J-076 水門からの攻撃
どんよりと重い雲の下、5台の自動車が尾根の東を南に向かって進んでいく。
先頭はイオニアさんが運転する俺達の6輪駆動車だ。その後ろをエミルさん達の車、カレンさん達の4輪駆動車が2台続き、最後尾は燃料の入った大きな缶を2つ搭載した4輪駆動車になる。
「14時だから、夕暮れ前には燃料補給の予定地に到着するにゃ。攻撃予定は明け方だから十分休めるにゃ」
数時間程仮眠できそうだ。だけど眠れるかなぁ。運転手にだけは眠らせてあげたいところだけどね。
6輪駆動車は、全体を装甲板で覆ったし、排気ガスで温めた空気が室内に入るよう作られているから、結構温かい。
防寒服とスモックは座席に着く前に脱いでしまったぐらいだ。3人は座れるベンチシートだから背もたれの裏にある収納場所に詰め込んで邪魔にならないようにしている。
今着ているのは、砦でいつも着ているバックスキンの上着と厚手の作業ズボンだ。
ネルのシャツにセーターを下に着ているから、車の中ならこれで十分だろう。
外に出る時に防寒服を着ればいい。
18時前に尾根の出口に到着した。
ここで夜半まで休息することになる。
同行してきたドワーフ族の若者達が、俺達の自動車に燃料を満杯にして北に去っていった。
とりあえずは、食事ということで炭を使ったストーブでスープを作り、お弁当のサンドイッチを頂く。
「今夜20時に出発するにゃ。19時半にエンジンを駆動して出発に備えるにゃ」
「先ずは王都の倉庫群ってことだな。了解だ。隊列は?」
「先頭は私にゃ。間にカレン達2台が入って、殿はエミル達にゃ」
出発時刻が決まったところで、各々の自動車に戻りしばしの休息に着く。
2時間交代で見張りをすることになったが、最初は俺とテレーザさんだ。
防寒服を着て車の影で風を避け、炭火でたまに体を温めながら見張りを続ける。
見張りをハンズさんと交代して自動車に入ると、たちまちゴーグルが曇ってしまった。
やはり車の中は暖かだ。
防寒服を体に掛けて、少し眠ることにした。
ガタガタと体が揺すられて目が覚めた。
すっかり寝入ってしまったようだ。既に車は動いている。時計を見ると22時を少し回っている。3時間近く寝てたってことかな。
「良く寝てたね。リトネンさんの話だと、明け方には目的地に到着するみたい」
「今のところ作戦通りってことだね。攻撃は夕暮れ以降だから日中は、見張りで頑張ろう」
そう言ってミザリーの頭をポン! と叩く。
攻撃は俺達が最初になる。倉庫群を攻撃することで帝国軍の目をこちらに向けなければならない。
旧王都の倉庫が攻撃されたという知らせを受け前線の補給基地が動揺しているところをクラウスさん達が叩く手筈だ。
なるべく派手に、俺達の存在を示すことになるんだろうな。
現在は、尾根の直ぐ南を東西に繋ぐ街道を走っているようだ。
日中はたまに帝国の偵察部隊が走っているようだが、夜はさすがに誰も通らないのだろう。
時速20ミラル(36km)ほどの速度を出しているのだろう。たまに休憩を取りながら車列は西に向かって進んでいる。
日付が変わって2時頃になった時だ。
南西方向の空が明るく見える。あの方向に王都があるのだろう。
目的地の水門跡は王都の北西になるから、まだしばらく走ることになるんだろう。
4時を少し回った頃、車の動きが遅くなる。
