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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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J-056 トンネル暮らしが始まった


 2回もここから往復して荷を運んだんだから、今夜はここで終わりかと思ったんだが……、もう一仕事を仰せつかった。

 その仕事というのは、葦を切ってトンネルに運ぶことだった。

 俺とハンズさん達が葦を切り取り、テレーザさんとエミルさんが束にする。リトネンさんとミザリーがせっせと運んでいくんだけど……。

 作業が終わった時には空が白んでいたぐらいだからなぁ。だいぶ運んだに違いない。

 葦は一カ所で刈らずにあちこち場所を変えたんだが、土手に上がって状況を見る限り、葦を刈り取ったとは思えない葦原だ。

 あまり目立つ場所にはいられないから、早々に葦原の中に入ってトンネルに向かう。


「下に敷いたんですか!」


「クッション代わりにゃ。これで寝るのも楽にゃ」


 確かに座り心地が丁度良い感じだ。ちょっとしたことだけど、やはりアジトは快適さが大事だってことなんだろう。


「スープができたら、朝食にするわよ! それまで見張っててくれない?」


「了解しました!」


 ツエルトを春用の柄にして羽織ると、潜望鏡と双眼鏡を手に、トンネルを出る。

 この出口の艤装も少しやっておかないといけないな。朽ちた板を表面に張ってあるんだが、葦を数本束ねて、いくつか留めておいた方が良いかもしれない。

 

 一旦、川岸に歩いて、土手の方に身を屈めて移動する。

 移動跡が土手の方から川岸に向かっているなら、巡視をする敵兵が勝手に判断してくれるだろう。


 土手の葦に身を潜めて、潜望鏡を使って左右の状況を監視する。

 誰もいないようだ。蒸気自動車の特徴ある黒い煙も見えないし、ガタガタと煩い音も聞こえてこない。

 ゆっくりと葦原から這い出して土手の斜面に身を横たえると、今度は双眼鏡で街道の南北を確認する。

 やはり街道には誰もいないようだ。

 そういえば、前にここで捕虜の護送部隊を襲ったんだが……、あれがそうかな?

 赤さびた残骸が荒れ地に放置されている。さすがに街道通行の邪魔になるのだろう。破壊された蒸気自動車を道から移動したようだ。


 しばらく監視を続けていると、突然お尻を叩かれた。

 ちょっと驚いて振り返ると、笑みを浮かべたエミルさん達が立っている。


「相手が見えたらその格好でも良いけど、座っていてもだいじょうぶよ。立っていなければ遠くからなら分からないわ」


「そうなんですか? 3人で監視ですか……」


「ちょっとやることがあるの。監視はハンズに任せるわ」


 そう言って、リトネンさんと土手の西側を歩き出した。何を始めるんだろう?


「トンネルに戻って朝食を取るんだな。そのまま寝ても良いぞ。だが起きたら監視を替わればいい」


「それじゃあ、後をお願いします。……これを使いますか?」


 潜望鏡と双眼鏡を見せたんだが、ハンズさんが持っていると言って双眼鏡をバッグから取り出した。俺の持ってるものより大きいな。それだけ遠くまで見えるんだろう。


 葦の中に分け入り、トンネルに入った。

 ツエルトを脱ぐと、直ぐにミザリーが朝食を渡してくれる。

 何時も通りの乾燥野菜と干し肉のスープ、それにビスケットのようなパンと数個の干し杏子……。

 それでも量が多い気がするのは、俺が最後だからということらしい。

 

「何か拠点からの指示はあったの?」


「『攻撃の事前準備に入る』とリトネンさんから送信ように言われたけど、拠点からは、『了解』だけだったよ」


「事前の準備は、この場所を地図に書き込むことだ。それと観測点を作ることになるのかな? 移動砲台で攻撃するとしても、夜間になる。 相手の野営地なんかわからないはずだから、昼間の内に目標地点を釣図の上で確定するのだ。攻撃する時には、目標までの方角と距離が分かれば夜間でも問題ない」


 磁石を利用したコンパスを使うと、かなり正確に地図上で場所を特定できるらしい。

 イオニアさんが「こんな風に使うの」とポケットから取り出したコンパスの使い方を見せてくれたんだが……。

 やはり俺には理解できないな。そんな方法もあると覚えておこう。

 

「全く見えなくとも、目標を狙えるというのは凄いですね」


「砲兵隊では、更に観測班を目標が見える場所に置くんだ。最初に数発撃って、その着弾点が目標からどれだけ逸れているかが分かれば、大砲の一斉射撃が有効になるからな」


 とは言っても、今回は一度に発射できるのは2発だけだからなぁ。しかも狙った場所からかなり外れる代物だ。

 ということは、最初から当てようなんて考えていないということになる。近くに着弾すればじょできぐらいの感じで撃つんだろう。


 夜に備えて、休ませてもらう。

 茅野束が丁度良いベッドになる。ポンチョを敷いてブランケットに包まると直ぐに眠気が襲ってきた。

               ・

               ・

               ・

 ミザリーに体を揺すられて、目が覚めた。

 クラウスさんに貰った時計を見ると18時を過ぎている。春の日暮れは18時辺りだから、外は暗くなっているはずだ。

 トンネル内は畳み式のカンテラの中でロウソクが灯っていた。

 

