J-049 どんなものにも弱点はあるらしい
地雷で1台を破壊した翌日の昼過ぎまで監視を続けたが、結局帝国軍は現れなかった。
その旨をクラウスさんに報告して、俺達は拠点へと戻る。
都合6日程出掛けていたけど、拠点に戻れた当日の昼過ぎには雪が降り始めた。
たぶん根雪になるんじゃないかな。
拠点に戻ったところで、熱いシャワーで体を洗う。
着替えを済ませると、ミザリーと一緒に部屋で母さんの帰りを待つことにした。
疲れていたんだろうな。テーブルに体を預けて寝ていた俺達を母さんが起こしてくれた。
「疲れたんでしょうね。夕食を食べたらベッドで寝るのが一番よ」
食堂に向かう時に母さんが言ってくれたけど、結構寝ていてたんじゃないかな?
「やはりパンは柔らかいのが一番だね!」
ミザリーはジャムが塗ってあるパンを口いっぱいにして話してるんだよなぁ。もごもごとしか聞こえないけど、ちゃんと俺には言いたいことが分かったぞ。
「だいぶ攻撃されていたように見えたんだけど?」
「爆弾は、下の方に落ちてたわよ。砲撃も受けたんだけど、拠点の砲台が頑張っていたみたいで、狙いは不正確だったわ。村に2発落ちただけだったもの。
明け方になって、西の基地から飛行機が攻撃に向かったの。落とすことはできなかったみたいだけど、かなり損害を与えたみたいね」
あの虫のように見えたのが、飛行機ということになるんだろうな。
俺達にも新兵器が出来たということになるんだろう。
帝国軍の新兵器を凌駕する兵器のようだから、少しは安心できそうだ。
それにしても、空を飛ぶなんて怖くないんだろうか?
俺には無理だな。しっかりと足を地に付けた状態でないとね。
食事が終わったところで、売店に寄る。
飴玉を小袋に10個ほど入れて貰った。これで3メルなんだから少し高く感じてしまう。
部屋に戻ると、直ぐにベッドに入ることにした。
一晩寝れば疲れも取れるに違いない。
翌朝は、何時もより早く目が覚めた。
顔を洗って、母さん達が着替えを終えるのを待って、食堂へと向かう。
食堂で、久しぶりにファイネルさんと会うことが出来た。
お茶を飲みながらミザリーと一緒に話を聞くと、ヒドラシリーズの銃が結構役に立ったらしい。
「まあ、俺達の銃は上手く当たれば貫通するぐらいだったが、イオニア達の大砲は側面に穴を開けて炸裂してたぞ。もっとも、口径が1イルム半だからなぁ……。煙は出てたんだが落とすまでには行かなかったよ」
「それがあの煙りだったんですね。森の中から見てたんです。それより、虫みたいな何かが飛んでたんですが、あれは何でしょうね?」
「反乱軍の秘密兵器、『飛行機』という奴らしい。西の尾根に作った基地から飛ばしてると聞いたぞ。銃を積んでるらしいんだが、俺達のヒドラの改造品らしい。その上、小さいけれど爆弾を積んでるとも聞いたな。投下後3秒で炸裂すると言ってたぞ」
あの炸裂は、やはり『飛行機』が落ちした物だったんだな。
時限発火ではなく着発式の信管に換えれば、地上の軍隊も攻撃できるんじゃないか?
