【14】あたしの決意
元の世界へ戻って、アカネに会う。
会ったら謝って今までの気持ちを全部伝えて、おばさんだろうが、おばあさんだろうがあたしのモノになってもらおうと決めた。
アカネを帰して後、元の世界に帰るつもりで色々準備していたからそう手間はかからなかった。
店は弟子の一人に譲る予定で話をつけていたし、元の世界に持って帰るモノもある程度まとめてある。
この世界であたしは『あたし』を切り捨てるつもりでいた。
だから、この世界で作った服のデザイン画を持っていくつもりはなかったのだけれど。
大人になったアカネのために作った服を持っていけないと思うと残念で。
向こうのアカネにも作ってあげたいと、バッグに大量のデザイン画を詰め込む。
あたしの夢は、大好きな服に関わる仕事をすること。
そう思ってきたけれど。本当のところ、そうではなかったのかもしれないと思う。
この世界を旅立つということは、積み重ねてきた功績も何もかも手放すということなのに、その事に対してあまり残念には感じなかった。
可愛いものが大好きで、服や化粧で女の子を飾る事が好き。
そんな自分を否定することなく受け入れて貰えたなら、きっとあたしはそれで十分だったのだ。
男らしく男らしく、大企業の跡取りである『芳野透』として恥ずかしくないように。
そうやって自分を縛っていたけれど、結局あたしはあたしだ。
根本は変えられないし、無理やりどうにかしようとしたところで苦しくなるだけだってことは嫌というほどにわかっていた。
こんなあたしは、元の世界で受け入れてもらえないかもしれない。
けどただ一人、アカネだけはあたしを肯定して愛してくれる。
アカネがあたしを好きだって言ってくれるなら。
誰に何と言われようと、あたしはあたしが大好きでいられる。
前を向いて、胸を張って。
これがあたしだから、しかたないじゃないと笑っていられる。
例えどんな道を行こうと、あたしがあたしらしくいるためにはアカネが必要。
空気がないと生きていけないくらいの、当然の事だった。
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「アカネさんとどこで出会ったか、聞いてから旅立った方がいいと思いますけどね」
ヴィルトの奥さんであるミサキちゃんなら、いつどこでヴィルトがアカネと出会ったのか分かるんじゃないか。
そう思い立ったときには、ミサキちゃんとヴィルトは新婚旅行に出かけてしまってつかまらなかった。
見送りにきてくれたヤイチに首を振る。
「なんとなくだけど……ヴィルトの奴わざと言わなかった気がするのよね。たぶんアカネを自分で捜してこいってことなんでしょうよ」
アカネの親友であるヴィルトは、あたしに対して怒っている部分もやっぱりあるんだろう。
一度アカネを手放したあたしに対して、そこまでいうならやってみればいいという挑戦的な雰囲気があった。
それに、一度アカネに会いにいくと決めたら、じっとしてなんていられなかった。
「あいつは意地が悪いですからね」
そんな事をさらりと言ったのはこの世界で仲よくなった、もう一人の友人クライスだ。
クライスはヴィルトとは古い付き合いで騎士学校も一緒、ヴィルトが戦地へ向かった際も一緒。今はヴィルトと同じ王の騎士だ。
だからと言って友達というわけではないらしく、顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。
クライスはかなりのシスコン。クライスの妹は幼馴染の事が好きで、それが気に入らないのだと前に聞いていた。
その幼馴染が実はヴィルトだったりするので、複雑な想いが色々あるんだろう。
「……ヴィルトがミサキとニホンで出会ったのは、七月の終わりですね。ミサキはその日、行方不明だった間の補習授業を受けてたはずです。どこで出会ったのかまでは分かりませんが」
クライスはそう言って、ミサキのいる時代の年号や街の名前を教えてくれる。
それはあたしがいる時代の少し先の……数ヶ月先の未来で。しかもミサキのいる街は、あたしの家から近かった。
「カザミフウジン流の道場と言えば、透さんはわかりますよね。そこがミサキの家なんです」
そこはあたしが通っている剣道道場の名前で。
何故か隣にいるヤイチまで、あたしと一緒に目を見開く。
「やけに詳しいけど、ヴィルトから聞いてたの?」
その可能性は低いなと思いながら口にする。
年号や地名、高校の名前までヴィルトが詳しく覚えているとは思えなかったし、クライスに対してそこまで話すとも思えなかった。
何より、どうしてあたしがその道場に通っているとクライスは知っているのか。
「前に妹のベアトリーチェと血が繋がってないって言いましたけど。実は僕トキビトなんです。行方不明になったベアトリーチェの兄と似てたんで、代役してただけなんですよ」
黒髪黒目の先祖返りということで通していたクライスだけれど、本来はあたしと同じニホンから来たトキビトだという事だった。
妹と血が繋がっていないのはそういう理由らしい。
以前クライスが、あたしはクライスに似ていると言っていたけれど。
それはトキビトという部分も含めての事だったようだ。
「透さんが今から戻る時代に僕もいるんです。この世界にくる直前に、透さんとは仲良くなりました。同じ道場で大学も一緒なんですよ。オネェ言葉だったので、この世界から戻った透さんだったんだと思います」
クライスが最初から妙にあたしに懐いていたのは、どうやらこのためだったらしい。
この世界であたしに会って、相当驚いたのだとクライスは口にしていた。
「あーだからあたし、クライスをどこかで見たような気がしてたのね」
「そういうことです。大丈夫ですよ、アカネさんとは会えます」
クライスは確信したような口調で笑った。
「もしかしてクライスは、あっちの世界でアカネに会ったことがあるの?」
「アカネさんと似た人と歩くトールさんを見たことがあるんです。トールさんはその子のことを大切にしてるように見えました。ただ、あの人がアカネさんだとすると……」
尋ねればクライスは頷いて、語尾を濁す。
「何、ヒントになるなら何だって教えて」
「彼女がホストっぽい外見をした人と……仲良さそうに歩いてる所をトールさんと目撃したことがあって。トールさんは苦しそうな顔をしてたんです」
ガンと頭を殴られたような心地になった。
アカネがよくない男につかまっている。
ヴィルトから聞いてはいたけれど、それを裏付けるような証言に心配でたまらなくなる。
その場面を見ていたからこそ、クライスは私がアカネを好きだと最初から思っていて。
だからこそアカネを手放したりしないよう、遠回しに忠告していたようだった。
「未来が変わるかもと思うと……少し躊躇ったんですが、やっぱり言わないほうがよかったですか?」
「ううん。言ってくれてありがとうクライス。あたし、アカネの心を取り戻してくるわ……まぁ自分でアカネを元の世界へ送ったあたしが、何を言うのかって感じだけどね」
謝ってくるクライスに、大丈夫だと笑って見せる。
少し顔は引きつっていたかもしれない。
「アカネさんと幸せになれるよう祈ってます」
「えぇ、色々ありがとうクライス」
クライスと言葉を交わせば、ヤイチが横で眉を下げる。
「あなたがいないと寂しくなりますね」
「そう言ってくれるのは嬉しいわ」
ヤイチとは、この世界に来てから一番付き合いが長い。
ありがとうの気持ちをこめて微笑めば、ヤイチは目を細めて笑い返してくれた。
二人が見守る中。
絶対にアカネを捜しだして見せると心に誓って。
あたしは――懐中時計を口した。




