J-041 捕虜の開放
翌朝。朝食を終えると穴から這い出して、襲撃の準備を始める。
移動砲台を、近くの藪の枝から作った杭でしっかりと固定して雑草を上に被せる。
歩いて来るなら周辺の草と生え方がおかしいから分かってしまいそうだけど、蒸気自動車からなら分かることは無いとリトネンさが言っていた。
発射は電気で炸薬に点火するとのことで、細い電線を2本堤防の反対側へと伸ばしている。
これもほとんど地面の上だからなぁ。歩いていても気が付く者はいないんじゃないかな。
照準は湿地隊側の置いた2個の小石と堤防に上の小石らしい。何度も位置を調整しているから、照準があった瞬間に手元のスイッチを押すのだろう。
「出発はまだらしいですけど、捕虜を荷台に乗せているようです」
「まだ時間はありそうにゃ。でも、そろそろ反対側で待機するにゃ。たまに監視兵達が通るらしいにゃ」
それなら早いところ移動した方が良いかもしれない。西は直ぐそこに川岸があるから、葦がかなり茂っている。愛の中に隠れているなら、簡単に見つかることは無いだろう。
移動砲台の直ぐ西にリトネンさんとテリーザさんが隠れる。そこから北へ250ユーデほど離れて、イオニアさん達が隠れたようだ。
俺は中間よりも、やや南寄りに隠れることにした。
帽子の縁を取り巻くように、帽子と同じ色合いの太い紐を2本しっかりと母さんに結んでもらった。
その紐を利用して、その辺りに生えている草を挟み込んでいく。
少し顔を上げたぐらいでは見つからないだろう。三角巾で作った覆面は適当に染めたりクレヨンで色を塗ったりして何とも奇妙な色合いになったけど、草むらに置くと、それ程不自然な色ではない。
目だけ出した格好だから、まるで追剥ぎに見えそうだ。
オルバンに撃たれないように、「こんな感じだよ」と見せたら、何とも困った顔をしていた。
狙撃手は、狙撃の腕より隠れることが大事だと思うんだけどなぁ。
それだけ相手に接近できるし、接近するほど初弾で相手を倒すことができるんだからね。
不意に、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、テリーザさんが面白そうな顔をして俺を見ている。
「凄い恰好ね。でも、隠れるには丁度良いかもしれないわ。……出発したそうよ。この辺りに到着するのは、イオニアが1時間半と言ってたわ」
「了解です。まだ時間があるなら一服しながら待ちますよ」
少なくとも蒸気自動車なら、煙でその存在を遠くからでも分かるだろう。それに結構音が煩いからね。
その場で、川を眺めながら一服を始めた。
テリーザさんはリトネンさんのところから引き上げてきたところなのかな? そのまま北に身を屈めて移動して行った。
一服を終えると、穴を掘って吸い殻を始末する。
ついでに、堤防から素早く移動できるように足場を作っておいた。足場と言ってもつま先が入る小さな穴だ。
これがあるだけで、素早く堤防の上に移動できるだろう。
後は待つだけなんだが、これが結構退屈だ。
ファイネルさんが一緒に活動している時は、色々冗談を言いながら時間を潰していたのを思い出す。
装備ベルトのポーチに入っていた飴玉をなめながら時間を潰していると北西の方に煙がたなびいているのが見えてきた。
いよいよか?
葦の繁みの中から銃を出して、レバーを引くと初弾を装填する。セーフティレバーを倒して、銃を軽く構えてその時を待つ。
煙がだんだんはっきりと見えて来る頃になると、ガタガタという蒸気自動車の音まで聞こえてきた。
運転席の2人は俺の隠れている方向に顏を向けることも無く通り過ぎていく。2台目が通り過ぎた時だった。右手で轟音が上がった。
車列が急停止する。
前方に目を向けた3台目の運転席の2人に向かって素早く銃撃を与えると、運転手が崩れ落ちてけたたましい警報音が鳴り響く。
北から爆発音が聞こえた来たのは、イオニアさん達が撃ち込んだグレネード弾だろう。更に南からも聞こえてくる。
リトネンさんの方も頑張っているみたいだな。
南に向かって移動しながら、運転席に銃弾を撃ち込んでいく。
当たり所が悪かったのか、運転席から降りようとした男に再度銃弾を撃ち込んだ。
もう1人は、湿地を逃げているようだ。距離があるが照準器が付いているから問題は無いだろう。
距離目盛を150にして撃ち込むと、湿地の草むらに倒れたようだ。
絶命したか不明だが、こっちの邪魔をしないでくれれば問題は無いだろう。
南に歩いて行くと、ひっくり返った蒸気自動車の荷台の中を確認しているリトネンさん達を見付けた。
「終わったようですね」
「1台目は終わったにゃ。2台目に向かうけど上から周囲の状況を見ていて欲しいにゃ」
「了解です」と答えて、街道の左右に目を向ける。
救援にやって来ないとも限らない。車列を確認しながら、たまに街道に目を向けた。
「殿も終わりましたよ。姉さん達が捕虜を解放しているところです」
「あっけなかったね。オルバンも銃を撃てたのかい?」
「数発幌の中に撃ち込んだんですが、誰も出てきませんでした。姉さん達が運転席を調べている時は、何時飛び出してくるかとヒヤヒヤでした」
北に1人、ポツンと残された感じだったんだろうな。
さぞかし心細かったに違いない。
やがて囚われた連中が来たに向かって歩き出した。
その最後尾で街道の南を警戒しながら歩き始める。
端のたもとの街道を横切って森に入った時は、正直ほっとした。
囚われていた人達はかなり酷い目にあわされたらしく、背中のシャツが地で汚れていた。帝国軍から奪った小銃を何人かに持たせてはいるけど、このまま交戦が始まったら、半分以上は亡くなってしまうんじゃないかな。
森に入って1時間程歩いたところで、森の窪地に小さな焚き火を作ってスープを作る。
カップに半分のスープに、ビスケットのようなパンが3枚。
粗末な食事だが皆喜んで食べてくれた。
「ここで野営をするにゃ。私達柄交代しながら見張るにゃ」
何時もの半分ほどの歩みだからなぁ。何時やってこないとも限らない。
既に襲撃は帝国軍に知られているはずだ。
「やはり知られたようです。通信量が倍増してます」
「通信内容は分からないんだろう?」
「暗号化されてますからね。部隊に無線機があればと思ったんですが、誰も持っていなかったようです。無線機はまだ小隊に1台あるぐらいなんでしょうね」
頻繁に暗号コードを変えていると言っていたけど、不便じゃないのかな?
