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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 08 帝国の闇 【 帝都の喜び 】


 皇帝陛下の御婚儀は参内貴族全てを招いての神殿に行われた後、宮殿への道を準爵達が立ち並ぶ中を馬車で進むという形で行われた。

 つつがなくと言いたいところだったが、警備を務めた軍の兵士が、何人かの不審人物を拘束したらしい。

 貴族を大量粛清したことに関わる恨みとも取れるが、皇帝配下ご本人が被害者であったことを考えると、紛争地区からやって来た刺客と考えるべきだろう。

 調査局に送られたとの報告があったから、数日もせずに報告が届くに違いない。


 王宮で行われた祝賀会から、ようやく抜け出して事務室に戻ってきた。

 今夜は館に戻らず、ここで過ごすことにしよう。帝都も、皇帝陛下により全ての酒場と料理店、食堂が解放されている。

 王都は乱痴気騒ぎの最中に違いない。


「どうぞ!」


 ケニーが紅茶を運んできてくれた。


「ありがとう。まだ帰らなかったのかい?」


「外を見て、引き返してきました。先代皇帝陛下の時もそうだったんでしょうか?」


「今回は控えめだよ。とは言っても、皇帝陛下の御威光を知らしめる機会でもある。陛下は身内だけでもと言っていたが、さすがに頷くことができなかった」


「次は、いよいよ攻略に望まれるのですね?」


「クリンゲン卿に空中軍艦を引き渡したからね。後は軍の方で計画を進めてくれるはずだ。問題は東になる。果たして空中軍艦だけで戦況を覆せるだろうか? 博士には期待していると伝えてくれないか」


「あのような豪邸を頂いて本人も戸惑っているようです。帰宅するといつも地下から出てくるのですよ」


 ケニーの言葉を聞いて、思わず笑みが浮かんでしまった。

 彼にとっては、秘密工廟も貴族舘の一角も変わらないらしい。最初から地下2階の研究室を作ってあげて正解だったな。

 だがケニーが喜んでくれるなら、それで良いだろう。

 ケニーの夫が学府の研究室を持つ科学者であり、軍に深く関わっていることと、ケニー自身が準爵を持つ身であることは、すでに周辺の貴族達に知られている。

 軍と関わる博士であるなら、中級貴族以上の資格を持つことになるし、貴族の正室で準爵の地位を持つ者は両手で数えられるほどだ。

 何度かサロンへの参加を打診されたらしいが、断ったと聞いている。

 参加すれば、また違った情報が得られたかもしれないと思うと、残念で仕方がない。


「この頃は、大砲よりも遠くに砲弾を飛ばす方法を考えているようです」


「ほう……、空中軍艦や飛行船はその方法の1つだと思っているのだが、まだ外に方法があるということか?」

「ここにあるコマが欲しいと言っておりました」


 ケニーが自分の後頭部を突いて、執務室を去っていった。

 彼女にも分からないのであろう。私にも全く理解できない。だが、私達の頭蓋骨の下部には、子供が遊ぶコマのような物が存在する。


 多くの生物が、なにがしかの機械部品を自ら作り出すことは誰でも知っている。

 その多くが、本来その生物の生活にはあまり関わらないものが多いようだが、機械技術が発達するにつれ、その機械部品が有効利用できることが分かってきた。

 ドワーフ族の作る精密部品よりも、その工作精度が高いらしい。

 その中で一番利用価値が無いと言われているのが、我々人間の持つコマだったのだ。

               ・

               ・

               ・

 かつてよりも多忙な日々が続く。クリンゲン卿と会議室で紅茶を楽しむのも久しぶりだ。


「皇帝陛下とお妃様は、仲睦ましく暮らしておられるようだ。あれでは皇帝陛下の代理を立てようなどと企てる貴族はあるまい。

 少なくとも我等が王宮を去るまでは安心できそうだ」


「それだけ皇帝陛下が自信を持って国事に携わってくださるからでしょう。相談相手となる傍付きを新たに文官から1名を出したことで貴族の好感度も上がったようだ。

 ところで、例の話だが……。マルーアンは伝えた途端、私をハグしてくれたよ。やはり幼少時代の友人関係は恋愛に発展するものだと妻も喜んでいた」


「それはありがたい! 他の貴族の横槍を受けずに済む。エルバンは少し大人しいからなぁ。マルーのような姫を迎えられるならと、妻もエルバンから話を受けた時に笑みを浮かべていたぐらいだ」


