J-062 まるで花火のように飛んでいく
葦を押し倒すようにして横になる。帽子を顔に乗せれば強い日差しも行く分和らぐ感じだ。
昨夜は眠れなかったから、のんびりと交代しながら昼寝をすることにした。
今夜はいよいよ襲撃を行うことになるからね。
大事な時にアクビが出るようでは困ってしまう。
太陽が傾いてきたところで、簡単な食事を取る。
水筒に入れた水でコーヒーを作り、ビスケットと干し杏子を頂く。
少し濃いめのコーヒーが、まだ眠り足りない頭を覚ましてくれる。
「ここから王都までは20ミラル(18km)ほどにゃ。王都の手前に壊れた水門があるから、その近くで攻撃をすれば届きそうにゃ」
「桟橋の倉庫群まではおよそ2.1ミラル。十分ですね」
エミルさんが地図に定規を当てて、確認している。
問題は、その辺りの警備状況になるんだが……。
「王都の門には警備所があるはずだ。一番近い警備所は北の門になるんだが、600ユーデはありそうだ」
「直線で、でしょう? 北に向かう街道から、水門は離れているのよ。街道から西に分岐する道を通ることになるから、900ユーデ近くになるんじゃないかしら?」
やはり地雷を運んできて良かった思う。
3個運んできたらしいから、やって来る道に仕掛けておけそうだ。
「それでもやって来るようなら、グレネード弾をお見舞いするさ。とりあえずさっさと撃って逃帰ることになるんじゃないかな」
ミザリーが拠点に予定通りに決行することを通信する。
『状況に変化なし・期待する』の返事が返ってきたところで、船に乗り込んで流れ込みから本流へと船が動き始めた。
まだ夕暮れ空だが、ここは大胆に動くしかないようだ。
向こうに到着しても、いろいろとやることがあるからね。
途中で1度休憩を取っただけで船は進んでいく。水門が見えてきたのは21時を過ぎていた。
周囲には明かりが全くない。
南に王都の明かりがそこだけ浮かんでいるように空を照らしている。
水門は中途半端に爆破されたらしく、門の残骸が水面に顔を出している。
これでは船を通行させることはできないだろう。
水門近くの石積みの護岸に船を寄せると、リトネンさんとイオニアさんが素早く岸に飛び移って周囲を確認する。
リトネンさんの手が振られたところで俺とエミルさんが下りる。
ハンザさんが船から差し出す荷物を受け取り、その場に積み上げて行った。
ハンザさんとミザリーが船から降りると、テリーザさんが船の向きを変えて接岸する。
テリーザさんが投げたロープを受け取り、近くの雑木に縛り付ける。
既にイオニアさん達は、地雷を仕掛けに向かったらしい。
エミルさんと俺で、発射装置を組み立てる。
鉄の棒を組み立てただけなんだよなぁ。こんな物で撃ち出せるんだろうか?
「もう少し右ね……、そこで止めて!」
レール状になった鉄の棒を確認しながら発射方向をエミルさんが確認してくれた。
距離は2.1ミラルと言っていたから、この目盛りで良いんだろう。
枠にカギ状の棒を沿わせて、下げ振りの差す糸を目盛り版で読み取る。さすがにこんな作業は、赤いライトで手元を照らしながら行うしかない。
王都方向に背を向けての作業だから、南からは見られないとは思うんだが冷や汗ものだな。
空き地に5台の発射装置が並べ終えた頃、イオニアさん達の地雷設置も終わったようだ。150ユーデほど離れた道に埋めたらしい。
安全装置を外しておけば、接触信管が作動しなくとも時限信管が12時間後に地雷を爆破するそうだ。
住民に影響を与えないようにとのことなんだろうが、昼間に爆発したら驚くに違いない。
「準備は出来たようだな。装填しても良いのかな?」
「次発も用意しとくにゃ。直ぐに次を撃ち出すにゃ。それと、これが必要らしいにゃ」
リトネンさんが取り出したのは、子供が川遊びをするときに使うような水中眼鏡と布製のマスクだった。
「ガスが噴き出すらしいにゃ。一応しといた方が良いと持たされたにゃ」
危険なガスなのかな?
とりあえず装着して、発射機の列から10ユーデほど左後方に次の砲弾を準備した。
「左から順に撃ち出すにゃ。発射したら次の砲弾をセットするにゃ」
発射機の間隔は2ユーデほど取っているんだが、ガスが凄いということだから、果たして直ぐにセットできるかな?
