表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
83/225

J-072 燃料切れ


 尾根の先端を過ぎて3ミラルほど北に進んだところで、車を停めて休息を取る。

 さすがにここまでは来ないだろう。

 尾根の先端に反乱軍は監視所を置いてはいないが、帝国軍はそのことを知らないだろうし、尾根から砲撃が行われるなら周囲3ミラルの範囲は危険区域になるはずだ。


 運転席から降りたリトネンさんが、ミザリーと拠点に連絡を取っている。

 俺とハンズさんが銃を手に南を睨む。


「いやぁ、一時はどうなるかと思ってたんだ。帝国の連中め怯えたんだろうな、銃撃すらしてこなかったぞ」


「兵員数が少なかったんでしょうか? そもそも監視所ですし、周囲の状況監視が任務ですからね」


「だが1発も撃たないとなれば、上から追及されるんじゃないか? これだけの惨事だからなぁ。誰かが、その責任を取ることになるんだろう。だが上の連中は責任逃れが上手い奴ばかりだ。どこかの少尉が責任を取らされるに違いない」


 気の毒だが、それは帝国軍の中の話だ。

 俺達は、今回の作戦が本来の任務よりも成果を上げたことを喜ぶべきだろう。

 もっとも、無事に帰らないと喜ぶことは出来ないんだけどねぇ……。


 リトネンさんが俺達を呼んで状況を話してくれた。

 雪は相変わらず降っているから時間が分からないけど、既に午後になっているはずだ。早めに補給部隊と合流しないといけないんだよなぁ。


「燃料は三分の一ぐらいにゃ。燃料警告灯が付くまで、このまま北に向かって走るにゃ。エミルの方が先に着いたら前照灯を点滅させるにゃ」


「砦から補給部隊は出発したんでしょうか?」


「さっきの連絡で出発させたみたいにゃ。尾根のどちらを通るか予想が付かないと、出発を見合わせていたみたいにゃ」


 リトネンさんは臨機応変だからなぁ。場合によってはあえて尾根の西を通るかもしれないとクラウスさんは考えたに違いない。


「会合するのは日が落ちてからだろうな。それまでどこまで行けるかだ。この道もきた時より雪が深くなっているからな」


「そういう事にゃ。それじゃあ出発にゃ!」


 再び車が北を目指して走り出した。

 確かに雪が2イルムは深くなっているようだ。砦近くはもっと雪が積もっているかもしれないな。


 車がスリップしないように6輪駆動で進むから燃費がかなり悪いみたいだ。

 少し辺りが暗くなる頃、イオニアさんが燃料警告灯が作動したとリトネンさんに告げた。


「あの辺りに停めるにゃ。車にシートを被せて、北側で風を避けるにゃ」


「了解です!」と言ってイオニアさんが前方の小さな雪の小山の奥に車を停めた。

 丸く見えたのは繁みなんだろう。俺の肩程の高さがあるから後方から追手がやって来ても直ぐに俺達に気が付くことは無さそうだ。


 自動車に大きなシートを被せると、尾根側に皆が集まる。

 炭を使ったコンロを持ち出したから、夕食を作るのかもしれない。

 後方警戒は、俺とハンズさんで引き受ける。


「やって来るとは思えないんだが、一応監視はしといた方が間違いはない」


「尾根に入った時も、そうでしたからね。とりあえず一服を楽しみながら、たまに南に目を向けましょう」


 やって来るとしたら自動車だからなあ。ジッと見ていなくともエンジン音で気が付くだろう。


「車の影なら風は気にならんが、直ぐ上は結構な風だ。山の拠点は豪雪かもしれないぞ」


 ハンズさんが煙が拡散する様子を見ながら呟いた。

 確かに風が強まってる感じだな。雪もだいぶ強くなってきたようだ。

 踏破性が良いとは言っても、俺の腰まで積もるようなら砦に戻れなくなってしまいそうだ。

 現在は膝下までだから問題はないんだろうけど、ここで野営をすると朝起きたら雪に埋もれていたなんてことになりかねないんじゃないかな。


「はい。コーヒーができたわよ!」


 テリーザさんが俺達にコーヒーのカップを渡してくれた。

 車の影で風を避けてるとはいえ、寒いことに変わりはない。

 ありがたくカップを受け取って、ゆっくり味わうことにした。


「数時間は掛かるだろうな。あの車庫にはこの2台以外に6輪車は無かったはずだが」


「4輪駆動でも荷が燃料缶2本ほどですからね。何とか来れるとは思ってるんですが……」


 退屈しのぎに、2人でこの6輪車の改造点を話し合う。

 ハンズさんも、色々と気になるところがあるらしい。


「先ずは防弾対策でしょうね。座席に金属片が刺さってました。半イルム(1.25cm)とは言いませんが、五分の一イルム(5mm)ほどの鉄板が要所に欲しいです。


「座席前と横、それに後ろだな。確かに必要だろう。そうすればもう少し接近して戦闘ができそうだ。それに風よけにも都合がいい。排気管を座席の一部を通すようにすれば体を温めることだって出来そうだ」


 それもあるなぁ……。だけど、冬対策をしっかり行うと、夏が辛くなりそうだ。着脱式という形には出来ないんだろうか?


