J-079 飛空艇?
柔らかな日差しで根雪がどんどん溶けているようだ。
山の拠点と比べると、ここは標高が低いし尾根の東側だから日差しも良い。
次の作戦はまだのようだけど、訓練だけが続けている。
防寒服は着なくとも、2時間程の狙撃訓練なら我慢できるまでになってきた。
「狙撃訓練は続けていても、実際に撃ち合うことがほとんどなくなってしまったな」
「あの車を使うのであれば、小銃は補助的な武器ですからね。まだまだ改造が続いているみたいなんですが、あまりに変ってしまうのもねぇ……」
訓練を終えると、小銃の手入れとお茶やコーヒーを飲みながらの雑談になってしまうのは何時ものことだ。
「そういえば、ファイネルが東の町に向かったようだ。あそこは我等の工廟がある。新たな兵器の取り扱いを学ぶということになるんだろう」
イオニアさんが東の窓の先を見ながら呟いた。
大型の噴進弾かな? それとも反乱軍も戦車を作ったのかもしれない。
膠着状態の戦線が春には動くということになるのだろう。
「あれだけ叩いたからこっちの砲撃を受けても反撃してこないそうだ。かなりの損害を与えたということになるんだろうな」
「2つの港の倉庫ですからね。また運んでくるんでしょうが、帝国軍は厳しい事態になっていると思いますよ」
「だが、帝国の物量は我等の想像を超える。直ぐに送ってくるだろうから、それまでは戦線の動きは我等で制御できそうだ」
ハンズさん達の言葉は俺には理解できないところもあるけど、とりあえずは俺達が優勢ということになるんだろうか?
だけど、その割には戦線が動かないみたいだ。直ぐに西に向かって進んでいくと思っていたんだけどね。
「ところで噂ではあるんだが、東の王国の義勇軍が引き上げるらしい。どうも西の王国と取引している商人の話では、帝国軍が西からこの大陸を征服するという今までの戦略を止めるみたいだ」
「東の王国の版図に迂回上陸しようということか? それはまた、大戦略だ……」
「ああ、問題はそれが出来るだけの戦力があるということだな。俺達に手こずっているからだろうが、相手の国力を考えるとそれも容易に思えてくるな」
そうなると、現在の戦線の後ろからも敵がやって来ることにならないか?
せっかく山から下りてきたのに、再び戻るようなことになりかねない。
だが現状の俺達では、今の戦線を維持することが精一杯らしい。
「そういえば、もう1つおもしろい話を聞いたぞ。帝国の帝都で色々と事件が起こっているらしい。西の大陸を制覇したということで、政治体制を大きく変更したらしいが、その変更で貴族にかなり変化があったらしい。なんでも王様になった貴族もいるらしいぞ」
ハンズさんの話では、期限付きの国王らしい。王様って永代なんじゃなかったか?
「おもしろい考えを持ったものだな。そうなると皇帝は、王の中の王ということになるのだろう。帝国を分割して、貴族を国王にすることで治政を委ねるということになるんだろう……。なるほど、それで期限付きの国王ということか。反乱の未然防止ということに違いない」
「長く国王でいると本当にその気になるってことか? まあ、分からなくもないが、問題はあぶれた連中だな。貴族というのは気位だけは高いからなぁ」
逆恨みの憂さ晴らしに酒でも飲んで仲間内に文句を言うぐらいなら良いのだろうが、実力行使に及ぶとなれば問題だな。
政治体制の急激な変化に付いていけない連中は結構いるんだろう。
貴族だけでも1万人とも言われているからねぇ。
「出来れば、そんな連中に帝国をかき回して貰いたいところだ。そうなればこっちに考えが及ばないだろうからなぁ」
「国力が無ければ帝国が崩れるだろうが、仮にも大陸を統一するほどの力をもっているのだ。出る杭は片っ端から抜かれるか、打たれるに違いないな。大勢にはあまり影響がないと考えるべきだろう」
イオニアさんの言葉に、皆が頷いている。
騒ぎはそれほど大きくなることが無いということなんだろうな。
だが、燎原の火が燻るのは俺達にとってはありがたい。
それだけこちらに送る部隊を帝国内に留め置くことが出来るんだからね。
「問題は、敵の戦略だな……。ハンズの言う通り、東の王国からの義勇兵でどうにか戦線を維持しているようなものだ。帝国の食指が東の王国に向けられる動きがあるなら、義勇兵を出す余裕はないだろう」
西で手一杯なんだから、東から攻められるとなれば、やはり山に籠ることになるんだろう。
せっかく尾根の砦と切通の東にある町を開放したんだからなぁ。このままじりじりと西に戦線を移動して行きたいところだ。
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砦の周囲はすっかり雪が融けて草花が目を出し始めた。
山の拠点もそろそろ雪が融ける頃だろう。畑はドワーフ族達の小母さん達が耕すのかな?
