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鷹と真珠の門  作者: paiちゃん
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★ 05 帝国の闇 【 宮殿内の銃撃戦 】


 良い気候になった秋の夜。私の寝室の扉が何度も叩かれていることに気が付いた。

 眠りについている妻を起こさぬようにガウンを着ると、拳銃を手に扉に近付く。


「誰だ!」


「レイモンドでございます。帝都で政変が起きたと知らせが参りました!」


「何だと!」


 急いで扉を開くと、顔を蒼白にしたレイモンドが立っていた。


「詳しい話は?」


「大祭で派閥間の争いが銃撃戦に発展したとのことです。詳しくは次の知らせとなるでしょうが、先ずはお耳に入れて頂こうと……」


「急いで出立の支度をしておいて欲しい。それと濃いコーヒーを頼む。私は書斎に向かう」


 頭を深く下げて、レイモンドが廊下を歩いて行った。

 振り返ると、心配そうな表情で私を見ている妻の姿を目にする。

 体を抱きしめて、心配はないと告げると服を着替える。


「直ぐに発たれるのですか?」


「状況が分からん。派閥貴族ではないから心配はいらぬと思うが、ある程度状況が分からんのでは巻き込まれかねないからな。既に後継は王宮に提出してあるから、私に万が一のことがあれば、ウエルダーが当主だ。この家は無くなることはないよ」


「それはそうですが、まだウエルダーには荷が重すぎます。必ず帰って来て下さいな」


 着替えが終わった私は、再度妻をハグして寝室から出る。

 書斎に入って、執務机の中から拳銃を取り出した。

 先ほどの拳銃とは違って、武骨な造りの拳銃はクリンゲン卿からのプレゼントだ。

 護身用の小型拳銃とは違って、1発で相手を倒せるらしい。

 ベルトを緩めてホルスターを下げる。 ホルスターには銃弾が8発入ったマガジンが付いているから、少し重いが安心感が半端ではないな。

 外套を着れば、武器を持っているとは知られないだろう。

 バッグに筆記用具を入れて、バッグの底に隠した短剣を取り出してみる。最後はこれに頼ることになるんだろうか?

 私に格闘は無理だが、武器を握った者なら相手が躊躇してくれるかもしれない。


 応接用のテーブルにバッグを投げ出して、ソファーに座る。

 タバコに火を点けていると、レイモンドがコーヒーを運んできてくれた。


「少し冷えますなぁ。薪を足しておきます」


「ありがとう。息子夫婦には知らせずとも良い。王宮から急な呼び出しを受けたと伝えておけば十分だ」


「了解しました。今、軽い食事を用意しております。もう少しお待ちください」


 少しは食べて行った方が良いだろうな。

 さすがにレイモンドは気が利く執事だ。


 サンドイッチとホットミルクの朝食を終える頃には、空が明るくなってきた。

 そろそろ次の知らせが来るかもしれない……。


 廊下を足早に歩く音が聞こえてきた。少し足音が多いようだ。

 扉を叩く音が聞こえたところで、中に入るよう声を掛ける。


 扉を振り返ると、2人の仕官が立っていた。

 まだ若いようだ。

 

