J-045 帝国軍が動かない
真っ暗闇になってしまったが、どうにか10ユーデ先ぐらいは何とか見える。
皆に取り残されないように、エミルさんの背中を目標に歩いているんだけど、殿はイオニアさんだから、エミルさんを見失っても俺を保護してくれるだろう。
ミザリーはリトネンさんが一緒だから、安心できる。何と言っても、夜はリトネンさん達ネコ族の世界だからなぁ。
エミルさんの姿を見失ったので先を急ごうとしたら、横から腕が延びて捕まえられてしまった。尻もちをついて周囲を見るとリトネンさん達が周囲に座っている。
直ぐ後からイオニアさんがやって来たから、これで全員の筈だ。
「ここで朝を待つにゃ。空が白んで来たら移動するにゃ」
「さすがに、この暗さでは敵も追ってこないでしょうね」
テリーザさんがロウソクコンロを尾根側の窪みに押し込むようにしてお茶を作っている。
周囲をツエルトで囲っているから、明かりが漏れることは無いだろう。それに、この場所も尾根の斜面の倒木の跡地だ。スプーンで抉ったような地形だから、尾根の方からでは全く明かりを見ることはできないだろう。
「たぶんクラウス達も撤退中に違いないにゃ。もう少ししたら、状況を聞いてみるにゃ」
「作戦通りではあるんですが、敵は動いてくれるんでしょうか?」
「動かないと思うにゃ。そうだとしたら、王都の北の穀倉化を本格的に進めるということにゃ。東の連中が、砦の攻略を始めるに違いないにゃ」
俺達の作戦は威力偵察だからな。
ある意味結果の確認が必要になってくるようなんだが、それは別の部隊が任務を与えられているのだろう。
カップに半分ほどのお茶を頂いて、ツエルトを敷いて横になる。
リトネンさん達が見張ってくれるらしいから、俺の番になるのは夜遅くになるだろう。下弦の月が出るようだから、少しは俺にも周辺を見ることが出来るに違いない。
俺を起こしてくれたのはミザリーだった。俺のツエルトにそのまま横になる。
イオニアさんが手招きしているので、傍に寄ったらワインを飲ませてくれた。
ほんの一口ほどだが、アルコールのおかげで目が冴えてくる。
たくさん飲むと眠くなるんだけどね……。
「今のところは異常なしだ。薄明になったら皆を起こして移動するとのことだった」
「ここはどの辺りなんでしょう?」
「ほとんど尾根の下になるんじゃないかな。前の連中は列車の音が直ぐ近くで聞こえたと話してくれた」
早めに線路を横切って、北の森に逃げ込むってことかな。
俺達の捜索部隊も朝を待っての行動になるのだろう。
案外、ブンカー辺りで朝が来るのを待っているのかもしれない。互いの距離は3ミラル(4.8km)程度も無いんじゃないかな?
早めに移動するに越したことは無さそうだ。
空が白んできたところで、リトネンさん達を起こす。ロウソクコンロを使って先ずはお茶を頂く。
かなりの強行軍になりそうだから、ビスケットを数枚お茶と一緒に頂いた。
「日の出前に、北の森に入りたいにゃ」
「かなり距離があるのでは?」
「それほどないと思うにゃ。線路を伝ってくる追手が心配にゃ」
それもありそうだな。北の切通しからクラウスさん達がf大規模な攻撃をしてるんだから、そっちに追っ手の主力が移動していることも考えられる。
北の森に入っても、それ程安全ということにはなりそうもないな。
背嚢を背負い、銃を肩に掛けて立ち上がる。再びリトネンさんが先頭になって歩き始めた。
殿は俺とイオニアさんになる。俺が左右を警戒し、イオニアさんが後方の警戒だ。
しばらく歩いて、そろそろ最初の休憩を取る時間だと思っていると、目の前が急に開けた。
藪が無くなり、すぐ目の前に線路が北に向かって伸びているが、その先に切通しが見えているから、あの手前で右に曲がるんだろう。
北の森まで500ユーデ(450m)はあるんじゃないか?
最後の藪で少し体を休めると、リトネンさんとテリーザさんが先に線路を越える。そのまま森の手前まで行くと、テリーザさんはそのまま森に入って行った。
森の手前で身を屈めて隠れていたリトネンさんがこちらに向かって手を振る。
次に線路を越えて行ったのはエミルさんとミザリーだった。
ミザリー達が森に入ると、再びリトネンさんが俺達に手をふる。
身を屈めて、俺達はリトネンさんの場所に走り出した。
俺達が走りを止めて息を整えながら、線路を確認する。東から太陽が登ってきたようだ。ギリギリ予定時間に到着できた感じだ。
「周辺に人影はありませんね?」
「油断は出来ないにゃ。このまま森に入って谷を上るにゃ」
いつまでもこの場所にはいられないだろう。
さっさと森に入れば、繁みに身を隠すこともできる。
疲れてはいるけど、谷沿いに森を北上することになった。
藪をかき分けながら進み、殿のイオニアさんが藪をなるべく元に戻している。痕跡を残さないようにとのことなんだろうが、どれだけ効果があるのか分からないな。
行軍は何時ものように、1時間程歩いて小休止の繰り返しだ。
昼を過ぎた頃には、だいぶ森の奥に入ってきた。大きな岩の影でリトネンさんが歩みを止める。
ここで様子を見るのかな?
