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【12】あたしにできること

 ヴィルトの結婚式。

 ここに辿りつくまでに色々あったけれど、ヴィルトは幸せそうだった。


 アカネは親友のヴィルトが長年の想いを叶えたのを心から喜んでいて。

「二人とも幸せそうですね。わたしとトールも、こんな結婚式をしましょう!」

 あたしに相手にされないってわかってるのに、懲りずにそんな事を言ったりしていた。


 花嫁さんを見るアカネの目には憧れの色。

 昔からアカネは、将来の夢はお嫁さんですなんて言っていた。

 きっとアカネなら綺麗な花嫁になれる。

 そんな事を思う。


 人懐っこくて、愛嬌のあるアカネはきっと元の世界に戻っても愛される存在になるだろう。

 アカネを好きになって、大切にしてくれる人もきっと現れる。

 こうやって皆に祝福されて、結婚式をあげて、子供もできて幸せな家庭を築いていくはずだ。


 その隣にいるのはあたしじゃないけれど。

 時代がずれていても、昭和と平成なら会える可能性もゼロじゃない。

 その時にアカネがおばあさんになっていても、その子供や孫が見れるならそれでいい。

 永遠の別れというわけでは決してなくて。

 会おうと思えば、いつかきっとどこかでまた会える。


 ――駄目ね、こんな良き日に感傷に浸るなんて。

 気持ちを切り替えなきゃ。

 どうにも別れが近づいていると思うと、暗くなってしかたなかった。


 気付けば、花嫁がブーケを投げるために台に上がっていて。

 ヴィルトがアカネに目配せしてきた。その後であたしに視線を合わせたから、つまりはアカネにとらせてやれと言いたいんだろう。

 体を持ち上げてやれば、うまくアカネはそのブーケをキャッチした。


「やったじゃない!」

 まさか取れるとは思ってなくて、興奮してアカネを抱きしめる。

「きっと元の世界にもどったら、素敵な人がアカネの事を幸せにしてくれるわ。これであたしも安心ね」

 言えば明らかにアカネはふくれっつらになった。

 思ったとおりの反応。

 可愛くて、そのぷにぷにのほっぺをおしたくなってしまう。


「次はわたしと、トールの番だから!」

 そんなあたしに、めげずにアカネはブーケを押し付けてきて。

 苦笑いしながらあたしはそれを受け取った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「……できた」

 結婚式が終わってしばらくして。

 ずっと密かに取り組んでいた作品ができあがった。


 アカネが結婚式で使うための、花嫁のベール。

 この世界にある特殊な糸を使ったもので、光の加減で白から透き通るような虹色に見える。


 それを畳んで、メッセージカードと一緒にバッグに入れる。

 二日分の服と日持ちする食料、換金出来そうな宝石類。時代が違うと使えないかもしれないと思いながらも、この世界に来た時あたしが持っていたニホンのお金も入れた。

 ニホンの常識的や、困ったときの対処法を書き綴ったノートを入れてチャックを閉める。

 これらは全部、元の世界に帰すアカネに持たせるためのものだ。


「……」

 手元には一枚の紙。

 あたしの連絡先を書いたメモ。

 

 これを入れるべきかどうか悩む。

 アカネの未来のどれくらい先にあたしがいるかはわからない。

 なのに、希望を抱かせるようなことをしていいんだろうか。

 あたしがアカネを捜す分には構わないのだけれど、アカネにはあたしの事なんて気にせずに生きて欲しい。

 いやでも、やっぱり……ちょっとくらいは気にして欲しいけど。


 我ながら女々しい。

 アカネは自分の住んでた場所さえ覚えてないというのに。

 向こうの世界に戻ってから出会える確率なんて、本当は雀の涙くらいしかない。

 それでも縋りたくなってしまう。


 結局自分の名前を書かずに、電話番号だけそっと忍ばせる。

 悩んで元の世界の芳野よしのとおるという名前は書かなかった。

 この世界でのあたしはトールという名前で通していて、アカネも苗字までは知らない。

 家も何も関係ないただのトールとして、あたしはこの世界で過ごしていた。


 名前を書けば、きっとアカネは元の世界でもあたしの姿を追ってしまうから。

 アカネがあたしに縛られないように、でももしも出会えるのなら。

 そんな希望を、そっとバッグに忍ばせた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 アカネをデートに誘って、植物園に行く。

