J-066 砦への引っ越し
3日掛けて拠点に戻り、俺達の戸棚から装備品を各自の袋に詰めていく。
大きな布袋を貰ったから、とりあえずどんどん詰め込んだ。
小銃や予備の銃弾などは専用の木箱に詰めて、リトネンさんの名前を書いておく。
俺達の纏めた布袋にも木札を結わえ付けてリトネンさんの名と、俺の名を書いておいた。
通路に出せば、ドワーフ族の人達がソリで運んでくれるらしい。
それにしても結構な量だと思うんだよなぁ。色々と貰ったからだろう。
ゴミ箱やバケツ、ホウキまでも持って行くつもりのようだ。
「前回の引っ越しよりも荷物が増えましたね」
「それだけ装備が整って来たにゃ。今年の冬には新しいブランケットが支給されると聞いたにゃ」
とりあえず一段落ついたところで、皆でお茶を頂く。
ここでテーブルを囲んでお茶を飲むのも、これが最後になりそうだな。
「明日は個人の荷作りをして、明後日に出発するにゃ。集合は食堂にするにゃ」
「時間は朝食時で良いのかしら?」
「それで良いにゃ」とリトネンさんが言ってるけど、きっと寝坊して来るに違いない。
部隊の荷物は運ばなくとも住むらしいが、個人の荷物となると部屋の物を運ぶことになるのかな?
さすがに布団は、どうしようも無いと思うんだけどなぁ。
リトネンさんが解散を告げると、エミルさんがカップを集めている。このカップも持って行くってことだな。
ミザリーと部屋に戻ると、まだ母さんは帰っていないようだ。
通信局はそれなりに忙しいってことだろう。
18時を過ぎたところで、母さんが帰ってきたので一緒に食堂へと向かう。
食事は何時ものメニューだけど、拠点ならお腹一杯に食べられる。
カップに半分ほどのワインを飲みながら、母さんとミザリーが話を始めたので、少し離れたテーブルで食後の一服を始めた。
ポン! と肩を叩かれて振り返ると、笑みを浮かべたファイネルさんが立っていた。
隣に腰を下ろして、ワインの飲み始める。
「俺も下の砦に行くことになったよ。ヒドラⅠとⅡを尾根の上に配置するらしい。その指揮を頼まれたんだ」
「おめでとうございます。隊長ですね」
「1個分隊だけだからなぁ。だが、尾根の上に俺達がいれば砦への攻撃も少しは防衛できそうだ。
東の尾根にも俺と同じような部隊を置くと聞いているぞ」
「線路が使えるということですか!」
「上はそれを期待してるんじゃないかな。トロッコでは大量輸送ができないからなぁ。案外、南東の戦線を維持しながら大きく部隊を迂回して王都を脅かそうと考えてるのかもしれない。
まぁ、それは上の連中が考えれば良いだろう。俺達は指示に従って帝国軍を少しずつ消耗させていけば十分だ」
尾根の上の砲台ということになるのか。
かなり期待したいところだな。射程が長いから、尾根に近寄る帝国軍に対しても十分に攻撃できるだろう。
ヒドラだけでなく、移動砲台も何基か持って行くんじゃないかな。
俺達に手を振って、母さん達が食堂を去っていく。
さて俺も、引き上げるか。
ファイネルさんに握手をして、互いの健闘を祈りながら母さん達の後を追った。
そういえば、町を逃げ出す時には3人で荷を背負ってきたんだよね。
あれから何年か過ぎているから、少しは増えたかと思っていたんだが……。
2倍近くに増えている気がするな。
「布団はベッドに畳んでおけば良いと言ってくれたわ。元元あった物でも、運べるものは運んで欲しいそうよ」
「一応ハシゴを持ってきたから、運べるものは運ぶけど。捨てられるものは残しておいても良いんじゃないかな」
俺の提案は控えめだったのかな? 2人とも気にしないでどんどんと荷作りを進めていく。
古びたバッグやカゴに荷物が詰まったところで、ハシゴに積んでいく。
「私の背嚢の上にも少し乗せられるよ」
「それなら、この袋をお願いね。冬用の着替えが入ってるわ」
「母さんの引っ越しは、何時になるの?」
「貴方達と一緒に明後日になるわ。通信局の解体もしないといけないらしいから、荷作りは今日中にしておかないと」
母さんも小型の通信機を背負っていくらしい。となるとあまり荷を持つことができないんじゃないかな?