やっと俺達反乱軍も、敵に対抗できる兵器が出来たということになるんだろう。
「無理はしないでくださいよ。ファイネルさんがいなくなると寂しくなりますからね」
「ちゃんと掩蔽まである銃座を使ってるから、お前達よりは安全だ。橋の袂まで行ってきたんだろう?」
苦笑いで頷いた。
確かに危険ではあったが、敵が近付かなかったんだよなぁ。
案外融通が利かない軍隊みたいだ。それだけ士官達の、横の繋がりが上手く行ってないのかもしれないな。
ファイネルさんと別れて、俺達の小隊室に向かった。
既に全員が揃っているけど、今日は特にすることがない。
お茶を飲みながら、世間話をして1日が過ぎて行った。
地雷を仕掛けに行ってから10日も経つと、拠点の周囲は雪が深くなったようだ。
谷の出入り口からならまだ出撃ができるということで、2つの小隊が交互に2個分隊ほどの規模で線路の破壊工作を行っているらしい。
事前に通るトロッコのような乗り物に乗った帝国の警備兵が発見するらしいが、爆発することは無いから、その都度大掛かりな修復が行われているとリトネンさんが教えてくれた。
「年が明ける前には、移動砲台を使って軍用列車を襲撃するみたいにゃ。軍用列車の通過が以前の半数以下になったと聞いたにゃ」
ある程度はこちらの戦力も補強しているということになる。
狙いは東の穀倉地帯への突破口造りになるんだろうな。俺がこの拠点にやって来た当時から延々と攻略を続けているらしいが、いまだに突破できないらしい。
線路だけの隘路だから、攻めあぐねているんだろう。
その点南は開けているから、大掛かりな戦闘が何度も行われているに違いない。
「俺達に、新たな任務は無いんでしょうか?」
「今のところは無いにゃ。王都には大隊規模の戦力が残っているみたいだし、新たな増援の話も聞いているにゃ。変に動くと押し寄せてこないとも限らないにゃ」
西の飛行機基地周辺は1個小隊で警戒態勢を敷いているということだから、敵兵が偵察にやって来るぐらいなら対応できるようだ。
新たな戦力である飛行機が、たまに4機で編隊を組んで飛び立っている。
帝国軍に対して爆撃を行っていると聞いたけど、搭載する爆弾は3イルム砲の砲弾を改良したものらしい。飛行船が落とす爆弾より小さいそうだけど、帝国軍の屯所に落としているとリトネンさんが教えてくれた。
「東の帝国軍の前線基地に落とせば良いと思うんですけど……」
「それは東の拠点がやってるみたいにゃ。私達には対空兵器があるけど、今のところ帝国軍には無いみたいにゃ。一方的に叩けるにゃ」
その話を聞く限りでは俺達が優勢に思えるんだけど、そうでもないらしい。
飛行機の動力が蒸気機関ではなく、内燃機関と呼ばれる動力を用いるため燃料の消費が激しいらしい。
内燃機関は比較的歴史が浅く、旧王国でもそれほど出回っていなかったようだ。
一度王都に行って飛行船を襲った後に、逃げ帰る時の自動車が内燃機関を使った物らしい。
「小さくても出力があるにゃ。でも手入れが面倒な上に、燃料をバカ食いするにゃ。飛行機を1時間飛ばすだけで、4バリル(100ℓ)必要だと聞いたにゃ」
燃料はここから北東の湿地帯から取れる、燃える水から精製するらしい。
ホビット族の輸送隊の現状を見ると、なるほど毎日は飛ばせないだろうな。
「東の拠点で、大きな飛行機を作っているらしいにゃ。それが出来たら爆弾を沢山落とせると聞いたにゃ」
「それまでは、我慢ですか……。そうなると、南の戦が心配になってきますね」
リトネンさんの話によると、少しずつ後退しているらしい。
意図的な後退だと言っていたから、問題は無いのだろう。
敵の補給線を伸ばそうとしているのかな?
軍隊はかなりの大食漢らしく、食料、弾薬の補給が途絶えると後退もままならないと誰かが言ってたからなぁ。
「案外、切通しの先の尾根を進んで輸送隊を押そうなんてことを指示されるかもしれませんよ」
「あっちは、この拠点の作戦区域外になるにゃ。……でも、前線が東に移動して行くとありえない話じゃないかもしれないにゃ」
冗談交じりに言ったんだけど、あり得るってことか?
