★ 10 帝国の闇 【 利用価値と危険性 】
天才とは、我等人間とは異なる新たな人種なのかもしれん。
今日、クリンゲン卿と見学した新兵器は驚くべきものであった。
轟音と共に炎を下から噴き出して、真っ直ぐ真上に飛んで行ったロゲルトは、上空で向きを変えて地図で示された場所に着弾した。
その誤差は、100ミラル(160km)先で100ユーデ(90m)という恐ろしい値だった。
クリンゲン卿が、思わず唸り声を上げたのも理解できるところだ。
発射装置は蒸気トレーラーが引くことで移動できるようだし、最大射程は数倍にも延びるそうだ。
さらに改良を施しているとのことだから、最終的には帝国から、この世界どこにでもロゲルトが打ち込めるようになるのかもしれない。
だが、そんな兵器が出来上がると武官貴族が反発しかねない。
200ミラル程度の射程が得られれば十分であろう。運用は武官貴族達に任せれば十分だ。
その後に、港の倉庫を装った秘密ドックに向かったのだが、そこで目にしたものは魚の形をした軍艦だった。
その軍艦は海上を進まずに、海中を進むらしい。
大砲は持たずに、船首に設けた気密を施した穴から、泳ぐ砲弾を発射することができるらしい。
その砲弾は既に完成しているらしく、直径2フィール(60cm)ほどで長さが6ユーデ(5.4m)もある円筒形の物体だった。
後部に設けた2枚のプロペラで前進するらしいのだが、射程は2ミラル(3.2km)ほどになるとのことだった。
「1発で戦艦も破壊できる炸薬が仕込まれています。4つの気密管を使って扇状に撃ち出せば1発は命中するでしょう」
「しかも水中から放てるのだな? これでは軍艦すら持たずに済みそうだ。それでどれぐらいの作戦行動ができるのだ?」
博士の話では、1か月程度の作戦行動が可能らしい。輸送船と護衛船を同行させれば世界中にこの潜水艦を派遣できそうだ。
「凄いものだな。完成は何時頃になるのだ?」
「半年後には試験運転を始めます。1年後には実戦配備が可能かと……」
「次が楽しみだな。構想はあるのだろう?」
「はい。すでに始めておりますが、これ以上進めるのは帝都内では規模を大きく出来ません。どこか大きな土地が欲しいところです」
土地ぐらいなら何とでもなる。問題はそれだけ規模を大きくして何を始めるかということだ。
今までの成果でも十分に世界を統一できるだろう。あまり規模を拡大するのも問題がありそうだ。
天才の頭脳は我等を遥かに超える。
このまま研究を進めさせることも、少し考えねばならんな。
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皇帝陛下の葬儀を無事に終えたところで、私は疲れを癒すために領地に戻ることにした。
領地の豊かな緑は、私の心に染み入るようだ。
それでも、少しは仕事をせねばならない。
宰相とは、真面目にやれば全く休むことなどできない仕事なのだが、あの3人は良くこなしていたと感心してしまう。
いや、最初からやる気が無かったのかもしれない。数人の準爵位を持つ官僚が彼等の仕事を実際には行っていたのだろう。私も、ケニー以外に2人程雇った方が良いのかもしれないな。
そんなある日のこと、クリンゲン卿夫妻が訪ねてきた。
いくら孫が可愛いと言っても、私の孫なのだが……。
談話室で妻達が孫を相手に目を細めているの見て、私達は書斎に足を運ぶ。
「元気で何よりだ」
「お土産が多すぎないか? あれを私もしないといけないと思うと、考えてしまうよ」
そんな会話をしながら、ワインで喉を潤す。
さて、何か問題でも起きたのだろうか? 思い当たることはないのだが……。
「まだ北に1国残っているが、この大陸は来年には統一できるだろう。その後の話を卿としたくてやって来た。本来なら私一人なのだが、妻がどうしてもというのでなぁ……」
「孫が可愛いのは、君だけではないってことなんだろうね。
その話だが、帝国内を含めて10個の王国で調整したい。かつての帝国領は、三分の一ずつ、貴族領、直轄領、軍の所領と区分するつもりだ」
「軍にも領地が必要かな?」
「基本は演習地や工廟、食料の生産領になるだろう。どちらかというと辺境になるが、これは諦めて欲しいところだ。直轄領には代官を置く。代官は国王と同格ということで、実入りより地位を好む貴族には歓迎されるに違いない」
「辺境は農地には適さんか……。だが、兵士の訓練を行うには良い場所だ。開拓することで体を鍛えることもできるだろう。何より食糧費を減らせるのが面白い」
「帰りに草案を渡そう。卿の考えもあるだろうからね」
「それで、帝国内の治安維持組織は軍で統括して良いのだな?」
「もちろんだ。出来れば近衛兵もその中に組み込みたい。問題は私の調査局と執行機関なのだが……」
「卿の家系が長年培ってきた機関だ。我等に渡されても応用が効かんだろう。今まで通りで良いと私は思っている。だが、我等で刑を確定した犯罪人については我等の方で対応したいが?」
私の力を削ぐチャンスだが、クリンゲン卿はそこまで踏み込むことはしないようだ。
一般の犯罪を取り締まり、最後まで行ってくれるというなら、私の方から感謝したいぐらいだ。
「新たな王国を起こすことで、帝国に反意を翻すことがあってはならない。政治犯に飲み私の組織を使うよ。結果は報告すれば良いだろう?」
「十分だ。執行はかつての刑具を使うよ。あれなら確実に殺せるからな」
犯罪人に責め苦を与えないということか……。かえって犯罪が増えないかと心配になってしまう。
「強制労働を課すことを主目的にしたい。鉄の生産に人手がいるのでな」