この砦の周囲の空き地も、小母さん達が開墾しているから、夏ごろには野菜が収穫できるに違いない。
クラウスさん達は、小隊規模で集積所周辺を攻撃しているらしい。
この頃は、集積所の周囲にいくつかの防衛陣地まで作られたらしく、たまに破損した車両がワイヤーで曳かれて帰ってくる。
「俺達の車も取り上げられてしまいましたね。次は、前のように徒歩で移動しないといけなくなりました」
クラウスさんから、改造の終えた6輪駆動車を、小隊の方に使わせると聞いて、リトネンさんがだいぶ抗議したんだけど、上からの命令だと言って押し切られてしまった。
代わりに4輪駆動車が来るのかと思っていたんだが、それもないということは再三の襲撃で破損した車両がそれだけ多いということになるんだろう。
東の町には大きな工房があるらしいが、たまに蒸気機関車が運んでくる車両は、俺達にまで回ってこないみたいだ。
「狙撃任務がその内に回ってくるだろう。俺もだいぶ腕を上げたからな。フェンリルでも狙撃は可能だぞ」
「俺とイオニアさんに任せて欲しいですね。どちらかというと、フェンリルの下に付けたグレネードランチャーに期待してます」
「でも携行する弾数が3発なの。予備を2発背嚢には入れてあるんだけど……」
エミルさんが情けない口調で呟いたけど、それ程発射することはないんじゃないかな。
グレネードランチャーの最大飛距離はおよそ200ユーデ。フェンリルの有効射程に近いし、数十ユーデまで接近したなら、ハンズさんが手榴弾を投げられるからね。
「少なくとも転戦は出来んな。1つの目標を叩いて素早く立ち去るという昔の形に戻るなら、そこそこの働きができるんじゃないか」
そんなことだから、俺もドラゴニルを持ち出して狙撃の訓練に励む。
それなりに訓練はしているから、腕が落ちていると自覚することはない。
北の峰々の雪もすっかり消えた頃。
クラウスさんが、珍しく俺達の部屋に入ってきた。オルバンも一緒だから、間違いなく新たな作戦を告げてくれるに違いない。
「すまんな。せっかく自分達の為に改良した車を取り上げてしまって」
テーブルに付くなり、クラウスさんが俺達に頭を下げる。
俺の隣で、厳しい目で睨んでいたリトネンさんを見たからかな?
「済まんが地図を広げてくれ。旧王国の全体図だ」
言われるままに、テレーザさんが席を立って地図を持ってくる。かなり大きいけど、このテーブルも大きいからなぁ。
シーツ半分ほどの地図がテーブルに乗ったところで、クラウスさんが鉛筆を取り出した。
「両軍が対峙している戦線はこの辺り……。集積所は、3カ所になった。ここが新たな集積所だ。海岸だが小舟で荷を運んでいるようだ。
背後を襲う俺達に対して、こことここに中隊規模が駐屯している。監視所は2ミラルほど離れて3カ所あるぞ。
この状態で集積所を襲うのは、かなり難しくなっているのが現状だ」
集積所に3ミラルほど近付くには、監視所の索敵範囲に入ってしまう。直ぐに近くの防衛部隊が出動するとなれば、破損する自動車が多いことも理解できる。
「とはいえ、このままでは戦線の維持が難しいことも確かだ。どうにか噴進弾の飛距離を増したのだが、それでも4ミラルの射程が良いところだ。それに問題もある」
「観測射撃ができないんですね?」
エミルさんの言葉に、クラウスさんが小さく頷いた。
着弾のズレを観測して砲撃諸元を修正できないとなれば、最初の砲撃を広範囲にばら撒くことになってしまう。
散布界が広ければ、1つぐらいは当たるということになるんだろうな。
「口径が大きな発射装置だから、6輪駆動車でも4門搭載するのがやっとだ。4台で放っても16発だからなぁ……。有効弾が中々得られない」
「事前に、監視所や防衛部隊を叩くことはできるように思えますが?」
「尾根の上のブンカーより厚いコンクリートだ。何度か攻撃したが、破壊は出来なかった」
そこで俺達の出番ということになるのか……。
かなり危険な任務に思えてくる。あの辺りは全くと言って隠れる場所のない荒れ地と畑だからなぁ。
「そこで、リトネン達に新たな指示が下りた。東の砦に向かい、飛空艇を受領し帝国の輸送艦隊を攻撃してくれ」
クラウスさんの言葉に、思わず俺達が顔を見合わせる。
全員の目が真ん丸なのは、飛空艇という言葉に反応したからなんだろうな。俺だってそうだからね。
たぶん、帝国軍の飛行船の残骸から俺達も似た乗り物を作ったんだろうが、あの飛行船はとにかく火に弱い。
そんなもので出掛けて、帝国の輸送艦隊に爆弾を降らせたとしてもちゃんと帰って来れるのだろうか?
「俺達に死にに行けと?」
「リーディルの放った焼夷弾1発で落ちるぐらいにゃ。爆弾を落とす前に海に落ちてしまうにゃ……」
ハンズさんとリトネンさんが文句を言い始めた。かなり怒っている感じもするな。
それに引き換えエミルさんとイオニアさんは、目を閉じて考え込んでいる。
「反乱軍の飛空艇は帝国軍の飛行船と同じ物?」
「いや、全く異なる。どちらかと言えば空中軍艦に近いものだ。さすがにあれほど大きなものは作れんが西から亡命してきた住民の中に、あの技術を知る者がいた。
試作はしたのだが、1機だけだ。
大型の大砲は搭載できないし、爆弾も口径4イルム砲の砲弾を流用したものが20発程度だからな」
大砲の代わりに3イルム噴進弾の発射機を1門胴内に、ヒドラⅡを飛空艇の4方向に1門ずつ搭載したらしい。
それ以外に、ヒドラⅠを2丁持っているそうだから、相手が空中軍艦でも逃げずに戦うことが可能だろう。
「乗員は10名になる。リトネン達以外に、ファイネルを操縦士、ドワーフ族の若者2人を機関要員として搭乗させる。重力中和装置『ジュピテル』はかなり繊細な代物らしいからな」
飛行距離は推進機であるプロペラを回す動力に自動車のエンジンを使うらしい。飛行機はプロペラを高速回転させて空を飛ぶからかなり大きなエンジンを搭載しているが、飛空艇の場合は小出力の物でも十分らしい。
それでも巡航速度は60ミラル、最大速度は毎時100ミラル近く出せるなら十分じゃないかな? リトネンさんの表情がだんだんと緩んできてるんだよなぁ……。




