J-061 クルージング?
夏だからクルージングというわけではないんだろうけど……。
どこか浮ついた雰囲気で準備が進んでいく。
「発射機が5台に、砲弾が15発ですか……。橋の東まではドワーフ族が砲弾の輸送を手伝ってくれるのは助かりますが、船を動かせる人はいるんでしょうか?」
「その点は抜かりが無いにゃ。テレーザの両親は西の町で漁師をしていたらしいにゃ。船の扱いは任せられるにゃ」
「エンジンが動けば何とかなりますよ。でも内燃機関の音は煩いと聞いたことがあるんですが?」
「消音装置を付けたと聞いたにゃ。少しでも音が小さくなれば十分にゃ」
何となく不安になって来たのは俺だけなんだろうか?
ハンズさんも苦笑いを浮かべているから、俺と同じ気持ちなのかもしれないな。
エミルさんはイオニアさんと地図を睨んでいる。
良い射点を探しているのだろう。
王都に近くなれば、それだけ周囲が開けてくるからなぁ。攻撃するのは夜だとしても、1時間も経たずに追手がやって来るに違いない。
地雷を仕掛けるのも手だけど、更に荷物が増えそうだ。
地雷を3個に4パイン爆薬が2つを新たに増やしたから、更にドワーフ族の運び手が増えてしまった。
明日は出発という日も、何時ものテーブルで皆が集まって最後の装備の点検を行う。
全て準備が整ったところで、お茶を飲みながらエミルさんの手作りクッキーを頂いた。
「ところでリトネンさん。南東の戦はどんな具合なんでしょう?」
「膠着してるみたいにゃ。反乱軍が大きな溝を掘ったらしく、蒸気戦車や蒸気機人が溝を越えられないにゃ。停滞したところを砲撃してるみたいにゃ」
「冬に輸送車列を襲いましたけど、その影響はもうないんでしょうね?」
「2か月は混乱したみたいにゃ。帝国軍が新たに輸送車を送ってきたから、振り出しに戻ったにゃ」
「それで、集荷場所である倉庫を襲うのね。成功したなら、かなり長期間物不足に悩むことになるわね」
「15発、全て撃てるか心配にゃ」
リトネンさんが悩みだした。
結構前向きな性格なんだけど、王都はリトネンさんの古巣らしいからなぁ。
頭の中で、何度も攻撃想定を繰り返しているんだろう。
翌日がやって来た。
何時ものように朝食を母さんと取って出発する。
皆が見ている前でハグされるのもだいぶ慣れてきた気がする。
母さんに手を振って、ミザリーと小隊室へと向かう。
既にテリーザさん達がテーブルでお茶を飲んでいた。
背嚢と小銃をテーブルに乗せると、リトネンさんの到着待つことにした。
「シャツにキャンバス地の上下ね。上着は丈が長いのが良いわね。冬と違って身軽よね」
「雨が降ればツエルトに包まれば良いですからね。夜もツエルトだけで十分です」
少し動くと汗ばむほどだからねぇ……。
着替えを入れてあるけど、水場で洗濯できれば良いんだが。
「遅くなったにゃ! 準備ができてるなら、直ぐに出発にゃ」
リトネンさんが背嚢を担いで、フェンリルを持つ。
俺達も背嚢を背負うと、自分の小銃を持って、リトネンさんに続いて北の出入口を目指した。
ドワーフ族の若者が6人、出入り口の外でタバコを咥えていた。
俺達が出てきたところで、リトネンさんが荷の確認をすると直ぐに歩き始める。
俺達の荷が軽いけど、帰りは重くなりそうだな。
イオニアさんとハンズさんがハシゴを背負っているのは、帰りに発射用の三脚を持ち帰るためだろう。
橋のたもと近くにある大きな岩の水場まで2日と少し。
その晩に、船を確認してドワーフ族の若者が荷を乗せてくれた。どんな船なんだろう? エンジンが付いているらしいから漕がずに進めるということだが、あまり音が煩い時にはオールを使うしかなさそうだ。
夜遅くなったが、食事を取る。
井戸があるから水は贅沢に使える。
炭を使うコンロで、たっぷりとお茶を作り皆の水筒を満たしておく。
翌朝、俺が起きた時にはドワーフ族の姿が無かった。
早めに出発したに違いない。
ここから王都までどれぐらいで行けるだろう?