反乱軍は、暗号と符丁を併用していると母さんが教えてくれたけど、母さんにさえ暗号表は見せて貰えないらしい。
オルバスの場合は平文で通信をしているようだけど、問題ないんだろうか?
リトネンさんに聞いてみたら「現在進行形だから、傍受されても問題ない」と答えてくれた。
傍受してもその通信を、敵が利用できないということなんだろうか?
それなりに利用できるようにも思えるんだけどねぇ……。
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拠点まで、3日掛かって戻ってきた。
やはり囚われていた人達の体力を考えると、無理は出来ないんだよなぁ。
シャワー浴びてたっぷりと食事を取り、一晩眠れば気力も出て来るだろう。
この拠点の人口が少し増えたから、戦闘部隊の人員も増やせるかもしれない。
もっとも、俺達の部隊は、あまり人数が増えるとも思えないんだけどね。
「しばらくは休養と訓練にゃ。イオニアも狙撃の練習をしておくにゃ。リエランはオルバンと一緒に射撃の訓練にゃ。100ユーデで胴体の丸に当たるようにするにゃ」
俺はどうなんだろうと考えていると、「一緒に来るにゃ!」とリトネンさんに腕を掴まれて、部屋を出て行くことになった。
向かった先は、俺達の居住区の一段下の階の奥。更にそこから階段を下りて行く。
だんだんと騒音と振動が大きくなってくるから、かなり不安になってくる。
「ここにゃ! 待ってれば良いと言ってたにゃ」
階段のすぐ横にあった扉を開くと、15ユーデ(13.5m)四方の部屋になっている。天井は3ユーデ(2.7m)近くありそうだ。
俺達家族が住ん営る部屋よりも天井が高いように思える。
「とりあえず座るにゃ。お茶があるみたいにゃ」
真ん中にあったテーブルの両側にはベンチがあった。
言われるままに座ると、お茶を入れたカップを持ったリトネンさんが俺の横に座ると、片方に手で持っていたカップを渡してくれた。
テーブルの上に灰皿が乗っているから、喫煙は自由ってことだろうな。
シガレットケースから1本取り出して火を点ける。
「すっかり覚えてしまったにゃ。やはりファイネルは悪い見本だったにゃ」
「そんなことはないですよ。色々と教えてもらいましたからね。俺にとっては兄貴みたいな存在です」
「なら私は?」
「姉さんになるんですかね……」
いきなりリトネンさんにハグされてしまった。小母さんと言わなくてよかったと自分を褒めておこう。
「小さいころ、たまに負ぶってあげたにゃ。何時も喜んでたにゃ」
父さんと母さんも知ってるようだから、母さんに一度詳しく聞いてみよう。
「いつの間にか大きくなってたにゃ。私も歳をとるわけにゃ……」
意味深な話だけど、リトネンさんは結婚しなかったみたいだ。
今でも、王都の教会に援助を続けているようだから、あの教会で保護されている子供達がリトネンさんにとっては自分の子供になるんだろう。
俺から離れると、少し温くなったお茶を飲み始めた。
コロコロと態度が変わるリトネンさんを見てると、ネコ族だけのことはあると思ってしまうんだよなぁ。
足音が近付くと、扉が開いた。
やって来たのは、ファイネルさんにトラ族の男性、顔中髭だらけのドワーフ族の男性にクラウスさんの4人だった。
椅子が足りないと、壁際から新たなベンチを運んで皆がテーブルを囲む。
このメンバーだから次の作戦とは思えないが、一体何の集まりなんだろう?
「アイデアはリーディルと聞いている。これが望んだ品で間違いはないか?」
ドワーフ族の男性が、テーブルの上にドカリと乗せた代物は、銃と言って良いものか迷う代物だった。
「これが弾丸じゃ。50口径でドラゴニル用の焼夷弾の3倍のリン化合物をはらんでいる。放火用としても使えるじゃろう」
「リーディルはあの飛行船を狙撃して落としたんだろう? これなら、飛距離は3倍になる。問題は、俺達には撃てないんだよなぁ。トラ族でやっとだ」
「出来たんですか! 撃ってみたい気もしますけど、これはちょっと……」
思わず立ち上がって、持とうとしたんだがどうにか動く程度だ。
一緒に入ってきたトラ族の男性が試射をしたんだろう。どう考えても俺の体重の2倍は越えていそうな大男だからなぁ。