「帝国近衛兵中尉オルゲンであります。クリンゲン大佐からの書状を持参いたしました」


 中尉だったのか。中級貴族の出だろうな。

 ソファーから腰を上げて士官に近付くと、私に敬礼をして書類カバンから1枚の書状を手渡してくれた。


「ソファーに掛けたまえ。レイモンド、中尉達に飲み物を」


 扉を背にしていたレイモンドが私に頭を下げて部屋を出て行った。

 2人がソファーに腰を下ろしたのを見て、私もソファーに腰を下ろす。

 タバコに火を点けながら、書状を眺める。


「何だと! 皇帝陛下が流れ弾に当たった……」


 それだけではない。3人の宰相が重体で、大司教がショックで倒れたらしい。

 単なる貴族の派閥争いという枠を跳び越えている。


「皇帝陛下のお命に別状はないんだな?」


「そこまでは分かりませんが、全てに優先した治療がなされていると聞いております」


 重体の3宰相を見捨てるための策ということか? だが、大司教は問題だぞ……。宗教界からの反発に耐えなければならない。


「それで、口頭での伝言があるのではないか?」


「本日中に、王宮に戻って欲しいとのことでした」


「急いで……、ではないんだな?」


「本日中にと、念を押されました」


 レイモンドがコーヒーを運んできてくれた。

 士官達に勧めながら、コーヒーを飲んで2人に同行することを伝える。


「クリンゲン卿のことだ。すでに戒厳令を発しているだろうし、王宮の門は閉ざされているに違いない」


「はい。仰る通りです。たとえ参内貴族であっても王宮の門を通すなと指示しておられました。もちろんケイランド閣下は問題ありません」


「夜明け前に知らせを受けたが、やはり次の知らせを待って正解だったようだ。さて、出掛けようか。申し訳ないが同乗させてもらいたい」


 コートを羽織ると、カバンを持って書斎を出る。エントランスで私を送り出してくれたのはレイモンドだけだった。

 何かあれば連絡することを伝えたから、レイモンドと妻がいれば問題はあるまい。


 士官の1人が蒸気自動車を運転し、もう1人が助手席に乗ったから、後部の座席は私1人だ。

 退屈しのぎに、2人が知る限りの情報を教えて貰うことにした。

 

 それによると、発端は初めて参内した準爵達の酒の上のケンカらしい。

 宴席を離れてなら、それも恒例のことだと皆が納得したに違いない。


「恒例みたいなものですから、近衛兵達も見て見ぬ振りをしていたようです。その騒ぎが宴席に及んでテーブルをひっくり返すぐらいであるなら、問題は無かったのですが……」


 テーブルのナイフを掴んで乱闘が始まり、銃声が聞こえたそうだ。

 私も何度か参加したことはあるのだが、3千人を超える大宴会だ。最初は花火の音ぐらいに聞いていたのかもしれないな。


 やがて銃撃戦が始まり、それに近衛兵が応戦する事態となったらしい。

 貴族であれば護身用の銃の携帯は許されているから、2千人以上の銃撃戦に広がるまでにそれほど時間は掛からなかったに違いない。

 近衛兵も応戦していたらしいから、本来あるべき皇帝陛下の護身を考えることが出来なかったのだろう。

 大きな失態だ。近衛部隊の指揮官の処刑で済ませることができるだろうか?


「王宮を出る時の帝都の様子はどうであった?」


「静まり返っておりました。帝都の4つの大門は閉ざしておりますし、通用門8カ所も閉鎖しておりますから、帝都以外へ今回の事件は広がることは無いと思っております」


「少なくとも3日間は閉鎖することになるであろうな。不幸な事案だが、1つ幸いであったのは、年末年始で商店等が休みであることだ。戒厳令を出しても、住民はそれほど困らんだろう」


 急用があれば、家の扉に白い布をドアノブに巻き付ける。兵士が駆けつけ、その要件次第では兵士が付き添うことになるのだが、これは急患対策に限定されるはずだ。

 朝日がだんだん登ってきた。

 このまま進めば、昼過ぎには帝都に付くことができるだろう。

               ・

               ・

               ・

 右の翼にある事務局の執務室に入り、コートを脱ぐ。

 数人程の職員が自分の机に座っているのは、昨夜帰れなかったからだろう。

 残業で、大祭の騒ぎに巻き込まれなかったのが唯一の救いだな。


 ソファーに腰を下ろして、クリンゲン卿からの連絡を待つ。

 私を乗せて来てくれた士官から既に連絡が言っているはずだ。


「来てくださったのですね。とんでもないことになってしまいました」

 

 ケニーは帰れなかったようだな。私にコーヒーを持って来てくれたので、テーブル越しに座って貰い、ケニーから見た騒乱の話を聞くことにした。


「何時ものように大祭の御馳走が、ここまで運ばれてきました。仕事を中断して御馳走を頂いていた時に、何時もと違うことに気が付いたんです……」


 花火だと思っていたらしい。それが銃声だと分かったところで、全員が床に伏せたようだ。

 ここまで流れ弾が飛んできたとはなぁ……。この部屋の窓は無事だったが、事務室には数発が飛び込んだらしい。

 

「誰も負傷はしなかったんだね?」


「窓の破損で済みました。窓から外を眺めるのも危険だと判断して、今朝までずっと机の脇で身を潜めていいました」


 危機管理能力はかなり高いようだ。

 私の部署は問題なさそうだ。クリンゲン卿の駒達は上手く立ち回ってくれたらしい。

 ケニーに、当座の指示を与えると直ぐに部屋を出て行った。それほど急ぐことはないが、先ずは参加した貴族の名簿を手に入れなければ話にならない。

 

