J-039 今度は捕虜の奪回らしい
1晩ぐっすり眠り、翌朝は3人で食堂に向かった。
何時も朝は賑やかだが、今朝は少し静かな気がする。
「まだ休んでるのかもしれないよ。負傷者の連絡は余り無かったもの」
ミザリーの言葉に頷いたけど、もう少し寝ていた方が良かったかな。とりあえず1度起きてしまうと、眠れない質なんだよなぁ。
食事が済むと、母さん達は通信室に向かって行った。
1人で部屋にいるのもつまらないから、小隊の部屋に出掛けてみよう。誰かいるかもしれないからね。
ダミーの村を横切ると、段々畑が見えてきた。
荒らされなくて良かった。具沢山の野菜スープがもう少し経てば食べられそうだ。
岩山の中にある小隊の部屋に入ると、まだ肌寒いからなんだろうストーブの周りに、数人の兵士が集まっていた。
「ファイネルさんじゃないですか! もう大丈夫なんですか?」
「久しぶりだな。隣が空いてるぞ」
ベンチから腰を上げると、俺の座る場所を作ってくれた。
軽く頭を下げて、隣に座る。
「かなりやって来たな。南斜面にいたんだが、飛行船をやったのはリーディルなんだろう? 思わず周りの連中と騒いでしまったよ」
「次は無いですよ。あれは帝国軍の慢心があったからこそです。あんなに低く飛んできたなら銃撃を受けるのは当たり前です」
他連中も小さく頷きながら聞いているが、そう簡単ではないと考えているようだ。
「これで2隻目だ。もっと誇っても良いと思うんだがなぁ」
「それよりも、もっと大きな銃弾を遠くまで撃てる銃が欲しいところですね。銃弾は親指ぐらいの太さが欲しくなります」
「飛行船専用の銃ってことか? おもしろそうだな。射程は千ユーデ(900m)ぐらい欲しいところだ」
「いや、50口径(1.25cm)以上、出来れば1イルムは欲しいところです。有効射程は2千ユーデを越えて欲しいですね」
小口径の焼夷弾で爆発炎上が起こったと帝国軍が気付けば、装甲を施すに決まっている。5分の1イルム(5mm)程度の装甲板を撃ち抜いて、内部の気嚢に火を点けるにはそれぐらいの性能でないといけないんじゃないかな。
「まるで大砲じゃないか……。だが、それなら近付く前に攻撃も出来そうだな。おもしろそうだ。俺から提案しても構わないか?」
「お願いします。ひょっとして、試射を買って出るんですか? かなり頑丈な架台に取り付けないと骨を折るだけでは済みませんよ」
嬉しそうな顔をして俺の肩をポンと叩き、ベンチから腰を上げて部屋を出て行った。
少し足を引きずっているのは、まだ完治していないからだろう。
果たしてそんな銃を作ることができるんだろうか?
拠点の地下工廟で、金属加工を行っているドワーフ達の技量が問われそうだ。
「あにゃ! 来てたにゃ。こっちに来て、一緒に考えるにゃ」
部屋に入って来たのは、リトネンさんにイオニアさんだった。
次の作戦があるんだろうか?
だいぶ人数が減ったから、攻勢には出ないと思っていたんだけど……。
リトネンさんに連れられて何時ものテーブルに付くと、イオニアさんがお茶のカップを運んできてくれた。
イオニアさんが直ぐにタバコを取り出したところを見ると、作戦会議というよりはシミュレーション的な物かもしれないな。
「この場所で車列を5人で襲撃することは可能かにゃ?」
地図をテーブルに広げると道路の一角を指差した。場所は冬前に車列を襲撃した麓の道路を西へと進み、橋の手前で南に分岐する道路になる。
「王都に続く街道ですね。西は川ですし、東は湿地です。隠れる場所がありません。あえて襲撃をするなら、かなり離れた場所から移動砲台を使うか、もしくは地雷を使うべきかと……」
イオニアさんは砲兵部隊に所属していたと言っていたから、地図記号でその場所の情景が想像できるんだろう。
俺には地図は分からないけど、川と湿地の間に作られた道路の襲撃が困難だということは理解できる。
「車列には捕虜が乗せられてるにゃ。十数人だから2台に分乗してると思うにゃ。当然護送車が一緒の筈だけど、車列のどの位置か分からないにゃ」
攻撃すれば、帝国兵も反撃するに違いない。その時邪魔になる捕虜は始末されないとも限らないということか。
さらに、先ほどのイオニアさんの案を使うと、捕虜を巻き込んでしまう恐れもある。
そもそも、こんな場所で攻撃しようと考える方が問題じゃないかな?
