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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第2期 第5章 遠くにある夢
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決意を言う勇気

「丞コーチ、学校の宿題でこんなの出たんだけど」





 紫苑が持ってきた紙を丞は覗き込む。それは『将来の夢』というテーマで作文を書くという宿題だった。

 将来の夢か、と丞は思う。陽葵の年の頃の自分はまだピアニストになりたかっただろうか。かつてはスケートだけに打ち込む気持ちになれていない頃もあった。麗奈にスケート以外の選択肢をつぶされてしまったような気持ちもしていたからだ。いまはこの道に進んだことに後悔などないが。それは丞がきちんと結果を取ったからである。


「将来のねぇ……陽葵は何書くの?」

「決まってない」

「なんで?」

「将来の夢とか簡単には思い付かないよ。本当は授業で書かなきゃいけなかったの何も書けなくて宿題になっちゃったんだから」

「陽葵は神社の息子だからお父さんみたいに神主にもなれるし、僕とか翔哉みたいにスケート選手でもある。他の道にだって行くこともできるじゃん? 陽葵の選べる未来はたくさんあるんだよ?」

「うーーーーん」

「夢って難しく考えないで、目標って思えば? 陽葵の目標はある?」

「オリンピックの金メダル!」

「それを書いてもいいんじゃない?」

「でも、みんな仕事について書いてたよ?」

「みんなと一緒の必要あるの?」

「……」

「例え陽葵の友達がスケートを今から初めても陽葵を抜かすことは難しい。スケートは早くに始めた人の方がやっぱり有利なんだよ。だから、今陽葵のクラスにオリンピックで金メダルを取る資格を持った人が他にいないんだから、そのことを書く人も一人で当然だろ?」

「そういう、ものなのかなぁ」

「そういうものだよ」


 納得いかなそうな陽葵に丞は問う。


「なぁ、答え教えてもらえると思った? 陽葵はこれ書きなよって僕が言うと思った?」

「……」


 こくりと陽葵が頷く。


「教えるわけないじゃん」

「なんで?」

「陽葵の人生だから」

「僕の人生?」

「自分の人生は自分で決めるんだよ。人が決めるものじゃない」

「でも、ヒントくらい!」

「ヒントなんてないよ? 自分の思ったままに進んでいけばいいんだよ。それにね」

「それに?」

「人生なんて設計してたってうまくいかないことばっかりだから」

「……」

「そのときにどれだけ足掻けるかが大切なんだよ」

「うーん?」

「お前の周りにはすごい人たちがたくさんいるんだから、誰かに頼って自分らしい道を見つけていけばいいんだよ」

「そうかな?」

「そうだよ。将来なんていつでもどうにでも帰れるものだよ。もちろん嬉しい方面だけに変わるわけではないのがネックだけど。……まぁ、ゆっくり悩みなよ」

「はぁーーーい」


 気がのっていないことがよく分かる返事をして陽葵は部屋に戻っていった。丞はその背をふふっと笑いながら見つめる。









 それから二週間後。

 陽葵の小学校の学校公開があった。そのときに先日書いていた将来の夢についての作文をクラスの前で発表するという単元があったため、陽葵が結局何を書いたのか興味のあった丞は見に行った。


 昇降口を入ってすぐに丞の姿を見た保護者たちが驚いた顔になり、ひそひそと耳打ちしあっている。

 丞が陽葵のコーチで、共に暮らしていることは同級生の親は知っているから見て見ぬふりをしてくれるのだが、新入生の親となるとそうはいかない。このように学校を訪れると必ずといっていいほど囲まれてしまう。

 丞はチラチラとこちらを見ながら話している人たちをまるで見えないかのように素通りすると、まっすぐ陽葵の教室へ向かった。


 何人かの発表が終わり、陽葵が立ち上がる。教卓まで進み出ると陽葵ははきはきとした声で堂々と読み出した。









 僕には自慢の家族がいます。お父さんは神社で神様にお仕えしています。お母さんは昔は世界一のスキーヤーでした。

 あと、僕には他にも大切な家族がいます。今一緒に暮らしている九条丞コーチと、新潟から僕と一緒に来た須野原麻緒さんです。二人は本当の家族ではないけど、すごく大切な二人です。