どうやら間道に入ったようだ。30分ほど過ぎたところで自動車が止まる。
「着いたにゃ! 先ずは車にシートを掛けて地雷を仕掛けるにゃ」
トラ族の4人と一緒になって、地雷を仕掛ける。
持参した数は6個だけど、連動して爆発する代物らしい。
道に沿って斜めに設置することでどれかを踏むことになるんだろうな。誰も来ない時には12時間後に自爆するとのことだから、住民が間違えて踏むことは無いだろう。
「500ユーデは離れているから、この場所で十分だろう。ここから西に向かうには、南の橋を渡ることになるんだが、荒れ地を進んで行けるからな。この道を通ることはない」
「引っ掛ってくれれば良いんですけどねぇ……」
「さすがにやって来るだろう。倉庫群は大災害だからなぁ。帝国の矜持にも関わるんじゃねぇか?」
「王都の倉庫群と、前線の補給基地2つが焼かれると戦線の維持はかなり苦しくなるだろうな。食料は周辺の住民から供出させるかもしれんが、度が過ぎると反乱がおきるだろう。だいぶ銃器類は取り上げたらしいが、全てではない。それに住民蜂起を鎮圧するとなればそれだけ前線で使う銃弾が足りなくなるからなぁ」
常に1人が周辺を監視しての地雷施設だったけど、1時間程度で何とか設置を終えることが出来た。
地面が凍ってなければもっと早かったんだろうけど、この季節だからねぇ。1か月も過ぎれば少しはマシになるんだろうけど……。
作業を終えて車に戻ってくると、車がシートに覆われていた。
迷彩柄だから、遠目には雪の吹き溜まりに見えるだろう。
シートの中に入ると、結構温かい。炭を使うコンロが2つ置いてあるからだろうな。
防寒服を脱いでミトンを外し、ミザリーからコーヒーの入ったカップを受け取る。
「もう直ぐ食事ができるから、それまで飲んでてね。ここは風下だからタバコもだいじょうぶだよ」
直ぐに笑みを浮かべたハンズさんがタバコを咥える。
俺もポケットからタバコを取り出して火を点けた。
「ここで楽しめるなら、夕方までいられるな。運転を担当する連中は、昼寝ということになるんだろうが、その間俺達は周辺監視になりそうだ」
「砲撃諸元はエミルだろう? 彼女なら間違いないだろう。元砲兵部隊の観測班だからな」
観測射撃の結果を確認して、砲撃諸元の修正を行う任務をこなしていたようだ。
「外は寒いわね。……ありがとう!」
シートにエミルさんが入ってきた。砲撃諸元の観測をしてきたのかな?
ミザリーからコーヒーのカップを受け取ると、バインダーに挟んだ地図と観測結果を確認して、定規で距離を確認している。
「前回と同じだから、問題なし……。砲撃準備はどの程度掛かるのかしら?」
「4イルム砲の砲は10分も掛からねぇ。まだ砲弾の取り出しをしてねぇから、30分あれば余裕が出るな」
「了解! こっちもそれぐらいは掛かるんじゃないかな。それじゃあね」
ミザリーにカップを返すと、奥に歩いて行った。食事の手伝いをするのかな?
「ミザリー、リトネンが呼んでるわよ!」
奥から、エミルさんの声がした。直ぐにミザリーが奥に向かったところを見ると、砦と連絡を取るのだろう。
こっちは予定通りだけど、クラウスさんの方も準備があるだろうし、何と言っても自動車の数が違う。1つの集積地を攻撃する自動車だけで10台を超えるんじゃないか?