「最初から襲撃に適した場所で行うということは出来ないんですか? そもそも襲撃地点の選定に問題がありそうです」
俺の言葉に、イオニアさんも頷いてくれた。
だが、リトネンさんは頷かない。ここでないとダメということなんだろうか?
「橋の袂までは、北西の町の警備部隊が一緒にゃ。それに、この湿地帯を抜けると直ぐに町があるにゃ。この町から別の警備部隊が合流するから、襲撃はこの辺りで行うしかないにゃ」
「襲撃は5人と言いましたから、俺達だけですよね? 相手は捕虜を人質に取った2個分隊程度……。数人なら狙撃も有効だと思いますけど、さすがにゴブリンやドラゴニルでは短時間に銃弾を放てませんよ。
全員がフェンリル、しかも100ユーデ(90m)ほど離れた敵兵を一気に倒さなくてはなりません」
「そうにゃ。それが問題にゃ。クラウスは最悪捕虜の何人かを助け出せれば十分だと言ってたにゃ。帝国軍に引き渡されたら全員拷問の上に処刑にゃ。手足を1本ずつ切り落とされて、最後は火あぶりにゃ」
「流れ弾で死んでも恨まれることにはならないと……。でも、それなら尚更助けたいですね」
俺もイオニアさんと同じ思いだ。恨まれることは無いとしても、助けられるなら助けたい。……そうなると、車列の構成を詳しく知りたいな。
「先ほど、捕虜は2台の蒸気自動車に乗せられてくると言ってましたが、護送を担当する敵兵は何台に分乗するんでしょう?」
「兵員輸送車は1個分隊を運べるにゃ。だから2台になるにゃ」
途中で襲撃を受けても、どちらかの兵員輸送車は無事だろうから、反乱軍への対応ができるということらしい。
「たぶん、こんな感じで捕虜を積んだ車を兵員輸送車が挟むんですよね?」
テーブルの端にあったメモ用紙に四角を4つ鉛筆で描いた。
「先頭の兵員輸送車を移動砲台で爆破すれば車列を停めることができます。直ぐに後方の兵員輸送車から敵兵が下りて来るでしょうから、このように側面と後方から倒して行けば何とかなるんじゃないかと……」
「移動砲台で1台を破壊しても、乗っている兵士が全員死亡するとも思えませんが?」
「それもあるにゃ……。前の対応も必要にゃ。こっちにも2人はいるかもしれないにゃ。側面に1人と後方に2人……。やはり、かなり際どいにゃ」
だよなぁ……。出来れば、もう3人程欲しいところだ。それに、オルバンがどこまでやれるかも問題だ。
俺も最初は緊張したからなぁ。この間はブンカーで銃撃に加わっていたけど、まだ少年だからねぇ。
「兵員輸送車は、荷物運びの蒸気自動車の荷台にベンチを据えて、幌を被せたものです。なら、後方から最初にグレネードを撃ち込んで一気に数を減らすこともできるのでは?」
イオニアさんが、後方の2本の矢印の1つを指差して呟いた。
「兵隊たちの乗り降りはそれほど時間が掛からないにゃ。1発撃てるだけにゃ」
「その1発が荷台で炸裂するなら効果はあるでしょうし、下りた兵士達も無事には済まないでしょう。倒すのが楽になるはずです」
中に入らなくとも、後部に落ちただけでも効果はあるんじゃないかな。それだけ兵士が飛び出すのを躊躇うはずだ。
「後方に2人、側面1人に前方2人でどうですか? イオニアさんとオルバンならグレネードランチャーを使えるでしょう。オルバンがその間銃撃できます。俺が側面に陣取れば間の2台の運転手と隣の人物を狙撃して前方へ移動できますよ?」
リトネンさんとイオニアさんが、俺に顏を向けるとにやりと笑みを浮かべる。
「出来そうにゃ! イオニア、一緒に来るにゃ!」
リトネンさんが、イオニアさんの腕を掴んで部屋を出て行った。
どこに行くんだろう?
