J-042 ミザリーが俺達の部隊にやってきた
「出来たことは出来たんだが、やはり重さが問題だ。とりあえず拠点のブンカーにいくつか設置してみようと思っている。
トラ族の兵士もしくはドワーフ族なら2人で容易に移動が可能だ。担架のように運べはそれなりに使えるだろう」
「どちらかと言えば、迎撃手段を持っているということが、拠点にとっては良いことに思えますね」
「そっちが1番だろうな。震えて攻撃が終わるのではなく、牙を向けることができるのが何よりだ。士気が落ちずに済む。
それに、案外蒸気機人にも使えるかもしれない。発射速度は大砲よりは上だし、移動も難しくはない。量産して帝国軍の駐屯地そのものに攻撃を仕掛けることも視野の内だ」
蒸気機人の投入で旧王国軍は大敗を喫したらしい。それが原因で帝国軍に無条件降伏したらしいから、ある意味因縁のある兵器ということになるんだろうな。
「敵の砦を襲うという事にゃ?」
「ある程度、量産されてからになるだろうな。狙うのは東の砦になるだろう。その前に橋のたもとの砦を攻略しないといけない。
端のたもとの砦を抜けば、東の砦は兵糧不足に陥るから警戒は厳重だ」
段階を踏んでの攻略ということなんだろう。
この拠点にやって来てから橋のたもとの砦は見たことがないんだが、クラウスさんの話を聞く限りでは、かなり厄介な砦ということになるのだろう。
「帝国に潜んでいる諜報員が面白い火薬を手に入れたらしい。それを使った砲弾は、大砲で撃つことなく、簡単な筒で発射できるということだ。まだこちらの帝国軍は使っていないようだから、新兵器になるんだろうな。その情報を元に島の拠点で作っているようだから、その火薬を使っての攻略になるだろう」
「新兵器を投入しない理由が分からないにゃ?」
「たぶん、飛行船を2隻破壊されたからだろう。他の戦線では、いまだに活躍しているらしい」
だけど、焼夷弾は魅力だな。
飛距離をゴブリン並みにするなら、こんなに重くはならないように思えるんだけどね。
「これを見せるために呼んだんだ。発案者はリーディルと聞いているぞ」
「ありがとうございます。まさか本当に形になるとは思いませんでした」
「若い方が発想が優れておるからのう。50口径で射程がゴブリンの3倍以上と具体的であった。
これはハビィと名を付けることにしたぞ。これがハビィⅠ型になるな。Ⅱ型は、口径1イルム半だ。たぶん、50口径の銃をはじく装甲ぐらいは向こうも考えているに違いない。1イルム半なら、射抜けるだろう」
1イルム半(3.75cm)なら銃じゃなくて、大砲になるんじゃないかな?
拠点防衛の最終兵器ということなんだろう。早く出来て欲しいところだ。
雑談を交えて、反乱軍の新兵器開発の状況を教えてくれた。さすがに明確な形状や仕様は機密なんだろうけど、帝国軍の新兵器に対抗できる兵器開発は行われているようだ。
「飛行船がやってくるかと思うと不安でしたが、安心できます。蒸気機人は1度見たことがあるんですけど、あれが集団で襲ってきたら確かにとんでもないですね。その対応策も出来たということですが……。全て防衛兵器ですよね? 敵の意表を突く様な新兵器はまだ開発中ということなんでしょうか?」
俺の言葉に、クラウスさんとドワーフ族の男達が顔を見合わせている。
ひょっとして、全く考えていないということなんだろうか?
「一言で言うと、全く考えがない。確かに、戦線の維持ならこれらの兵器で十分だろう。リーディルの言葉は、敵の駆逐ということになるのだが……」
「どこまでも、聡明じゃな。その通りじゃよ。帝国軍の兵器開発は帝国の学府が一緒になって行っているようじゃ。新たな発見が、そのまま兵器になると考えても良いじゃろう。敵はそんな相手なんじゃ」
常に新兵器開発を続けているってことか?
とんでもない帝国だな。こちらが1つ開発しても、その間に10倍以上の新兵器ができるんじゃないか。
「1つ大きく違うところがあるにゃ。帝国の兵士と士官の間に大きな身分の相違があるにゃ。中には文字さえ読めない兵士もいるみたいにゃ」
貧富の差が著しいってことかな? 文字も読めないということは、それだけ小さいころから働いているってことになりそうだ。
「新兵器を開発しても、運用できる兵士が少ないということになるんでしょうか?」
「そういうことだ。命令には従うだろうが、その原理を知らねば応用が効かん。飛行船の数が2隻、しかも撃墜されても次を送ってこないのは、それを運用できる者が少ないということになる」
「まあ、役割はこなせるようじゃから、基本訓練を行えば使い物にはなるじゃろうがのう。
先ほどの、新兵器は東の拠点が別途進めておるようじゃな。我等にも詳しい話は伝えて来ぬが、ハビィⅠとⅡの情報は送るつもりじゃよ」
完成した技術は共用するということかな?
