J-084 爆撃目標は王都の港
釣り糸の長さは10ユーデほどだ。釣り針にハムの切り身を付けて数m先に投げ込んでみたけど、これで釣れるんだろうか?
しばらく待っていると、グイグイと釣り糸が引かれる。
手繰り寄せると、10イルムにちょっと足りない紡錘形の魚が釣れた。
食べられるのかと悩んでいると、隣で同じように釣りを始めたテレーザさんがやって来て獲物を見ている。
「あら! ちゃんと釣れるのね。結構おいしいわよ。ファイネル! 変わってくれない?」
ファイネルさんに仕掛けを渡して、獲物の腹をさっとナイフで裂くと内臓を取り出して海水で洗っている。そのまま焚き火の傍に持って行ったけど、炙って食べるんだろうか?
「オッ! こっちにも掛ったみたいだぞ。砦に帰ったら釣竿を頼んでおくか。2本もあれば、また釣りが楽しめそうだ」
こっちにも当たりが来た。誰もこんな場所で釣りをしないからだろうな。
この調子でいけば、夕食時には焚き火で炙った魚が食べられそうだ。
辺りが暗くなってきたので、釣りを終えることにした。釣り糸を板に巻いて再びナイフの中に入れようとしたら、ファイネルさんに仕掛けを取り上げられた。
そのまましまうと仕掛けがダメになってしまうとのことだ。
軽く水洗いをして渡してくれたんだが、乾いてからナイフに入れるよう教えてくれた。
焚き火に戻ると、たくさんの魚が串に刺されている。
ちょっといい匂いがしてくるな。
「夕食はスープにビスケットよ。魚は1人1本だからね!」
テレーザさんの言葉にうんうんと頷いているのはリトネンさんだ。
ネコは魚好きだと聞いたけどネコ族もそうなんだろうか?
食器が配られ食事が始まる。
早速、串焼きを齧ることにしたが、海水で洗ったからか塩味か効いているな。バリバリと丸かじりしてしまった。
他の連中も豪快に食べている。ミザリーも両手で串を持って食べながら隣のエミルさんと話をしていた。
嫌いな連中がいないようだから、ファイネルさんの釣竿を手に入れるという話は、俺も賛成だ。専用に1本用意しておこうかな。
食事が終わると、カップ半分のワインで爆撃の成果を祝う。
面倒な作業が伴うが、噴進弾よりも効果がありそうだ。さすがは4イルム砲弾の改良型だけのことはある。
「爆撃コースを照準器を見ながら調整できるのが良いな。明日は3イルム噴進弾も試せるだろう。ファイネルさんが噴射時間が長くなったから直進性が良くなったと教えてくれた。
「照準器が変っているからなぁ……。何度か撃たんと、上手く当てられないだろうな」
いつになく自信のない言葉だ。
きっと、操作が面倒で複雑なんだろう。
最悪は軸線だけを合わせて発射しても良いように思える。3ミラルほど離れた目標を撃つわけじゃないんだろうからね。
ワインを飲み終えると、俺とハンズさんだけが、焚き火に残る。
最初の見張りは俺達2人だ。
南には岩が突き出たような小さな島があるだけだから、砂州の延びる北西をながめながらタバコを楽しむ。
「明日は爆撃になるんだが、1度で終わるとは思えんな」
「投下装置に再装填して爆撃すると?」
「ああ、それに胴体下部にある噴進弾発射装置もどんなものか知りたいところだし、ヒドラⅡで輸送艦にどれほど被害を与えるかも楽しみだ」
気になるのは敵の空中軍艦だ。
落としてから次がやってこないのが気になる。
飛行船ではこっちに分があるけど、空中軍艦ともなると果たしてどうなるかはやってみないと分からないからなぁ。
ファイネルさんやリトネンさんは互角以上だと考えているようだけど、武装は断然こちらが少ない。
「だが、色々と試してみるのはおもしろそうだ。場合によっては噴進弾の発射装置の改造もあるんじゃないかな」
「連装ですか? そうなると左右の動きも出来るようにさせたいですね」
ハンズさんが小さく頷いた。
ある程度私案があるのかもしれないな。
現在の仕様だと、多目的すぎるように思える。もう少し特化すべきかもしれないな。
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日付が変わり、3時を過ぎたところで朝食を取る。
夜食にも思えるんだけど、リトネンさんは朝食だと主張してたから、昼食まではかなり間がある。
船内でコーヒーを飲みながらビスケットを食べることになりそうだ。
何時ものように乾燥野菜と干し肉のスープ。それにビスケットのように固く焼いたパンを頂くと、お茶を飲みながら数個の干したアンズを食べる。
「王都の港は西に開いているにゃ。砦との通信で、港にいる輸送船は2隻いるのが分かったにゃ。前線付近の海上まで荷を運んでいる輸送船は3隻。全長40ユーデも無い小さい船にゃ……」
リトネンさんがコーヒーのカップを持ちながら、焚き火近くの砂地に棒で作戦を描いていく。
「南から高度500で接近して、先ずは一番外側の輸送船を叩くにゃ。
爆弾投下後に1500まで上昇、爆弾投下装置に爆弾を装荷して時計周りに戻り、今度は高度800で倉庫を爆撃するにゃ。簡易に作った倉庫らしいからよく燃えるはずにゃ。
3回目は、噴進弾を試してみるにゃ。
高度500で接近して大型輸送船を叩くにゃ。
リーディルとイオニア達は、ヒドラⅡで、輸送船を叩いて欲しいにゃ。どれぐらい効果があるか知りたいにゃ」
「弾種を変えて攻撃してみます!」
「炸裂焼夷弾を試してくれないか? 炸薬量を減らして油性焼夷薬を詰めたらしい。着発信管だが0.2秒後に炸裂すると教えてくれた」
「先端は徹甲弾ってことか?」
「そこまで厚くはないが、四分の一イルム程度の鉄板なら貫通できると言ってたな」
イオニアさんが笑みを浮かべて頷いている。
砲弾を黄色に塗ってあると言ってたから、俺も試してみよう。
「だいたい分かったかにゃ? それじゃあ、出発にゃ」
だいたいで良いのかな?