「右の発射筒も1本追加したいところだ。やはり数を撃たねば話の外だからな」


「それだけ、携行する砲弾数が増えそうな気もしますが?」


「今でも10発を乗せてるんだ。素早く撃って、さっさと帰る。これが一番だろうな」


 車両の左右バランスはどうなんだろう? 確かに本数を増やしたいところではあるんだよね。

 

「ヒドラⅡも改良して欲しいですね。装弾が1発ずつというのは問題です。フェンリルのように半自動には行かないんでしょうか?」


「それは俺も感じるところだが、半自動化することで機構が複雑になり車両への搭載ができなくなるようでも困る。

 これも、要望した方が良いんだろうな。口径の大きな大砲では無理だが1イルム半の口径なら、小銃と同じような仕組みが取れるかもしれんぞ」


 辺りがだんだんと暗くなってくる。

 雪が舞っているから、見通し距離は1ミラルもない。

 敵の姿が未だに見えないのは、やはり追うことができないということなんだろう。


 エミルさんとミザリーが見張りの交代にやって来た。

 食事ができていると言っていたから、2人は既に食べ終えたのかな?


 リトネンさん達は、シートを張った下でお茶を飲んでいた。

 イオニアさんが俺達2人にスープを入れた飯盒を渡してくれる。

 スープというより薄めのシチューのような感じだ。ジャガイモを潰して入れたのかな?

 硬いパンを浸して食べている俺達に、リトネンさんが状況報告をしてくれた。


「やって来るのは4輪駆動の自動車にゃ。30パインの燃料缶を4本運んでくるにゃ。ここまで来るのに数時間は掛かりそうにゃ」


「夜半ということですね。これ以上雪が降らなければ良いんですが……」


「砦は止んだと言ってたにゃ。早く帰って熱いシャワーを浴びたいにゃ」


 思わずハンズさんと顔を見合わせてしまった。

 確かに、今一番欲しいのはそのシャワーに違いない。


「帝国軍の追手が来ないのが気になります。4回の襲撃を行ったんですがほとんど反撃を受けませんでしたからね」


「装備不足かもしれないにゃ。南東の戦線が膠着状態なのは、冬に軍を上手く動かせないからかもしれないにゃ」


「本当に帝国軍の自動車は後輪駆動だけみたいね」


「戦闘車両は色々あるにゃ。でも兵站はお粗末にゃ。そのお粗末な帝国軍に私達は負けたにゃ」


 クラウスさんに昔聞いた話では、王国の降伏は軍にとっては寝耳に水だったらしい。まだまだ頑張れると多くの兵士が思っていたんだろうな。

 そんな状況下で、王族が降伏文書に調印したというんだから、連絡不足も良いところだと言っていた。

 俺はその当時を知らないんだが、かなり状況が混乱していたに違いない。

 王族や一部の上級貴族は王都の貴族街で暮らしているらしいけど、どんな思いで暮らしているのだろう。

 日和見な連中は願い下げだ、とクラウスさんは言ってたんだよなぁ。

 帝国軍を追い出した後は、再び王族が返り咲くのだろうか?

 案外、別な統治システムができそうな気もするな。

 

 1時間程の頻度で、見張りを交代する。

 そろそろ日付が変わろうとしていた時だった。北に明かりが見えるとイオニアさんがシートの下に駆けこんできた。


「赤いライトで丸を描くにゃ! 味方なら、ライトで十字を描くにゃ」


 点滅信号というわけではないようだ。

 直ぐにイオニアさんが出掛けて行った。俺も行ってみよう。何かあってからでは遅いからね。


 自動車の影に隠れてドラゴニルを握る。

 だんだんと自動車が近付いてきたから少し形が見えてきた。

 4輪駆動の偵察車のようだな。運転席のすぐ後ろが荷台になっているようだ。

 俺達の自動車の直ぐ近くに車を停めると、若い男性が下りてきた。


「砦から来た、グラニウル軍曹です。リトネン少尉に燃料を届けに参りました」


「御苦労でした。コーヒーがありますから、しばらくお待ちください」


 イオニアさんが挨拶してるから、どうやら味方のようだ。

 車の影から立ち上がると小銃を下ろす。


 砦から来た4人が、燃料容器を手に俺達の自動車までやって来ると、燃料タンクに補給してくれる。

30パイン容器が2つずつだから、どうにか砦に向かうことができるだろう。


 作業が終わったところで、皆でコーヒーを頂いた。

 これで帰れると思うと、ホッとするな。皆の顏にも笑みが浮かんでいる。


「それにしても……、これで、集積所を襲ったんですか。側面に大砲2基とは思い切った形ですね」


「おかげで、苦労したよ。とはいえ、移動砲台よりは使い易いし、命中精度も良いな。これを束ねた車両もあったんだが、本来ならそっちを使うべきだったかもしれない」


 何にでも使えるというものは、ある意味中途半端な存在だとも言える。

 たぶんこれが良い例なんだろう。

 だけど少し改良すれば、敵の背後を襲うには最適な車両にもなりそうだ。

 

 リトネンさんが出発を告げたのは、2時を回っていた。

 既に雪は止んでいるから、走りやすいに違いない。

 先導を4輪駆動車が勤め、その後ろを俺達2台が付いていく。


 走り出して直ぐに、ミザリーは俺に肩を預けて寝入ってしまった。

 寒くないように、シートでミザリーを覆っておく。


 それほど寒さを感じないのは、雪が止んで直ぐだからだろう。明日は冷え込みそうだな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