 僕の将来の夢。それは、オリンピックで金メダルを取ることです。コーチに言われたことがあります。みんなが目指しているものがオリンピックの金メダルだ、って。その目指している何万人の中でそれを取れるのは一人なんだ、って。

 その一人に僕はなりたい。

 コーチも、お母さんも取ったことのある金メダルを僕も取りたいです。

 そのために今できるのは、練習をすることです。本当は友達とも遊びたいし、いろんなとこにも行きたい。だけど、そのせいで金メダルを取れなかったらって思うとできません。

 だから僕は練習します。ジャンプが跳べなくて悔しいときも、いっぱいコケて怪我するときもあるけど、その悔しい練習がいつかオリンピックでの金メダルに繋がっていると思います。


 みんなと遊んだり、出掛けたり、できないけど僕は夢に向かって頑張っています。だから応援してほしいです。


 僕の周りにいる大人は昔、みんな他の人を笑顔にしてきました。だから、僕も僕のスケートでたくさんの人を笑顔にしたいです。


 僕の夢はオリンピックで金メダルを取ることです。

 これで発表を終わります。









 発表を終えた陽葵へ保護者と生徒から温かい拍手が贈られる。

 はにかんだような笑みを浮かべながら陽葵は席に戻った。

 席に座った途端陽葵は後ろを振り返り、ニカッと笑った。丞は思わず笑いそうになり誤魔化すために下を向き小さな声で少し咳払いする。


 それでも、この人数(ちなみにこの場にいたのは生徒が三十八人に加え、教師が一人、そして保護者が二十人程だ)の前で堂々と発表できた陽葵のことを誉めてやろうと丞は思った。





「ただいま~」

「おかえりなさいませ、陽葵お坊ちゃま」

「陽葵良かったぞ」

「僕だってやればできるもん!」

「じゃあ、やればできる陽葵。スケート行こうか」

「はい!」


 帰ってきたときは“家族”の陽葵と丞はスケートに関することになると師弟関係だ。

 陽葵は神社の息子として、幼い頃から麻緒に礼儀作法を叩き込まれている。

 師弟関係のときの接し方も身に染みているためスケートの練習中に駄々をこねることも、タメ語になることもなく、黙々と練習に励んでいる。

 練習が終わった途端に甘えん坊な小学三年生へと姿を変えるのだが……。

 そして、陽葵は実家に戻ったときも人目に付く場所で紫苑や栞奈と“親子”になることが無いと丞は感じていた。外では彼らの関係も“師弟関係”に近いものを感じる。神社一家というものもやはり大変なのだろう。


「こいつとは本気で金メダル取りたいな」


 丞はそんな言葉をポロリと溢していた。









 一度スマホの画面に目を向けると丞は重い腰を上げる。


「ちょっとリンクに行きたくないかもな」


 丞は苦笑しながら「行ってきます」と麻緒に挨拶する。麻緒はいつものように「行ってらっしゃいませ」と答える。

 しかし、今日は続きがあった。


「ほら、背筋伸ばして。そんな浮かない表情してたら折角の男前が台無しよ」

「はい……」

「気が乗らないのかもしれないけど、陽葵お坊ちゃまもすでに既に向かわれたのですし、行ってあげてくださいな」

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 今回丞が頭を悩ませていることに関しては何も伝えたことはないはずなのだが、麻緒は何を感じ取っているのだろうか。麻緒の言葉に背筋を伸ばし、軽く気合を入れなおすと今度こそ丞は出発する。

オリンピックで金メダル。


陽葵は師と兄弟子と同じ目標を掲げました。

そろそろ陽葵も成長する頃……

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