「食事を取ったら、イオニアと替わるにゃ。土手の西、少し南に位置してたにゃ」


「了解です。敵の接近時には?」


「笛を2回吹いて欲しいにゃ。こっちで確認出来たら1回吹くにゃ」


 渡してくれた笛は、小指ほどの大きさだった。金属製で、リングを通して長い革ひもが付いていた。首に掛けておけるようにだろう。


 朝食と同じ料理だけど、それなりに味は良い。

 食事が終わると、カップに半分ほどのコーヒーを入れてくれた。それほど濃くないから、そのまま飲めそうだ。


 風向きを調べて、出口付近でタバコに火を点けた。

 ゆっくりと味わいながらコーヒーを飲む。


「交代するにゃ。エミルが一緒にゃ」


 タバコを消してカップをミザリーに渡していると、エミルさんがフェンリルを持って立ち上がる。

 急いでツエルトを着こんでドラゴニルを持ち、エミルさんの後を追いかけた。

 

 土手の川岸に身を潜めて周囲を監視する。

 たまに西の川まで眺めるのは、川が北西の町と王都を結ぶ運河の役目を果たしていたからだ。

 王都の戦が終わった時に残骸を川底に沈めたらしく、ここから南にある町まで船を使って荷を運んでいるらしい。


「テリーザの話では、日中に4隻が南に向かったそうよ。荷物を運べるぐらいだから、帝国軍も船を使うかもしれないわ」


「あれだけ地雷を仕掛けたんですから、今後は川が主体になりそうですけど……」


「川船なら、手榴弾やグレネードランチャーが使えるでしょう? 川沿いは葦原だから、どこから飛んでくるか分からないわ。かなり無謀な監視になるでしょうね。そういうことだから、川船の臨検で済ませているみたいなんだけど……。やってこないとは限らないでしょう?」


 念の為ということだろう。

 さすがにタバコを楽しめないから、飴玉を口の中で転がしながら監視を続ける。

 夜が更けて来ると、南南東の方角が少し明るいことに気が付いた。

 街道は真直ぐに南に延びているから、明るい方角は街道からかなりズレている気がするな。


「エミルさん。あの明かりは?」


「工事の為の宿舎があるのかもしれないわね。少し状況が分かったところで、リトネンが動くと思うわ」


 ここまで工事が進むのはかなり先になりそうだからね。

 ここに拠点を据えて、破壊工作を始めるのかな?


 深夜にリトネンさん達と交代する。ミザリーも一緒だったけど、ちゃんと監視ができるのかな?

 眠そうな目をしてたから、直ぐにトンネルに戻ってきそうな気がする。


 ツエルトを葦束の上に敷いて横になる。

 疲れているから、直ぐに眠れそうだ……。


 このトンネルにやって来て3日目の夜に、トラ族の2人と俺の3人で北の森に向かって水を補給することになった。

 ハシゴに水の容器を乗せて、背嚢にいつも入れている水筒も革袋に入れておく。

 まだ残っている水は、飯盒やポットに入れておいたから、今回運べば4日は持つんじゃないかな。

 イオニアさん達はフェンリルを肩に背負って、俺はミザリーのフェンリルを借りる。カートリッジは予備を1個だけポケットにいれておく。

 会敵しても、交戦せずに逃げるならこれで十分だろう。

 土手の西側を身を低くして森へと急ぐ。


 街道を横切る時は1人ずつ、森に向かって素早く移動して森の中にある大きな岩を目指した。

 俺にはあまり周囲が見えないんだけど、イオニアさん達には見えるようだ。

 迷うことなく大きな岩のところまで来ると俺とハンズさんが周囲を警戒し、イオニアさんが井戸から水を汲んで背負ってきた容器に水を入れる。

 30分も経たずに、3つの水の運搬容器と俺達の水筒にも水が補給された。


「さて帰るぞ。次に来る時にはドワーフ族がここに荷物を置いてくれる筈だ」


「あちこちに地雷を仕掛けたからでしょうか? 帝国兵の姿が見えませんね」


「こっちにとっては助かる話だ。少し重いがだいじょうぶか?」


 ハンズさん達にとっては軽い荷なんだろうが、俺にとってはかなりの重さだ。だが普段背負っている背嚢より少し重いぐらいだからなぁ。

 問題ないと答えると、イオニアさんが立ち上がった。

 帰りも、周囲の監視は怠らない。

 2時間程かけて、トンネルに戻ると心配そうな顔をしたミザリーに笑みを浮かべてフェンリルを返す。


 夜遅い時間だが、固形スープをお湯で溶かして軽い食事を取る。

 食事が終わると、コーヒーを飲みながらリトネンさんの話を聞くことになった。

 いよいよ攻撃するってことなんだろう。


「拠点から連絡があったにゃ。湿地の南南東に帝国軍の工兵部隊が進駐したらしいにゃ。かなり大型機械を運んできたみたいだから、邪魔をするのに丁度良いにゃ」


 リトネンさんが地図を広げる。

 ロウソクランタンの明かりの下だけど、それなりに地図を見ることができる。


「エミルの観測ではこの辺りにゃ。ここから5ミラル(8km)ほど離れているにゃ。改Ⅰ型の最大射程は1ミラル半(2.4km)だから、この辺りまで出掛けて攻撃することになるにゃ」


 南の町までは3ミラル(4.8km)ほどある。街道から発射しても砲煙を見られることはないか……。


「最大射程ギリギリで攻撃するのか?」


「4発撃ち込んで直ぐに撤退するにゃ。薄明時に攻撃するなら、日が昇る頃にはここに帰って来れるにゃ」


 ここから南に4ミラル(6.4km)というところだからなぁ。2時間程の道のりだ。

 決行は、今夜ということだった。今日はゆっくりと寝ていよう。

 それでも、周囲の監視は必要だ。俺の番は明日の日中になるらしい。

 


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