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【8】大人な彼女

 二年近く続いていた隣国との戦争が終わって。

 ヴィルトが街に帰ってきた。

 騎士学校を卒業したヴィルトはその後、戦地へと赴いていて。

 久々にあうヴィルトは体つきが別れた頃よりがっしりとして、大人の男に成長していた。

 武勲をあげて帰ってきたヴィルトは、これからこの領土の騎士として働きながら、王の騎士になるための試験を受けるらしい。


「俺絶対に王の騎士になって、ミサキと結婚するから。来年の六の月に合わせてウェディングドレスを作るようにヘレンに依頼しておいて欲しいんだ」

「来年って、あんた今年の六月もまだ来てないのよ? そもそもこっちに来てから一度もミサキちゃんに会ってないのに、結婚の約束ちゃんと取り付けたの?」

「断らせはしないから大丈夫だ。色々手配があるだろ? 招待状も今から用意しなきゃいけないし」


 さすがに強引すぎはしないか思いながらも、ヴィルトがミサキという子にベタ惚れなのはよく知っていた。それでいて、ミサキという子もヴィルトを憎からず思っていると聞いている。

 ヴィルトらしいわねとそんなことを思っていたら、おもむろにヴィルトがポケットから小瓶を取り出す。


「それとこれ、事前に手紙で言ってたやつ」

「ありがとうございますヴィルト!」

 あたしの隣にいたアカネに、青紫色の液体が入った小瓶をヴィルトは手渡した。

 中にはキラキラと輝く粒子や小さな花、月のような形がした石みたいなものが入っていて綺麗だ。

 昔修学旅行に行った時、沖縄で買った星砂のビンに似てるなとそんな事を思う。


「それは何?」

「交易の街で見つけた、エルフ国産の珍しいお土産」

 あたしの問いかけに、ヴィルトはにっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 それはヴィルトが時々見せる、何か企んでいる時の表情に似ていた。


「この借りは必ず出世払いで……!」

「アカネと俺の間にそんなのいらないだろ。親友が困ってたら助けたいと思うのは当たり前だ。使い方は手紙で説明した通りだ。説明書の方はいらないと思うけど、念のため後でヤイチさんに訳してもらってから送るな」 

 アカネは恐縮した様子でヴィルトからその小瓶を受け取る。

 エルフ国は工芸品で有名で、それらはどれも高価だ。アカネは恐縮してしまっているみたいだった。


 この数年ですっかり大きくなったヴィルトがしゃがんで、アカネと目線を合わせる。

 そこにあるのは、相変わらずの少年の笑み。


「頑張れよ、アカネ!」

「……ヴィルト!」

 二人は互いの手をパチンと合わせる。

 何を激励しているのかはよくわからないけれど、成長しても二人の友情は変わらないらしい。

 その光景にほのぼのしながら、あたしは仕事に戻った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 


「あのっ!」

 店で閉店の準備をしていたら、声をかけられて振り返る。

 そこには女性が立っていた。

 胸部分をかろうじて隠すくらいの、ぱつぱつになった上着と、腰巻程度の長さしかないスカート。

 真っ白なお腹や、少しぷにっとして触り心地のよさそうな腕や足がそこからむき出しになっていた。


「トール、あたしです」

 真っ黒で艶やかな長い髪に、あたし好みの可愛らしい顔立ちをした、少女と女性の中間といった女の子。

 歳は十六から十八と言ったところだろうか。

 くりくりとした黒目をあたしにむけて、頬を真っ赤にさせて。

 一生懸命だとわかる顔で、あたしの名前を呼ぶ。


 もう夕方で、閉店間近。

 さっきまで店に、お客はいなかったから少し早めに店を閉めようとしていた所だ。

 いつの間にそこにいたんだろう。

 こんな子、知り合いにいただろうか。

 でもどこかで見たことあるような気もする。

 いやそれよりも――この子はこんな格好で外を出歩いていたんだろうか?


「トール」

 戸惑っていたら女の子が再度距離を詰めて、あたしの名前を呼ぶ。

「わたしアカネです! 大人になりました」

 必死な表情でそう告白してくる。


「へっ?」

 ぎゅっと抱きつかれて、ふわりと香ったのはアカネが使っているシャンプーの香り。

 見上げてくる顔は、確かにパーツがアカネのものだ。

 声も何もかもにアカネの面影があって。

 これはあたしのアカネだと、説明できない直感の部分で感じ取る。

 こんな信じられない事態だというのに、あたしはそれを受け入れていた。


「本当に……アカネなの? どうして、そんな姿に?」

「ヴィルトから貰った薬、大人になるエルフの魔法薬だったんです!」

 あたしの胸に顔をうずめながら、アカネがそんなことを言う。

 抑えきれない喜びを声に乗せながら。


 ヴィルトが小瓶はエルフ国産だと言っていた。

 エルフという種族は、イメージどおり妖精のような身なりをした魔法を使う一族だ。善良だけれど、悪戯も好きで、芸術を愛する。

 そのためエルフ国には細工師が多く、工芸品の質の高さで有名。

 エルフ国産の工芸品は、綺麗で値段も張る。


 それと同時に、エルフという種族は魔法の力でも有名だった。

 この世界には、あたしが住んでいた世界とは違って魔法や魔術が存在する。

 あたしが今いるこの国は、魔法や魔術に欠かせない魔素というものが空気中に存在してないらしく、あまりお目にかかることはないけれど、他の国では結構メジャーだと聞いていた。


 魔術と魔法の違いはあたしにはよくわからない。

 でもエルフの魔法薬と言えば有名どころだ。

 

