J-067 6輪駆動車
砦の生活もだいぶ慣れてきた。
山の拠点と異なり、開放的なのが一番だな。
夕食の後で、サロンでワインを飲むのも恒例になってきた。
小母さん達がテーブルに集まって賑やかに話をしているし、精悍な顔つきの男性が若い娘さんにボードゲームで負けたらしく髪をかき乱している。
たまに知り合いに会うんだが、今夜はファイネルさんと一緒にワインを傾けている。
「ブンカーの南、半ミラルにヒドラⅡを2基設けたぞ。周囲をコンクリートで固めたし、待避所は尾根を掘って作ったからな。天井の厚さは4ユーデもあるぞ」
「爆弾が直撃してもだいじょうぶそうですね?」
「ああ、ただ土を被せたわけじゃないからな。コンクリ―とだけで1ユーデある。6イルム(15cm)砲弾の直撃でも何とかなるとドワーフ族の監督が言ってたぐらいだ」
コンクリートの上には砕石と土を交互に被せたらしい。
かなり頑丈だが、中は6ユーデ四方あると言っていたから、全員が避難しても余裕があるんじゃないかな。
「下の砦とは電話が2本敷かれている。片方が切られても連絡は可能だ」
「隊員はゴブリンですか?」
「ゴブリンとフェンリルが半数ずつだ。トラ族の2人はグレネードランチャー付きのフェンリルだから、早々砲台がやられることは無い。出来れば、更に南に砲台を作りたいが、しばらくは無理だろうな」
「冬には動き出しそうですよ」
「そうなると、報復爆撃も警戒しないといけないな。監視体制もいろいろと考えておかないと……」
ファイネルさんも苦労しているみたいだ。
近距離で固定された砲台ということで無線機を使わないんだろう。電話なら俺でも使えるからね。
翌日。俺達部隊の部屋には看板が出ていた。
『リトネン一味』と書いてあるけど、これだと盗賊団だと思われてしまいそうだ。
部屋に入るといつものようにコーヒーを頂く。
慣れてしまうと、お茶が飲めなくなりそうだ。
ん? 部屋の端に電話が置かれている。この部屋なら必要ないように思えるんだけど……。
「看板もそうですけど、電話が入ったんですね?」
「気が付いた? やって来る前に一応心構えができるのが良いわね。看板はリトネンの趣味だと思うわ」
まぁ、リトネンさんの部隊であることは間違いない。それに何となくしっくりするネーミングだ。
ハンズさんが入念にフェンリルを分解して部品の手入れをしているんだが、それはミザリーの銃みたいだ。
ミザリーがコーヒーを注いで機嫌を取っているけど、ひょっとして全員分の小銃の手入れをしようとしているのかな。
通路を走る音が聞こえてきた。
今日も寝坊したのかな? 別に誰も文句を言わないんだから、砦にいる間ぐらいのんびりと朝寝を楽しんでほしいところなんだけどね。
バタン! と乱暴に扉が開け放たれ、ハァハァと息を整ているリトネンさんが棒立ちしている。
「車を貰ったにゃ! 一緒に来るにゃ」
思わず俺達が顔を見合わせる。
俺達の任務に自動車が必要なんだろうか? ちょっと疑問でもあるし、誰が動かせるのかと考えてしまう。
イオニアさんが盗んだ車を運転したことがあったけど、あの運転は酷かったからなぁ。
とりあえず、リトネンさんに率いられて砦の倉庫に向かう。
そこにあったのは、予想とかなりズレた自動車だった。
「2台貰ったにゃ。ヒドラⅡが搭載されてるし、こっちは改良型の噴進弾を車体横の筒で2発同時に発射できるにゃ」
蒸気自動車ではなく、内燃機関を使ったエンジンで動くらしい。
車輪は左右に3つずつ。6輪車ということになる。
「王都の倉庫を攻撃した3イルム砲弾よりも飛距離が長いにゃ。今度は2ミラル半(4km)も飛ぶにゃ」
これで素早く敵に近付いて、砲弾を撃って直ぐ逃げ出すということを始めるってことかな?
狙いが不正確でも距離が出るとなると、帝国軍には厄介な代物だ。
それに、ヒドラⅡならかなり狙いが正確になる。
速射できそうだから、輸送部隊を狙い撃ちすることも可能だろう。
「これって、俺達だけなんですか?」
「あっちの自動車は噴進弾が6発放てるにゃ。各小隊に2台支給されたみたいにゃ」
確かに異様な形の屋根が点いていると思ってたんだけど、あれが砲身ということになるんだろうな。
「後方撹乱に特化した作戦ということになるのだろうか?」
「それなら、俺達の自動車も同じ形にしたはずです。ヒドラⅡを搭載したということは、それなりの理由がありそうですよ」
さて問題が1つ。誰が運転をするんだろう?
