J-048 互いの新兵器
地雷の設置は昼前には終了して、拠点へと帰っていく。
まだ使っていない水筒の水を俺達に分けてくれたのは、今日中に水場に戻れるということなんだろう。
ありがたく礼を言うと、「頑張れよ!」と肩を叩いて森へと入っていった。
さて、俺達も移動だ。
いくら何でも、こんな場所ではねぇ。逃げ出すのに苦労しそうだ。
森の外れに移動して、狙撃場所を確保する。
大きな木が横に伸びているのは、一度折れたのかもしれないな。生命力が強い気だから折れても育ったに違いない。
根本付近は膝射ちでも横のなった大木が身を隠してくれる。しかも橋まで300ユーデほどだから、十分に狙撃ができそうだ。
照準鏡を覗くと、橋に仕掛けた手榴弾まではっきり見える。
「エミルは街道を見ていて欲しいにゃ。ミザリー、本部に『監視に移る』と連絡にゃ!」
テリーザさんはミザリーと一緒に少し俺達より奥で待機している。後方監視ということになるんだろう。リトネンさんはエメルさんの隣に移動しているようだ。
「しばらくは待機になるにゃ。その場で風を防げるようにしておくにゃ」
それならと、近くの藪から枝を切り出して北側に並べることにした。確かに風を防ぐだけで温かく感じる。
ミザリー達は大木の近くに移動して風を防ぐようだ。それでも足りないのか2人で藪から枝を切り出している。
「暗くなったら、ツエルトを使って食事を作るにゃ。それまでは我慢にゃ!」
確かにお腹が空いている。だけど、緊張感が半端じゃない。
この状態では、落ち着いて食事もできないだろう。
ミザリーが飴玉を配ってくれたのはありがたい。
口の中で転がしながら橋を眺めているんだが、本当にやって来るんだろうか?
やがて夕暮れが訪れ、周囲が闇に染まる。
どうにか橋が分かるけど、これでは狙撃は出来ないな。
エミルさん達がロウソクコンロを使って飯盒でスープを作り始めた。もう1つの飯盒はお茶を作るに違いない。
監視はリトネンさんとテリーザさんになったようだが、リトネンさんはともかくテリーザさんが夜間視力に優れているとは思えないんだけどなぁ……。
ミザリーがエメルさんを手伝っているとこだった。
背嚢からチカチカと明かりが漏れている。
ミザリーが急いで木の影に隠れると、通信機を操作し始める。
「何かあったんでしょうか?」
「拠点なら、この街道にも動きがあるはずにゃ。でも何も無いところを見ると、拠点とは限らないにゃ」
リトネンさんとエメルさんが話をしていると、ミザリーがメモをリトネンさんに渡している。
さて、何があったんだ?
「帝国軍の大部隊が東に向かったという事にゃ。ようやく動いてくれたにゃ。南の街道を使っているらしいけど、こっちにもやって来るに違いないにゃ」
帝国軍の主力は、切通しを列車で移動するということは断念したようだ。さすがに、簡単に阻止されてしまうだろうからなぁ。
だが、全戦力を移動したわけではないだろう。東進に合わせて王都北部の制圧も当然目論んでいるはずだ。
「何か聞こえませんか?」
テリーザさんがしきりに耳を動かしながら、俺達に問い掛けてきた。
俺は首を振るだけだったけど、リトネンさんはそうではなかった。
「聞こえるにゃ……、エンジン音のようにゃ。でも街道には何も見えないにゃ!」
「となると……、空ってことですか。……んっ! あれじゃないですか?」
何かが空に浮かんでいる。
単眼鏡を取り出して覗いてみたけど、あまり良く分からないな。丸い窓が一列に並んでいるのは分かるんだけど、飛行船とも異なっているようだ。
「変わった飛行船にゃ。下の箱な無いにゃ。丸い窓が並んでいるし、前にも付いてるにゃ……。何にゃ! 砲塔が付いてるにゃ!!」
そんなバカな! ともう一度短眼鏡で覗いてみる。さっきより近くなったのだろう。かなり形が見えてきた。
確かに大砲のようなものが付いている。飛行船とは全く違う兵器かもしれない。