「この袋1つなら、通信機と一緒に運んで貰えるの。大事な品物はリーディルの荷物の中だから問題は無いわ。夏用の衣服ばかりだから」
あのお茶のセットはこの袋の中ってことだな。
セーターで包んであるから壊れることは無いだろう。
とりあえず明日の夜もあると言うことで、今夜はお開きにする。
このまま朝まで、荷物整理をしそうな2人だからなぁ。
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何とか荷物を纏め上げて、数十人の隊列を組んで山の拠点からふもとの砦に戻ってきたのは、それから4日目のことだった。
山の拠点にはドワーフ族がその後を引き継ぐらしい。ドワーフ族の三分の一およそ30家族がふもとの砦に同行してくれた。
武器の修理や砦の蒸気機関は、俺達で動かすことができないからなぁ。
俺達家族の新しい部屋は、峡谷に向いた1階の部屋だった。
東向きの部屋は全て居住区になっているらしい。独身連中は2階だし、ドワーフ族の連中は尾根に作った横穴沿いの別棟だが、砦の地下と繋がっているらしい。
食堂は1階に作られ、小隊ごとに大部屋が2階に用意されている。俺達の部隊の部屋は2階の北側にあった。
10ユーデ四方の部屋だから、7人なら十分だろう。
母さん達と新しい部屋に入ると、さすがに前の部屋よりは小さいな。
2段ベッドが2つに4人が座れるテーブルセット、それに壁に埋めこまれた戸棚が2つだ。
「寝るだけの部屋みたいね。途中に大きな部屋があったから、あそこでお茶ができそうだわ」
「テーブルがあるんだからロウソクコンロでお茶ぐらいは飲めそうだよ。でも、あまり火を使わせたくないんだろうね。暖房は蒸気を使うのかな?」
部屋の端に金属製の箱があった。下部と上部にスリットが入っているからたぶんそうなんだろうな。
2段ベッドの上に直ぐに上がって行ったミザリーは、ポンポンとベッドを叩いて弾力を確認している。
下は母さんが使うんだろう。残ったベッドの下を使わせてもらおう。
荷物を戸棚に入れて、部屋の鍵を3人で1つずつ持つ。
とりあえず、あの大きな部屋に行ってみよう。母さんはサロンと呼んでいるけど、飾り気は余り無いんだよね。
テーブルだけでも10卓以上あるようだ。
峡谷に向いた場所には、ベンチのような椅子が小さなテーブルを挟んでいくつか置かれている。
その中の1つに腰を下ろすと、ミザリーが薪ストーブに乗せられていたポットでカップにお茶を注いでいる。
3人が腰を下ろしたところで、お茶を飲み始める。
結構疲れたなぁ。引っ越しは余りしたくないな。ここでしばらく暮らせれば良いんだけど……。
「通信局はどこにあるの?」
「尾根に作ったトンネルの中なの。あまり山の拠点と変わらないと皆で話してたぐらいよ。ここは景色が良いのね。仕事が無い時には、ここにいることにするわ」
「直ぐに作戦があるとは思えないけど、年内に1度はあるんだろうなぁ。出来れば遠くでないことを祈るだけだ」
「冬は雪が積もるから? 去年の作戦は結構面白かったよ。尾根の南端まで歩いたんだもの。雪の中に穴を掘って寝るなんて考えもしなかった」
ミザリーにはおもしろいのかもしれないけど、結構きつい作戦だったと思うんだよなぁ。
あのような作戦も行うに違いないが、ここからなら5日程度になるんじゃないか?
尾根の途中に監視所を作っているのは、途中での休養も考えているに違いない。
だとすれば……、それは各小隊に割り振られる可能性が高いんじゃないか?
俺達の部隊は、狙撃を主体とした敵の撹乱が目的のようだからなぁ。
翌日。朝食を終えると俺達の部隊の部屋に向かう。
何時ものようにイオニアさんやテレーザさんは先に来ていた。
戸棚から自分のカップを持ち出すと、テレーザさんがコーヒーを入れてくれた。角砂糖を1つ入れて、ゆっくりと味わう。
「ハンズとエミルがもう1つテーブルを運んでくると言ってたわ。2つあると、銃の手入れもできるということらしいわ」
「2つあれば数人が同時に出来そうですね。しばらくは銃の手入れになるってことでしょうか?」
「小隊の知り合いの話を聞く限りでは、直ぐに次の作戦は無いようだな。東の砦も南に小さな砦を作ろうとしているぐらいだ。場合によっては峠を越えて来ると考えているのだろう」
東の尾根を越えた先は盆地ではあるのだが、東と南に峠がある。
砦を奪回はしているようだが、南の峠には未だ帝国の軍隊が残っているということだろう。
砦と峠の間に小さな砦を作るのも理解できるところだ。
その点、この砦は東の峡谷が南に行くにしたがってなだらかになるだけで、尾根と峡谷をつくる川の間はそれほど平らな場所がない。
大部隊を展開するには難しい地形だから、ここを占拠しても帝国の主力がやって来る心配は無さそうだ。
「遅くなったにゃ!」
バタンと扉が開いてリトネンさんが駆け込んできた。
頭の髪があちこち撥ねてるんだよなぁ。朝食は取ったんだろうか?
テリーザさんがコーヒーの入ったカップを渡すと、バッグからハムを挟んだパンを取り出して食べ始めた。
困った姉さんだな。思わず笑みが浮かんでしまう。
「しばらくは待機にゃ。でも雪が降る出すころには仕事を頼みたいとクラウスが言ってたにゃ」
思わず4人で首を傾げてしまった。
やはり、帝国軍の輸送部隊への攻撃ってことかな?
またソリで地雷を運ぶことになりそうだ。
次の作戦が何処かと終え達が悩んでいると、ハンズさん達がテーブルを運んできた。直ぐにエミルさんと交代して、先ほど座っていたテーブルに並べるようにしてテーブルを置く。
高さも横幅も同じだな。どこから運んできたんだろう?
「次はベンチを運んでくる。人数より多い分には困らないはずだ」
「しばらく作戦は無いみたいね。狙撃の練習を始めようかしら?」
「まだ射撃場が整備されていないぞ。どうやら砦の南に作るらしい。きちんと整備しておかないと子供達が紛れ込みかねんからなぁ」
砦の北側の広場を子供達に開放しているようだが、環境と住み家が変ったからあちこち探検しているに違いない。
危険な場所をしっかりと教えておくのはもちろんだけど、子供達が入れないようにすることも大切な事だ。
「そうなると、銃の手入れで日々を過ごすの?」
「だから、テーブルを増やしたんだ。やはり本格的な作戦は冬になってからになるんやないか?」
ハンザさんも仲間内からの情報を得たんだろう。リトネンさんの言葉とさほど変わらない。
軽くて持ち運びが容易な大砲でもあれば、だいぶ助かるんだけどねぇ……。




