J-070 次は定期便
右手前方に雪の小山が見えてきた。
荒れ地のど真ん中になぜあるのか不思議ではあるんだが、よく見ると大きさは異なるけどあちこちに点在している。
それほど大きくない小山の1つに、自動車が向かっていく。
2つ並んでいるから丁度良いと考えたのかな。
北側に隠れるように自動車を止めると、シートで素早く北側を覆った。
どうやらここで待ち伏せするみたいだ。
炭を使ったコンロでコーヒーを作り、軽い食事を取る。
ミザリーがアンテナを伸ばして、帝国軍の通信を傍受しようとしているんだが、ミザリーが持っている暗号のコード表は拠点が襲撃を受けた時のものじゃなかったかな?
「古いコードじゃ分からないんじゃないか?」
「出掛ける時に、お母さんがくれたの。最新版だと言ってたよ」
通信文をメモに記録していくと、隣のエミルさんがコード表を使って俺達にも分かる文に変えてくれる。
「昨日送られてきた弾薬が爆破されたとあるわ。あの煙がそうだったのね」
「何度も爆発音が聞こえてきたからなぁ。あまり被害を与えられなかったと思っていたんだが、そうでもなかったか」
「至急、弾薬を送るように連絡しているみたいね」
「これが返信みたい」
ミザリーが次のメモをエミルさんに渡して、今度は砦と連絡しているみたいだ。
ミザリーの隣にリトネンさんが腰を下ろしたから、次の作戦に変更がないことを確認したいのだろう。
「あるだけ送ると言ってるみたいだけど、量が問題ね。王都の倉庫にもあまり予備が無いのかしら?」
拠点の西の部隊が動くことになりそうだな。
4機で合計8発の爆弾が落とせるんだからなぁ。縦隊で進む補給部隊の車両なら何とかなるんじゃないか。
「飛行機の作戦行動範囲ギリギリだけど、飛行機だって少しは改良されてるんでしょうね」
「空を飛ぶんだから、下手な改造は出来ないんじゃないか? まぁ、飛行時間を延ばすぐらいはやってはいるんだろうがなぁ」
期待できないってことかな?
ミザリーがアンテナを畳んでいるから、砦との通信は終わったのだろう。
リトネンさんが、俺達のところにやって来ると地図を取り出した。
「可能であれば、今日王都を発つ輸送部隊を攻撃して欲しいと言ってきたにゃ。今、この辺りにゃ。燃料はどのぐらいあるにゃ?」
「自動車の燃料はほぼ半分。30パインと10パインの燃料缶が1つずつ残ってます。尾根の西回りで帰るならば、20パインで走行できる距離がいいところですね」
6輪駆動は燃費が悪いからなぁ。
1パインで2ミラル(3.2km)ぐらいだろうから、エミルさんが言った20パインの距離は40ミラルというところか。余裕を取れば30ミラル(48km)以下が望ましいところだ。
「たぶん内燃機関の自動車を使うはずにゃ。その方が長距離を走れるし、速度も上げられるにゃ。
集積所の攻撃は7時頃だったにゃ。あの爆発が治まってから王都への連絡は、旨い具合にミザリーが傍受してくれたにゃ。
急いで自動車に積み込んで出発するなら、早くても2時間後にゃ」
王都を仮に11時に出発するとなれば、内燃機関の貨物用自動車なら時速30ミラルほどでこちらにやって来るはずだ。
ここから王都までの距離はおよそ120ミラル(192km)ほどあるらしい。
早ければ4時間後にやって来る。
途中で休憩や、燃料補給もあるだろうから少し遅れるだろうが、6時間程度と見るべきだろうな。
定期便の輸送部隊と、どれほど南の轍を通る時間差があるんだろう?
「予定の輸送部隊を攻撃してから、西に向かえば直ぐに会敵できそうですね」
「少なくともこれから襲う輸送部隊の煙が見えない場所まで西に向かう必要があるぞ。これだけ晴れていると、かなり遠くからでも見えるに違いない」
「集積所の煙は見えなくなったにゃ。やはり風邪で南東に流れているにゃ。10ミラル(16km)ほど離れれば問題ないにゃ」
「神様が、私達に味方してくれるかもしれないよ。ほら!」
ミザリーが北西に腕を伸ばした。
その先にあったのは、黒々とした雪雲だ。
午後には降り出しそうだな。
じっと雪雲を眺めていたリトネンさんが、俺達に顔を向ける。
「ここで待ち伏せした後に、西に向かうにゃ。 ここから2射できるかにゃ?」
「轍までの距離は、およそ600ユーデ……。命中するだろうな。2発目も何とかなるだろう」
ハンズさんの言葉に俺も頷く。砦での練習では500ユーデは目標通りに命中させている。
「輸送部隊が見えたならエンジンを掛けておくにゃ。2発目を発射したら、車列の横を通って北西に向かうにゃ。上手く行けば3発目を放てるにゃ」
「輸送部隊が見えなくなったところで、再び轍に戻るんですね? 了解しました」
イオニアさんの言葉に俺達も頷く。
後はここで待つばかりだな。
ハンズさんが2本目のタバコに火を点けて西を睨んでいる。
テリーザさんはミザリーと一緒に東の監視を続けている。
北はたまにリトネンさんが目を向けるだけだから、脅威が低いのかもしれないな。
俺があちこち頭を動かして監視しているのが面白いのか、エミルさんが口を押えて俺を見てるんだよなぁ。
「来たぞ! まだ見えないが音が聞こえてきた」
「総員、乗車するにゃ! ヒドラⅡに初弾装填。銃の覆いを取るにゃ!」
