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【5】オネェなあたしと、まさかの誤解

 アカネに元気がない。

 何か悩み事があるみたいなのに、あたしが尋ねれば、無理をしたような笑顔を浮かべてなんでもないですと言う。

 そのうえ、避けられている。

 とてつもないダメージをあたしは受けていた。


 あたし、何かアカネにした?

 考えてもわからない。

 アカネがあたしに対してこんな風によそよそしくなるなんて今までなかったことだ。

 物凄くもやもやとして、嫌われたのかと思うと辛くて泣きそうになる。


 ヴィルトなら理由を知ってるんじゃないか。

 そう思って捕まえようとするのに、ヴィルトもヴィルトであたしの姿を見つけると気まずそうに逃げてしまう。


 一体何なんだ。

 理由がわからないことに苛立つ。

 アカネに避けられてるみたいなのと、それとなく弟子の一人に愚痴をこぼしてみたら、思春期だから色々ありますよと言われた。


「思春期……って、親がわずらわしくなるというあれよね。でも、アカネに限ってそんなこと」

「アカネさんも十五歳なんですし、色々ありますよ。うちの子も反抗期で大変なんです」

 子持ちであるその弟子は、気にする事ありませんよとあたしを元気付けてくれようとしているみたいだった。


「アカネさんは七歳にしか見えないかもしれませんが、もう十五歳で大人なんですよ。中身だってちゃんと成長してますし、トールさんは過保護すぎです」

 七歳の見た目でも、十五歳。

 それは、人に言われなくてもあたしが一番よくわかっているはずだった。 



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 アカネとギクシャクして一週間。

「わたしよりも大切にするべきことが、トールにはあるはずです。もう大人ですから、ひとりで何でもできます」

 あたしがアカネの髪を乾かそうとしたり、戸棚から何かをとろうとするのを手伝ったりしようとすれば、アカネはそんな事を言ってくる。


 朝に髪をとかさせてもくれないし、お出かけ前のキスも拒否された。

 食後にアカネを膝に置いてまったりするあたしの癒しの時間も、寝る前に抱きしめることさえさせてくれない。


 アカネが構わせてくれない。

 そろそろ禁断症状が出そうな勢いだった。

 

「アカネ以上に大切なことはないわ!」

「わたしがいるから、トールは我慢してるだけです。わたしに構わずトールも自由に生きてください。例えそれが一般的に許されないことでも、トールが幸せならわたしは……何だって受け入れます」

 訴えれば、アカネは泣きそうな顔でそう言って走り去ってしまう。

 何がなんだか、あたしにはもうお手上げだった。



「というわけで、アカネがあたしを避けてるのよ! アカネが足りない、足りないのよ……」

「だからそんなに落ち込んでるんですね」

 どうすればいいか分からなくて、あたしはヤイチに相談してみることにした。


 ヤイチはこう見えて長い間生きているし、あたしと同じように子供を引き取って育てた経験もあるから相談相手として丁度いいかと思ったのだ。

「理由を聞いても教えてくれないのよ。しつこく聞いたら嫌われそうで怖いし。だからといってそっとして置いて、アカネがあたしから離れていっちゃうのは絶対に嫌だし。何よりあたしが寂しくて死にそうなのよ!」

 テーブルに突っ伏してさめざめと泣くような真似をすれば、ヤイチが苦笑いする。


「ねぇこれって反抗期? 反抗期ってどうやって対処したらいいの? ヤイチは昔万年反抗期のグエンを育ててたでしょ? その時はどうしたの?」

 何かヒントがあればと、必死で縋るような目でヤイチを見つめる。

「万年反抗期って……まぁ、間違ってはいませんが」

 グエンというのは昔ヤイチが育てていた子供だ。

 狼人という狼に変身できる一族の生き残り。

 手のかかる犬を引き取ったつもりでいたら、実は人間の子供で。ヤイチが弱った顔をして、助けを求めてきた日のことを今でも覚えてる。


 なんであたしに助けを求めたかと言えば、ヤイチの知り合いの中で一番女性的だったからという理由だった。

 周りに女性がいないわけでもないだろうにと思いながら、色々相談にのったものだ。グエンはヤイチに全く懐かず、あたしの作った服を変身するたびに毎回切り刻んでくれる悪ガキだった。