片道でも5日以上掛かりそうな気がするんだよなぁ。1回の襲撃に10日以上掛かるような作戦に、クラウスさんが頷くかどうかだな。
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年末のある日の事。
クラウスさんがイオニアさんとイオニアさんより年下に見えるトラ族の男性を連れてやって来た。
珍しい組み合わせだけど、クラウスさんの話を聞いて直ぐに理解できた。
どうやら、俺達は遠征をおこなうらしい。
「敵の輸送隊を叩く。リトネンの戦力では不足だから、トラ族の2人を今回同行させることにした。イオニアはリトネンと行動した経緯があるから問題は無いだろう。こっちのハンズも体力的には問題ない」
「ここで待ち伏せってことにゃ? かなり遠いにゃ」
リトネンさんが地図を眺めて呟いている。
確かに遠い。切通の先の尾根をずっと南に歩いて行くことになる。
普段でも切通から5日は掛かるだろうが、雪があるからさらに日数がかかりそうだ。
「無茶は俺も分かっているつもりだ。補給線を飛行機が叩いていたのだが、帝国軍が日中の輸送を止めて夜間輸送に切り替えてしまった。夜は飛行機を飛ばせないようだ。それに吹雪くとなれば日中でも無理だからな」
それで俺達に仕事が回って来たってことなんだろうな。
だが、かなりの荷物になるんじゃないか? イオニアさん達トラ族なら俺の2倍近く荷を背負えるけど、距離が遠いから食料だけでもかなりの量になりそうだ。
それに、寒さ対策も万全にしないと凍えてしまうだろう。
「荷は、ソリに乗せて運べば良いだろう。簡単な構造のものだから、帰りには捨てて来て問題は無い」
雪だから、ソリが使えるということか……。
この季節だから、帝国軍も尾根伝いに歩いて監視をしようとはしないだろう。
そう考えると、ソリなら結構荷物を運べるかもしれないな。
「それで、何時出掛ければ良いにゃ?」
「準備出来次第だ。帝国軍の輸送隊はほぼ毎日輸送を行っているようだからな。2日程途絶えたなら、かなりの痛手になるだろう」
「明後日に出掛けるにゃ。ソリは谷の出口の洞窟に置いておいて欲しいにゃ。明日にも荷を積み込むにゃ」
「切通しまでは、ドワーフ族の若者が同行してくれるはずだ。少しは日程を短縮できるぞ」
クラウスさんが去ったところで、テーブルに背嚢を持ち寄り、荷物の確認が始まる。
「しばらくは砲台の仕事もありませんし、砲兵の連中も操作に慣れました。またしばらく一緒に行動できそうです」
「頼むにゃ。そっちのハンズもよろしくにゃ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。クラウス殿の特殊部隊に所属できれば、友人達にも自慢ができます」
トラ族の人達は礼儀正しいからなぁ。俺も、男性が増えて嬉しくなる。
さて、持ち物は……。
「食料は8日分は入れとくにゃ。ソリに8日分を入れとけば、飢えることは無いにゃ。銃弾は規定通りに、予備を持つにゃ。フェンリルならマガジン3つで十分にゃ」
俺はゴブリンをもつことにした。フェンリルよりも狙いが正確だし、何と言っても有効射程が長く取れる。
銃弾は40発が装備ベルトの弾帯に入るから、予備の弾丸を3クリップ布に包んで背嚢に入れておく。ミザリーはマガジン2個を詰め込んでいた。無線機が小型であってもそれなりに重いからなぁ。食料の半分は俺が持ってあげよう。
ミザリーを除いて、各自が手榴弾を1発ずつ。着替えの下着とシャツを入れて、予備の水筒は今回は必要なさそうだ。水は雪を融かせば手に入るからね。
「雪靴の下に金具を付けるにゃ。イオニア、明日全員分を貰ってきて欲しいにゃ」
「了解です。冬用の外套があるらしいので、それも確認してきます」
ラシャの外套を着ていくのかと思ってたけど、冬用があるならそれが一番だろう。
冬の夜は冷えるからなぁ。帽子も、毛糸の帽子に変えた方が良いのかもしれない。




