J-065 監視というより長期休暇
ブンカーの周囲の監視は、ブンカーの出口付近の擁壁でハンズさんとテリーザさんが尾根の南方向を重点に行っている。
ブンカーから100ユーデ付近に、小型の焼夷弾を使ったトラップを3重に仕掛けたからこれで十分だとリトネンさんが話してくれたけど、やはりトラップだけでは心配だ。
残った俺達は、ブンカーの中で装備を解いて一休み。
手榴弾で破損したテーブルを何とか直して、コーヒーを飲んでいる。
「まさか、カレニールにオルガノンとは……」
カレンさんとオルガさんは、元イオニアさんと同じ部隊だったらしい。
世間は狭いということかな?
2人とも西の町からやって来たと話してくれたから、拠点でもすれ違いが続いていたのだろう。
「イオニアがいるなら心強いわ。下の状況が一段落するまで、ここにいるように言われてきたの」
「知り合いなら丁度良いにゃ。一休みしたら、遺体の埋葬を手伝って欲しいにゃ」
とりあえずは、コーヒーを飲もう。
やることが色々とありそうだけど、今夜は少し枕を高くできそうだ。
2人が持ってきた大きな荷物は、全員分の食料が3日分と水の容器らしい。イオニアさん達が運んできた水の容器も1つあるから、2日は持つだろう。
それに、半分ほど空になった帝国兵の水の容器も残っていた。2つあったんだが、1つは手榴弾で破壊されているし、残った1つも真ん中付近に手榴弾の破片が当たったようだ。
そんなわけだからブンカーの中が水浸しだったらしいけど、残った水は流れ出た血を洗い流すのに使ってしまったらしい。
「砦の攻撃はかなり犠牲者が出たんでしょうか?」
「終了後の点呼では戦死者が5人に負傷者が12人よ。2個分隊ほどが戦列を離れることになりそうね」
「これで2個小隊規模になってしまったが、東の反乱軍が移動してくるはずだ。今度はここが拠点になるだろう」
オルガさんはハンズさんと同年代なのかな? 種族が異なると年代があまり良く分からないんだよなぁ。少なくとも俺よりは年上なのは間違いないけどね。
コーヒーを飲み終えたところで、スコップを持ってブンカーを出る。
先ずは遺体を埋める穴を掘ることになるのだが、ブンカーのすぐ近くに3イルム砲弾の炸裂した穴があったので、それを利用して掘ることになった。ブンカーから北東に数mの距離だから、あの1発はかなり入念に狙いを定めたに違いない。
「5人だったな。階段の途中の遺体は斜面に放置したが、数ユーデは転がったから階段から見ることはできないだろう。あれはあれで十分だ」
「埋葬が容易なら、ということで十分でしょう。本来なら野ざらしなんでしょうけどね」
多くの兵士が戦場に放置されているだろう。それは諦めるしかないだろうが、可能であるなら埋葬してあげたいところだな。
「砦の方もたぶん穴掘りの真っ最中だろう。あっちは人が多いからなぁ。かなりの敵兵が倒れていたが今日中には片付くはずだ」
どうにか穴を掘り終えると、近くに重ねてあった敵兵を穴に並べて埋葬する。
軽く手を合わせて俺達はその場を後に後にした。
昼を過ぎる頃にはブンカーの床も乾き始めたから、近くの雑木を集めて簡単な寝床を作る。
雑木のベッドの上にツエルトを敷いて、何時の間にかリトネンさんとミザリーが横になっていた。
雑木のベッドは3つ作ってあるから、交代で眠れるだろう。
とりあえずはテリーザさん達と見張りを交代して、石積みの擁壁に隠れてタバコに火を点けた。
「どうにか、タバコを楽しめるな。まだ夜は無理だろうが、昼なら問題は無いだろう。明日にはドワーフ族がやって来る手筈だ。この尾根に横穴を掘ると言っていたぞ」
退避壕ということになるんだろう。空から爆弾が降って来るような戦争になってしまったからなぁ。
砦の地下ということも考えられるけど、横穴の方が安全性が高いということなんだろう。
退避壕ができたら、母さん達もやって来るんだろうか?