まあ、後は臨機応変でということになるんだろう。
飛空艇に乗り込むと、ファイネルさんが爆弾区画に主機の起動を指示する。
「高度1000で王都に向かう。高度500への降下時には再度連絡する!」
「高度1000了解!」
ドワーフ族特有の大声の復唱が聞こえると、飛空艇がどんどん登っていく。
「推進プロペラ主機起動。巡航速度で王都に向かう」
下の景色が流れ始めた。
西北西遠くがぼんやりと明るいから、あれが王都なんだろう。
「リーディル。そろそろ用意しておけよ!」
「了解です。俺も炸裂焼夷弾を使ってみます」
座席のすぐ右横にある砲弾ラックから砲弾を取り出す。ラックに入っているのは15発だけど、どこかの棚に予備の砲弾があるに違いない。
砲弾ラックの中に3段に並んでいるのは、上から赤、黒、黄色の順だ。赤は焼夷弾で黒が炸裂弾だから、この黄色が炸裂焼夷弾ということになるんだろう。
黄色を取り出して、ヒドラⅡの薬室に装弾してセーフティを上げておく。もう1本取り出してバックスキンの上着のポケットに押し込んだ。
「ミザリー、港の攻撃を砦に連絡しておくにゃ。予定時刻は0430にゃ」
「了解です!」
いつの間にか、俺の後ろにエミルさんが立っていた。肩越しに前を見てるんだけど、やはりこっちの方が眺めが良いからかな?
「テレーザ、目の前の箱の蓋を開いてみな。下が見えるはずだ」
「ああ! ……見えますね。真ん中の線は軸線ですか?」
「そうだ。少し小さいが、これでコース取りが出来るだろう。イオニアのところで最終調整を行うことになるけど、ここでも荒くは調整できる。
リーディルの目の前のガラスのドームの中央の金属枠も軸線だ。2つで確認で切るってことだな」
ファイネルさんの前にいくつか計器があるんだが、その真ん中の四角いのが前方を見る潜望鏡のようなものなんだろう。
リトネンさんが使うのは潜望鏡のように見る角度や方向も変えられるけど、ファイネルさんのところの潜望鏡は前方を眺めることができるだけのようだ。
「だいぶ見えてきたにゃ! 予定時刻には爆撃が出来そうにゃ。ファイネル。少し速度を落とすにゃ。エンジンの音が気になるにゃ」
「速度を落とせば少しはマシになるってことですか。……爆弾区画に連絡。推進主機の出力を落とす。低速まで下がろ。繰り返す低速まで下げろ!」
直ぐに爆弾区画から復唱が聞こえてくる。
いよいよか……。双眼鏡を使って前方をよく見る。
飛行船や、空中軍艦が浮かんでいないとも限らない……。
「進路クリアー。まだ動きは無いようですね」
港が見えてきた。俺の報告を聞いて、リトネンさんが高度を落とすよう指示を出す。
「ついでに速度をあげるにゃ! 巡航速度まで増速して高度500で爆弾を投下するにゃ!」
「リトネンさんが、伝声管を使って指示を出す。相手はイオニアさんなのだろう。ここまで伝声管の声が聞こえてこない。
「リーディル、進路はどうだ?」
「少し左ですね。……ストップ!軸線に乗りました」
「分かった! ……イオニア、そちらに制御を切り替えるぞ! 爆弾投下と同時に高度1500だからな! 水平飛行に移行したらドワーフの連中と一緒に爆弾を投下装置に装填してくれ」
「……了解だ! テレーザ飛空艇の制御切替えレバーを対してくれ!」
ガチャンと音がした。
後はイオニアさんが照準器を睨みながら爆撃コースの飛空艇を動かしてくれるはずだ。
飛空艇の降下が始まる。高度500なら近くの艦船に砲撃も可能だろう。
前席のヒドラⅡの射界は暗が狭い。左右30度、上下は45度ほどだ。席に座っているなら、その半分もない。シートベルトを外して、その時を待つ……。
「輸送船の甲板には誰も居ませんね。進路は一番外側の輸送船を塾戦に捕えています」
「上手く当てて欲しいにゃ。リーディルも可能なら撃ってみるにゃ」
「そのつもりです右の輸送船を狙います。たぶん側面を叩けるはずです」
もう少しで港の東の防波堤を越えそうだ。
ゆっくりとセーフティを解除して、ヒドラⅡのストックを肩に押し当てグリップを握る。まだトリガーには指を掛け合ずにいよう。
爆撃目標の輸送船が近づいたところでヒドラⅡを放った。目標までの飛距離は700ユーデも無かったろう。
船の舷側から一瞬炎が上がったから、炸裂焼夷弾はしっかりと輸送船の舷側鋼板を貫通して中で爆発したに違いない。




