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【11】気付いた気持ちと近づく別れ

「おかえりなさい。待たせてもらっていますよ」

 寝てしまったアカネを背負って家に帰れば、ヤイチがくつろいでいた。

 あたしの背負っているアカネを見て、動じた様子もない。


「ヤイチ……お前、あの薬が一日しか持たないって知ってたな?」

 男言葉になるのも構わす問い詰めれば、ヤイチは誤魔化すような笑いを浮かべる。

 やっぱり知っていたらしい。


「何で教えてくれなかった!」

「聞かれませんでしたから。そんなに大きな声を出すと、アカネさんが起きてしまいますよ?」

 声を荒げれば諭されて、一旦アカネを部屋のベッドに寝かしつけてから、ヤイチを問い詰めることにする。


「エルフの国産の魔法薬の中で、うちの国に輸入が許可されているものは限られています。この薬はその一つで、一日だけ大人になる薬。正しくは十八から二十代の姿になることができるグッズで、お遊びのような品です」

 本当に人を大人にしたり、子供にしたりする薬が出回ればそんなの悪用されますよ、なんてヤイチは淡々と言う。

 少し考えればわかると思うのですがと言った様子だ。


「ちなみにこの薬、使った間の事を本人は忘れてしまいます。しっかりとした身分証で身元も確認して売るので、手に入れるのは難しいんですよ。主に貴族が恋人相手に使ったりして楽しむ品ですね」

「それを先に言え! ヴィルトはこの事知ってるのか」

 胸倉を掴めばヤイチは少し驚いた顔をして、それから目を細める。

 今の行動で、何かアカネとの間にあったんだなと感づかれてしまったに違いない。


「効果が一日ということも、使用中の記憶が消えることも知らないみたいでしたね。説明書もエルフの文字で書かれてたみたいですし。騎士の仲間から、そういう薬が売っているという噂だけ聞いていたんだと思います」

 善意からですから怒らないであげてくださいねと、和服の襟を正してヤイチは立ち上がる。


「……はぁ、わかったわ。もういいわよ」

「あなたの時計を見せてくれませんか?」

 熱くなりすぎたと息を吐いて心を落ち着ければ、ヤイチは突然そんな事を言ってきた。


「あんたいきなりね……別にいいけど」

 トキビトの証である懐中時計を言われて差し出せば、ヤイチはその時計の蓋を開く。

 それから少し眉を寄せた。


「どうかしたの?」

「いえ、なんでもありません。あなたはまだ元の世界に帰るつもりでいるのですね」

 首を傾げれば、静かにヤイチが呟く。


「……帰るわよ、いつかは」

「向こうの世界の家族はあなたにとって、大切な人たちなんですね」

 あたしに、ヤイチがしんみりとした様子で口にする。

 どこかうらやましそうにも聞こえる、複雑な思いが混じった声で。


「そうよ、あたしは家族が大好きだもの」

 大切じゃなければ、そもそも悩んでこの世界に来たりしなかった。

 家族の期待なんて気にせずに、好きな道を歩いている。


「アカネさんは、どうするつもりですか」

「その時が来たら……元の世界へ返すわよ」

 ヤイチの問いかけに答える。

 今までと同じように。


 何度も口にするたび胸が痛んできた言葉は。

 アカネへの気持ちに気付いた今――これまで以上に自分の心を抉るようだった。

 


●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 起きてみたらアカネは、大人姿になっていた時の記憶を全て失っていた。

 あたしに告白したことも、キスをしたことも全て。

 薬を飲んだ事までは覚えているみたいだったので、大人になっている時の記憶は消えるみたいよと言えば、物凄く残念がっていた。


「大人になったわたしはどうでしたか?」

「いつもと変わらず、可愛かったわよ?」

 話を聞きたがるアカネに、当たり障りのないことを言って頭を撫でる。


「何か変わったことは、本当になかったんですね?」

「えぇなかったわ。アカネがお昼を作ってくれて、ヤイチと一緒に食べて。その後植物園まで足を伸ばしたくらいね」

 普段どおりの態度で言えば、アカネは納得のいかないような顔をしていたけれど。

 覚えていなくてよかったと本当に思う。


 今まで通りに、元に戻っただけ。

 そう言い聞かせる。

 

 あたしがいくらアカネを好きだとしても。

 いつかは別れなくちゃいけない。

 

 ――アカネは俺を好きだって言ってくれたんだし、帰さなくてもいいだろ。

 そう思う自分は確実にいる。

 でも、それだとアカネはやっぱり七歳のままで。


 あたしがそういう意味でアカネを愛していても、七歳の姿じゃ何もできない。

 あたしでは、アカネに幸せな未来をあげることができない。

 普通に恋をして、温かな家庭を気付いて、子供を育てる。

 そんな普通の幸せを、この世界で出会ったあたしじゃ築いてあげられない。

 どんなに愛していても――だ。


 未来は何も変わらない。

 押し殺す気持ちの大きさが、余計に量を増しただけで。

 この気持ちに気づかないままでいればよかったと思う。

 苦しくて苦しくて、潰されてしまいそうだった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 それからしばらくして、ヴィルトが王の騎士になることが正式に決まって。

