J-037 飛行船を落とせ
「真っ直ぐに向かってきますね。前回爆弾を落としていますから、この拠点の位置は知っているということでしょうか?」
「ダミーの村は適当に数軒建てて、煙突を使っているにゃ。また落として帰るに違いないにゃ」
イオニアさんとリトネンさんが、双眼鏡で飛行船を見ながら会話している。
2人の声がテーブルまで聞こえてくるから、オルバンが不安そうな顔をして、姉さんに視線を向けているんだよなぁ。
オルバンにとっては、頼りになる姉さんになるんだろう。
「そんなに心配する必要はないと思うな。偽装した村であって誰も住んでいない。皆は両側の岩山をくり抜いた中や、村の地下深く作った地下室で暮らしてるんだからね」
「あんなに大きいんですよ。1個中隊ぐらい乗せていてもおかしくは無さそうですけど」
それは俺も疑問だったんだが、1度飛行船を炎上させているからなぁ。あれは巨大な風船のようなものだ。それほど荷物を多く積めないらしい。
砲弾を改造した爆弾を20発程度搭載してはいるんだろうが、乗員以外に兵士を乗せられるとは思えないんだよなぁ。
「そうなんですか! てっきり大部隊を乗せて村に下りて来るんじゃないかと……」
「そうだとしても、現在は出入り口を何重にも閉鎖しているだろうからね。村に下りたら、周囲のブンカーから狙い射ちにできるんじゃないかな」
俺の説明に、少し納得したのだろう。先ほどよりも落ち着いた表情になってきた。
「村に焚き火を作っているにゃ! 目標を作るようなものにゃ」
見えない筈なのに! と驚いて銃眼に目を向けると、リトネンさんが棒の先に鏡を付けて村の方を見ていた。
あんな使い道もあるんだ。俺も小さな鏡を買っておこう。
利用方法が、色々とあるんじゃないかな。
「あえて目標を作るということは、そこなら落とされても問題ないと?」
「一度落とされて、その下の食堂は引っ越したにゃ。いくら落とされても、問題ないにゃ」
居住区は食堂よりも深い場所だからなぁ。それだけ、考えて作ったんだろう。
だけど、あの飛行船の高度はそれほど高くはないんじゃないか?
「リトネンさん!」
「出来そうかにゃ。……これで、試してみるにゃ」
リトネンさんが、背嚢の中から四角い布包みをを取り出して、俺を手招きしている。
何だろう? と近付くと、布包みから少し分厚い手帳のような物を取り出した。
手帳を閉じている留め金を外すと、4発の銃弾が出てきた。
「前に使った焼夷弾頭の銃弾にゃ。残り4発あるから、リーディルにあげるにゃ」
「良いんですか? 大事なものなんでしょう?」
「使える者に渡すなら問題ないにゃ。私が持っていてもあまり役立たないにゃ」
後で埋め合わせをしないといけないな。手帳のようなホルダーから1発銃弾を抜き出して、小銃に装填する。
前回は300ユーデ(270m)付近で撃ったんだが、今回はその倍はあるんじゃないか?