 コーヒーを飲み終えて、一服をしていると事務所の方から声が聞こえてきた。

 直ぐに扉を叩く音がしたから、待ち人がやって来たに違いない。


 扉が開くと、クリンゲン卿が若い士官を2人連れて入ってきた。

 立ち上がって、卿の手を握ると卿と共にソファーに腰を下ろした。士官2人は卿の後ろに立っている。

 部屋の隅に椅子があることを告げて、彼等にも座って貰った。


「とんだことになったな。やはり危惧していたことが起こったということか」


「まさかこれほどの騒ぎになるとは思わなかった。卿から警告を受けていたのだが……。私では、あれだけの兵士を万が一に備えて集めるのがやっとだったよ」


「皇帝陛下が銃弾を受けたと聞いたが?」


「腹に受けている。誰が撃ったかは分からんが、どうにか命を取り留めることが出来たよ。宮廷医師の話では、脊髄を損傷しているようだ。2度と歩くことはできないだろう」


「まだ后を娶っていなかったのが残念だな。候補は多かったようだが、あの宰相達の綱引きで決めることが出来なかった」


「代行ということになれば、帝位継承権の話が出てくる。担ぎだす貴族が現れるぞ」


「そこだが、皇帝陛下の意識はあるのか?」


「戻っておらん。麻酔薬が効いているだろうから、目覚めるのはまだ先になるだろう」


「皇帝陛下の意志が明確であれば問題は無いだろうが、それが分からぬ段階で皇帝陛下の代行を提案するような貴族は問題ではないか?」


「ある意味、帝国に反意を示すことに繋がるかもしれんな」


 クリンゲン卿の方で、参加した貴族の安否確認の最中らしい。

 手榴弾まで使われたらしいから、破損した遺体の所持品で何者かを判断することも度々のようだ。

 拳銃だけで十分だと思うのだが、貴族間の派閥争いはかなり根が深そうだな。


「少なくとも、宰相3人の遺体は確認できた。最高会議のメンバーは6人が遺体で見つかり、3人が重傷だ。明日まで持つかは彼等の運次第だろう。

 貴族会議のメンバーも半数以上が亡くなっているし、残った連中も無傷のものは1人もいない。

 参内貴族に至っては、持ち物と同じ参内貴族の証言で名を判断している。淳爵ともなれば我等の問いにどうにか答えられるという状況だ。

 はっきり言って、帝国の貴族の三分の一がこの騒ぎに参加していたことになる。下手な処断は帝国の治政を脅かしかねないぞ」


「当面の治政を考えると、派閥貴族を使うことはできまい。無派閥貴族を使うことになるだろうが、それが決まるまでは戒厳令を解除せず、軍に任せた方が安心できそうだ」


「方面軍には、今朝知らせた。戦線を維持して攻勢を避けるようにバルバス元帥の名で指令を出して貰った」


 引退寸前のバルバス元帥は名ばかりの存在だ。

 だが、現在軍の最高地位にいることは確かだから、名を借りて事態の収拾を行う分には都合が良い。


「加担した貴族の取り調べは軍でお願いしたい。皇帝陛下に重傷を負わせた以上、貴族の特権で骨抜きの貴族法で裁くことをせず、戒厳令に応じた軍法で裁くべきだろう。

 それによって2度とこのような事態が起こることが無いようにしたい」


「それで卿は納得してくれるか? 最高会議の参加者で唯一今回に関わらぬ卿の意見は、軍としては貴重な意見として拝聴することになるのだが?」


「皇帝陛下の御意志が確認できれば良いのだが、現状ではかなわぬこと。私の判断を側近に伝えて貰い、それが間違っているようであるなら正せば良いことだ。その責任は私が貴族の地位を皇帝陛下に返上すれば済む」


「元帥に、卿の決意を伝えよう。不自由かもしれんが、このままここで過ごしてくれぬか?」


「それは構わんが、1つお願いしたい。参加貴族の安否確認結果が分かり次第知らせてくれんか。貴族会議を早急に開きたいが派閥貴族の参加はご遠慮願いたいところだ」


「よろしく頼む。安否確認結果は、現状を直ぐに持たせるつもりだ。もちろん最終結果も知らせる。……そうだ! 不足するものがあれば電話で連絡してくれ。番号は030だ」


 クリンゲン卿が立ち上がり、再度私の手を握ると部下を引き連れて部屋を出て行った。

 飲み物を用意しているはずなんだが、それを待ちきれないほど忙しいのだろう。

 ここまでは上手く行っているようだ。

 皇帝陛下が銃弾に倒れたのは予想外だったが、それは私の計画に対する神からの褒美にも思える。

 

 先ずは派閥貴族の牙を抜かねばなるまい。

 それに、能力のある貴族の抜擢も必要だ。調査局にその辺りのリストを作って貰う必要もあるだろう。

 


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