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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第2期 第5章 遠くにある夢
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凌久の家族とは

「蒼依。悪いけど駅で下ろしてもらっていいか?」

「あら、なんで? どうせ通り道だし別にいいけど」

「……あんな言われちまったらしゃーない。家に行ってくる」

「あぁ、そういうことね。了解」


 凌久は一足先に降車する。


「じゃあ兄ちゃん、また後で」

「うん。帰りは一人で大丈夫?」

「当たり前だろ。兄ちゃんいつまでも俺のこと子ども扱いするなって。もう大人だそ?」

「悪いね」

「思ってないでしょ」


 陽葵の頭を軽く撫でると凌久は駅に向かって歩いていく。

 改札を通る前に一瞬凌久が固まったのを陽葵は見逃さなかった。

 一度深呼吸すると凌久は改札を抜けていった。


 丞が一つ頷く。


「よし、僕たちも行こうか」

「じゃあ、出発しますよ」


 車は丞の自宅へと走り出した。










「帰ったぞ」


 玄関で声がしたのは夜も更けてからだった。丞が苦笑いを浮かべながら立ち上がる。


「あのね、一応言わせてもらいますけどここは僕の家だからね?」

「そうだっけ? ほぼ俺の家じゃね?」

「はぁぁぁ。もう一回、一応言わせてもらいますけどここは僕の家だからね?」

「一応、ね」


 凌久の頭を丞が軽くはたく。


「全く……。まぁ、ここが凌久の家的な存在になれてるなら嬉しいけど」

「いいんかい。ほんと、兄ちゃんは優しすぎるんだから」

「凌久には厳しくない?」

「何言ってんだ。めちゃくちゃ優しいぞ?」

「そう?」

「ああ」


 凌久の顔は僅かな疲労と安堵を浮かべていた。


「それでどうだったんだ?」

「相変わらず騒がしくてやってられないぜ」

「投げやりだね」

「一度は縁を切った家族だからな。微妙な雰囲気だし」

「そうだけどさ、嫌じゃないでしょ? そんな邪険にしないであげなよ」

「俺にとって義母さんは母じゃないし」

「そんなこと言わない」

「俺のとこはともかく……智恵さんは何してるんだろうな」

「まぁ、あの人らしく生きてるんじゃない?」

「智恵さんは強いからな」

「柚希ちゃんと一緒だよ」

「そうかもな。俺の方はある程度元に戻せそうだけど。というより今回の亀裂は俺が元凶だけどな」


 凌久の家庭もいろいろあったようだ。陽葵が知らないことがたくさんある。


「凌久くん……教えて」

「ん? 何を?」

「凌久くんのお母さんのこと」

「……! どうしたんだ急に」

「今日、叔母さんのこと知った。凌久くんのことも知りたいなって」

「楽しい話じゃないぞ?」

「うん」


 凌久は苦い顔をしながらも話してくれた。


「俺は丞兄ちゃんの従兄弟だ。それは知ってるな?」

「うん」

「兄ちゃんのお母さんと、俺の母さんは姉妹だったんだ。だから従兄弟だ」

「……分かってる」

「じゃあ、話すぞ?」

「はい」

「俺の両親は共働きであまり一緒にいることがなかった。仲もそれほど良くなかったしな。それで、俺はよく柚希と咲来ちゃんの家にお邪魔してたんだ」

「伯母さんたちの……?」

「ああ、そうだ。紫苑と再会する前は俺の三軒先に住んでいたんだ。豪邸だったぞ」

「それで?」

「俺の母さんは俺が中学三年のときに家から出ていったんだ」

「え……」

「まぁ、いろいろあったんだ。それは言う気はないからな。聞くなよ。それで俺は一時は柚希の家に住んでたりもしたんだ」

「叔母さんのところに?」

「そうだよ? だけど、その頃柚希も足を失って大変だった」

「パラスキー始めたとき?」

「そうだ。その少し前の頃だけど。お互い苦しい気持ちを抱えていたから俺たちは近くにいられたのかもな」

「……?」

「柚希はどれだけ有名になっても必ず帰ってきてくれたんだ。それがどれだけ俺の支えになったか。柚希が帰ってきたときに少しでも成長していないと向ける顔がないと思ってた」

「叔母さんのこと好きだったの?」

「うーん。ちょっと違うかな。恋じゃないんだよ。もちろん好きだったぞ? だけど、俺は柚希が生きてくれてて良かったと言う想いの方が明らかに強かったからなぁ。だから、俺たちは永遠のライバルって言った方がいいのかも」

「ライバル?」

「全てにおいてお互いがお互いに負けてたまるかって思っていたからさ」


 そう言うと陽葵の頭をくしゃくしゃっとかき混ぜた。


「柚希は昔こうやって俺のこと慰めてくれてた。俺が医者として生きていられるのは柚希がいたからだよ」

「恩人ってこと?」

「小学生がなんで恩人とか知ってんだ」

「知ってるよ」

「そうか。まぁ、そうかもな。今でも困ったら『柚希ならどうする』って考えるから」

「また会えるといいね」

「そのときは派手に叱られるよ。『何でこんな早く来たんだ』ってな。俺は柚希の分も長生きしないと行けないからまだ会いには行かないぞ」

「凌久くんはかっこいいね」

「まぁな。それは知ってる」


 陽葵の知っている凌久は自信に満ち溢れていて、常に輝いていた。

 しかし今目の前にいる凌久は、いつものように強気な口調ではあるものの今までの凌久の中で一番らしくない姿だった。





「凌久。僕は待ってるから何かあったらおいでね」


 丞のその言葉に俯いていた凌久は顔を上げる。その瞳には強い意志が宿っていた。


「兄ちゃん、何言ってんだ。俺は医者だ。患者がいる。俺のことを信頼して頼ってくる人たちを放っておいて俺だけ逃げるなんてできるわけないだろ? 俺は大丈夫だ。もう苦しいことは全部乗り越えたから」

「凌久のその目を見れば分かるよ」

「……ここに柚希がいたらいいなと思うだけだ」


 小さく付け加えられた言葉は陽葵も思っていたことだった。


 初めて叔母のことを知った。それ程すごい人が身近にいたとは知らなかった。母と叔母がライバルだったことも初めて知った。

 聞いてみたい、話してみたい、会ってみたい。

 両親の、丞、凌久の、麻緒の、蒼依の、日本中の、そして世界中の人々を笑顔にしてきた人だと、自らも同じことをしていた丞が断言する自分の叔母をより知りたい。

 心からそう思った。





「じゃあ、そろそろ行くから。夜までお邪魔した」


 凌久がソファから立ち上がる。


「そうね。お邪魔しました。私たちはこれで」

「うん。またいつでも来てね」


 凌久と蒼依は手早く支度を終えると並んで丞のアパートを去っていった。






「はぁ、なんか眠い」

「一日にいろんなことあったからね。今日はもう寝たら?」

「うん。そうする」


 陽葵は頷くと自室に向かう。

 部屋の入り口に麻緒がたっていた。


「麻緒さん?」

「陽葵お坊っちゃま。これをお渡しになるようにと、旦那様からです」

「……お守り?」


 麻緒が渡してきたのは見慣れた羽澄神社の青のお守りだった。

凌久にとって丞のアパートは自分の家と言えるだけの空間になっていました。

一時期暮らしていたわけですけどね。


次話から二話、凌久視点です!!

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