★ 06 帝国の闇 【 皇帝 】
事件から5日が過ぎた。
戒厳令は未だに解除することはないが一時ほどの屋内待機を一部解除して、9時から16時までの外出は自由としている。
少し帝都に活気が戻ってきたようだが、16時を過ぎると通りを歩くのは巡回しる兵士だけのようだ。
「どうにか混乱が治まったが、皇帝陛下が臥せっているのではどうしようもないな」
激務をこなしているからだろう。クリンゲン卿の顏色は今一つだ。
「卿がいたからこそ、治まったのだ。だが、確かに困った事態だな」
意識を回復した皇帝陛下は歩くことができないばかりか、半身を起こすことさえできない様子だった。
宮廷医師の立会の元、奥底陛下に拝謁したのだが涙を浮かべて帝国を頼むと私に告げるばかりだった。
自分の代理を立てるように述べようとしたのを必死で押しとどめ、玉体を御自愛くださいと言って寝室を去ったのだが、立ちった医師を通じて代理の話が漏れることも考えねばなるまい。
「そもそも皇帝陛下が御幼少だからといって、皇帝代理を立てようとしたのが原因だと私は思っている。
先帝の御兄弟や皇帝陛下の御兄弟の様子は問題なかろうな?」
「全員が帝位継承権の放棄を誓詞として皇帝陛下に差し出している。今更撤回は出来ぬだろう。それにその意思があったとしても、有力貴族の後ろ盾がない以上、口を閉ざすしかあるまい。
万が一にも皇帝陛下が崩御したとなれば帝国が大荒れになっただろうが、幸いにもそれは免れたようだ」
「その原因を作った貴族達のその後は?」
「各自が持参した拳銃の残弾を確認した。中には持っているだけで、1発も撃てずにテーブルクロスの中で銃弾を受けた者もいるようだ。
護身用とはいえ、自分の紋章を拳銃に刻むのだからおもしろい連中だな。
5発以上放った者は、反乱の疑いありとして処刑を始めた最中だ。今年の狼は群れを大きくできるかもしれんな」
四肢を折って、腹を軽く切り裂いて荒れ地に放置か……。血の匂いを嗅ぎつけた獣が直ぐにやって来るだろう。生き残れるとは思えないな。
「3発以上で5発以下なら、自殺を認めている。毒杯には最上のワインを使っているぞ。処刑は以上の2つだけだ。当然家は取り潰すことになる。男性は10歳以上であるなら毒杯を飲んでもらう。奥方と子供達は身に付けられる宝飾品5点と金貨5枚の所持を認めることにした」
かなりの温情だ。温いようにも思えるが、あまり荒立てても問題だろう。
「2発の連中は、その倍だ。中にはその金額を用意できない家もあるやもしれん。それは国庫から賄えるよう指示を出した。
家族の放逐先はエルザームになる。政争に敗れた者達の暮らす地方だ。周辺は軍の駐屯地だが、エルザームであるなら静かに暮らせるだろう。
1発の連中は、家は残して時期当主を立てられるようにしたが、降格した上で10年間貴族手当を半減する措置を追加している。
問題は、当日参内しなかった派閥貴族達だ。芋蔓式に名前が出てきているのだが、降格するのは見合わせることにした。5年間の貴族手当の半減が良いところだな。
発砲した準爵達は、全員銃殺で終えているぞ」
「そうなると、残った貴族はどれぐらいになるんだ?」
「これだ……」
テーブルに乗せられたバインダーには、数枚に渡るリストが並んでいる。この分別にはしばらく掛かりそうだな。
「新たな貴族会議参加者を決めねばなるまい。当然武官貴族にも出て貰うぞ。貴族会議と最高会議に参加する武官貴族は、卿の方に任せたいが?」
「各々三分の一で良いか?」
「出来れば半数としたい。そもそも初代皇帝時代は全員が武官貴族だったのだからな」
「そこまで軍を買ってくれるか……。何とかしよう。連絡は卿で良いのだな?」
頷くことで、了承を伝える。
話が途切れたのを察知したケニーがワインのグラスを運んできてくれた。