「グエンが屋敷から逃げ出すたびに捕まえて、体で覚えさせるような躾をしてましたね……あまり参考にならないんじゃないでしょうか」

「そうね、全くならなかったわ」

 聞いておいてなんだけど、相談する相手を間違ったような気もしてきた。

 ほんわかした空気を纏って、虫一匹殺しませんよという顔をしているわりに、ヤイチは結構雑で力に訴える部分がある。


「実はですね、私も困っていることがあるんです。さいきん、ヴィルトがよそよそしいんですよ。一年一緒に過ごして、結構打ち解けてくれたと思ってたんですがね……稽古後に一緒に風呂に入ることを拒否するようになりました」

 ヤイチが溜息を吐く。

 あたしと同じでヤイチも参っているようだ。


 ヤイチは風呂が大好きで、屋敷には風呂のためだけに別館がある。

 温泉を引いてきてる本格派で露天風呂付き。時折あたしも使わせてもらうのだけれど、広々としていてとても心地いい。

 古風なヤイチは、裸の付き合いというやつを大切にする。

 仲のよい相手と自慢で大好きな風呂に入る時間を、ヤイチはとても好んでいた。


「うちのアカネも一緒にお風呂に入ってくれないのよね……二人とももう思春期ってやつだからしかたないのかしら」

「まぁ、アカネさんの場合はまた少し違うと思いますけどね」

 溜息をついたあたしに、ヤイチが苦笑する。

 

「でも二人がいきなりそんな態度って変よね。ヴィルトの方はヤイチだけじゃなく、あたしも避けてるみたいだし……これは直接問い詰めるしかないわ」

「そうですね。さすがの私もこれには困ってます。本人達に直接聞きましょうか」

 あたしの案にヤイチが頷いて立ち上がる。

 その視線の先に何かがあるようで、追うように振り替れば、ヤイチは迷いなく一つのテーブルの前で立ち止まった。

 そこの影に隠れていた、少年と少女を引っ張り出す。


「アカネ、それにヴィルト!? あんたたち何してるの?」

 思わず出てきた二人を見て声をあげる。

 そこには気まずそうにしている、アカネとヴィルトがいた。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「すいません、二人の邪魔をするつもりはなかったんです……」

「俺たちのことは気にしないでくれ。もうどこか行くし、邪魔はしない。理解はあるつもりだから」

 消え入るような声でアカネが呟き、ヴィルトがあたしたちの方を見ずにそう告げてくる。


「いるならいるって声かけなさいよ。一緒にお昼食べればいいのに」

 何を二人がそんなに遠慮しているのか、わけがわからない。

 今までヤイチと一緒にお昼を食べているときに二人がやってきて、一緒になんてことは何度かあった。

 オヤツをねだられたりなんかして、四人で一緒に食べることもそう珍しいことではなかったのに。


「ヴィルト、理解って何の事です?」

 すっとヤイチが声に険を混じらせて尋ねれば、ビクリとヴィルトの体がすくむ。

「それは……そのあれだ。なぁ、アカネ?」

「わ、わたしからは言えません! ヴィルトからどうぞ?」

 二人は譲り合っていたけれど、ヤイチがヴィルトと名前を呼んで指名して。

 