「ミザリー、急いで連絡にゃ。明かりを消して私の言うことを伝えるにゃ!」
ロウソクコンロの明かりを消して、俺達の居場所が分からないようにする。
街道から見えなくとも、空からなら見えていたかもしれないが、さてどうなんだろう? 位置的には斜めになるから見えなかったかもしれない。
リトネンさんが拠点に通信を送ると、直ぐに返信が届いているようだ。
送ったのも長文だけど、返信もかなり長いな。
「迎撃態勢は整ったみたいにゃ。でも、あれは飛行船のように行かないかもしれないにゃ」
「飛行船は布張りでしたが、あれは金属製のようですね。ヒドラが有効なら良いんですが……」
「ゴブリンよりはマシにゃ。リーディルには感謝にゃ」
大砲に見えるヒドラはイオニアさんが指揮しているはずだ。有効でなければあの大砲から砲弾が降ってくるだろう。
射点位置に簡単なブンカーぐらいは作ってあるのだろうが、放てる砲弾は数発程度だろう。その砲弾でし止められる相手なんだろうか……。
「飛行船より速度が上にゃ! もうすぐ街道を横切るにゃ」
2時間も掛からずに拠点上空に達するだろう。
「南の街道に明かりが見えます!」
不思議な飛行船から、街道に目を向ける。
確かに小さな明かりが見える。横に並んだ2つの光点が、4つ続いているようだ。距離はまだまだ遠いだろう。南に延びる街道に仕掛けた地雷は、橋のたもとから半ミラル(800m)ほど先だ。
「あの飛行船の戦果の確認でしょうか?」
「たぶん、そんなとこに違いないにゃ。……そうなると、列車で攻撃部隊を送っているかもしれないにゃ」
こっちは監視で十分ぐらいに思っているに違いない。
やって来るのは4台だから1個小隊というところだろう。
「リーディル、照準目盛りはいくつにゃ?」
「300にしてます」
「距離があるから、サプレッサーは付けなくてもいいにゃ。でも、フラッシュハイダーは付けておくにゃ」
「了解です。狙撃の優先順位は何時もの通りで良いですね?」
リトネンさんが小さく頷くと、エミルさんの方に移動して行った。あっちの方が街道が良く見えるからかな?
この場所は橋が優先だからなぁ。
シガレットケースを取り出して、ハッカ味のタバコを咥える。
火を点けなくとも、味が楽しめるのがこのタバコの良いところだ。
突然、南の街道で炸裂炎が上がった。遅れてくぐもった音が聞こえてくる。
地雷に触れたようだな。位置は……、橋かからかなり離れている。一番南に仕掛けた地雷に掛ったらしい。
距離が距離だから狙撃はできない。短眼鏡で様子を見ていると、燃え上がった荷台から兵士が飛び下りて後ろに走っていく。
どのぐらい地雷が埋まっているか分からないから、彼等の任務は頓挫したに違いない。
ゆっくりと蒸気自動車の明かりが南に移動しているようだ。
再び橋の方に目を向けると、遠くから明かりが近付いているのが見える。
橋の向こうに屯所でもあるんだろうか?
地雷の爆発音を聞いて様子を見に来たのだろう。
横に並んだ明かりが1つだけだ。多くても1個分隊ということになる。
近付いてきた車は橋の向こう側で止まってしまった。
仕掛けに気付いたのだろうか?
距離は500ユーデ近いから正確な狙撃は難しそうだ。やはり橋を渡ってから狙撃するしかなさそうだな。
「やって来たにゃ? でも動かないにゃ」
「土手で燃える自動車を見てるだけのようです。やはり様子見なんでしょうね」
「南の自動車はバックして下がっていったにゃ。地雷の撤去は明日になりそうにゃ」
「3段に仕掛けたんですよね? 全部撤去するには時間が掛かりそうですね」
地雷原の間隔は100ユーデほど離れているらしい。最初の地雷原を撤去しても安全ではないということだ。しばらく足止めするには丁度良い感じだな。
遠雷のような音がたまに聞こえてくる。
あの飛行船に似たものが、拠点を攻撃している音なんだろうか?