砲弾近くに陣取って、素早く運べるように待機する。テリーザさんとリトネンさんが左手で状況監視をするようだ。ミザリーとエミルさんは俺の後ろに移動してきた。
「発射!」
リトネンさんの号令でハンザさんが次々と発射装置の撃鉄を作動させていく。
シュン! と小さな音を立てて砲弾が闇に中に炎を噴き出して飛んで行った。
確かに凄い噴煙だ。辺りが一瞬白くなってしまうほどだからね。
それでも南東の風があるから、直ぐに視界が晴れていく。
イオニアさんがこちらに顔を向けていることに気が付き、急いで砲弾を運んでいく。5発の発射を終えたハンザさんも手伝ってくれる。
「着弾したようね。方向的には倉庫街だわ」
「凄い炎を噴き出して行ったが、前の砲弾よりはマシってことか?」
「2発が焼夷弾だった。既に寝ている時刻だろうから、火災が広がるだろうな」
次弾の装填が終わると、再びハンズさんが砲弾を発射していく。
発射を終えた発射機を畳んで、皮紐でしっかりと結んでおく。
イオニアさんから発射機を受け取ると、船を繋いだ場所まで運んでいく。
「やって来たにゃ。やはりあの炎は花火並にゃ」
イオニアさんの言葉に全員が南に顔を向けた。
自動車は2台のようだ。早めに撤収するに限るな。
既にテリーザさんとミザリーは船に乗り込んだようだ。
先に乗り込んだエミルさんに発射装置を手渡していると、俺の肩をポンと叩いてハンザさんが発射装置を抱えて乗り込んできた。イオニアさんも直ぐ傍にきている。雑木のロープを解いて、船に投げ込むと船に飛び乗る。
「掴まって!」
テリーザさんが、俺が座るのを待たずに船を動かし始めた。
急いで船尾に腰を下ろすと後ろを振り返る。
まだやってこないようだ。とりあえずは間に合ったということなんだろうな。
水門が見えなくなったころ、水門の方角から、ドォン! という爆発音が聞こえてきた。
「地雷を踏んでくれたな。これで、敵は動けなくなるぞ」
時刻は23時近い。来る時よりの倍の速さで船が北に向かって進んでいく。
次は川近くの町が鬼門だが、俺達が船で移動しているとは直ぐに分からないんじゃないかな。
街道を閉鎖するぐらいの動きなら良いんだが……。
船の速度を上げても、内燃機関のエンジンは唸るような音を立てているだけだ。案外静かな感じがするな。
川沿いの葦原に住む虫の声に紛れてしまうんじゃないか?
土手にいるなら湿地に住むカエルの声の方が煩いぐらいだろう。
だけど、この川沿いにはカエルがあまりいないんだよなぁ……。
やがて、空が少ずつ明るくなってくる。
夏の夜明けは案外早いんだな。
昨日と同じように、流れ込みを探して葦原に隠れることにした。
先に女性達を休ませて、俺とハンズさんで警戒をする。
たまに潜望鏡を葦原の上に出して周囲を眺めるが、南北に連なる土手には何の姿も見えない。
逃走経路をいくつか想定して捜索してはいるんだろうけど、船でやって来たとは思っていないのかもしれないな。
「土手を一目散に逃げた、と考えているのでしょうか?」
「たぶん途中の町に検問を作っただろうな。未だに見つからないとなれば、葦原を上手く使って北に向かっていると考えるはずだ。
だが山のふもとの街道まで逃げおおせたら、帝国軍も歯噛みするしかないだろうな。まだ地雷が残っているはずだ」
「船を使ったとまでは考えてないんでしょうか?」
「形跡はどこにもないはずだ。リトネン達が土手の方向に足跡を残しておいたからなぁ。どうやら旨く引っ掛かってくれたみたいだ」
そういうことか……。地雷を埋めるのに手間取っているとばかり思っていたんだけど、足跡をわざと残しておくなんて、よくも思いついたと感心してしまう。
南東の風が葦原に吹いてくるから、日差しは強いがそれほど暑さを感じない。水辺だからだろうな。
2人でタバコを楽しんでいるのだが、風が煙りを直ぐに拡散してしまう。
昼を過ぎたところで、ミザリーを起こして女性達を起こして貰う。
今度は俺達が船で体を横にした。
やはりカエルはいるようだ。
賑やかに鳴いているんだよなぁ。
だけどよく聞いてみると、近くでは無さそうだ。この辺りが汽水域だから生活できないのかもしれないな。
コーヒーとビスケットの食事を取ったところで、再び本流へと船は進む。
川の東岸に近付き、ゆっくりと北に向かっていく。
「ミザリー、拠点と交信したの?」
「情報を伝えたよ。昼になっても港の倉庫の火事が消えないようだと教えてくれた」
何を保管してたんだろう? 発射した10発の内、焼夷弾は5発だけだった。それにあの砲弾では、当たるのは運任せでもあったんだけどねぇ……。
「あの煙と、炎を噴き出すのは問題だな。だが、前の3イルム砲弾よりはだいぶマシなようだ」
「被害はかなりになるんでしょうね。貴族屋敷にも延焼しているらしいわよ」
小声で、そんな話もできるぐらい、周囲には人影がない。
22時を過ぎると、リトネンさんが船の速度を上げるようにテレーザさんに指示している。
途端に船の速度が2倍にもなったようだけど、エンジンの音は極めて小さい。ともすればカエルの鳴き声に消されしまう。
だけど、航跡は一気に大きくなってしまった。堤防で眺める者がいるなら、顔を向けただけで分かってしまいそうだ。
それだけが心配なんだけど、船は真直ぐに北に向かって進んでいく。
空が少し明るくなってきた時に、橋の下をくぐる。
さすがに速度を落として、ほとんど航跡が残らないようにして通り過ぎた。
橋から離れると、再び速度が増す。
橋からかなり離れた岸辺に船を留めた時にはほとんど星が消えていた。
「急いで下りるにゃ。このまま森に向かうにゃ!」
発射装置をイオニアさん達が2個ハシゴに担ぎ、俺が背嚢の上に1個乗せる。
葦原をかき分けるようにして森へ入った時には、すっかり周囲が明るくなっていた。
森に入ると、今度は大きな岩を目指す。
井戸があるからねぇ……。これから拠点までの道は遠いから水の補給が必要だ。
それに、エミルさんが布バケツにシャワー口が付いたものを持って来ているらしい。久しぶりに冷たいシャワーが浴びられそうだ。