「ミザリー、クラウスに連絡にゃ。追手の状況が知りたいにゃ」
ミザリーが背嚢を下ろして、通信機の電鍵を叩きだした。
何度かやり取りして、メモに書き込んでいる。
メモを受け取ったリトネンさんが首を傾げている。何か分かったんだろうか?
「追手が来ないみたいにゃ。まだ1個分隊が切通し近くで様子を見ているらしいにゃ。夕暮れまで待って引き上げるそうにゃ」
「私達は?」
「ゆっくり帰るにゃ。途中の砦跡で野営をするにゃ」
前に敵の偵察部隊を待ち伏せした場所だな。
夕暮れには未だ程遠いから、日が暮れる前には到着できるんじゃないか。
再び、歩き出す。
今度は尾根沿いに歩くことになった。
谷よりは歩きやすいけど、尾根沿いに歩けるのは敵がやってこないからだろう。こんな場所は目立ってしまうんだよなぁ。
イオニアさんが、盛んに後方を警戒しているぐらいだからね。
・
・
・
砦跡の大木の洞で一夜を明かして、拠点に戻ってきた。
何度か通信機で確認をしたのだが、やはり追っ手はやってこないみたいだ。
それが何を示すのかはクラウスさん達が考えるのだろうけど、俺はミザリーを無事に母さんに渡すことが出来た事だけで満足だ。
シャワーを浴びて食事を取る。
1日の休暇は、ベッドでのんびりと寝て過ごそう。
拠点に戻って2日後に、ミザリーと一緒に小隊の部屋に入った。
何時ものテーブルに座ると、今日はミザリーがお茶を運んできてくれた。
「作戦は、砦への攻撃に敵がどう反応するかということだったが……。一方的な攻撃で、敵がほとんど反撃しないとはなぁ……」
「考えられるのは指揮系統に問題があるのか、それとも戦力の枯渇になりそうですけど」
「いや、無駄に戦力を消耗したくないということもあり得るぞ。守りに入られると、あの砦を奪還するのは面倒だ」
ここの拠点の戦力を、東に移動してしまったからなぁ。1個小隊規模で、中隊規模の戦力が籠る砦を落とすことは不可能だろう。
飛行船でもあるなら、攻撃前に散々叩けるんだけどね。
移動式砲台での榴弾攻撃は、どの程度効果があったのか分からないに違いない。
とりあえず砦の中には、10発以上撃ち込んではいるようだ。
「でも、海を越えて大陸の西からやって来るぐらいですから、戦力の枯渇は考えられないんですけど……」
「かつての王国には、陸軍だけで3個大隊規模の戦力があったのだ。それが敗れた最大の原因は蒸気戦車と蒸気機人の1個大隊が王都を攻略したからだ。王都は港を持っているから、海には防衛用の沿岸砲台が列を作っている。奴らは南岸と西岸から上陸して王都に迫ったのだ」
イオニアさんの話では、試作蒸気戦車の試運転をどうにか始めたところだったらしい。10両も無かったみたいだから、100両を越える蒸気戦車と中隊規模の蒸気機人に防衛陣が簡単に破られたそうだ。
「少なくとも、未だに数十両の蒸気戦車と1個中隊を越える蒸気機人がいることは間違いあるまい。場合によっては本国から新たな兵器を運んできているかもしれん。飛行船のようにな」
「前回で懲りたのかもしれませんね。となると……、帝国軍は籠ったというよりも、兵戦力を温存したいのかもしれません」
「おもしろい話をしているな。上層部も同じことを考えているようだぞ。
その原因は、大陸の統一が目前となっているようだ。一気に大陸を統一したいのかもしれんな」
クラウスさんとリトネンさんがいつの間にか小隊室に入ってきたようだ。空いた席に座ると、タバコを取り出している。
ミザリーが、再び席を立ったから、全員のお茶を運んできてくれるのかな?
「こちらの被害は全くなし、敵側はそれなりに損害を受けたはずにゃ。それでも追撃の部隊は全く出してこなかったにゃ」
「大陸に唯一残った王国からの通信が入ってきた。奴らは飛行船を使っていたが、今度は飛行船と異なる船を作ったようだ。
小銃弾を弾いたというから、鋼鉄製の船になるんだろう。簡単に落とすことはできないだろうな。
さらに、蒸気機人と歩兵の中間の兵士を使っているらしい。何体かを破壊したようだが、首から下は機械で作られていたそうだ。
ゴブリンでは数発撃ち込んでも倒すことが出来なかったらしい。破壊出来たのは手榴弾が至近距離で炸裂したのが原らしいぞ」
「体が無くとも、動けるんですか?」
「捕虜を使って何度も試験を繰り返したそうだ。全く、人間としてどうかと思ってしまうな」
人権を無視しているってことか?
もっとも、捕虜の自白を強要するのに過酷な拷問をしているそうだから、その延長位に考えているに違いない。
世界を統一して、どうするんだろう?
主義主張が異なる世界を無理やり統一したって、何も良いことが無いと思うんだけどなぁ。




