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感染者の黙示録  作者: ZOMBRAY
学園の惨劇
22/22

滅ぶ前の日本

 当時、まだ中学生3年生の橘は、近くの要塞もどきに改造された小学校の中で、すやすやと眠っていた。夢ではあるが、幸せな夢を見ていた。

 玄関にはバリケードが作られ、全ての窓は閉じられていた。

「たく、よく眠れるな」

 成島という男子がバールを磨きながら、そう呟く。

 橘は目を覚ました。

「いい夢でも見てたか?」

「え?あ、ううん、悪夢だよ」

 成島は橘からすればただの仲間だが、向こうは相棒だと思っている。

「それにしても、まさか地獄が実現するなんて思いもしなかった」

「でしょうね、だって誰がこんな惨状になると予想した?」

 橘は窓から外を見た。

 外には何百もの人間がデモ隊進行のように学校に押し寄せてきた。いや、厳密には純粋な人間ではない。悪魔のウイルスによって死霊に変貌させられた哀れな〝感染者〟だった。

 彼らは、強烈な空腹感のみに支配され、空腹を満たすために、ウイルスに侵されていない新鮮な肉を求めて、この学校に押し寄せていたのだ。

 学校を要塞に変えたのは大人たちで、子どもたちは大人の言いなりだ。もっとも、橘は大人の言うことはあまり聞かない。というより聞けないように大人の居る場所は避けている。

 大人は1階でゲームなどをして楽しんでいる。

 だが、橘にはわかっていた。この要塞の寿命が尽きるのも。

 それに備え、橘と成島はあらかじめ脱出ルートを確保していた。

 遠征用のマイクロバスを装甲車もどきに改造したのだ。そのバスにたどり着くためのルートも作ってある。仲間もいる。この計画を発想したのは橘だったが。

「まったく、お前の発想力には驚かされる」

「でも、あなたたちがいなければ、実行できなかったわ」

 成島は橘の長い美しい髪の毛を撫でた。

「お前が居てよかった」

「成島君……」

 成島は立ち上がった。

「言っておくが、俺は女に興味はない」

 それは知っていた。だから成島に好意を持っていた。最近の男たちは性欲に飢えていたが、成島は信仰上の問題、女性には興味はない。

 だからこそ、成島との行動には何にも心配はない。

 すると、他の行動を共にしたメンバー、大山と石田がSATの死体からもらった短機関銃を持ってきた。

「大変だ!ゾンビが1階を襲撃してる!」

「何?本当か?」

「ああ!間違いない!」

 ゾンビというのは一般大衆が感染者の行動を見た際に名づけた名前だ。だが、彼等は生きているため、橘はゾンビという単語を好まず、感染者と呼んでいる。

「その数は?」と橘はすぐに後悔するほど馬鹿らしい質問をした。数ならさっき確認したばかりだった。

「何百だ!」

「よし!計画発動!」

「「「了解!」」」

 4人は廊下に出て、1階の技術室に用意した脱出ルートの向かうために、2階の美術室に作ってあった1階へ向かう穴を目指した。

 下の階から、奇声、悲鳴、絶叫、銃声が響く。

 橘は耳を塞ぎたかったが、今は美術室に向かうことに専念する。

 美術室に着くと、美術準備室に入り、あらかじめ床を壊して作った穴とロープで1階の技術室に到着する。

 技術室の扉はかぎが掛かっているため、誰も入れない。感染者も、非感染者も。ドアを叩く音がしたが、橘は感染者が入ってくることを恐れ、ドアの鍵を解除するのを躊躇した。ごめんなさい!

 そして、技術室の床を開け、3週間かけて掘った脱出用の穴に入った。中は暗かったが、4人とも災害時用の懐中電灯を持っているため、行く先の視界確保はさほど問題ではなかった。

 長い洞窟を進み、やがては上へと上がれる梯子が見つかる。

 4人は順番に梯子を上り、地上に出る。眼の前に、補強されたマイクロバスがあった。

 窓は柵で溶接し、ボンネット部分には上からみると、くの字に見える形で溶接された鉄板があった。無論、感染者の大群に突撃した際により効率良くするためだ。

 4人はバスに乗り込み、エンジンをかけた。ありがたいことに、全ての感染者が学校に集中していた。こっちには気づいていない。

「よし!飛ばすぞ!」

 バスの運転を知っている大山が叫ぶ。

「待って!学校の人たちはどうするの?」

「ほっとくしかない」

「見捨てるの?」

「大人はろくでなしだぞ!」

「でも子供もいるのよ!」

「ああ、くそ!」

 大山はハンドルを殴る。大人だけなら見捨てるつもりだったが、まだ小さな子供もいる。大山はメンバーを見た。成島も石田も、そして橘も、硬い意思を見せる。

「子供優先だぞ」

 そう言って、大山は学校の正面玄関に向かって、突っ走る。

「つかまれ!」




 橘は目を覚ます。

 あの忌々しい地獄は夢だったんだ。いや、今の表現はよろしくない。なぜなら、今の状況も限りなく地獄に近い。

 感染者(生徒には暴徒と認識されている。彼らが感染者であることを知っているのは教師の数名と外の米軍だけだった。無論、橘も知っている)は全員縛りあげて保健室に閉じ込めているが、はたしていつまでもつかが分からない。

 感染者は疲れ知らずで、何よりあらゆる痛みを自分の怒り、エネルギーに変える。恐ろしい連中だ。

 橘は決心する。

 生徒たちに事実を教えなければ。もしも感染者との戦いがあるとしたら、生徒たちは躊躇するだろうが、その躊躇を少しでもなくすため、彼らが人間ではないことを説明しに行く。

 まずは、自分のお気に入りであるクラスからだ。

 橘は教室のドアを開け、教卓の前に立つ。

「皆、事実を教えるわ」

 そして、全てを明かす。

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