場所が変わってもこの二人の間には確かな絆があるみたいだった。
「元気でな、アカネ」
「ヴィルトこそ、元気でね」
いつもやってるように、互いに手をパンと合わせて笑顔を見せて。
ヴィルトが振り返らずに去って行く。
「あたしたちも行きましょうか……アカネ」
優しく頭を撫でれば、アカネはごしごしと目元を擦って。
「……はい!」
とびっきりの笑顔で、あたしの手を握ってきた。
トール視点最終話です。次回からはアカネ視点の後日談で全4話のR15有りとなります。「R15&お月様な甘々企画」で始めた続きなのに、肝心の「R15」に辿り着くまでに時間がかかりすぎてすいません!