今後は、下の砦が拠点になるんじゃないかな。何と言っても森を出るまでの期間が無くなるんだからね。作戦期間が数日は少なくなるんじゃないかな。
北に向かう街道の先にある橋にはかなりの距離になってしまうが、街道を歩くことができるなら山の拠点と同じぐらいの時間で行けそうだ。
「この尾根を使って、南に小さな陣地を作って行くのが次の作戦になりそうだぞ」
「雪の中をソリを引いて尾根の先端まで行ったことがあるんです。結構距離がありました。尾根の端に立った時には、どこまでも続く広大な大地が見えましたよ」
「この山脈の南には山がないかあなぁ。広大と言っても50ミラル(80km)ほど先は大海原だ。この尾根の2つ先にある尾根はここよりもさらに伸びている。
南東部の戦はその尾根付近で行われているようだ」
100ミラルは離れているんだろう。帝国軍と反乱軍の主力同士の戦らしいから、さぞや凄惨な戦になっているに違いない。
夕暮れが近づく頃に、ハンズさんとカレンさんがやって来た。本当はもっと長い名前なんだけど、オルガさんもカレンさんもそう呼んでくれと言っていたから、愛称のようなものなんだろう。
ブンカーに入ると、リトネンさんが地図を睨んでいる。
さすがに中は暗いから、テーブルの上にロウソクランタンが乗せられていた。
「ご苦労様にゃ。もう少しで夕食にゃ。その前にワインでも飲んでいるにゃ」
テレーザさんが、ブンカーの中の7人にワインをカップに半分ほど配ってくれた。
これぐらいなら、戦闘が始まっても問題は無いだろう。
ありがたく頂いて、ゆっくりと飲み始めた。
「クラウスさんから、その後の連絡は無いんでしょうか?」
「あれからは来てないにゃ。下も忙しいに違いないにゃ。問題はこれからにゃ。次は何をさせられるか、予想がつかないにゃ」
「湿地の開拓はそれなり進んでいるようですから、」そっちの妨害ではないんですか?」
イオニアさんが問い掛けると、リトネンさんが首を振っている。
「この場所を奪回したから、尾根の切り崩しが頓挫するにゃ。何もしなくとも開拓は棚上げにゃ。となると、やはり輸送部隊を狙うことになるのかにゃ?」
前回は帝国軍も油断していただろうけど、この尾根の北を手に入れている以上、前回のようにはいかないだろう。
やれることは闇に紛れて地雷を敷設するか、やって来る輸送部隊に移動砲台で砲撃を加えるぐらいかな?
どちらにしても、成功率は低そうだ。あの移動砲台は移動目標に対しての狙いが付けられないからなぁ。
「その辺りはクラウスに任せておけば良いにゃ。それまでここでのんびり暮らすにゃ」
開き直ってしまった。
まあ、リトネンさんらしいと言えばそれまでだけど、確かに次の作戦が気になる。
さすがに、帝国軍の後方を襲えとは言わないだろうけどね。
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秋が訪れるとブンカーの北から山の紅葉が綺麗にみられるようになった。
ゆっくりとふもとに向かって紅葉が広がってきている。
今年は豊作だったのだろうか?
馬に曳かれたトロッコが毎日のように東からやって来る。山の拠点と異なり、ここは交通の便が良いとイオニアさんも感心しているぐらいだ。
「ここに来てから1か月にはなりそうですよ。下の砦からケーブルで荷を運べるようになりましたから、不便ということではないんですが……」
「確かに退屈にゃ。でも、もう少し我慢するにゃ。この2つのブンカーができれば、少しは変るにゃ」
ブンカーというよりは、堅固な避難所になるんだろうな。攻撃よりもそのブンカーを起点にあちこちに攻撃するために設けるようだ。
尾根の先端部分より2ミラルほど北に寄った場所、それに尾根の東から20ミラルほど南に向かった場所の2つだ。
尾根の東に作るブンカーまでは道路も整備しているみたいだから、小隊規模の攻撃も視野に入れているのだろう。
俺達が出入りしていた森の出口付近にも分隊規模の監視所を作っているらしい。
となると、橋の近くにある大岩辺りにも分隊を派遣しているに違いない。
あまり拡大すると、部隊が分散してしまう危険性があることはクラウスさんも重々分かっているに違いない。
東からの、1個小隊の増援を待ってからの攻撃だったからな。
「不整地を走れる輸送車が近々に送られてくるみたいにゃ。さすがに尾根や森ははしれないけど、この道なら問題ないにゃ」
迅速な部隊移動ということかな?
となると、尾根に大きな横穴を掘らなくてはならないだろう。まだまだここにいる時間がありそうだな。
のんびりとしていたある日のこと。
急にリトネンさんが下の砦に呼び出されていった。
いよいよ次の作戦か? と帰りを待っていると、夕方近くにリトネンさんが帰ってきた。
「引っ越しにゃ! 山の拠点から、下の砦に引っ越すにゃ。明日にここを第4小隊に明け渡すにゃ。山すその監視所は第4小隊が受け持つらしいにゃ」
「下の砦に私達の待機所ができると?」
「今度は、独立した部屋にゃ。直ぐ隣が私の部屋にゃ。今度はゆっくり寝られるにゃ」
士官室ということになるのかな?
俺とミザリーは母さんと一緒に住めれば十分だ。
「明日は装備を新しい部屋に置いて、なるべく荷を軽くして出掛けるにゃ。装備ベルトや小銃は置いていくにゃ。帰りに向こうの小銃を運んでくるにゃ」
それだけでもかなり軽くなるんじゃないか?
問題は、俺達の部屋の荷物だよなぁ。母さんと相談して纏めておくことになりそうだ。
オルガさん達とも今夜でお別れらしい。
夕食は少し贅沢に、ワインもいつもより量が増えている感じだ。
あまりこのブンカーでの思い出は無いんだが、いざ離れるとなると少し寂しく感じてしまう。
これで少なくとも10日は、俺達の出撃が無くなった。
下の砦を拠点として、今度はどんな戦になるんだろう。




