おまけの一話 僕として
シェルト視点です。
広げた薄いピンクのハンカチに、実行委員の証を添えたオレンジの花飾りをそっと包む。
明日。これを受け取ったマヨネはどんな顔をするだろうかと思うと笑みが浮かぶ。
人前で上手く渡せるか不安だけど。
ある意味二人きりになれない僕達だから、多少の強引さは必要かな。
浮かれるような高鳴りはシェルトとしての僕のもの。
それはアオイもわかってくれてる。
きっかけがなんだったのかはわからない。
ある日、僕はアオイという女の子だったことを思い出した。
男の自分の中に年頃の女の子の記憶があることに戸惑ったものの、誰にも相談などできないまま。
幸い彼女の考え方が自分のそれと似ていたからか、他のテンセイシャと話す機会が一度しかなかったからか、誰にも気取られずに過ごすことができた。
とはいっても、変化があるのは仕方なかったのかもしれない。
よく気がつくと言われるのは、裏を返せば僕自身が気になるから。繊細といえば聞こえはいいけど、要するに目につくと気になってしまうというだけ。
そんな性格が悪い方向に出てしまった。
今まで少し気になる程度だったことが、前世の快適さを思い出してしまったからか、余計に苦手意識が増してしまったようで。
出入りしている衛兵団の訓練所の汗臭さが苦手だと感じるようになってしまった。
卒業後は王都の騎士団に入ることが決まってる。衛兵団と同じく男所帯、似たような状況だということは考えなくてもわかる。
この先の不安を抱えながらも。
喜んでくれた家族を思うと、言い出すことができなかった。
卒業記念パーティーの実行委員となってすぐのこと。
必要なものは購買で頼めば安く買えると先生が教えてくれた。
パーティー用なのに補助金が下りるのかと尋ねると、購買に卸している店が安くしてくれているのだと返ってきた。
店は通常クラスのマヨネという生徒の家とのことだった。
名を言われても顔は浮かばなかったけど、テンセイシャとしてはあまりに印象に残るその名だけは忘れられなかった。
その後、名を呼ばれる彼女を遠目に見たことで、顔と名前が一致した。
時々遠くからこっちを見ている、茶色い髪の女の子。彼女がマヨネだったと知った。
話しかけてくることはなく、すれ違いざまに小さく会釈される程度。もちろん僕からも話しかけたことはない。
なんだか心配そうな顔でこっちを見ている割に、目が合うとさっと逸らして行ってしまう。
思えばもうその時には、彼女のことが気になり始めていたのかもしれない。
そんな彼女がいきなりテンセイシャになっていて、もう本当に驚いた。
最初に話したのはヒカリとして。
明るく元気なヒカリだけど、なんていうか、こっちのことをよく見てる。
すぐにアオイが女の子だと見抜かれた。
何気なく話した悩みに彼女は真剣に向き合ってくれて。次にマヨネと話した時に、炭というひとつの解決策を示してくれた。
それだけでも嬉しいのに。
彼女は話していない葛藤でさえも軽くしてくれた。
僕とアオイは似ているから大丈夫。
マヨネにとってはただそう思っただけの言葉かもしれないけど。
この言葉に、僕はこのままでいいんだって。そう安心できたんだ。
もう少しマヨネのことが知りたくなって、理由をつけて実行委員に引き込んだ。
セグさんから炭の飾り物は僕が考えたものとして扱うからと言われて、それならと僕自身が考えさせてもらうことにした。
マヨネの口から零れた「すごい」が忘れられなかった。
勉強も運動もそれなりにできる方だから、今までに何度も言われた言葉なのに。呟くような彼女の言葉だけは、なぜか宝物のように光って見えた。
話す機会が増えるにつれて、僕もマヨネとヒカリのことを知っていった。
二人で話す時はヒカリだけど、時折見せる優しさはマヨネが重なる。
いつも周りのために一生懸命な彼女のお陰で、諦めていた通常クラスとの交流も叶った。
アオイの意識が強くなるからか、ヒカリに感じる気持ちは友情。
でも、僕がマヨネに感じているこの気持ちは、本当に友情なんだろうか?
結論なんて出ないまま日々は過ぎて。
とうとうマヨネの家に行く理由もなくなってしまった。
ヒカリはもちろん、マヨネとも話す機会もすっかり減ってしまった。
パーティーの準備には来てくれてるけど、マヨネの周りは人が集うから。
用事もなくダラダラと話すわけにもいかなくて、結局数言だけになってしまう。
今となっては狙ってる奴も多いってこともわかってる。
幸いマヨネは全然気付いてないけど。
この頃にはもう僕の気持ちは友情じゃないことくらい自覚してた。
でもマヨネは僕の中に女の子の記憶があることを知ってるから、この気持ちをどう捉えられるのかわからなくて。
しかも僕は卒業後は王都に行く身。
そんな僕が、一体彼女に何を言えるっていうんだろう。
先生達への贈り物を理由にまたマヨネの家に行けることになって、久し振りに僕としてゆっくり話せた。
何気なく話していただけなのにお礼を言われて、マヨネは僕のお陰で自分の目指す店がわかったと、まっすぐ前を見据えて言い切った。
苦労話すら大切な思い出のように語るセグさんに、仕事に向き合う真摯さを学んで。
そんな父親の背を追うように、仕事に就く前から真剣に考えるマヨネの姿は眩しくて。
流されて騎士になって。自分はこの仕事を誇れるのか。
なりたくて騎士になった周りに恥じずにいられるのか、と。
そう、思ってしまった。
僕は今まで自分の将来について、真剣に考えたことがなかったのかもしれない。
よくも悪くもそれなりにできるから、周りの望むように在るのは楽だった。その平穏を崩してまでやりたいと思えることが見つかってなかった。
でも、今は。
自分が考えたものが形になるのは楽しかった。
セグさんの下で学びなから、今あるいろんなものをもっと便利でいいものにしていけたらと思うとワクワクした。
騎士になるのが嫌だからではなく、やりたいことを見つけたから。
前向きな気持ちは父さん達にもちゃんと届いて、僕は騎士団ではなくセグさんの店で働けることになった。
どうしてうちをとセグさんに聞かれて、もっとセグさんから学びたいことがあるからと答えた。
もちろんそれは本心だけど。少しも下心がなかったのかと聞かれたら、頷くことはできないかな。
僕はシェルトであるけれど、マヨネと二人きりになるとアオイとして行動してしまうから。
この先もし僕の想いが成就したとしても、色々乗り越えないといけないことが出てくるんだと思う。
それでも僕は、アオイであっても僕として。
もうひとつの記憶にも、仕事にも、自分自身の気持ちにも。
目を逸らさずに向き合っていくつもり。
そして願わくば、その全部に関わる彼女の。
これからは、一番傍に――。
おまけまでお読みくださりありがとうございます!
楽しんでいただけたなら嬉しいです。
実はこちらの作品はスピンオフ作品でもあります。
もしご興味がありましたら。
『前世で恋人だったと言われても』
https://book1.adouzi.eu.org/n9788ho/
『前世で〜』と『転生百万人目〜』のネタバレおまけ短編も書きました。
『今は穏やかに』
https://book1.adouzi.eu.org/n1075jk/
ラヴィとジュゼのその後です。
検索外になりますのでこちらからどうぞです。




