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【13】誰よりもあたしが好きだから

 チャイムに反応して、寝起きのような頭で店と自宅を繋ぐドアへと向かう。

 実際に言えば寝てたわけじゃないけど、似たようなものだ。

 何日くらい寝てないだろう。

 寝たかもしれないけど、よく覚えてない。

 頭がぼーっとして、ずっと夢なのかそうでないのかよくわからない状態が続いていた。


 アカネがいなくなってから、俺はずっと工房にいた。

 何か作ることで気を紛らわそうとしたのだけれど、何もできやしない。

 まわりにはデザインを仕損じて丸められた紙や、切り刻まれた布が散らばっていた。


 チャイムの音がまた鳴る。

 しつこい。

 ヤイチあたりだろうか……こういう時、あいつはタイミングよく現れてお節介を焼いてくる傾向があった。


 面倒だと思いながら無視する。

 一階にある店から自宅に来るには店の中を通ってこなくちゃいけない。

 俺自身はずっと休んでいるものの、店の方は弟子達が開けていた。弟子達が自宅のある二階に通すほどの顔見知りは、自然と限られてくる。


 しばらく放置していたが、諦めてはくれないようだった。

 ゆっくりとした動作で立ち上がって、自宅のドア開ければ。

 そこには金髪に碧眼の二十代の若者が立っていた。


「アカネいるか?」

 あぁ、ヴィルトだ。アカネの友達の。

 すっかり鈍くなってしまった頭でそんな事を想う。


「……いない」

「そうか。今日はトールに用があってきたんだ」

 短く答えれば、ヴィルトはずかずかと中に入ってくる。

 憔悴して、身なりの整ってない俺を見ても何も動じた様子がない。


 ゆっくりと回りはじめた頭で、ヴィルトがどうしてここにいるんだろうと思う。

 ヴィルトは故郷であるバティスト領で新婚生活の真っ最中のはずだった。


「これから新婚旅行に行くんだ。長い間留守にするから、その前に言っておかなきゃと思ってさ」

 あたしの疑問を読み取ったかのように、ヴィルトが口にする。

 ――何の用かしら。相手をする気分じゃないんだけど。

 言葉にすることさえ面倒で、ヴィルトが腰を下ろしたソファーに向かい合うように座る。


「アカネを元の世界に帰したんだな」

「……」

 責めるでもなくヴィルトは口にした。

 いないとだけ言ったのだけれど、まぁこの様子を見れば察しは付くだろう。

 それにしては冷静だなと、そんなことを思う。

 ヴィルトのことだから感情的に怒鳴りつけて、俺を殴るくらいしそうなものなのに。


「ミサキを取り戻すためにニホンに行った時、アカネに会った」

 ヴィルトの告白に、目を見開く。

「ようやく反応してくれたな。そんな風になるくらいだったら、最初から手放さなければいいのに」

 俺を見てヴィルトは、呆れたように口にした。


 ヴィルトの想い人で今は奥さんであるミサキは、俺やアカネと同じトキビトだ。

 屋敷でメイドをしていた彼女は、幼いヴィルトに懐かれてずっと求婚を受けていた。

 王の騎士になったら結婚してあげる。

 そう彼女に言われたから、ヴィルトは難関と言われている王の騎士の試験にも受かって、その地位を手に入れた。


 けれど彼女はヴィルトから逃げ出して、懐中時計を口にして。

 元の世界へと一度戻ったのだ。

 詳しい事情は知らない。

 けれど、ヴィルトは彼女を連れ戻すためにヤイチの力を借りてニホンへと行って。

 無事に彼女を取り戻して、今この場にいた。


「アカネはどうしてた」

「どうしてアカネを手放した奴に、教えてやらなきゃならないんだ?」

 聞けば、ヴィルトが低い声でそんな事を言う。

 冷静に見えたけれど、声には怒りが滲んでいるように聞こえた。


「手放したくて、手放したわけじゃない!」

 テーブルを叩けば、じんと痛みが遅れて手に伝わる。

 それをヴィルトは冷めた目で見ていた。


「アカネはトールさんといることを心から望んでた」

「そんなの、言われなくてもわかってる!」

「じゃあどうして」

「俺と一緒にいたら、アカネは大人になれない! 俺につき合わせて、七歳のままでなんてずっといろっていうのか。七歳のままじゃ結婚だってできないし、夫婦にだってなれはしない!」

