第十六話 目指すべき姿
誰にでも話しかける勇気はまだ私にはないけど、クラスの皆にも特別クラスの人達にも、ちょっと気になった時には声をかけるように心掛けた。
誰かを探してたり、どう作業を進めようか考えてたり、というくらいのことばかりだけど。手伝ったり一緒に考えたりすると嬉しそうな顔でお礼を言われたりするから、こんな私でも少しでも役に立てているのかもしれない。
「マヨネ、ちょっといい?」
急に名前を呼ばれて飛び上がりそうになる。顔を上げると教室の端で数人と話していたシェルトと目が合った。
「人手が増えたお陰で準備に余裕もできたから、余ってる予算内で先生方にも何か作れないかなって話になってて――」
自分の隣に私が入る場所を空けながら説明をしてくれるシェルト。
触れそうなくらい近い腕。
上から降ってくる柔らかな声。
見上げることはできないから、必死に話の内容を頭で考えていた。
ドキドキしてるのに、きゅっと冷たい手で掴まれるような感覚。
――シェルトは私の憧れの人で。
そして同時に、好きな人――。
シェルトへの気持ちに気付いても、だからといって私にできることは何もない。
シェルトと私はアオイとヒカリでもあって。テンセイシャのジョシコウセイ同士でもある。
他の誰とも違う関係。だから多分、シェルトにとっても特別であるのかもしれない。
でも、私にとっての特別とシェルトにとっての特別は意味が違うから。
もし私の気持ちを知られたら、もしかしたらその特別でさえ変わってしまうかもしれない。
それくらいなら。知られない方がいい。
シェルトが望んでくれたように、友達のままでいられたら十分だって。そう思ってた。
シェルトが店にある在庫分を見に来ることになって、私と一緒にうちに来ることになった。
シェルトがうちに来ることも、こうして並んで歩くことも、もうないって思ってたのにね。
「連絡もなしに行って大丈夫?」
「お客様は突然来るものだから」
高級店ならともかく、うちみたいな普通の店ではお客様は連絡もなしに来るのが普通。そう言うと、確かにとシェルトが笑う。
「だから父も母もずっと店にいるし、私も子どもの時から家より店にいた時間の方が長いくらい」
そう話すと、それでかな、と返ってきた。
「常連さんだと、なんていうのかな、自然に店と馴染んでるような感じで。ちょっとした相談とかに来たり、雑談だけして帰ったりで、なんだか和やかだなって思ってたんだ」
飾り物の話をしに来ていた間に、シェルトはそんなところまで見てたんだと知って。ちょっと嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで頷く。
「特に母は、お客様と話すの楽しみにしてるから」
「うん。だからマヨネ達にとって店は家でもあるんだなって」
店が家――。
なんだかしっくりと収まるその言葉。
自分では意識していなかったことをシェルトに言われて、私は初めて気付いたのかもしれない。
「……うん。この先もずっと、そんな店でいられたらって思う」
お父さんとお母さんが作ってきた、来てもらいやすい店の雰囲気。
どうしてただ話しに来るだけの人がいるんだろうって思ってたけど、皆お父さん達を頼ってくれてたんだとシェルトの言葉で気付いた。
私はこんな性格だから、今までお父さんとお母さんのうしろに隠れてたけど。それでも店の柔らかな雰囲気は大好きだから。
少しずつ前に出られるようになって、今の店の雰囲気のまま引き継いでいけたらいいな。
「……ありがとう、シェルト」
怪訝そうなシェルト。その何気ない言葉が、どんなに大切なことを気付かせてくれたかなんてわかってない。
本当に自然に、シェルトは周りの人の背を押してくれるんだね。
「どんな店を目指せばいいのか、シェルトのお陰でわかったよ」
私はシェルトのようにはなれないけど。
まずはそうやって店に来てくれた人と、話ができるようになりたいと思う。
気付けばシェルトはなぜか暫く驚いた顔をして私を見つめてた。
私、そんなに驚くようなこと言ったかな。
「シェルト……?」
声をかけるとはっとして、シェルトがゆっくりと息をついた。
「ごめん。ちょっとぼんやりしてた」
シェルトはそう笑うけど。その笑顔はいつもの明るいそれじゃない。
「どうかしたの?」
心配になって重ねて問うと、シェルトはどこか困ったような顔をする。
何か引っかかるのに何かがわからなくて、私はまっすぐシェルトを見返した。
「……マヨネは……」
言いかけたシェルトの声が途切れて。
ただじっと、私を見てる。
濃い金色の瞳に浮かぶのは、焦りのような、不安のような――。
「……ううん。なんでもない」
そう言ったシェルトはもういつもの顔と声で。
私はそれ以上何も聞けなかった。




