第十三話 通常クラスの生徒達
順調に準備は進んで、私の臨時実行委員も終わりが近付いてきた。
備品を発注する段階が過ぎれば、もう私にできることはないから。放課後の集まりに顔を出すこともなくなるのかな。
皆と仲良くなれた分だけ、もちろん寂しくなるけど、どこかホッとしている自分もいる。
また前の距離に戻ればこれ以上何も考えなくて済む。
そしたらそのうちこんな分不相応な気持ちなんて忘れられる。
ただの憧れに戻せるから――。
その日、私達通常クラスは朝からそわそわしてた。
大丈夫だって思うけど、私だって落ち着かない。
先生達も協力してくれることになって、最後の授業はいつもより早く終わってくれた。
大事に箱を持って、皆で特別クラスへ向かう。
少し開けたままの扉から私達を見た特別クラスの先生が、にっこり笑って手招きしてくれた。
教室の中がざわついてる。
振り返ると、クラスの皆もものすごく緊張した顔をしてた。
そう、だよね。
私は記念パーティーの有志の人達と顔を合わせてるけど、皆は今日が初めてだもんね。
私にとっても半分以上話したことのない人たち。
でも、私が頑張らないと。
「皆、大丈夫だよ。行こう」
ドキドキしてるのが聞こえそうなくらい緊張してるけど。
勇気を出して、教室の扉を開けた。
「マヨネ?」
立ち上がったドリームに笑い返す。引きつってなかったらいいんだけど、緊張しすぎてちゃんとできてるかわからない。
先生が教卓の前を譲ってくれたから、クラスの皆で前に並んだ。
「つ……通常クラス一同です」
自分の声が震えてるのがわかる。
握りしめた指先が冷たくなってる。
「今日、は、先生にお願いして、少しお時間をいただきました」
そのくせ顔は熱くて、真っ赤になっちゃってるんじゃないかと思うくらい。
教室、向かい合う特別クラスの人達が私を見てる。
恥ずかしくて仕方ないけど。
その中の見知った顔は、驚いてたり心配そうだったり励ますようだったりしながら、私を見てくれてる。
一番後ろでじっと私を見つめる濃い金色の瞳。
ちょっと心配そうな顔をしてるかも。
シェルトの顔を見たら、なんだかきゅうっとするけど少し落ち着けた。
見慣れた距離だからかな。
臨時で実行委員に参加していると自己紹介をして、今日ここへ来た理由を説明する。
卒業記念パーティーで胸につける花は、造花の時も生花の時もあるけれど、毎年通常クラスと特別クラスで色が違っている。
お父さんに頼んで数年分の伝票を見せてもらったけど、毎年完成品が発注されていた。
でも今年は手作りで、色もオレンジ一色だけ。
それとなく聞いたら、クラスで相談して、分けるのをやめようって話になったんだって返ってきた。
最後の、そして唯一の合同行事であるパーティーを、どちらのクラスも区別なく楽しんでもらいたいからって。
そんな特別クラスの人達の思い。黙っていられなくて、通常クラスの皆に話した。
勝手に遠い存在に感じていた特別クラスの気持ちを知って、嬉しかったのはやっぱり私だけじゃなくて。
私達でも何かをしようって、皆で意見を出し合った。
「これを、受け取ってもらえませんか?」
持ってきた箱を開いて、皆が中身を配ってくれる。
始業前や休み時間に皆で作った、オレンジの花に添える紫色の飾りリボン。
もちろん、私達のクラスの分も同じものを作った。
「マヨネから聞いて、今まで別々で当然って思ってたことに気付いたんです!」
「あんまりたいしたことはできないけど、当日の荷物運びでも片付けでも、できることがあれば手伝うから……」
皆が口々に思いを伝える中、驚きと喜びが混ざったような顔でこっちを見てる特別クラスの人達。
嬉しそうなラブとドリーム。
それから。
目が合うと、シェルトの瞳が柔らかく細められた。
緊張のドキドキは違うドキドキに変わっちゃってる。
認めたくないのに。
気付かないフリをしていたいのに。
その微笑みを嬉しいと思ってしまっている私がいた。
「今日は驚いたよ」
今日はうちに寄るからと、並んで歩くシェルト。降ってきた声に顔を上げると、微笑む瞳と目が合った。
「ごめんね。花のこと、勝手に皆に話して」
「ううん。むしろお礼を言わなきゃ」
すぐ隣の優しい笑顔。
ときめくのはもう止められないけど、勘違いしちゃダメってわかってる。
私とシェルトは友達だから。
「ありがとう。皆、本当に喜んでた」
「よかった。クラスの皆もすごく喜んでたよ」
これからは実行委員でなくても、時間のある人は多目的室に来て手伝えるようになった。
最初は来づらいだろうから、明日は声を掛けに行くねとシェルト。
こんなところまで自然に気遣えるんだから、シェルトはすごいよね。
「……マヨネはすごいね」
そう思っていたら、同じ言葉をシェルトから言われた。
「えっ……?」
「僕らのクラスがずっと気にしてたことを、こうして解決してくれた」
立ち止まってしまった私を振り返って、シェルトはそれだけじゃない、と続ける。
「僕の悩みも一緒に考えてくれてありがとう」
「それは……私じゃ……」
首を振るシェルト。まっすぐに私を見つめる瞳に、きゅっと胸が悲鳴を上げた。
「アオイと似てるから大丈夫って言ってもらえて。なんだか安心できたんだ」
憧れの人の役に立てて嬉しい。
私なんかの言葉でシェルトの気持ちが少しでも軽くなったなら、ほんとによかったって思う。
だけど――。
「……よかった。そう言ってもらえたら、私も嬉しいよ」
シェルトが嬉しそうに笑ってくれる。
目を逸らせないくらい、眩しい笑顔。
隠したかった私の気持ちも、すっかり光の下に引っ張り出されてしまった。