 立ち上がって叫ぶ。

 ヴィルトはそんな俺を、ただ真っ直ぐに見透かすように見つめてくる。


「大人だろうと子供だろうと、結婚できなくて夫婦になれなくても。アカネはトールさんの側にいられれば幸せだった」

「……っ」

 事実をただ口にしたというような言葉。

 唇を噛み締めれば、座れよとヴィルトが促してくる。


「アカネとはミサキとデートしてる時に偶然出くわしたんだ。すかいたわーとか言う最近できたらしい雲を突き抜ける塔に登ったり、げーむせんたーでぷりくらを撮ったりした」

「すかいたわー? 最近できたって事は……ミサキは俺と同じ年代のトキビトなのか?」

 ヴィルトの言葉に食いつく。

 俺がこっちに来た時、あのタワーは丁度できたばかりだった。

 そんな俺にヴィルトはちらりと目をやって。

 それから、さぁなと口にした。


「俺はニホンに詳しくないからよくわからない。ただ、あの時代にアカネもいた」

 元の世界に戻ればアカネと会える。

 この世界から、今の自分の目の前からいなくなっただけで。

 アカネがどこにも存在していないわけじゃないことを、今更に思い出す。


「アカネはトールさんが望んだように大人の姿だった。ただ……」

 そこでヴィルトは言葉を濁す。

「何、言いなさいよ」

「ようやくいつもの調子が戻ってきたんだな。そのオネェ言葉の方が落ち着く」

 催促すればふっとヴィルトは笑う。

 少し居たたまれなくなって、そのあたりにあったゴムで髪を縛り、多少身なりを整えてからヴィルトに向き直った。


「この先を聞くのか? 聞かないほうがいいと思うけどな」

「……いいから言って」

 思わせぶりなヴィルトに、少し怖くなる。

 でも、元の世界でのアカネの事を知りたかった。


「アカネの側には男がいた」

 その言葉に目を見開く。

 ズンと冷たい固まりが胸に落ちてきたかのような心地になる。

 ヴィルトが見てられないなと、あたしを見て溜息を吐いた。


「つい最近恋人になったんですよって、アカネは幸せそうに笑ってた」

 ズキズキと胸が痛む。

 アカネが幸せだったと聞いて、喜ぶべきところなのに……今のあたしの心の中にあるのは黒いモヤだ。

 自分で送り出しておいて、嫉妬なんてする資格はないのに。

 

「トールさんの代わりを、アカネは見つけてた。もうあんたの事なんてどうでもよさそうだった」

「っ……!」

 ヴィルトを睨んだってしかたないってことはわかっていた。

 これはあたしが自分で導いた結末だ。

 でも、この感情をどこへ向けたらいいのかわからなかった。


「なんて言ったら……どうする?」

 ふいにヴィルトはさっきまでの真剣な顔をやめて、悪戯っぽい顔で笑う。

「あ、あんたね!」

 どうやらからかわれていたらしい。

 悪趣味だ。


「そんな顔するくらいなら、最初から素直になればいいのに。どうしてトキビトって奴は、自分の望みを隠すんだろうな。どんな姿だろうとアカネはアカネだし、側にいたいなら手離さなければいい。何を悩む必要があるのか俺にはわからない」

 はぁとヴィルトは盛大に溜息を吐く。

 この顔は本気でわからないと思っている顔だ。

 ヴィルトのように、自分の想いに真っ直ぐなタイプにとって、あたしの行動は矛盾しているように見えるんだろう。


「トールさんの事をアカネが忘れてるって言うのは嘘だ。ただアカネは、どうしようもない男に引っかかってた。はっきり言って最悪の事態だ」

「それ、どういうこと?」

 暗い口調で呟くヴィルトに、問いただす。


「アカネはああいう性格だから、笑ってたけどさ。その男、アカネに……酷い仕打ちをして一度捨ててるんだよ」

 傷ついたアカネを拾ったその男は、アカネに優しくして自分なしではいられないようにした。愛してるなんて囁いてアカネを夢中にさせておいて。

 アカネが好きだと告白すれば、その男はアカネをあっさり捨てたらしい。


「突然捨てられて、縋るアカネに容赦しなかったらしい。毎日泣いて暮らしてたってアカネは言ってた。そいつトールさんにそっくりだったから、その影をアカネは無意識に追ってたんだな」

 なのにその男は最近急にアカネの前に現れて。

 都合よく、アカネによりを戻そうと言ってきたとの事だった。


「俺には今のそいつが、アカネを幸せにできるとは思えない」

 あたしに向かって、ヴィルトはそんな言葉を呟く。

「ヴィルト、アカネとそいつを引き離すくらいはしてきたんでしょうね!?」

 身を乗り出して胸倉を掴んで迫れば、いやとヴィルトは首を横に振った。


「アカネが選んだことだ」

「でも、そんなのって! あたしはアカネの幸せを願って手放したのよ!」

「それはトールさんが思うアカネの幸せだろ。あんたがいなければ、どこにいたってアカネは不幸せだ」

 そんなこともまだわからないのかと、ヴィルトは呟く。


「アカネを幸せにできるのは、トールさんだけなんだよ。好きなら追いかけたらいいだろ」

 それとも、とそこで一旦ヴィルトが言葉を切って。

 挑戦的な目をあたしに向けてきた。


「それともトールさんは、おばあさんになったアカネは無理か? 子供の姿だからってアカネを遠ざけたくらいだもんな」

 何をヴィルトは言っているのか。

 子供だろうと、おばあさんだろうと、アカネがアカネであるのなら何の問題もない。見た目なんて大したことじゃない。

 そんなことはあたしのアカネに対する想いの、何の妨げにもならない。


 馬鹿にしてるのかと思ったところで。

 あたしは何を塞ぎこんで悩んでいたのかと気付かされる。

 今ニホンにアカネはいるのだ。

 昭和と平成、どれくらいの時があたしとアカネの間あるのかはわからないけれど、確かにそこにアカネがいる。

 子供の姿から解き放たれて、成長したアカネがそこにる。


 なら何の問題もないじゃないか。

 アカネがどんな姿をしていようと愛せると、あたしは躊躇いなく言えるのだから。

 例えアカネがおばさんでも、おばあさんでも。

 子供でないなら結婚はできるし、一緒に歩んでいける。


 あたしはどうして、苦しんで考え込んでいたんだろう。

 こんなにも、簡単なことだったのに。


「……なめんじゃないわよ。アカネが子供だろうが、歳を取っていようが。どんな姿だろうが、誰よりもあたしがアカネを愛しているに決まっているじゃないの!」

 見くびるなというように、立ち上がって想いを口にすれば。

「そうこなくっちゃな」

 それを待っていたというように、ヴィルトが楽しそうに笑った。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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