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【6】親馬鹿とシスコンと

「すいませんトールさん、いいですか?」

「あら、クライス。久しぶりね」

 店の奥にある応接室に通せば、クライスが席に着く。


 クライスはあたしの友達で、二年半ほど前に知り合った。

 有名な騎士学校の制服を着ていて、夕方になると店の前を日に何度も通る、黒髪に黒目の男の子。

 どこかで見覚えがあるような気がして、かなり気になっていたのだ。


 その後、私の弟子であるヘレンの親戚だということがわかり。話かければ、妙に懐かれてしまった。

 今では大の仲良しだ。


 この世界に元々黒髪はなく、黒髪はニホン人であるトキビトの象徴みたいになっているところがあるのだけど。

 クライスは先祖にトキビトのいる、先祖返りというやつらしく。

 どう見たってニホン風の顔をしているのに、生まれも育ちもこの世界の人らしかった。


 クライスは極度の方向音痴。

 店の前を何度も通っていたのは、迷っていたからのようだった。

 さすがに二年半も経てば、迷い込んでくることは減ったのだけれど。

 ここ最近はクライスに悩み事があり、頻繁にあたしは相談にのっていた。


「今日は家から一時間で着くことができましたけど、本当このあたりは夕方になると雰囲気が変わりますよね。街並みが綺麗で、道まで変わったような気がして混乱します」

 クライスときたら、今日も迷ってからここにきたらしい。

 ちなみにクライスの家からあたしの店兼家には、迷わなければ十分くらいの距離だったりする。


「雰囲気が変わるっていうのは分かるけど、ここまで迷うのはクライスくらいだと思うわよ?」

 整備された街並みは夕焼け時になると綺麗で、この一角はデザインも統一されていて、趣があった。

 クライスはそれに目を取られてしまって、いつも迷い込むのかもしれない。

 そう思えば、自分が好きなものを褒められたようで嬉しくなる。

 この夕焼け時の街が好きで、あたしはここに店を構えていた。


「それでこの前の作戦はうまく行ったの?」

「はい。偶然を装って、ベアトリーチェを守ることができました。でも、彼女は諦めてないようで。どうやったら諦めさせることができるんでしょうか」

 尋ねれば、はぁと深い息をクライスは吐く。


 クライスの妹であるベアトリーチェは、幼馴染の男の子の事が好きらしい。

 けど彼から、ベアトリーチェは男だと認識されていて、それを訂正せずにここまで来ていた。

 幼馴染が騎士学校に入り、それを追いかけてこの街までやってきたベアトリーチェは、影で女らしさを磨き。

 この間、幼馴染に女として接触したらしい。


「僕ならどんな姿をしていても妹だとわかります。あいつは女姿のベアトリーチェを、妹だと見抜けなかった。そもそも何年も一緒にいながら、未だに妹を男だと思い込んでいる奴に――考えるだけで嫌です」

 ヒートアップしてきた自分に気付いて、クライスはぐっとそれを堪えるように拳を握りしめる。


「妹にふさわしいのは、僕以上に妹を想ってる相手じゃないと認められません。たとえどんなに妹が、相手のことを好いていてもです」

「わかるわ。あたしもアカネに対して同じこと思うもの」

 クライスは妹を相当に溺愛しているようで。

 妹に悪い虫がつくのが嫌だというクライスに、どうにもあたしは共感してしまっていた。


 アカネをあたしから奪って行く相手は、絶対にあたし以上にアカネを愛している奴じゃないと認められない。

 まぁ……アカネがそういう相手を見つけるのは、元の世界に戻ってからの話になるので、その相手すらあたしは見ることができないのだけれど。


「ちゃんと中身まであの子のことを見てくれて、大切にしてくれるって思える相手じゃないと、絶対に駄目ね。ベアトリーチェちゃんもうちのアカネも、見た目で少し誤解を受けやすいから、尚更」