後ろの士官達にもグラスを渡しているが、果たして彼等にこのワインの善し悪しが分かるのかと考えてしまった。
「軍の方にも動きが出てきたのだ。その場におれば良いところなのだが、これを機会に軍を掌握しようと考える輩が出てきたようだ。
反乱軍に認定されるかもしれぬと脅しをかけてはいるのだが、占領地域に自分達の王国を作ろうと動く者達がいるようだ」
「作らせれば良いだろう。少なくとも当座はこちらに介入してこないはずだ。場合によっては家族を向こうに送っても良さそうだ」
「ますます図に乗るぞ!」
「その後で再度征服すれば良い。占領地の施政を取り扱っているのは無能な輩ばかりだ。軍がいかに強力でも、兵站が続かない。容易に奪回できるだろう」
「なら帰りたいものを帰らせ、行きたいものは行かせることで処置しよう」
「1年も経たずに、大使を送ってくるんじゃないか? 援助しろとね」
私の言葉に、卿が笑みを浮かべる。
援助を乞うような王国なら、どうにでもできると考えたに違いない。
「ところで、陛下がこのままであったならどうなるのだ?」
「それが1番の悩みどころだ。3つあるように思える。ここだけの話として聞いてほしい。後ろの君達もだぞ。万が一にも漏れたなら、君達から疑うことになるからな」
若い士官2人が大きく目を見開いて何度も頷いてくれた。
クリンゲン卿が連れて来る以上、それなりに信頼できる者達なんだろう。ならば聞かせておいた方が良いのかもしれない。
「1つ目は、このまま陛下が皇帝を続けることだ。簡単なようだが、宮廷医師の話では世継ぎを作るのは難しいとのこと。将来崩御した時に帝国が瓦解しかねない。
2つ目は、代理を置くこと。一件良さそうにも思えるが誰を代理にするかで再度貴族内の内乱が起こりかねない。
3つ目は、強化兵の技術を使って皇帝陛下を治療すること。秘密工廟でなら可能と分かっている。だが……、クリンゲン卿、耳を貸してくれ」
クリンゲン卿が体を乗り出してきたところで、耳元で小さく囁いた。
『どうしても子供は作れん。ウエルダー達の子供を次期皇帝陛下にしたい』
『何だと! ……さすがにそれは……。だが、帝国の将来を考えると止むをえないというところか……』
「問題は、強化兵の存在に関わることだ。人道的な面があることは卿も理解していると思う」
「次期の大司教は私の友人だ。直接訪ねてみよう。それがだめなら、先の1番になるだろうが……。お前達に苦労は掛けたくないところだ」
後ろの2人を振り返って呟いている。
大司教の話は、私の話に合わせて咄嗟に思いついたのだろう。次期大司教は既にこちら側の人物だ。卿と次期大司教が会談を持つということが大事になる。
「帰る前に1つだけ教えてくれ。寝所に伏せている皇帝陛下を秘密工廟に送れば、立ち上がることが本当にできるのだな?」
「約束する。拷問で身体が欠損してもあの通りだからな」
3人が部屋を去ったところで、ケニーを呼び博士との会談を設定してもらう。
誰の子供でも構わないが、ここはクリンゲン卿の姫と私の息子との子供に将来を託してみよう。
卿と私のどちらに似るかは分からないが、可愛い孫の為なら私達も努力出来るに違いない。
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「すると、精子と卵子があれば子供は作れるということか?」
「はい。受精を確認して代理母の子宮に定着させれば子供が生まれます。死刑判決を受けた囚人達で実験を何度か行いましたが、妊娠まで漕ぎつけました」
代理母……。この場合はお妃ということになるのだろう。
誰でも良いということにはならないな。
宮廷内で、それなりの地位を持つことになる。さすがに平民は使うことが出来まい。
口が堅く、身持ちの良い娘ということになりそうだが、そんな人物がいるのだろうか?