さんざん女性達が悩み抜いて、イオニアさんとエミルさんが担当することになった。
イオニアさんの車にリトネンさんに俺とミザリーが乗り込む。エミルさんの車にはハンズさんとテレーザさんだ。
前席に2人が乗り、後部座席に2人が乗れるから、俺とミザリーは後ろに乗ることになった。
車の後部には、予備のタイヤと燃料を入れた20パインの容器が乗っている。その端にあるのはアンテナのようだ。普段は横に倒しておいて、使う時に立たせて、更に金属の棒を2本つなぐ構造だ。
3ユーデほどの高さになるが、これならどこでも通信機が使えそうだ。
森の中なら、適当に銅線を伸ばすことができるけど、近くに木が無いとそんなことができないからなぁ。
「工具は、横の金属箱の中だな。銃架が付いてるのもおもしろい構造だ」
「それだけ、揺れるってことじゃないですか? しっかりと、この横バーを掴んでいないといけないようですよ」
座席には扉が無く、金属製の棒を前にある溝に差し込むだけのようだ。
振り落とされないかと、段々心配になって来る。
「操縦は、普通の内燃式エンジンの自動車と同じですね。……このレバーは何でしょう?」
「それは、駆動輪のクラッチにゃ。前に倒せば後輪だけが動くにゃ。後ろに倒せば6つの車輪全部がエンジンと繋がるにゃ」
「やはり試運転は必要ですね。動かすのは構わないんでしょう?」
「燃料が満杯にゃ。この広場で練習するにゃ」
そんなことを言ってるけど、子供達もいるんだよなぁ。とりあえずは車庫の前を行ったり来たりで十分だと思うけどね。
女性達が運転するのを、車庫の外れで見守ることにする。
乗るのは作戦の時だけで十分だろう。普段から危険に慣れる必要はないはずだ。
「かなり乱暴な運転だな……」
「前は、もっと酷かったですよ。1か月ぐらい過ぎれば少しは良くなるんじゃないかと思いますけど……」
とりあえず努力していることは評価しよう。
ミザリーまでもハンドルを握ってるんだよなぁ。怖くないんだろうか?
ハンズさんと部屋に引き上げてポットのお茶を飲みながら一服を楽しむ。窓が開いているから少し寒いけど煙が籠ることはないはずだ。
「やはり輸送車列の襲撃に違いない。2門あるなら10台ほどなら狙い射ちができるだろう。1イルム半の砲弾とはいえ、榴弾や焼夷弾が使える」
「そうなると、横の3イルム砲弾が撃てるという筒が疑問です。2台で4発を同時に撃てるなら、帝国軍の後方撹乱にも使えそうです」
「もう1つあるぞ。屋根が付いた車両は、車輪が4つ。俺達のは6輪だからな。6輪全てが動くとなれば畑だって走れるに違いない」
それも疑問の1つだった。最初はヒドラⅡを搭載するための重量が4輪では受けきれなかったんだろうと思っていたんだが、それなら、真ん中の車輪は動く必要がない。
やはり、不整地走行を最初から考えた車両ということになるんだろう。
不整地ということになれば、畑に荒れ地……、それと開墾地?
う~ん……。やはり考えると余計に悩みが増えて来る。
来週には射撃場が使えると聞いたから、狙撃の訓練を始めようかな。
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北の山々はかなり白くなってきた。
前の拠点辺りは既に根雪になったかもしれない。
ここはふもとだからたまに雪は降るけど、まだ積もるまでには至っていない。
リトネンさんの話では、20日程季節が違うんじゃないかとのことだった。
まだ作戦の話が来ないところを見ると、雪が降ってからになりそうだな。
小さな部屋だから、薪ストーブの火で十分に温かい。
空はどんよりとしているから、明日は雪の中で狙撃の訓練をすることになりそうだ。
部屋の電話が鳴る。
初めてじゃないか? 電話を取ったリトネンさんの話はここまで聞こえてこないが、どうやら俺達の出番らしいな。
「クラウスがやって来るにゃ。いよいよこの砦から、作戦が始まるにゃ」
テレーザさんが、ポットに水を足している。コーヒーを作ってくれるのかな?