「そうなんですよね」

 あたしの言葉に、クライスが同意する。


 ベアトリーチェに会ったことはないけれど、男の子として育てられたという事情は聞いていた。

 今でも普段は男装をして、クライスの弟として過ごしているらしい。

 七歳にしか見えないうちのアカネと一緒で、外見で損をしているという点は同じだ。


「でも……ベアトリーチェの良さは、僕だけがわかっていればそれでいいと思うところもあるんです。やっぱりおかしいですかね?」

「そんなこと無いわ。あたしも今同じこと思ってたから」

 自嘲するように呟いたクライスに、心から共感する。

 そして同時にあたしたちは、溜息を吐いた。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 


「それにしても、クライスは本当にベアトリーチェちゃんが大好きよね。いっそ自分が結婚したいわなんて、思ったりしない?」

「それは……」

 お茶を飲みながらからかい半分で口にすれば、クライスは黙り込む。

 この顔は考えた事があるという顔だ。


「あたしもね、考えたことがあるのよ。だってアカネを一番愛していて、幸せにできるのはあたしだって自信があるもの。自分が男だったら、あんないい子絶対に放っておかないわ」

 そんなクライスを微笑ましく思いながら、口にする。

 親馬鹿だという自覚は嫌というほどにあった。

 それくらいに、アカネはあたしにとって大切な存在だ。


「……トールさん」

 軽く笑い飛ばして、同意してくれるかと思ったら。

 クライスは何かを迷うような顔で、こっちを見た。


「どうしたの、クライス?」

「トールさんだから……言いますけど。僕とベアトリーチェは血が繋がってないんです」

 口を開いたクライスから、思いもよらない告白が飛び出す。

 

「えっ!? そうなの?」

「はい」

 思わず素が出てしまうくらいには驚く。

 遠くで店のドアが開いて、カランコロンという音を立てたのが聞こえた。

 たぶんアカネが帰ってきたんだろう。

 それよりもクライスのことが気になって、少し身を乗り出す。


「もしかしてなんだけど……そういう意味で好きなの?」

「……はい」

 あたしの問いに、クライスはゆっくりと頷いた。


「やっぱり、変ですかね」

「そんなことはないと思うわ」

 世間的には兄妹でも、血は繋がってないなら問題はない。

 クライスの従兄妹であたしの弟子のヘレンだって、この間血の繋がりがない義兄と結婚したばかりだ。


「トールさんなら、そう言ってくれるような気がしました。トールさんと僕は色々似てるから」

 ほっとしたような顔を、クライスはした。


「似てるって?」

「トールさんも、娘以上にアカネさんを特別に想っていますよね」

 断定するような口調で言われて、ついきょとんとしてしまう。


「まぁ確かに愛情は度が過ぎてる自覚はあるけど。娘以上って、アカネはまだ幼い子供よ? あたしが育てたし、歳も離れているわ。恋愛対象になるわけないじゃない……って、クライスが言ってるのは恋愛的な意味で当たっているのかしら?」

 真面目に答えて、違っていたら恥ずかしい。

 そう思って尋ねれば、クライスは予想が外れたというような顔をした。


「トールさんの愛情は、僕と違って家族に対するものなんですか?」

「そうよ? それ以外に何があるっていうの?」

 疑って確認するような声は、驚いているような響きすらあった。


「いや、でもそんなはずは! トールさんはアカネさんが好きなんでしょう!?」

 クライスは動揺しているようにも見えた。

 なんでそんなに取り乱しているのか、わからなくて戸惑う。

 まるで信じきっていた前提が覆されたかのような反応だ。


「さすがに血が繋がってなくても、自分が育てた子に恋愛感情を抱いたりしないわよ。それにアカネは七歳なのよ?」

「トールさんは社交的ですけど、人と接する時はある程度距離を置いてますよね。でも、アカネさんだけは自分の内側に入れてる。特別だというのは見ていればわかります」

 気を悪くさせてしまったらすいませんと、クライスが謝ってくる。

 意外とクライスは、あたしのことをよく見てるようだった。


「でもトールさん。自分が育てたとか、七歳の見た目だからとか関係ないと思いますよ。アカネさんがもう大人だってこと、近くで見てるトールさんが一番わかっているはずでしょう?」