「ヤイチさんとトールさんは……その、付き合ってるんだろ?」

「付き合う? 何にですか?」

 恐る恐ると言った様子でこちらを窺うヴィルトに、ヤイチだけでなくあたしも首を傾げる。


「隠さなくてもいいです。お二人はこ、ここ恋人同士なんですよね!?」

「はい?」

「へっ?」

 アカネの発言に、ヤイチもあたしも目を丸くする。


「ヤイチさん、この前トールさんとデートだって言ってただろ。仲良くオムライス食べてたし。それに……トールさんの好みのタイプは、全部ヤイチさんに当てはまる」

「いやいや、何を言ってるのヴィルト!?」

 とんでもない勘違いをヴィルトはしていた。

 確かに寄ってくる人避けにヤイチと演技をしたけれど、身近な二人にまでそんな誤解をされてるなんて思いもしなかった。


「トールにデートを申し込まれるのはいつもの事だったので、店でのことを説明するのを忘れてました!」

 しまったというようにヤイチが口にして、やっぱりそうなんだなとヴィルトが呟く。


「ちょっとヤイチ、その言い方だと、ますますあたしとヤイチが本当にできてるみたいじゃない!」

「すいません。つい、取り乱してしまって」

 たしなめればヤイチが謝ってくる。


「し、心配しないでくださいトール! わたしはそんな事くらいでトールを見る目を変えたりしませんから。トールはオネェですし、ヤイチさんは素敵な人です。ですからトールの恋人がヤイチさんでも……」

 ウルウルとアカネの瞳が潤みだす。


「だから違うのよアカネ! あたしはノーマルで、男なんて好きじゃないわ! あれは面倒な相手を避けるためのものであって!」

 アカネにだけはそんな誤解をしてほしくなくて、椅子に座らせたアカネの前にしゃがみこむ。

 膝が地面についたけれど、そんなの構ってられない。


 とんだ勘違いだ。

 そんな趣味はあたしにはない。

 どうしてあたしの好きなタイプがヤイチになってしまっているのか。

 あたしが好きなのは、あの店員のような女の子だ。

 明るくて笑顔が可愛くて、まっすぐな――アカネにも似たあの子。


 誤解を解こうと言葉を紡ごうとすれば、アカネが立ち上がってあたしの頭を抱きしめた。

「っ! やっぱり嫌ですっ。トールが誰かの恋人になるなんて。例えヤイチさんでも、トールは誰にも……他の誰にも渡したくないです……っ!」

 ぐすっと嗚咽交じりの声で、アカネが泣き出す。


「トールが好きです。誰よりも、ヤイチさんにも負けません。だから、だから……っ」

 あたしを好きだと、抱きしめて泣くアカネの姿に心の奥が満たされていく。

 渡したくないと、小さな体いっぱいにあたしを自分のものだと主張して。

 繋ぎとめようと必死に、あたしをその腕で引き寄せる。 


「アカネはお馬鹿さんね。あたしはとっくにアカネのもので、もう誰のものにもなりはしないのに」

 そうやってあたしのことで泣くアカネが、とても愛おしい。

「とーる」

 ぐしゃぐしゃの顔も、あたしの名前を呼ぶ声も。

 全部が全部、あたしだけのためにある。


 そんなに不安になる必要なんて、どこにもないのに。

 あたしなんかを失うことに怯えて、しがみつくアカネに思わず嬉しくなる。


「あたしが心から愛しているのは、アカネだけよ。だってあたしがこんなに悩むのも、苦しんだりするのも、アカネのためだけだもの」

 アカネは何もわかってない。

 あたしがどれだけアカネを好きなのか。


「大体あたしこんな喋り方だけど、女の人が好きだからね? それに疑われるのは心外だわ。ヤイチなんて目じゃないくらいアカネが好きなのに」

「……うぅ、トールっ! わたしもトールが大好きですっ」


 ほっとしたようにあたしを呼ぶ声。

 その声も何もかも取りこぼしたりしないように、腕の中にアカネを閉じ込める。

 収まって空白さえ開くほどの、小さな小さな体。


 ――やっぱりアカネがいないと駄目ね。

 久々にアカネを抱きしめれば、自分がどれだけ参っていたのかがわかる。

 カラカラに渇いていたあたしの心が、水を吸い上げるように潤う。


 この小さな存在が、あたしの幸せだ。

 そんなことを思えば、自然と笑みがこぼれた。

★7/30 風呂の描写を書き換えました! 指摘ありがとうございます。助かりました!

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「育てた騎士に求婚されています」
前作。ヴィルトが主役のシリーズ第1弾。
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