母さんが心配なんだろう、ミザリーがオレオ傍にやって来てジッと手を握っている。
「拠点の中にいれば安心だよ。通信局は深い場所にあるんだろう?」
「私達の部屋よりも1つ下だけど……。帰ったら拠点がないなんてことにはならないよね?」
さすがにそれは無いだろう。ミザリーに顔を向けて大きく頷いてあげる。
エメルさんが笑みを浮かべながら飯盒のスープをかき混ぜている。
再び、ロウソクコンロでスープを温め始めたようだ。
上にツエルトを被せているから明かりの漏れは無いだろう。それに距離だってだいぶ離れているはずだ。
昼食と夕食が一緒になったような夜食だけど、スープが付くと、ビスケットのようなパンもそれなりに食べられる。
何時ものようにスープがカップ半分で無いのは、明日の朝食を簡単にするためなんだろう。
食事が終わるとカップ半分ほどのお茶が出てくる。
スープを入れたカップに入れて貰って、カップを洗う手間を省く。
繁みの奥だから、ここではタバコが楽しめる。
エミルさん達がタバコを終えるのを、橋を眺めながら過ごすことにした。
まだ、車が止まっている。
橋を渡らずに、周辺を監視しているのかもしれない。
小さな赤い光は、タバコを咥えているんだろうか?
「奥で、タバコを吸ってきても良いにゃ。……まだあそこにいるにゃ!」
「向こうもタバコを楽しんでるようですね。なるほど、夜はタバコに気を付けるわけが分かりましたよ」
「2ミラル(3.2km)先からでも分かるにゃ。夜は吸わない方が良いんだけど、吸いたい時は低い姿勢で、隠れて楽しむにゃ」
あれを見ると、やめるべきだと思ってしまうな。
ミザリーのように飴玉を少し仕入れてこよう。
「まだ続いてますね?」
「あの音にゃ? どう聞いても砲撃の音にゃ。射点のいくつかは潰されたかもしれないにゃ。だけど、夜の砲撃では着弾点の補正が難しいにゃ」
撃ってる割には、有効弾が少ないということなんだろう。
案外拠点は無傷なのかもしれないな。
だけど、砲撃が続いているというのは、ヒドラではやはりだめだったということになるんだろうか?
夜半になると、砲撃の音が聞こえなくなった。橋の向こうにいた蒸気自動車は結局橋を渡ることが無かった。
警備管轄が異なるのかな?
朝になってやって来るのは南からになりそうだ。
空が薄明に替わって来た時だった。
また、テリーザさんが空から音が聞こえると言い出した。
あの飛行船に似た代物が帰ってきたんだろうか?
テリーザさんが腕を伸ばして、音の方向を俺達に教えてくれたから、皆でその方向に目を向ける。
「あれですか! 夜では分かりませんでしたが、飛行船ではありませんね?」
「まるで軍艦にゃ! でもかなり被害を受けてるように見えるにゃ」
よく見ると、船体から煙が出ている。一カ所ではなさそうだから、煙突ということにはならないだろう。
短眼鏡で細部を確認しようとしていると、突然空飛ぶ軍艦の周りで何かが炸裂したようだ。
ぐらりと空飛ぶ軍艦がふらついたようにも見える。
「あの飛行物体の上に何かいるみたいですよ」
エメルさんが双眼鏡を覗きながら教えてくれた。
少し上かな? 単眼鏡の視野を上に向けると……、何かが飛んでいる。
虫みたいに小さいけれど、傍に行けばそれなりの大きさがあるんだろう。1つだけではなく、いくつかいるようだ。
大きな芋虫を襲うハチのように空飛ぶ軍艦の上を飛び回っている。
「俺達の新兵器ということになるんでしょうね。飛行船のように砲弾を落としたのかもしれません」
「着発信管ではなく時限信管みたいにゃ。手榴弾の周りに火薬でも付けたのかにゃ?」
その辺りは、クラウスさんが教えてくれるに違いない。
あんな物騒な代物がやってきても、拠点に大きな被害を受けずに追い払えたなら、新兵器は有効かもしれないな。