「それと、クローンと言ったか……。そちらはどうなのだ?」
「2つの大きな問題で行き詰っております。クローンの寿命が極めて短い。もう1つが自我があまり育ちません。早い話が喜怒哀楽の感情がないのです」
「寿命はどの程度まで伸ばせるのだ?」
「同じ年齢までなら半年ですが、急速に劣化が始まります。表面には出ませんが3年の生存は期待できません」
やはり強化兵の技術を使うべきかもしれんな。
3年では短すぎるだろう。
「分かった。その内に、大役を任せることになる。今は秘密工廟だが、帝都の一角に研究所を構えられるよう考えておく」
ケニーもその方が良いだろう。王都から離れた森の地下にある秘密工廟だからなぁ。
量産体制はこの地下でも良いだろうが、普段の研究は日の当たる場所で行って貰いたいところだ。
「現在の帝国は派閥貴族の内乱がどうにか治まったところだ。おかげで先帝の指示すらままならない状況にある。戦線の膠着を一気に打開する発明に期待しているぞ」
「それは既に試作を繰り返しているところです。空中戦艦の登場はそれほど遠くはありませんぞ」
クリンゲンが聞けば喜んでくれるに違いない。
そろそろ、私の館にやってくるころだ。博士と別れて急いで館に戻ることにした。
クリンゲン卿が訪ねてきたのは夜半を過ぎてからの事だった。
供を引き連れずに、単独で私の部屋に帝都屋館の執事が案内してくれた。
「どうにか抜け出してきた。さすがに皇帝陛下の現状を武官達も気に掛けている」
ソファーに座りと直ぐに本題に入ってきた。
棚からワイングラスと秘蔵のワインを取り出して、グラスを合わせる。
一口飲んだところで、状況説明を始める。
「やはり強化兵が一番だろう。洗脳を行わずに施術することで体を動かすことができる。問題はただ1つ……」
「悩んだが、卿の判断に従おう。見ず知らずの人間でないことは確かだし、派閥争いに明け暮れる連中から選ぶとなると、私が反旗を掲げたくなる」
「方法だが、息子夫婦から精子と卵子を取り出して受精させたのち、代理母の体内に入れることになる。要するに后が必要になってくるのだ」
「妃だと! それこそ文系貴族が騒ぎ出しかねない話だな」
「ある意味処女懐胎だ。口数が少なく宮廷内で内通することがないような娘を探さねばならない。あまり派手でも困る話だ」
そんな娘がいるか! という目で私をしばらく見つめていたが、急に笑みを浮かべてワインを飲みだした。
心当たりがあるということかな?
「武官では下級貴族だが、かつて私の部下だった男の娘が相応しく思える。幼少のころ、何かショックを受けたらしく自ら話すことはない。話し掛ければ答えてくれるのだが、短いものだった。容姿はどこに出してもおかしくないほど整っているのだが、不憫な事だと妻と話したことがある。父親はエンデリアで戦死したから、夫人と3人の兄弟で慎ましく暮らしているはずだ」
「皇帝陛下の后となれば、父親を越える貴族に上げることも出来そうだな」
「ああ、それが一番だろう。それで、何時頃挙式を行うことになるのだ?」
「1年は先にしたい。先ずは、皇帝陛下を寝所から抜け出すようにすることが先決だ。出来れば、その後の皇帝陛下の世話をその娘にさせたいところだ。出会いの場はさすがに必要だろう」
「なるほど……。皇帝陛下の説得はお願いするぞ」
「すでに内諾を得ている。どちらかというと宮廷医師の方が心配だ」
「反乱貴族の自白調書があるのだが……。どうやらかなりの金額を貰っていたらしい」
苦笑いを私に見せたということは、近々逮捕することもできるということか。
その逮捕を確認したところで、皇帝陛下を秘密工廟にお連れしよう。
「形だけの夫婦だが、何とかなりそうだな」
「ああ、これで帝国はますます反映していくだろう」
残った課題は王国を築いた連中だ。
どんな施政を敷いているのか興味はあるが、それ程長くは持たないだろう。
使者が王国を築いたと知らせてきた時には最高会議でひと騒ぎが起こったが、武官貴族によって承認することが出来た。
もっとも、国交断絶を告げると、満足そうな顔をしていた使者殿が目を見開いて驚いていた。
それぐらいの措置で済んで助かったと思わねばなるまい。明確な帝国への反旗を建てたのだからな。
「近々、空中戦艦ができるようだ。兵員輸送船と組み合わせれば、反旗を翻した奴らは屈服できると思うのだが?」
「現状で兵器をどうにか作っているような王国相手には過ぎた品だと思う。出来次第、戦を仕掛けることで良いのだな?」
「一応は独立国になる。使者を立てて、降伏を迫ってからにしてくれないか? 帝国の歴史に汚点を作りたくはない」
「こちらで準備しても構わんぞ。だが、使者の返事は最高会議に掛けることになるのだろう?」
笑みを浮かべて頷いた。
どんな返事をしてくるかが楽しみだ。
帝国の発展を祈りながら今夜は美味いワインが飲めそうだな。




