第十四話 流れを生む人
それからは私達通常クラスの生徒達も卒業記念パーティーの準備を手伝うようになった。
学校内で顔を合わせた時に挨拶をするようになったり。
先生も巻き込んで、卒業前に何か合同授業をしようという話が出たり。
そんな風に、少しずつ交流が増えていった。
私も結局今まで通り手伝いに行ってるけど。
シェルトはいろんな人に囲まれるようになったから、学校で話す機会は減った。
お父さんと進めてた炭の飾り物も、もう話は纏まったみたいで。シェルトが家に来るのも、もうあと数回なんだと思う。
そしてこの先、卒業したら。
王都の騎士団に入るシェルトとは、もう会うこともなくなる。
そしたらきっと、やっぱりただの憧れだったんだって諦められる。
寂しいと思ってしまう自分には、もう笑うしかない。
ちょっと近くに行けたから、ちょっと話すことができたから、調子に乗って勘違いしただけなんだって。
遠くから見るだけだった人に、友達になりたいって言われたんだから。
今までの私じゃ考えられないくらい幸せなはずなのに。
私、いつの間にこんなに欲張りになったのかな……。
うちに来るのは最後だから少し話したいとシェルトに言われたのは、それから数日後だった。
結局勘違いしたままのお母さんにお茶とケーキを持っていくように言われて、話が終わったお父さんと入れ違いに応接室に入る。
「ありがとう、ひかり」
ケーキを置くとそう言われた。
応接室にはふたりだけだから葵だね。
「今日で最後なんだね」
「色々準備しないといけないから」
卒業式まではまだもう少しあるけど、シェルトは王都に行くから色々やらなきゃいけないことも多いんだろうな。
最後っていっても学校では会うんだし。葵とひかりで話すことはないだろうけど、お互いシェルトでもマヨネでもあるんだからね。
「……大丈夫?」
「何が?」
「炭じゃ消臭スプレーほど効果ないだろうから」
わたしもトイレに置いてみたけど、前とどう変わったかって聞かれてもわかんないくらいだし。即効性もないだろうから。
せっかく能力をもらえるんだから、困ってる葵の役に立てたらって思ったんだけど。結局何もできなかったな。
葵はきょとんと私を見てから、やっと思い当たったみたいに笑った。
「確かに臭わなくなったわけじゃないけど。ちょっと気にならなくなったよ」
「そうなの? 効果があったならよかったよ」
ニブい私じゃわからなくても、敏感な葵にはわかるくらいの変化があったんだね。
葵はそれもあるけどって言いながら、まっすぐに私を見る。
「ひかりに話して。一緒に考えてもらえて。それだけでなんだか楽になったの」
「え?」
「私と一緒に……ううん、私以上にひかりが真剣に考えてくれてるのを見てたら、なんていうのかな、私はこれでいいのかなって、そう思えたっていうか……」
蜂蜜色の目はなんだか嬉しそうで。
そう言い切る葵は、どこか吹っ切れたような声をしてた。
夜、自室で。私は今日を振り返る。
何度もお礼を言って、シェルトは帰っていった。
今日アオイに言われたこと。同じようなことを、前にシェルトにも言われたよね。
私はただ話を聞いて、自分の思ったことを言っただけ。
汗臭さがなくなるわけでも、男の子のシェルトの中に女の子のアオイの記憶があるのも変わらないのに。
それでもスッキリした顔で、ありがとうって言ってもらえた。
少しは役に立てたのかな。
そう思うとなんだか嬉しくなってくる。
なんの取り柄もない私でも、誰かから話を聞くことで、少しだけ踏み出す勇気をもらえ――。
自分の考えに違和感を覚えて。改めて考え直して気付いた。
お互いテンセイシャだったからシェルトと話すことができて。
実行委員に参加できたから特別クラスの皆の気持ちを知ったけど。
どっちもきっかけは私じゃない。
私はただ遠くからシェルトを心配しているだけだった。
声なんてかけられなかった。
私から踏み出してなんていない。
きっかけは全部、シェルトが私にくれたものだった。
それなのに、シェルトは私にばっかりお礼を言って……。
きゅうっと胸が苦しくなって、じわじわ視界が滲んでくる。
きっと、シェルトは流れを作れる人なんだと思う。
シェルトが動いてくれるから、周りもその流れに乗ることができて、進む力をもらえる。そうしてできた流れにまた誰かが力をもらって。どんどん広がっていくんだね。
やっぱりシェルトはすごい。
それなのに本人は自分が起点だなんて思ってなくて、いつも周りに感謝してるのね。
濃い金色の瞳を細めて微笑む姿が浮かんで、思わず頬が緩む。
私の憧れの人は、やっぱり素敵な人だった。
そんなあの人に恥じないように。
友達になりたいって言ってもらえた、そんな私であるために。
私も強くなりたい。
私が目指す私になるために何が必要なんだろう。
そのための能力を女神様からもらうこともできるんだよね。
そう思って、自分のこととヒカリのことをたくさん考えた。
すぐに動けない私と、考えずに動いてしまうヒカリ。全く性格が違うようにしか思えない。
私に必要なのは物事への瞬発力で。
ヒカリに必要なのは周りを見ること。
真逆みたいな私達。その両方を叶える能力なんてあるのかな。
真っ白な空間で、優しい笑顔の女神様が迎えてくれた。
ホントになんでもお見通しだね。
「決めたようね」
女神様の言葉にしっかり頷く。
ひかりとして、マヨネとして。
転生百万人目の能力、どうしたいのか決めてきたよ。