 服飾関係についているからか、あたしの中にはエルフと言えば工芸品という先入観があった。

 まさか、魔法薬の方だったとは。


「これでずっとトールの側にいられますよね!」

 あたしを見上げてくる、アカネの顔が綻ぶ。

 幸せだというように、笑う。

 その表情に――あたしの胸がうるさくトクトクと音を立てた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 さすがにその服じゃまずいでしょと店を閉めてから、アカネを二階にある自宅へ連れて行く。

 二階には広い衣装部屋があり、そこの奥の奥、アカネですらいれたことがない場所へ連れて行く。


「とりあえずこれにしましょうか」

 簡単に着れるワンピースを手にとって、チャックを開ける。

 裾を捲り上げてすぐに着られるように準備したのに、アカネは動こうとしない。

「どうしたのアカネ。着替えないの?」

「えっ、いや……できれば一人で着替えたいかなと」

 言われてはっとする。

 ついいつもの癖で、アカネの着替えを手伝おうとしていた。

 

「そ、そうよね。いやだわあたしったら」

 アカネに服を押し付けて、すぐに後ろを向く。

 背後でする衣擦れの音が妙に耳に届く。

 できましたといわれ振り返れば、アカネが長い髪を手で持って、あたしに背中を向けていた。


「背中のチャックだけお願いできますか?」

「わ、わかったわ」

 ワンピースの布地の間から、白い背中が覗く。

 腰からうなじにかけての女性らしい曲線に、妙に興奮してしまっている自分がいて。

 今までそんなことはなかったのにと思いながら、煩悩を振り払うようにチャックを上に上げていく。

 

 ――なんでこんな事くらいで、俺は緊張してるんだ。

 アカネの着替えなんて毎回手伝ってきたし、女性客に頼まれて試着の際に背中のチャックを閉めることはあった。

 そんなのさらりと、何の思いもなくできたはずなのに。


「できたわよ。サイズはどうかしら」

「ばっちりですよ、トール!」

 アカネが振り返ると、ワンピースの裾が揺れる。


 あぁ、イメージ通りだと頭の中で自分の声がした。

 この奥にある服は全部、大人になったアカネに似合うんじゃないかと思って作った服たちだ。

 アカネといるとふとした瞬間にイメージが湧いてきて、何かに取り憑かれたように作り続けた服は結構な数になっていた。


 こんなにいっぱいあったところで、いざ元の世界にアカネが戻る時に、持たせきれるはずがない。

 わかってはいたのだけれど、これはアカネのために作った服だから店に出すのも違う気がしてしまってあった。


 主に着られることのなかったはずの服が、アカネによって息を吹き込まれたかのように輝いて見える。

 その姿を見たかったんだと、心の底から思った。


「トール、そんなに見つめられたら……恥ずかしいです」

「わ、悪い!」

 気付けば見とれていたらしい。

 アカネが真っ赤になったアカネに指摘されて、オネェ言葉さえ忘れて謝る。


「いえ嬉しいです。トールは、この姿のわたしが好みだったりするんですね?」

 確認されて、うっと息を飲む。

 それを見てアカネは、ぱぁっと表情を明るくした。

 

「好みとかそういうのじゃないわよ。いや、好みといったら好みだけど、そうじゃなくて。大人になったアカネがあまりにも想像通りだったから……」

 言いながら何だか言い訳染みてると、自分で思う。

 アカネにペースを崩されてしまっていると思うのに、普段どおりのオネェ言葉で話すのが精一杯で頭がまとまらない。

 にやけて笑うアカネの視線に、顔が赤くなる。


「ほら、とりあえず下着の方を買いにいくわよ。いきなり大きくなったりして。うちではブラなんて取り扱ってないんだから」

 日が沈むと閉まる店が多いけれど、弟子の店なら融通が利くだろう。

 照れ隠しのようにそう言えば、アカネが腕を組んでくる。


「わかりました。行きましょう!」

 腕にむにっとした柔らかい胸の感触。

 ――わざとやってんの?

 ついアカネを見れば、えへへと嬉しそうに笑いかけてくる。

 その様子は無邪気そのもので。


「トールとこうやって腕を組んでおでかけなんて嬉しいです。今までは手を繋ぐことしかできませんでしたから!」

 憧れてたんですとアカネは嬉しそうに口にして、あたしの腕にぎゅっと縋りつく。

 大人姿になって浮かれているみたいだ。

 あたしと腕を組むくらいでこんなに喜んで――本当にズルイくらいに可愛い。


 ――落ち着け、落ち着くんだ俺。

 俺はオネェだし、アカネは娘。

 さっきまで七歳だった。だから姿が変わったくらいで、こんなにドキドキするのはおかしい。


 今まで女性客に同じ事されても平然としてただろうが。

 なのにこれくらいでどうして動揺してるんだ。

 こんなの、何て事ない。

 言い聞かせてみたけれど、胸の鼓動は治まってくれなくて。

 店の外に出る前に、そっとアカネの腕を外す。


「あっ……」

「大人の女性は、軽々しく男に腕を絡めたりしないものなのよアカネ?」

 残念そうな顔をするアカネをたしなめるように、そんな事を言って前を歩く。

 早足で歩きながら、アカネはいつもそうするように手を繋いでこようとする。

 気づかないふりをして、そのまま少し歩いて。

 振り返れば、アカネが泣きそうな顔をしていた。


「……しかたないわね。ほら、手を繋ぐわよ」

「はいっ!」

 差し出した手に、アカネの手が重なる。

 しっとりとした女性の手。


 幸せそうにあたしの横に並ぶアカネの姿に、湧き上がるのは例えようのない確かな幸福感。

 これはマズイかもしれないと、そんな事を思った。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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