この地方に、再び飛行船がやってくることは間違いなさそうだからね。
それにしても……。今の話を聞く限り、この戦は長くなりそうだな。
クラウスさん達との話を終えると、食堂に向かってコーヒーを頂くことになった。
何人かテーブルに座っているところを見ると、日中は開いているらしい。食事時ではないから、話に聞く喫茶店みたいな営業になるんだろう。
「あら? リトネンが来るなんて珍しいわね。……しばらくね。活躍は聞いてるわよ」
そう言って、リトネンさんの隣に座ったのは売店のお姉さんだった。
「エミルは仕事は良いのかにゃ?」
「今は非番なの。リトネンは仕事時間じゃないの?」
「クラウスと飛行船用の新兵器について打ち合わせを終えたところにゃ。ちょっと休憩にゃ」
昔からの顔見知りなのかな?
お姉さんはエミルさんというらしい。いつも俺を気にしてくれているからありがたい存在なんだけどね。
灰皿が置いてあるからシガレットケースを取り出すと、ヒョイッとエミルさんに回収されてしまった。
「これぐらいなら、問題ないか……。ファイネルが抜けたから減ったみたいね」
「イオニアがいるにゃ。たまに楽しむなら問題ないにゃ」
2人ともタバコを取り出して、火を点けている。エミルさんが数本シガレットケースに補充してくれたから、またしばらくは楽しめそうだ。
とりあえず俺も1本取り出して火を点ける。
ん? 今度はイチゴ味だぞ!
「背も伸びたし、リーディルも一人前にゃ。そろそろ本格的に動けそうにゃ」
「リトネン達の部隊は特殊だから、替えが効かないのよ。その辺りは注意してほしいけど」
「イオニアがだいぶ使えるにゃ。エミルが戻ってくれたなら2つに分けられるにゃ」
ん! ちょっと驚いてエミルさんに顔を向けてしまった。
笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいるけど、俺の視線に気が付いたみたいだ。
「リトネンとは別の部隊にいたの。足に銃撃を受けて早々に退役したんだけど……」
「周辺監視の達人にゃ。勘が良いだけかもしれないにゃ」
なるほどね。後方警戒の鑑のような存在だったらしい。
俺達の場合はオルバン達姉弟がそれに当たるんだろうけど、通信士の仕事だってあるんだよなぁ。
それにトラ族を後方警戒に回すのも、適材適所ということにはならないだろう。
「復帰できるという事かにゃ?」
「リトネンの部隊で良いかしら?」
互いに笑みを浮かべている。これで7人になるってことかな?
2人が握手をしているから、間違いは無さそうだ。
エミルさんと別れて、今度こそ小隊の部屋へと向かうことになった。
仲間達と、装備の修繕や射撃訓練を行い数日が過ぎていく。
母さん達と夕食を取っていると、近々拠点の組織変更が行われるらしいと、母さんが教えてくれた。
「捕虜になっていた人達が、襲撃部隊や私達のところに配属になるらしいの。通信士が2人もいると聞いて驚いたわ」
「私も部隊付きの通信士になれるかもしれないの。15歳になったんだから山歩きだって負けないよ」
「ミザリーには、拠点にいて欲しかったんだけどなぁ。その辺りはどうなの?」
「拷問で足を失っているようだし、通信局の人数だけが増えるわけにはいかないでしょうね」
あきらめ顔だから、やむをえないという感じだな。俺達家族だけ優遇することもできないだろう。
ミザリーが参加するとしても、通信士だから後方位置になる。昔から足は速かったから、危なくなれば一目散に逃げだすことはできるだろう。
初夏を過ぎたある日の事。クラウスさんが俺達の小隊室に10人程の兵士を連れてやって来た。
驚いたことに、ミザリーとエミルさんまで一緒だ。
「皆集まってくれ! 新たな仲間が加わってくれた。依然として小隊規模だが、これで10人編成の分隊が4つ出来るだろう。第4分隊は6人になるが、ドワーフ族が4人の若者を作戦の都度派遣してくれるそうだ。
それでは、部隊の編成を発表するぞ……」
第1分隊から順次、分隊長と兵士の名が告げられる。分隊長はそのままだけど、若干兵士の出入りがあるようだ。分隊の戦力を均一化するための措置ということになるんだろう。
「リトネンの部隊から、リエランとオルバンを俺の傍に置く。その交代要員として、エミルとミザリーを預けるぞ」
思わずオルバンと顔を見合わせてしまった。
色々と一緒に戦ってきたからなぁ。急に別れるとなると何となく寂しくなってしまう。
「ミザリーさんなら問題ないですよ。俺よりも通信機の扱いに慣れています」
「俺の妹なんだよ。オルバンも姉さんと一緒だから、クラウスさんが気を使ってくれたんだろうな」
「両親は亡くなっていますから、姉さんだけが身内なんです。俺としてもありがたい処置ですけど……、色々とありがとうございました」
「頑張れよ!」と言ってオルバンが差しだしてきた手を握る。
イオニアさんとリエランさんも同じように手を握って、話をしているのはやはり別れを気遣ってのことなんだろうな。
オルバン達が荷物を纏めるのを手伝っていると、リトネンさんが2人を連れてテーブルにやってくる。
「紹介するにゃ。通信士のミザリーに、監視兵のエミルにゃ。2人には後方警戒を任せるにゃ」
ミザリー達をテーブルに座らせると、オルバン達にリトネンさんが今までの苦労を労う言葉を掛けながら握手をしている。
2人が荷物を持って移動して行くのを見送ったところで、テーブルに付くとテリーザさんが席を立つ。お茶を用意するのかな?
ミザリーも席を立って付いて行ったのを見て、少しは成長したんだと笑みが浮かんだ。