弾薬箱から砲弾を1発取り出して、ボルトを操作して薬室に装填する。
この辺りの操作は、ゴブリンと同じだ。
同じなら3発ぐらいはレシーバ部分に収容できるようにしてほしい。
次弾をミザリーが取り出して両手で持っている。直ぐに手渡してくれるに違いない。
照準器の目盛りを600にすると、セーフティレバーを上げて待機する。
「いつでも行けますよ。600で合図してくれると助かります」
「リーディルに先頭車両を潰して貰うにゃ。ハンズは後ろから狙って欲しいにゃ!」
「了解です!」と言いながらハンズさんが俺達に手を振っている。
「600にゃ? 任せるにゃ」
リトネンさんが俺に顏を向けて頷いてくれた。
少し気が楽になる。
俺の場合、距離勘が少し怪しいからなぁ。
「見えてきたにゃ。距離1200……」
ヒドラⅡの銃床を肩のパットに押し当てて、銃口を向ける。セーフティを解除して、照準器の視野の中に輸送部隊の蒸気自動車を捉えた。
前方が異様に長いんだよなあ。その上、黒い煙を上げているから結構目立つ存在だ。今回の蒸気自動車は黒煙が少ないように思える。白い煙を噴き上げているのは、燃焼系の改造を行ったのかもしれないな。
「800……、もう直ぐにゃ」
トリガーに指を掛け、レティクルの「T」形に運転席を捉えた。
「600!」
リトネンさんの声が聞こえると同時に、ヒドラⅡの砲声が響く。
直ぐにボルトを右手でお越し手前に力を入れて引く。
薬莢が飛び出したところで、右手を後ろに伸ばすとミザリーが次弾を手渡してくれた。
薬室に押し込むとボルトを戻す。
2台目の荷台を狙って射撃すると、直ぐに自動車が動き出した。
再びボルトを操作して排莢と装填を行い、3発目を発射する。
4発目を放つ時には、車列からかなり遠ざかってしまったが、何とか当たったみたいだな。
発射したのは全て焼夷弾だ。
数台が燃え上がったのは確認したが、護衛の兵士が荷台から飛び出して俺達目がけて盛んに発砲しているのが見える。
距離合わせも行っていないような銃弾では当てられるわけがない。
俺達は北西に向けて一目散だ。
10ミラルほど離れたところで、再び轍を探して南西に進路を変える。
次は弾薬輸送部隊だ。
上手く隠れる場所が見つかれば良いんだけど……。
1時間もせずに轍を見付けたところで、轍と並行して西に走る。
いつの間にか雪がちらつき始めた。
このまま本降りになってくれるなら助かるんだが……。
「この辺りで待ち構るにゃ。だいぶ振ってきたからシートを被せればバレないにゃ」
辺りには何もない。雪が降っているから見通しがだんだん悪くなっている。
車を停めたのは轍から500ユーデほどの距離らしい。
距離500で照準合わせをするように、指示を受けたので調整したところで初弾を装填しておく。セーフティレバーを上げておけばいくら揺れても暴発することはない。白い布でヒドラⅡを包むと、風下に腰を下ろして輸送部隊が来るのを待つことにした。
ミザリーが無線機で砦と通信を行っているのは、輸送部隊襲撃の成功を伝えているのだろう。
帝国軍の輸送経路の途中にある町から、新たな情報が入っているのだろうか?
「兵隊は待つことも仕事なんだ。ほら!」
ハンズさんがタバコの箱を差し出してくれた。
礼を言って1本抜き取ると、ライターで火を点けてくれた。
「隠れる場所は全くないな。だが、この雪が俺達を隠してくれる」
「初弾は焼夷弾を使います。2台目を狙いますよ」
「賛成だな。俺も後ろから2台目を狙うつもりだ。弾薬が誘爆すれば、それで全滅だろうな」
次弾は榴弾で良いだろう。3発目はやはり移動しながらの射撃になりそうだ。
焼夷弾で3台目を狙ってみるか……。
「皆、集まるにゃ! 少し状況が見えてきたにゃ。
集積場は未だに誘爆が続いているみたいにゃ。延焼したらしいと砦は見ているにゃ。
定期便の輸送部隊の損害程度はさすがに分からないみたいにゃ。5台延焼、1台横転を伝えたにゃ。
最後に、弾薬輸送部隊は途中の町で朝食を取って出発したと連絡があったにゃ。もう直ぐやって来るはずにゃ」
朝食も取らずに、出発させたのか!
かなり士気が低下しているんじゃないか?
途中で何を食べたか分からないけど、体を温められるようなものでないと不満が出るんじゃないかな。
照準器越しに見えた敵兵は外套を着ているだけだったからなぁ。あれだけでは荷台の上で凍えてしまいそうだ。
「まだ来ないんだから、今度はこれを飲んでみたら? ちょっと甘口だけど温まるわよ」
エミルさんが渡してくれたカップの中身はココアだった。
かなり熱いな。少し冷ましておこう。
カップを雪の上に置いて冷ましたんだが、そろそろ良いかなと思って飲んで見るとまだ結構熱いんだよなぁ。
ふうふう息を吐いて冷ましながら飲み始める。
甘い香りが鼻に抜ける感じだ。結構砂糖が入ってるんじゃないかな?
どうにか飲み終えると、なるほど体が温まる。
砂糖の効果ってことかな。
雪でカップを洗い、エミルさんにカップを返す。
まだやってこないようだ。他の報告にも視線を移動してみたが、どこにも動く物はない。
監視所の兵士達は、俺達が来たに向かったと、思っているのかもしれないな。




