第十八話 これからも
少し長くなりました。
数日後、もう来ることはないと思ってたシェルトがうちへと来た。
後でね、と言い残してお父さんと応接室に入っていく。
シェルトがお父さんに出した手紙のこと。本気なのかと学校で何度も尋ねたんだけど、お父さんに話すのが先だって言って何も教えてくれなかった。
もうわけがわからない。
どうしてシェルトがうちに就職したいなんて言い出すの??
結構時間が経ってから、お父さんとシェルトが店に来た。説明したいって言うから、シェルトに前と同じ食事する部屋に来てもらう。
なんかニヤニヤしてるお母さんが持ってきてくれたお茶を置いて出ていくと、蜂蜜色の目がほっとしたように細められた。
「色々騒がせてごめんね」
「謝らないでいいから何がどうなってるのか教えてってば」
今は二人だから葵としての意識が強いってわかってる。
葵は手紙のまんまだよ、と笑った。
「ここに就職願いを出して。面接の結果無事採用された。それだけ」
「だから! なんでそんなことになったのって聞いてるの」
葵――シェルトは王都の騎士団に入るんでしょ? どうしてうちに就職なんてことになってるの?
わかってるよとひとしきり笑ってから、葵はじっとわたしを見つめる。
「……私……シェルトは周りに流されてなんとなく騎士団に入ることになったって話はしたよね」
頷くと、葵の顔が少し曇った。
「父さんも兄さんも喜んでくれてたし、他にやりたいこともなかったし。ひかりのお陰で臭いも少しは気にならなくなったから。このまま騎士団に入るつもりだったんだけど」
わたしだって、汗臭いのがちょっと気にならなくなったって聞いて、騎士団に行っても大丈夫そうかなってほっとしてたんだよ。
何がなんだかわからないままのわたしに、葵は落ち着いた声で続ける。
「店のことを話すマヨネを見てたらね、私、これでいいのかなって思えて」
「マヨネを?」
「うん。マヨネは店のことを大切に思ってて。こうしたい、こうなれたらって夢もちゃんとあって。この先働く自分に真剣に向き合ってる」
うん、マヨネはそうだよね。
店のことが大好きで、両親のことを尊敬してて。自分もって思ってる。
とりあえず高校に入ってやらなきゃをやってただけのわたしより、ずっとずっと真剣に先のことを考えてる。
笑えないけど。わたしと同じ魂だなんて思えないよね。
「なんだかね、羨ましかったんだ」
わたしもそう感じてたから。
葵のこの気持ちもよくわかるよ。
なんていうか。マヨネもシェルトも両クラスの皆も、元の世界の同級生たちよりよっぽどしっかりしてる。
学生の期間が短いから、自立が早いのかもしれないね。
こんな風に感じるのは、転生者のわたしと葵だけなのかもしれないけど。
「私は騎士団で働くことに、きっとそこまでの情熱は持てない。仕事だから真面目にはやるけど、どうなりたいかって夢見ることはないと思う」
要するに、自分が今から就く仕事にワクワクしないってことだよね。
働くの、なんだか楽しくなさそうだよね。
「それってね、騎士を目指して頑張ってきた人達に対して、すごく失礼なことだって思ったの」
「そっち?」
「え?」
「あ、ごめんごめん。続けて」
思わず口を挟んじゃって、葵にきょとんとされちゃったけど。
こんなことまで誰かのことを気遣ってるなんて。葵とシェルトってホント似てるよね。
真逆なわたし達とは大違い。
急に止めちゃったからか、葵は暫く話しにくそうにしてたけど、それでね、とまた話し始めた。
「だったら私はどうしたいのか。私自身がやりたい、頑張りたいって思えることは何かなって考えてみた時にね、ここでセグさんに色々聞いた話が浮かんで」
「お父さんに?」
「うん。商売のこと色々聞かせてもらった」
お父さん、一体何話したんだろ?
「炭の飾り物もね、本当は要望だけ伝えて業者に丸投げしていいって言われたんだけど、せっかくだから自分で考えたくて」
「それでずっとうちに来てたの?」
そう、と頷く葵。
「すごく楽しかったから。あんな風にね、今あるものをもっと見栄えよくとか、便利に使えるようにとか。そんなことを考えて、喜んでもらえたら嬉しいなって思ったの」
葵の顔は、騎士団に入るって話してた時とは比べ物にならないくらい楽しそうで。
本気でやりたいって思ってるんだって、その顔で十分すぎるくらい伝わってきた。
「だからここで働きながら、お客さんの話を聞いて。困りごとを解消できるようなものを考えられたらって」
言い切る葵はどこか吹っ切れたような、そんな明るい笑顔だった。
葵がうちで働きたいってだけでもびっくりなのに、その理由。
葵には話してなかったと思うんだけど、それってわたし達がこれからやりたいと思ってることと一緒だよね?
「ホントに……?」
いろんなことがありすぎて頭の中はごちゃごちゃだけど。
「……王都に行かないで、うちで働くの……?」
「父さん達にもちゃんと話して理解してもらった。王都に行ってたのは、騎士団に断りと謝罪をするため。全部片付いたから、ここに就職願いを出した」
まっすぐわたしを見る葵。
「セグさんにもちゃんと話して、その上で採用してもらえたから。卒業したら私もここの従業員だよ」
じわじわ、葵の言ったことを実感していく。
葵がここにいるんだから。当たり前だけどシェルトもここにいるってことで。
卒業しても、会えるんだよ。
もちろんわたしも嬉しいけど。
マヨネ!!
よかったね!!
「ありがとうございました。後日改めて挨拶に来ます」
お父さんにそう頭を下げるシェルトを、まだふわふわしてるような気持ちで見てた。
シェルトが王都に行かないだけじゃなくて、うちで働くことになるなんて。
私の話から、そんな決断をしたなんて。
まだ夢じゃないのかなって思うくらい信じられない。
卒業しても会える。一緒に働ける。
本当に、本当に嬉しいけど。そうなるともう告白はできそうにないかな。
ギクシャクしてしまうのはいやだもの。
それにね、今日会って気付いたの。
私達、二人で会うとヒカリとアオイとして話してしまうから。
私がシェルトに告白するなんて、最初っから無理だったのよね。
ちょっと残念なような、ほっとしたような。
でも、その決意ができた自分は褒めてあげたいかな。
「じゃあマヨネ。また学校でね」
シェルトの声に我に返る。
「あ、外まで見送りに行くね」
店から出ようとするシェルトを追いかけて、私も外に出た。
道に出たところで、ここでいいよと振り返るシェルト。
優しい笑顔と声に、浮かれてた気持ちも少しだけ落ち着いた。
「これから、よろしくね」
「私こそ。シェルトが来てくれたら心強いよ」
心からそう告げる。
私は今までたくさんシェルトに力をもらった。
だからこれからは、アオイが話してくれたことを実現できるように、私も手伝いたい。
私を見返していたシェルトが、ふっと息をついた。
「ありがとう。……それとね」
シェルトが一歩近付いて、すっと屈む。
近付く顔に驚く間もなく、シェルトの髪が頬に触れた。
「アオイとしてじゃなく僕としても、これからもマヨネといられて嬉しいよ」
耳元でそう囁いて、笑みを浮かべたまま離れていくシェルトを。
動けなくなった私は、ただ見ていることしかできなかった。
お読みくださりありがとうございます!
次話最終です。
おまけのシェルト視点もありますよ〜。