 諭すように、クライスが口にする。


「クライスあんたね、どうしてもあたしがアカネをそういう意味で好きってことにしたいの? ロリコンの趣味はないんだけど」

「トールさんは少し矛盾してますよね。アカネさんを一人の女性として扱ってほしいと言うくせに、そういう時はアカネさんを子供扱いする」

 指摘されて確かにと自分でも思ってしまった。

 言われてすぐに言い返せなかったあたしを見て、ほらやっぱりというような顔をクライスはする。


「トールさんはアカネさんをいつか手放すつもりでいるんですよね。自分以外の誰かが、アカネさんの側にいることに耐えられるんですか。僕なら無理です」

 踏み込んだ質問を、クライスはしてくる。

 そんなのもう何度も自分に問いかけた。


 ――嫌に決まってる。

 アカネの側に、自分以外の誰かなんて想像できないししたくはない。

 俺以上に大切な誰かが、アカネにできて。

 甘えた声で俺以外の名前を呼ぶと思うだけで、苛立つ。


 もう会えないなんて、身が切り裂かれるほどに嫌に決まっている。

 でもじゃあどうしろって言うんだ。


 ――俺のために、アカネをこの世界に縛り付けて。

 ずっと七歳のままアカネにはいてもらえってか。

 そんなの俺が幸せでも、アカネの幸せじゃない。


 アカネは大人になりたがってる。

 それは最近のアカネを見ていたら、よくわかる。

 背伸びして化粧してみたり、子供じゃないんですよと主張してきたり。

 大切なアカネの未来を、俺が奪っていいわけがない。


「手放して後で気付いても遅いんですよ。トールさん」

 真っ直ぐな目で、心配するようにクライスは口にする。

 あたしの事を本気で想ってくれて、だからこそ言っているのだとわかる。


 でも。

 大事だから、大切だからこそ――手放す。

 きっと手放して後に、苦しくなることも覚悟の上だ。

 誰かに何かを言われる筋合いはないと思った。


「今日のあんたはやけに意地悪ね?」

 笑顔を作ってチクリと刺すように言えば、とんでもないとクライスが恐縮したように慌てる。


「意地悪なんてそんな。僕の目には、アカネさんもトールさんも一緒にいる事を望んでるように見えるんです。トールさんが僕と被って見えて、友達として後悔はしてほしくないって思ってるだけで!」


「今日のあんた、なんだかあいつに似てるわ」

 人をよく観察していて、こっちの本心を見透かすような目。

 ゆっくりと答えにこちらを導くようなやり方といい、似てると思った。


 無理強いはしないけれど、人の痛いところを突いて、揺さぶりをかけて。

 それでいて引き際も一応心得ている。

 お節介で、友達想いで、それでいて少し食えない。


「あたしの友達でヤイチって奴がいるんだけどね。言い回しがそいつにそっくり。顔立ちもよく見れば結構似てるわね」

 先祖返りのクライスは、ニホン人に近い顔立ちをしていて。

 薄めで一見優しげに見える風貌は、ヤイチと似ている部分もあった。


「……ヤイチってまさか、カザミヤイチですか」

 あたしの言葉に、クライスが思いっきり嫌そうな顔をする。

「ヤイチの事知ってるのね。ここのお得意様なのよ。結構頻繁に来るんだけど、一度も出くわしたことはなかったわね」

「あの人に似てるって言われるのは嫌です」

 むすっと眉を寄せてクライスは呟く。


「この国一番の騎士に似てるって言われて、嫌がるなんて変わってるわね。騎士学校の生徒なんだし、喜ぶところじゃないの?」

 そこまで口にして、紅茶を飲もうとして。

 クライスのもあたしのも空になっていることに気付く。


「とにかく、あたしにとってアカネは大切な娘のようなものなの。そういう感情は一切無いから。あの子が大人になれば、元の世界に返すわ」

「トールさん……」

「お茶のおかわりを入れてくるわね」

 この話はこれで終りだとつげるように、一旦立ち上がって部屋を出る。

 ドアは少し開いていて、つい閉め忘れていたらしい。

 バタバタとかけていく音が聞こえて、二階の自宅に上がっていくアカネの後ろ姿が見えた。


 帰ってたんだと思いながら、さっきまでアカネはどこにいたんだろうとそんな事を思う。

 背中が見えたということは、階段よりもこちら側にいたということだ。


 今いる部屋が一番奥。

 階段とあたしの間には、廊下があるだけだった。

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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