ちょっと楽しみに待つことにしよう。
トントンと扉が叩かれ、クラウスさんとオルバンが入ってくる。
オルバンが少し大きなバッグを肩から下げているのは、通信機を持ち歩いているのかもしれないな。
テーブルの空いた席に2人が座ると、テレーザさんが皆にコーヒーを運んできてくれた。
テレーザさんが席に着いたところで、クラウスさんが口を開いた。
「地図はあるかな? あれば広げて欲しい」
イオニアさんが戸棚から地図を取ってくるとテーブルに広げた。
クラウスさんが鉛筆を持って、地図に書き込みながら説明を始める。
「南東の戦線はこの通りだが、少し敵の様子が変わってきた。
蒸気機関ではなく内燃機関で動く戦車と、同じく内燃機関で動く機人だ。依然と比べるとどちらも機動力が上がっているし、運用時間も従来の倍近い……。
だが、俺達もそう簡単にやられてはいない。
深い溝を戦線の後方に作ったおかげで、いまだに越えられずにいるようだ」
超壕能力が低いということかな?
もっとも、どれぐらいの壕を作ったのか分からないけどね。
「横幅6ユーデ、深さ3ユーデの壕だ。断面が台形だから戦車は前を突っ込んでうごけなくなってしまう。戦車の上部なら2イルム砲で十分に破壊できるそうだ。
帝国軍の規模は1個師団と少し、かなりの大群だがさすがに総攻撃には出てこれない。この壕の周囲にたっぷりと地雷が埋めてある」
消耗戦ということだな。
となると、狙いは輸送部隊になる。
狙う場所は……。
「この集積地を叩いて欲しい。その後、西に向かい輸送部隊を襲撃する。帰りは……」
「尾根の西を回って帰って来るにゃ。線路に地雷は仕掛けてないにゃ?」
「地雷は撤去したが、まだ移動砲台は残っている。砲弾は装填していないから問題はないぞ」
敵の後方撹乱と補給部隊の襲撃の両方を行うのか!
確かに、あの装備ならできそうだ。
問題は、あの自動車の速度だが……。後でミザリーに聞いてみよう。
「80ミラル(128km)ほど離れてるにゃ。監視状況は分からないのかにゃ?」
「飛行機によると、こことここだな。小隊規模で後方警戒を行っているらしい。輸送路は、尾根から離れた、この道を使っている。街道ではないから、一方通行での輸送だ。海上輸送を何度か行っていたが、飛行機による爆撃で、この夏からは行っていないようだ。車列も増えているぞ。護衛は2個分隊らしいな」
「何時やるにゃ?」
「リトネンが決めても問題ないが、10日以内にして欲しい」
「了解にゃ。10日以内に出発するにゃ」
リトネンさんの言葉に、クラウスさんが笑みを浮かべている。
「頼んだぞ」と言い残して出て行ったけど、俺達はジッと地図を眺めるばかりだ。
「整理するわよ。この位置の敵の集積所を攻撃した後、この道を進む敵の補給部隊を襲撃する。
出掛けるのはこの砦の西で良いわよね? 最後に尾根の西を通って帰るとなると……」
エミルさんが定規を使って、距離を計算し始めた。
計算結果は、およそ320ミラル(512km)という数値だった。
「燃費は1パイン辺り3ミラル(4.8km)だから80パインのタンクで240ミラル。40ミラル分が足りないから、予備の燃料容器を使えば何とかなりそうね」
「6輪走行では極端に燃費が悪くなると聞いたぞ。この区間については倍の燃料消費を考えるべきだろう」
「そうなると、もう2つほど良いの燃料容器が必要ね。搭載できるのかしら?」
「後部に格子状の荷物が積める場所がある。そこに搭載すれば問題ないだろう」
その他にも水のタンクや食料。それに炭を使うコンロも持って行くことになる。ヒドラⅡの弾薬は銃架の下にある金属製の箱に16発が収められているらしいから、それで十分だろう。
後部の荷台の下には、3イルム噴推砲弾が10発収められているらしい。それほど撃つ機会があるとは思えないんだけどなぁ。
「車体を覆うキャンバス地のシートがあるらしいにゃ。明日から準備を進めるにゃ」
「それで、出発は何時に?」
「雪が降るのを待つにゃ。降ったらすぐに出掛けるにゃ。もし5日経っても降らない時は、6日目に出掛けるにゃ」
かなりアバウトな出発だな。
下手すれば明後日ってことだな。
それにしても、6輪車ねぇ……。上手く使いこなせれば良いんだけどねぇ。