クラウスさんのところなら、リトネンさんだけでも良いんじゃないかな?
カップを3つ持って、ストーブの近くにあるカゴに入れておく。ある程度集まると、ポットのお湯で洗うんだけど、30個近くあるし、自分のカップを使う人も多いから、午前と午後に女性兵士が洗ってくれるんだよね。
ストーブ傍のベンチに座ると、集まっていた兵士の1人がカップを出すように言ってきた。
もう1度カップを取って戻ってくると、ワインを注いでくれた。
「飛行船を落としたと聞いたぞ。全く大した奴だ。ファイネルが自慢話を色々としてくれたが、若いんだな。将来が楽しみだ」
「ファイネルさんやリトネンさんの言い付けを守っているだけです。それほど自慢できるものではありません」
そう言った途端、背中をバシバシと叩かれた。皆が笑い声を上げているから、それなりに評価してくれているんだろう。
「謙遜は良くないぞ。だが、それだけ危険な任務を任されて行くに違いない。無理はするんじゃねぇぞ。命令は命令だとしても、先ずは自分の命を大事にするんだ」
忠告にありがたく頷くと、ワインをチビチビと飲み始める。
周りの連中のように飲んでいたら、夕食が食べられなくなりそうだ。
間を持たせようと、タバコを咥えたら。直ぐに火を点けてくれた。
こういうのをありがた迷惑というに違いない。吸い込まないように注意しながら、タバコを咥えることにした。
男達の話を聞きながら時間を潰していると、部屋の扉が開く音が聞こえてきた。
入って来たのはリトネンさん達だが、布に包んだ小銃を運んできたようだ。何を強請って来たんだろう?新たにオルバンの姉さんが加わっている。それに布に包まれているのは小銃のようだ。
一緒にワインを飲んでいた男達に、頭を下げて何時ものテーブルに向かう。
ワインのカップはまだ半分以上残ってるんだよなぁ。
「飲んでたにゃ? 酔ってなければ良いにゃ。私達の班に、再びリエランが加わるにゃ。クラウスが襲撃を任せてくれたから、5日したら現地に向かうにゃ」
クラウスさんも迷っていたのか。かなり危険だからなぁ。
「作戦を話したら、これを渡してくれたにゃ。フェンリル2型、新型にゃ!」
布包み2つを開くと、ごつい姿をした小銃が現れた。
確かにフェンリルだけど、木製の銃床部分はトリガーから後ろだけだ。銃身の下には 太い筒が付いてるし、マガジンの前にもう1つトリガーが付いている。
「これを押して、横にスライドさせるにゃ……」
「グレネードランチャーが付いてるってことですか!」
「そうにゃ。イオニア達なら使えるにゃ。リーディルにはこれにゃ」
もう1つの包を開くと、照準器が付いたフェンリルが出てきた。
「倍率は2倍にゃ。視覚が広いらしいにゃ。連発で撃てるから近距離狙撃には十分にゃ」
フェンリルの有効射程は200ユーデ(180m)らしいから、確かにありがたい。だが、銃身の精度はゴブリンより劣るように感じたんだが……。
リトネンさんからフェンリルを受け取って、思わず首を傾げてしまった。ゴブリン並みの重さがある。
「気付いたかにゃ? 銃身が少し太いにゃ。それだけ精度を上げたと聞いたにゃ」
しばらくは射撃訓練をしないといけないな。
父さんのドラゴニルとこのフェンリルを、用途に応じて使えるようにしておかないといけないだろう。