 ヴィルトの結婚式のためのドレスを、ヘレンと一緒に作っていた。

 そんな折、アカネに呼び出されたと思ったら。

 ――いきなり指輪を突きつけられた。


「あたしにプレゼント? 今日誕生日じゃないわよ?」

「知ってる。あのねトール。わたし、トールが好きなの」

 思わず目を丸くする。


「トールが好き、大好き! 元の世界になんて帰らなくていい。ずっとトールの側にいたいの。そんな風に見られてないってことも、わたしじゃトールにつりあわないことも、子供だってこともわかってる。でも、大好きなの!」

 いつかの大人姿のアカネが、目の前のアカネに重なって見えた。

 その体のどこにそんな情熱が眠っているのかと思うほどに、熱烈な愛の告白に胸の奥が苦しくなる。


 もう潮時なんだと、そんな事を思った。

 これ以上アカネと暮らしていくのは無理だと、悟る。


「本当はもっと早く、アカネを元の世界に戻すべきだった。わかってたのに、手放せなくて、だからこんなことになったのよね。あなたに辛い思いをさせたくはなかったのに」

 それができなかったから、アカネにこれから辛い思いをさせてしまう。

 もっと早く別れていれば互いに、ここまで苦しむ必要はなかったのに。


「あたしは元の世界に帰らなきゃいけないから、アカネとずっと一緒にはいられないのよ。それに、もうアカネは一人で生きていける。体は小さくても大人ですもの」

 アカネを諭すように、自分に言い聞かせるように。

 準備してきた言葉を口にする。


「いやです! トールと離れるくらいなら、ずっと子供のままでいいです。トールを好きだなんて言わないから、側に置いてください!」

 涙ながらにアカネが訴えてくる。

 七歳のように振舞って、アカネはずっと生きていくつもりなんだろうか。

 そんなの、辛いに決まってる。


「……ずっと子供のままでいいなんて、そんなわけがないだろ」

 自分でも驚くほどに、低い声が出た。

 アカネがびくりと身を震わせて、俺を見る。


「俺は、アカネに誰よりも幸せになってほしいんだ! こういうウェディングドレスを着て、旦那さんを持って、子供に恵まれて。たとえどこか遠くで、一生会えなくたって、アカネが幸せならそれでいい!」

 

 泣いてしまいそうで、堪えるように拳をぎゅっと握り締めて叫ぶ。

 そんなの建前でしかなくて、本当は俺だってアカネに側にいてほしい。

 でもそれは無理な願いだ。

 だから、これ以上――苦しませないで欲しかった。


「だから、そうやってわがまま言って困らせるな。ヴィルトとミサキの結婚式が終わったら、アカネを元の世界に帰すつもりでいるから」

 宣告すればアカネは、目を見開いて固まって。

 そんな表情を見たくなくて、その場を早足で後にした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 しばらくアカネは塞ぎこんでいて。

 そんなアカネを見ていたら、決意が揺らぎそうになる。

 それでも堪えていたら、ある日アカネがあたしの所に何かを決心した表情でやってきた。


「あのね、わたしはやっぱりトールが大好き」

 力強い声で宣言するアカネには、迷いというものが一切なかった。

「トールもわたしが大好きって言ってくれるまで、トールを口説くつもりだから覚悟してて!」

 そう言うだけ言って去って行く。


「諦めては、くれないのね」

 アカネが去った後の誰もいない廊下で呟く。

 手ごわいなとそんな事を思いながら、それでもアカネが好きだと言ってくれることに嬉しくなってしまう。

 アカネが思っている以上に、あたしは重症だ。


「今日もトールの料理は美味しいです。わたし、こういう料理ができるお婿さんが理想です」

「……そうありがと。でも、女はちゃんと料理できたほうがいいわよ」

「トールの好みがそういう人なら、わたし努力します!」

 アカネときたらこんな調子で、攻めの一手をしかけてくるようになった。


 というか、アカネが一応料理できることくらい知っている。

 あたしの好みをいうなら、もう努力する必要なんてない。

 どちらかというと、あたしは作ってあげたいタイプだし。

 それに、美味しいと言ってアカネが食べてくれるだけで幸せになれる。

 ……口にすれば、アカネが勢いづくから言ったりはしないけれど。


 毎日のように愛を囁かれる。

 そんなものにほだされたりするほど、あたしは単純じゃない。

 そう思っていたのだけれど……意外と単純だったらしい。

 アカネに好きと言われれば嬉しくて、そっけないふりをするのにも一苦労だった。

 

 相手にしない事に決めるのに、アカネが悲しそうな顔をするたびに、罪悪感が積もっていく。

 そしてあたしは、吹っ切れた。


 アカネを返すと決めた期間まで、もう二ヶ月と迫っていた。

 ならいっそ、その最後の時間を大好きなアカネと思いっきり過ごそうと決めた。


「わたしとデートに行きませんか?」

「誘うからには、あたしをばっちり楽しませてくれるのよね?」

 アカネの誘いにそうおどけて見せれば、華やぐような笑顔をアカネは見せてくれる。

 やっぱりこういう顔がアカネには、一番よく似合う。

 そんな事を思った。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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