 クリンゲン卿の唯一の悩みは、次期当主となるエルバンに武官として必要な覇気がないということだ。

 幼少時代を振り返ると、剣術の真似事などをせずに、図書室で本を読むことを好む少年だった。

 それに引き換え我が家の長女のマルーアンは、弓のおもちゃを持ち出して小鳥や野ウサギを追いかけていたからなぁ。

 神は互いに無いものを補うように結婚できるよう、互いの手を握らせてくれたに違いない。

 私の妻も、相手がエルバンだと知って笑みを浮かべながら、小さな声で神に感謝の祈りを捧げていたぐらいだ。


「婚儀はクリンゲン卿の方で整えてくれるとありがたい。もちろん私の方でも相応の負担を行うつもりだ」


「全く変わらんな。全てクリンゲン家で持つつもりだ。そうだ! 持参品もいらぬと妻が言っていたぞ」


「そうもいくまい。クリンゲン卿の姫の輿入れを参考にさせてもらうよ」


 平民の婚儀では、持参する品は多くても荷車1つだと聞いたことがある。だが、貴族同士ともなれば、そうもいかぬ。

 最低でも蒸気自動車5台分にはなるだろうし、クリンゲン卿の邸宅までの道で民衆に銅貨を撒かねばなるまい。

 それぐらいの財力は十分にある。私の子供は3人だから、残った1人は無難な貴族から妻を娶れば良いだろう。


「だが、案外手続きや何やらが面倒だな。執事任せとも行くまい。何度か尋ねさせてもらうよ。なんにせよ私の後継だからな」


「こちらこそだ。卿であるなら派閥と揶揄されることもあるまい。互いの仕事が違い過ぎるからな」


 会議室には、私達の秘書や副官以外に書記が同席している。

 貴族会議に参加できる貴族であれば、その記録を閲覧することができる。

 これが、正式な会議の習わしだ。


 休暇で所領の館に戻っていたときだ。

 クリンゲン卿が、私を訪ねてきた。

 王宮での会議記録が残っているから、次期当主の婚儀の相談ということになる。

 我等を監視する貴族もいないわけではない。

 他者を切り捨ててその地位を自分の物にするのは、貴族の仕事にも思える。


「よく来てくれた。婚儀の方は順調に推移しているんだろう?」


「それは問題ない。文官貴族の習わしとは少し異なるところがあるが、それは理解してほしい」


「マルーは楽しみだと言っているよ。長剣の列の中を進める言っていたけれど、私も一緒なんだよなぁ」


「ハハハ……。それぐらいは我慢だ。式は秋分に行うことは伝えたな?」


「聞いている。ほとんど準備が終わった。後はウエディングドレスなのだが……。ドレス1着で半年かかるとはねぇ……。2度着る機会は無いと思うんだが」


「それは私も思ったが、諦めるんだな。妻達には妻達の世界がある。着るのは一生に1度だけ、それなりに考えるところがあるに違いない」


 私には無駄使いに思えてならないが、王都の経済が潤うためと思えば諦めるしかなさそうだ。


「空中軍艦は戦を根底から覆すことになるだろう。貴族の粛清時に独立を図った3つの王国の内、2つを潰すことが出来た。かつての戦線まで帝国の領地を戻している。残りの1つは懸命に恭順の使者を送ってきているが、現状は無視している。

 婚礼を終えたところで最後の王国を滅ぼす計画だが、異論はないな?」


「軍の計画に私は口を出さないよ。卿の一存で構わんし、既に皇帝陛下の裁可も下りている」


 来年には元に戻るということか……。東は少し面倒な気がするが、当座は問題のある貴族の赴任場所としておけば十分だろう。反乱軍が我々に代わって処断してくれる。

 処断されても、家名は残るのだから穏便な措置だろう。


「だが、東はどうするのだ? 既に王家を滅ぼしているが未だに膠着状態のようだ」


「面倒なことに、我等の兵器への対抗措置を考えて形にするだけの技術があるようだ。新兵器を投入して、彼等がそれを作ることが一番の危惧だな」


 向こうにも博士並みの天才がいるということか?