「そういうことか! 少し犯罪が増えるのではと危惧していたよ。さすがは卿だ。色々と考えている」
「卿ほどではないさ。私には善悪の区別はできるが、悪を利用しようとは思わない。卿はそれすら自分達の利に変えることができるからな。
だが、帝国で一番重要な人物でもある。不穏分子はどこにでもいる。何度かこちらで始末はしたが卿も気を付けて欲しい」
「忠告、痛み入る。その辺りになると私にはどうにもならないところがあるのだ。あまり外出しない方が良いということになるのだろうか?」
「それに越したことはないが、そうもいくまい。私の方で卿に気付かれないように今まで通り身辺警護は引き受けるつもりだ」
クリンゲン卿の話では、1度ではないということだ。ここは頭を下げておいた方が良いだろう。
調査局の連中は、秘密を暴くことには慣れているが、武器の使い方は自分の身を守るのが精一杯だ。
クリンゲン卿の部下なら十分に信用が置ける。
「もう1つ気になることがあるのだ。例の博士だが、現の演習場の外れに地下研究所を作ったようだ。これ以上、何を開発するというのだろう?」
「私も気にはなるのだが、『その内に驚かせることができる』というだけだった。ある意味狂っていることは確かだ。だが、我等にとっては色々と利用価値がある」
「学府から優秀な連中を引き抜いたらしい。まあ、我等には考えも及ばんことには違いなさそうだ」
何度か殺そうと思ったが、まだ利用できそうだ。
私達に協力している間は、研究予算が潤沢であることを知っているのだろう。
だが、クリンゲン卿も彼の存在が気になりだしたとなれば、早めに次の研究者を探す必要があるかもしれない。
「彼に対抗する研究所をもう1つ作るというのはどうだ? 研究は加速するだろうし、研究費も馬鹿にはならないからな」
「成果を上げた方に配分を多く……、ということだな。ますます科学が発展するのではないか?」
「とりあえず体裁を固めるだけで良いだろう。学府の野心家を据えれば問題も起こるまい」
「ある程度軌道に乗ったなら、それを東で試したい。この大陸が統一されるのは時間の問題だ。その後の大編成を踏まえて主力を東に向かわせる」
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北の王国の首都陥落が時間の問題になってくると、私の仕事が急に忙しくなりだした。
征服した王国の新王による分割統治領と新王を誰にするかが最高会議の議題になって来たのだ。
私案を上程して最初の審議を行い、その修正を図っているところであるが、領地はそれなりに修正できても、新王となるとかつての派閥が息を吹き返してきたようにも思える。
とりあえずかつての派閥の中から1名ずつと軍より2名の5人を選びだしたのだが、再び派閥間の争いが我等の知らぬ場所で行われ始めているらしい。
「閣下! 調査局からの報告書が届きました」
「ありがとう。すまないがワインを1杯お願いするよ。少し休憩を取ろう。ケニーも付き合って欲しい。その後の話も聞きたいところだ」
秘書のケニーが笑みを浮かべると、棚からボトルを取り出してグラスに注いだ。
「君も飲みたまえ!」と言葉を掛けると、少し格の落ちたグラスにワインを少し注いで、ソファーのテーブルに運んでいく。
執務席を立って、ソファーに腰を下ろすと、パイプに火を点ける。
今夜も遅くなりそうだな。官僚から有能な人物を引き抜いて補助を行わせてはいるのだが、準爵ということも合って貴族の派閥の恐ろしさをあまり知らぬようだ。
その内に闇討ちに合いそうにも思えるが、それは派閥の有力者に責任を取らせれば良いだろう。
襲撃されることを待っているのだが、中々襲ってこないようだ。
それだけ慎重なのだろうが、既に動きは掴んでいる。その内に良い知らせが舞い込んでくるに違いない。
「全く、嫌になる。貴族という連中はいっそのこと無くすべきかもしれんな。統治期間を5年にまで伸ばしてもまだ文句が出てくる。彼等の狙いは永代的ということなんだろうが、それなら旧王家の連中で十分だろう。帝国の領土拡大に全く貢献がなくても、それを望むのだから困った者達だ」
一口ワインを飲む。良いワインは心を洗うとも言われているが、あまり現れた気分にはなれないな。
「次の上程を蹴るなら、武官貴族に全てを任せるということでは?」
「なるほど……。だが、それを行うと、再び文官貴族達の反乱がおこりかねないぞ」
「帝国に弓引くなら、いくらでも鎮圧は可能でしょう。前例を出して説得は可能だと思いますが?」
それも一理ありそうだ。
そろそろ私も、堪えるのがやっとだからな。たまに声を張り上げるのも良かろう。
「半年もたたずに大陸は帝国の土地になる。次は東ということになりそうだが、蒸気機人の部隊を見て、慌てて降伏するような輩だ。
今までの兵器で十分に思えるが、新たな兵器開発の状況はどうかね?」
「1千ミラル(1600km)先まで、到達する弾道弾という兵器が完成しております。
海底軍艦の試験も良好ですから、それぞれ製作を始めたようです。
現在は、薬物による兵士の強化と毒ガスの研究が進んでおります」
薬物による兵士の強化は、麻薬のようなものであろう。毒ガスは使えそうだが、1つ問題もありそうだな。帝国内での反乱に使われないとも限らない……。
やはり、潮時かもしれん。
「少し職務を離れて、状況を見に行きたいところだ。博士の都合もあるだろう。予定を組んでくれないか」
「了解しました。その時にある程度の進行状況をお見せできるよう伝えておきます」
これで良い。ケニーが腰を上げたところで、博士の好きなワインの銘柄を聞きだした。
笑みをうかべているから、案外ケニーの好みかもしれないな。