 たっぷりと甘やかして、大好きよと囁いて。

 最後の時間を楽しむ。


 それからアカネを工房へ連れて行った。

 用意しておいた茜色のワンピースを見せれば、アカネは驚いた顔になる。

 アカネがあたしの元に来て一年目に贈ったワンピース。

 夏仕様に袖を短くして、合わせて髪飾りも作ってみた。


「うん、よく似合うわ」

 やっぱりアカネは可愛い。

 鏡の中のアカネに微笑めば、これ以上ないというほどに心細そうな顔をしていた。


「ねぇ、トール」

「ん? なぁに?」

 不安そうなアカネに、優しく話しかける。


「わたし、ここにいていいよね。トールの側にずっといていいよね?」

 お願いだから頷いてというようなアカネに、そっと視線を合わせる。

「――駄目よ、あなたは帰らなきゃいけないの」

 言えばアカネの顔がくしゃりと歪んだ。


「わたし帰らないよ。ずっと子供のままでも、トールの側にいたい」

 ぽろぽろとアカネの目から涙が零れ始める。

 震える声に、耳を塞ぎたくなる。

 アカネの悲しい顔なんてみたくはなかった。


「トールは、わたしのこと嫌いなの?」

「そんなわけないでしょ」

 わかっているくせにアカネはそんなことを聞いてくる。

 なだめるように、わかってほしいという気持ちをこめて頭を撫でた。


「アカネ、あたしあんたが世界で一番好きよ」

 その小さな頭をあたしの胸に押し付けるようにして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 この気持ちが少しでも多くアカネに伝わるように。


「あたしがあんたを愛してるってことだけは、ちゃんとわかってほしいの。こんなあたしを受け入れて慕ってくれたこと、あたしだけを見ていてくれたことが、特別だって思えて幸せだった。本当に欲しかったものをアカネはくれたのよ」

 心からの感謝の言葉。

 アカネがいたから、あたしはあたしでいられた。


 可愛いものが好き。

 服を作っていたい。

 その願いを叶えたはずなのに、何かが満たされなくて。

 あたしはこの世界に居続けていた。

 

 でも今ならわかる。

 あたしは、こんなあたしを愛してくれる誰かが欲しかった。

 可愛いものが好きで、世話を焼かせてくれて。

 こんな男らしくないあたしを肯定して、愛してくれる誰か。

 大企業の跡取り息子の『芳野透』じゃなくて、トールとしてのあたしを見て欲しかったんだと思う。


「素直で可愛くて、賢くて。アカネはあたしの自慢の娘よ。だから誰よりも幸せになってほしい。あたしのことなんて忘れたっていいから、女の子としてちゃんと幸せを掴んでほしいの。ここであたしとずっと一緒にいたら、あんたはいつまで経っても子供のままだから」


 忘れたっていいというのは嘘だ。

 本当は忘れてなんてほしくない。

 アカネの幸せを願いながら、どこかで自分の事をずっと想っていてほしいなんて考えている。


 それでもあたしは嘘をつく。

 アカネの幸せに繋がることを願って。

 それがアカネのために、あたしができる最後のことだから。


「トールは、わたしをひとりにするつもりなんだ……」

「あんたはもう大人よ。あたしがいなくてもやっていけるわ。だってあたしの娘ですもの。すぐにあんたを誰より大切にしてくれる人が現れる」

 アカネの言葉に胸が痛む。

 優しく宥めるように言えば、アカネがあたしの胸に縋り付いて来た。


「やだ……やだよ、トール。ひとりは嫌だ。トール以外はいらない。いい子にするから。だからお願いわたしを捨てないで」

「わかって頂戴、アカネ。捨てるわけじゃないの。ここにいることは、もうあんたのためにはならないのよ」

 この日のために準備したバックを、アカネの体にかける。

 アカネは抵抗したけれど無理やり押し倒して、バッグをかけさせた。


 首に下がるアカネの懐中時計を手に取る。

 トキビトの誰もが持っている懐中時計。

 アカネのそれはあたしのそれよりも小ぶりで、綺麗な銀色をしていた。


 この小さな時計の中に、アカネの元の世界での時が詰まっていて。

 口にすればこの世界に来た時間と同じ時間に戻れるのだと、あたしはヤイチから聞いていたし、それを知っていた。


「ほら、アカネ。口を開けて?」

 抵抗するアカネの口に、無理やり懐中時計を押し込む。

 するりとそれはアカネの小さな口の中に消えて、こくりと小さな喉が鳴る。

 普通の懐中時計じゃないそれは、アカネの体に取り込まれて。

 ゆっくりとアカネの体が、砂時計を逆さまにしたときのような光の粒を伴って消え始める。


「ごめんね。いつまでもどこにいても、愛しているわ」

 掴むアカネの手の感触が薄れてく。

 最後まで泣かないと決めていたはずなのに、アカネの上にあたしの涙がぽたぽたと雫となって落ちる。


 さよならと頬にキスをすれば。

 あたしのアカネは、この世界から消えてしまった。


 アカネを自分の手で帰して。

 しばらくそこで佇む。


 涙はぽろぽろと零れるのに、心は麻痺したように何もなかった。

 自分の真ん中に、ぽっかりと穴が空いてしまって。

 悲しいとか苦しいとかそういう気持ちさえ、そこから零れ落ちていく。


 握り締めてたはずのぬくもりが、もう手の中にない。

 もう、この世界のどこにもいない。

 喪失感にあたしは包まれていた。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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