 となると、通常兵器でのごり押しをしていた方が良さそうだな。

 豊かな穀倉地帯と鉱山を手に入れたいところだが、いまだに道が閉ざされているようだ。


「私としては、この大陸を統一してから東の大陸に足を延ばすことを考えたい。既に足掛かりがあるのだ。大陸統一が出来たなら2つの方面軍の1つを東に送ることもできるだろうし、征服地の兵を使うことも可能だ。現状の3倍の戦力を投入売れば難しくもあるまい」


「戦死者は全て征服地の兵士ということか……。少しは遺族に弾んでやらねばなるまい。帝国の先兵となって働いてくれるのだからな」


 この世界の全てが帝国の旗で埋め尽くされる。

 私の存命中に、それを見ることができそうだ。

               ・

               ・

               ・

 ある晴れた初夏の夕暮れ。

 宮殿に喜びの歓声が上がった。

 御后様の御懐妊が発表されたのだ。あちこちで惜しげもなくシャンペンの封を切る澄んだ音が聞こえてくる。

 今日ばかりは、誰も文句を言うことはないはずだ。

 執務室に下がって、書類を見ている私に、クリンゲン卿が訪ねてきた。

 副官も供もいない。だいぶ平和になったと感心してしまう。


「これで我等が悩みも無くなったな。全ては卿のおかげだろう」


「卿の努力があればこそだ。帝国に反旗を翻した王国も全て消え去り、戦線は以前にもまして外に進んだと聞いたぞ。この大陸に後いくつの王国があるのだ?」


「西に3つ、北に2つだ。西からは恭順の使者がやって来たそうだ。属国として生き残ることを考えているようだな」


「それは認められんな。だが将来はそうなるやもしれんぞ。超大国となれば内乱で容易に帝国が分裂しかねない。将来の皇帝陛下には王を統べる王になって貰いたいと考えている」


「キング オブ キングス……。文官、武官貴族を統べて国を治めるのが国王であり、その国王達を統べるのが皇帝陛下ということになるのか……」

「内乱が起きても、その領地を統べる国王の失政であり、皇帝陛下の失政ではない。広く全体を見るのではなく、十数人の国王を見れば全世界を見ることが出来ると?」


「そういうことになる。現在の代官制度を少し広げた感じになるのではと思っている。とはいえ、最新の兵器を装備した1方面軍以上の戦力を皇帝陛下が単独で動かせるようにしておかねばなるまい。各国の軍備は2個大隊まで認めて、治安維持に努めさせれば十分だろう。過ぎた軍備は帝国に弓する王国がないのであれば要らぬはずだ」


「貴族の反発が起きぬか? 場合によっては国王を名乗れるのだ。喜ぶに違いない。当然その下に下級貴族を回すことになる。使えぬ貴族を放逐できるぞ。そうすることで優秀な準爵達を取り入れることができる。

 文官貴族はそれで対応できるが、武官貴族はそうもいくまい。各国の2個大隊の軍の内1つについては皇帝陛下が直々に派遣することで、反乱を未然に防ぐことも可能だろう。武官の領地は小さくして、その分帝国からの褒賞を引き上げたい。

 帝国からの報奨金への裁量権を武官貴族だけの最高会議に委ねたいと考えているところだ」


「領地がなくとも帝都の館は大きくできるか……。中々おもしろいが、既存の貴族にまで手を広げるつもりか?」


「それをしたら私が粛清されかねん。当主を失った貴族から始めれば反対も少ないのでは?」


「次期当主が、先代を越えるとは限らんか。確かに領地を持てば、急に当主を失うことで家の没落が始まりかねない。それなら納得だ。仕事が減ることはあっても収入は確保できるということだな。裁量があるなら、尚結構。先代を越えると判断すればそれに報いることができる。

 卿の考えを詰めて欲しい。私も大帝国の在り方を少し考えてみよう。

 だが、期待はしないでほしい。私を含めて部門貴族は経営ということを知らぬ輩ばかりだからな」


「ありがとう……。卿に話したことで少し不安がなくなったよ。考えれば考えるほど、暗殺されかねんと考えていたのだ」


「今、卿に先立たれては困る。少なくとも先ほどの話を形にしたところで我等は身を引きたいところだ」


 改めてグラスにワインを注ぎ、ワインを酌み交わす。

 

 窓の外から、まだ喧騒が伝わってくる。

 これから最後の仕上げになるのだが、さすがにクリンゲン卿には話すことはできない。

 これは、私が墓に持って行くことになるだろう。それを知る2人も何とかせねばなるまい。

 あの博士に勝る天才を見つけ出さねばならんな。

 だいぶ働いてもらった、その報いはやがて生まれるであろうケニーたちの子供に向けることで私の感謝としたいところだ。



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