「向こうの攻撃も見てみたいところだな。3個分隊ずつ向かうんだろうが、1個分隊で4台の筈だ。4連装の3イルム噴進弾発射機を搭載しているから、58発になるんだろうが、2連装の4イルム噴進弾を乗せてる車や、更に発射機を乗せてる6輪車もあるからなぁ。少なくとも50発以上になることは間違いないだろう」
こっちは12発だからね。3倍越えの火力になる。3回ほど斉射したら何も残らないんじゃないかな。
「こっちはその後の楽しみがあるんだ。話のタネにはなるんじゃないか?」
「それもそうだな。俺の乗ってきた車は後部座席の下に20パイン爆薬が4つも乗ってるぞ。追跡車を断ち切るのが楽しみだ」
置き土産ってことだからなぁ。何時どこで使うかはまだ分からないけど、逃走途中で使うことは間違いない。
温かい食事は何よりの御馳走だ。
たっぷりと食べたところで、運転を担当するイオニアさん達葉車の中で横になる。
残った俺達が周辺監視を行うんだが、小雪が舞い始めたから遠くまで監視することができない。
帝国軍の偵察部隊も同じだろうから、少しは安心できる。轍が消えてくれればもっとありがたいんだが、そこまでの降りは期待できないなぁ。
昼食は、ココアとビスケットで済ます。
調理に使っていた炭火コンロも俺達がいるシートの下に運んできたから、防寒服が必要ないくらいだ。
それでも、シートから出ると寒さが身に染みるから、ゴブリンを包んで直ぐ傍に置いておく。
「それにしても、ここは帝国軍の監視対象外ってことなのか? 全く姿を見せないんだが」
「前回もそうでしたよ。王都の城壁内に入る者だけに注意を向けている感じですね。王都の守備兵を削減しているのかもしれません」
「まあ、今夜には分かるだろう。さすがに無視できないだろうからなぁ」
既に時刻は15時を過ぎている。
だいぶ日が延びてきたけど、砲撃諸元に沿って発射機を調整しないといけないから、そろそろ準備が始まるんじゃないかな。
リトネンさんの指示を、タバコを楽しみながら待つ。
ミザリーはエミルさんと一緒に夕食のスープを作っているようだ。
スープが出来たところで、イオニアさん達を起こして早めの夕食が始まる。
「食事が終わったら、攻撃の準備にゃ。クラウス達は尾根の出口付近で待機してるから、計画通りに深夜に攻撃を始めるにゃ。その前に私等が王都の倉庫を攻撃するにゃ」
20分ほどの食事が終わると、直ぐにシートを畳んで車を移動する。
風を考慮して風下に向かって斜めに車を並べると、エミルさんの告げる砲撃諸元に従って発射機の向きと飛距離を調整し、次弾を車の後方に用意する。
全て終わった時には、周囲が暗くなっていた。
ミザリーとテレーザさんが俺達にコーヒーの入ったカップを配ってくれた。
攻撃は19時を予定しているらしい。暗くなれば輸送船からの荷役作業も終わるだろう。
王都の住民に被害を出さないのが原則だからね。
18時半に、車のエンジンを掛ける。
万が一にも動かなかったら作戦が頓挫してしまう。いつでも逃げ出せる用意ができていることが肝心のようだ。
「後、5分にゃ。 2斉射したらすぐに移動するにゃ。荒れ地を進むから車が動かなくなったら、通信機で信号を送ってほしいにゃ」
「長点が4つだったな。その前に長点2つに車の順番を短点で送るで良いんだったな」
「それでお願いします。通信機の電源を入れたままにしておきますから」
ミザリーが常に聞いているってことだな。
通信機を使って話をすることができれば良いんだが、まだそんなことはできないようだ。
単純で意味がない信号だけど、俺達だけで分かるならそれで十分だろう。
「時間にゃ。砲撃諸元を再度確認するにゃ!」
発射担当の人達が、エミリーさんの告げる数字を、赤いフィルターを付けたライトで確認している。
「確認出来たにゃ? それじゃあマスクを着けるにゃ……。砲手以外は車から離れるにゃ……。発射!」
噴進弾はドォンという砲撃音がしない。ヒューン……という音を立ててオレンジ色の炎を引きながら夜空に消えていく。
全弾発射を確認した砲手達が次々と手を上げる。
「次弾装填、急ぐにゃ!」
今度は俺達の番だ。車の後部に並べた噴進弾を発射筒の後部に差し込んでいく。
装填の確認を行うのは砲手の役割だ。
3つの発射筒に装填が終わったところで、マスク越しに南西の空を見ると赤く染まっている。
焼夷弾が数発混じっていたから火災が起きたに違いない。
今度も同じような弾種だから、更に広がるだろう。
「発射!」
12個の砲弾が再び夜空に消えていく。
数秒ほど過ぎたところで、明るい光が南西に見えた。遅れて炸裂音が聞こえてくる。小さい物だったから先ほどは分からなかったな。
「これで倉庫は焼けただろうな……」
「全員乗車! 次の砲撃地点に向かうにゃ!」




