過去の感染源
日本が滅びる前
コンピューター・スクリーンから、ドン・ネビルの怒った顔がグイド博士を睨みつけた。グイドはひるむなと心で念じたが、普段は温和なドンが怒るのは本当に久々だ。鼻をかみたいが、ハズマット・スーツを着ていてはできないな。彼女は今、米軍が用意した特殊なテントにいた。
『一体どうしてこんなことになったんだね?博士』
「今は封鎖作業に集中しています。地元自警団及び支援団体と医療団は私を怪しい目で見ていますわ」
ドンは固い声で唸った。『君が地元の連中とどんな関係かは知らんが、私が知りたいのは、どうやってウイルスが東京から漏れ出した、だ』
「どうやら、撤退中の自衛隊と佐貫博士及び検問を通った市民から広まった模様です」
『どういう意味だ?』
「佐貫博士は感染していました」
『そんなバカな!』
「いいえ、この目で見ました。確かに感染していました」
『彼はテストでパスした。自分の発案した絶対的なテストを!』
「この世に完璧はありませんわ」
『彼は感染していなかったはずだ』
「恐らく撤退中に感染したのでは?」
『このウイルスは空気感染しないはずだ』
「いいえ、確実ではありません。このウイルスは未知の部分が多すぎます。癌治療とこれを発見したな著名科学者である大輝博士にも、このウイルスの正体はわかりませんでした」
『大輝博士は天才だ。きっと時間があれば――――』
「いいえ、彼は感染しました」
『何だと?!』
「彼は感染し、発症前に自害しました。彼にもこのウイルスには勝てなかったんです」
『おお、神よ』
「彼は死亡前に発症を遅める抑制剤は開発できましたが、正直治療の役には立ちません。言っておきますが、抑制剤から抗ウイルス剤は開発できませんでした」
不安になるほど長い沈黙が続いた。『わかった。だが君の最優先事項はわかっているな?』
「ええ、封鎖は順調にいっています。ですが……」
『ですが何だ?』
「地元の人々は非協力的です」
『何の支障もないだろう?君は総理大臣に千葉封鎖計画責任者を任命され、さらには知事からあらゆることを可能にする最高の権限を与えられたはずだ』
「ですが、医療団の団長である菊池博士が、今事件の感染症と事の発端となったあの事件の感染症を結び付けています」
『不可能だ!』
「ですが、彼女は医学会でも学位をもった尊名な女性です。ハッキリ言って、地元の人々には私の言葉より、菊池博士の言葉を聞き、信用する輩が後を絶ちません。もっとも、SATと自衛隊は協力的ですが……」
『……』
「それに、感染者を千葉に食い止められるには、そう長くできませんかも」
『できるとも。君にはあらゆる権限がある』
「ですが……」
外から悲鳴が聞こえた。
ドンは不安になった。
「どうした?」
『わかりません、見てきます』と言ってグイド博士はスクリーンから消えた。
「博士?博士!」
ドンは不安になる。自分のテントは封鎖地区の外にあり、なおかつ自衛隊と米軍が警備を務めているから怖くはないが、グイドは封鎖地区――つまり千葉県にいる。
モニター越しから、悲鳴、銃声、どなり声が聞こえた。
グイドがスクリーンに現れた。血まみれで。
『封鎖は失敗しました』
「何?」
『もう終わりです!感染した人間が逃げ出したんです!菊池博士も感染しました。そして、私も!』
そう言って、グイドは拳銃を顎にあてた。
「博士、よせ!」
『さよならネビル博士。これが私にできた最善の策です。あの世で待っています』
銃声。グイドの姿はもう映っていない。
「グイド!グイド!」
ドンは机をたたいた。これで貴重な人材が減ったというものだ!
ドンは携帯電話を取り出し、掛けた。
「もしもし、総理ですか?」
『何だ?どうした?』
「千葉封鎖計画は失敗に終わりました。現場責任者のグイドは死亡。封鎖地域を増やす必要があります」
『しかし――――』
「しかしも糞もありません!早く手を打たないと、厄介なことになります!」
『わかった。だが責任者は――――』
「私が責任者になります」
ドンは目を覚ました。
枕の上で魘されていたらしい。枕?
自分は研究所のベンチで寝ていたはずだ。枕なんて……
ドンは見上げた。
そこには、眼鏡をかけたツインテールの女性、坂本真奈美―――愛称マナが居た。
なんてことだ!自分はマナの腿の上で寝ていたのか?
「先生、おはようございます」
「おはようって、今は何時だ?」
「午前5時ですが?」
なるほど。じゃ、おはようでいいか。
「すまない、お前を膝枕して」
「構いませんよ、枕がないと首がおかしくなるって聞いたんで。「女の膝枕は、男にとって最高の枕」だって、彼も言っていたし」
「彼?」
「ジョン・ローレンス中佐ですが?」
あの男め!マナに余計な知識を!
「それより将軍様がお怒りでしたよ」
「わかってる。あれは俺の責任じゃない」
「先生はヘリを推薦していましたからね」
「もう少し寝ていいか?」
「どうぞ。あたしの膝の上で存分に」
ドンは目を瞑った。
美由紀は、美智子の家で宿題を教えていた。
「あ、だからここは……」
「ふえ~ん、宿題難しいよ~」
とうとう美智子は降参したようにペンを加えながら、顎をテーブルに乗せた。
美由紀は微笑む。やっぱり、みっちゃんは変わらないや。
すると、美智子の携帯電話がなる。
「みっちゃん、メールだよ?」
「見といて」
美由紀ははいはいとばかりに、携帯電話を開き、メールを確認した。
〝美智子へ、感染症に関する詳しい資料を手に入れた。近いうちに戻ってくる。追伸:消しといて〟
「何だろう?」
美由紀は美智子に見せようとしたが、美智子の頭がパンク寸前(に見えた)ため、やめた。自分で確認するだろう。
「そういえば、みっちゃん」
「ん~?なぁにぃ?」
「これ、あのオタク君の提案なんだけど、自主映画作らないかだって」
「面白そうじゃん!あのオタクもたまにはいいこと言うね!」
美由紀は微笑む。やっぱり変わらないや。
【それ】は突き進む。自分が欲するあるものを求めて。森林の木々をなぎ倒しながら、【それ】はひたすら前に進んだ。
感じていた。自分を呼ぶ声を。そう、女王の声を。自分は護衛だ。自分は奴隷だ。自分は兵士だ。自分は配下だ。自分は――――
【それ】は、ただ突き進む。