歩くぐらいの速さなら、一晩では到着できないように思えるんだよなぁ……。
「夕暮れ前に、船に向かうにゃ。カタマラン構造だから転覆することは無いにゃ。出発は暗くなってからになるにゃ」
「どれぐらいで着けるでしょう?」
「一晩では無理にゃ。朝が来る前に、西の湿地に紛れ込むにゃ」
昼は息を潜めて待つしかないってことか。
葦がだいぶ茂っているから、堤防辺りから眺めるなら見つかることは無さそうだ。
リトネンさんに率いられて、夕暮れの中を森から出る。
船はだいぶ川の北側に留められているようだ。葦原の中を迷わずに進んでいるのは、葦原の中の大きく育った雑木を目印にしてるのだろう。
突然葦原が消えて、川面が姿を現す。
そこに留まっていた船は、2艘の川船を無理やり2つ並べて太い横棒で繋いだものだった。
間が4フィール(1.2m)ほど空いているから、2回りほど細い棒を格子状に組んで荷物が乗るようになっていた。
川船の横幅は3フィール(90cm)にも満たないな。長さが20フィール(6m)ほどありそうだから、左右に分かれて乗船した。
舳先に座ったのはリトネンさんとエミルさんだ。まあ、何となくわかる感じがするな。最後尾にテレーザさんが座り、おもしろい形をした内燃機関のエンジンを操作するらしい。
「だいぶ暗くなってきたにゃ。ゆっくりと進むにゃ!」
「それじゃあ、発進しますよ。揺れるかもしれませんから、しっかり掴まっていてくださいね」
船を留めていたロープが解かれ、小さなトントンという音が聞こえてきた。
それほど大きな音じゃないんだが、まだ進んでいないからなぁ。
ゆっくりと船が岸を離れる。
あまり岸から離れず、川の左岸沿いに進むようだ。
少しずつ船足が早くなり、俺達が歩くほどの速度で船が進んでいく。
「偵察部隊が見てたら直ぐに分かるだろうな。音はそれほどでもないが、航跡が目立つぞ」
ハンザさんの言葉に後ろを振り返ると、三角形の航跡が長く続いている。
航跡を消すことは出来ないんだろな。偵察隊は自動車で動いているから、ライトの明かりが見えたらその場で止まるしかなさそうだ。
船が進まないなら、航跡は直ぐに消えてしまうだろう。
橋を潜り抜け、ひたすら南へと向かう。
川岸の葦原で土手が見えないぐらいだ。これなら気付かれずに王都まで行けるかもしれない。
それほど横幅の無い船だが、真ん中に荷物が乗っているので荷物に体を預けるようにして横になれば寝ることもできるようだ。俺の前に座っているミザリーがそんな恰好で寝入ってしまった。
川面を渡る風が気持ち良かったのだろう。ツエルトを掛けてあげる。
「もう直ぐ町から流れてくる水門にゃ。その前に岸で小休止するにゃ」
ゆっくりと岸に近付くと、リトネンさんが素早く葦原に飛び移ってエミルさんの投げるロープを葦の根元に結んでいる。
さて、岸に上がってタバコでも楽しもうか……。
ミザリーも一起こして上げよう。
「この先から少し左手が開けて来るにゃ。水門を過ぎてからしばらく行ってところで湿地に向かうにゃ」
リトネンさんの話では、川沿いの西側にも湿地が広がっているらしい。こっちの湿地は湿地というより広大な池のような場所だそうだ。
大きな池に向かっていくつかの支流があるらしいから、そこに入るということらしい。
「比較的乾燥している湿地を耕作地にしようと、あの土手を作ったみたいにゃ」
「こっちはどうしようもない土地ということですか」
見捨てられた土地だが、俺達にとってはありがたい。
さすがに、そんな場所まで偵察隊が来るとは思えないからね。
休憩を終えて再び南に向かって船が進む。
水門があると言ってたけど、突然現れた水門は川よりもだいぶ左奥にあった。20ユーデほどの石組で護岸された水路の奥に白く見えたのが水門ということだ。
今は水門が開いている。
近くの町から、この水門を通って王都に作物が運ばれているのだろう。
水門から南東遠くの空が明るいから、あの下に町があるんだろうな。
水門を過ぎると、やや船足が速まる。
綺麗な航跡がうしろに広がっていくのが夜でもはっきりとわかるほどだ。
登ってきた月の明かりで反射するからだろう。これだけ目立つのも問題だと思うんだけどなぁ。
船の速度が緩まってきた。
どうやら、池へ向かう流れ込みを探しているに違いない。
しばらくすると船が東の騎士近くを離れて、西に寄っていく。
あれが流れ込みか! 葦がそこだけ生えていない。およそ20フィール(6m)ほどの横幅だが、あの中に入っていけるのかな?
船がゆっくりと中に入っていく。左右は良く伸びた葦が茂っているからそれほど奥に向かわなくても良さそうだ。
川が見えなくなったところで、船を岸近くに寄せる。
真ん中の荷物と一緒にあった長い棒を2本、船の横に差して船を固定させた。
だんだんと空が白んでいるからなぁ。今日の昼は、ここでゆっくりと休ませて貰おう。
葦原のすぐ横に留めているのだが、岸はかなり水が被っているようだ。
下りて見たら、それ頬足元が沈まない。
長い年月で、しっかりと根が張り巡らされているのだろう。
座ることができないと足元を見ていたら、リトネンさんが船を下りてその辺りの葦を適当に折り始めた。
小さな広場ができると、少し奥に入って沢山の葦を切り取ってきた。
「これを重ねれば腰を下ろせるにゃ。3人程座れる場所を作るにゃ」
リトネンさんの指示に従って、葦を切り取っては運んでくる。同じ場所で大量に切るのができないのが難点だけど、1時間も経たずに座る場所ができた。
真ん中に船にあった板を敷いて、ロウソクコンロでお茶を作る。
こんな場所でも、それなりにお茶が飲めるんだなぁ……。