狙撃銃の最大目盛りは500だが、それよりも距離はありそうだし、今回は空に向かって撃つことになる。レティクルのT字からかなり上を狙うことになりそうだ。
「1つ問題がありました。銃眼の隙間からだと仰角が取れません」
「こっちに良い場所があるにゃ。イオニア後は任せるにゃ。オルバン! 電話で飛行船を攻撃するとクラウスに伝えるにゃ」
ブンカーの北側に行くと、リトネンさんが壁から突き出した小さなハンドルを回し始めた。
カチャリ! と小さな音が聞こえたところで、ハンドルを引くと壁が大きく開いた。
2ユーデ(60cm)四方が開いたから、窓を開けた感じだ。
「ここからなら、撃てるにゃ。少し斜めになるけど、それは諦めるにゃ」
「それぐらいは何とでもなりますが、これはおもしろい仕掛けですね」
リトネンさんの話では、いざという時の脱出口らしい。鉄板の上に岩を薄く削って張り付けてあると言っていたから、外からでも分からないに違いない。
かなり大きな穴だけど、夕暮れが始まっている。ランプを急いでオルバンが片付けたから、ブンカーから明かりが漏れることも無いだろう。
「ゴブリンの銃弾は、有効射程が500(450m)ユーデと言われてるにゃ。でも、800ユーデ(720m)先の兵士を狙撃したのを見たことがあるにゃ。
さっきの銃弾は、強装薬にゃ。装薬が2割増しにゃ。500の目盛りで、800ユーデを狙えるにゃ」
「それで、何時もより反動が強かったんですね。了解です。飛行船の下に付いた乗り物に乗った人物を見定めて放ちます」
800ユーデ先なら人の顔を見定めることはできないが、顔があることは分かるはずだ。それを距離の目標に使おう。
「クラウス少尉からの返答です。『可能なら許可する』以上です!」
オルバンの叫ぶような声を聴いて、リトネンさんがにんまりと笑みを浮かべた。
「任せるにゃ。前の時と少し違うけど、的は大きいにゃ」
「上ある風船を狙います。上手く燃え上がってくれれば良いのですが……」
「だいじょうぶにゃ。実績もあるにゃ。タバコを咥えてその時を待つにゃ」
火を点けないで咥えているだけでも、少しは緊張がほぐれるということだろう。
シガレットケースから1本取り出して咥えると、ハッカの香が口の中から鼻に抜けていく。
なるほど、良い感じだな。
飛行船がかなり近付いてきた。目標を確認してから上昇して爆弾を落とすのだろうか?
それとも、飛行しながら落としていくのかもしれない。
だが、高度を500ユーデも取っていないことが俺にはありがたいところだ。
俺達のいるブンカーは地表よりも50ユーデほどだから、450ユーデ上空ということになる。リトネンさんは800ユーデ先まで有効だと言っていたから、かなり近付いてところで狙撃すれば当たるに違いない。
「まだ待つにゃ……、下の箱に入っている人がどうにか分かるにゃ。距離は800ユーデを越えていそうにゃ」
ネコ族だから目が良いんだよなぁ。俺には影が動いているぐらいにしか見えないんだが……。
「800ユーデ以内になったにゃ。いつでも撃てるにゃ!」
「それじゃ、撃ちますよ……」
【……かの者達に天国の門が開かれんことを……】
祈りを終えると、照準のブレが治まっている。これも神の助力の賜物に違いない。
レティクルの中に大きく映し出された船体に向けて銃弾を放った。
ターン! という銃声が暗闇の中に轟いた。
周囲が静かだから、結構大きく聞こえる。
1秒ほど経ったところで、飛行船の1画に火の手が上がるのが見えた。
急速に火の手が広がり、飛行船がやや東に方向を変え始める。
「風に流され始めたにゃ! それにしても大きな火の玉にゃ」
皆が銃眼から、火だるまになった飛行船を見ている。声も出ないほど驚いているんだろうな。
どんどん高度を落としていくんだけど、あのままだと敵軍が集結している直ぐ傍に落ちてしまいそうだ。
森の中にぐしゃりと飛行船が墜落して周囲を炎に包み始めた。
山火事になりそうだけど、消すこともできない。
燃え上がる森をしばらく見ていると、大きな爆発が立て続けに起こり始めた。
「爆弾が誘爆してるにゃ。オルバン、クラウスに連絡にゃ。『飛行船が谷より半ミラル(800m)ほど先に墜落。現在爆弾が誘爆中』以上にゃ!」
銃眼からジッと外を見ていたオルバンがテーブルに走っていった。
脱出口を閉じて、とりあえずお茶を頂く。
「まさか、本当に落ちるとは思いませんでした」
「これで2隻目にゃ。もう少し強力な銃が欲しいにゃ。リーディルには無理でもイオニアなら撃てるにゃ」
「飛行船の狙撃専用ということですね。是非とも作るべきです。他の拠点も安心できるでしょう」
射程が一番の問題だろう。出来ればゴブリンの2倍を超える射程が欲しいし、弾頭も大きくした方が間違いなさそうだ。
「クラウス少尉が驚いてました。数人が外に出て確認したそうです」
「少しは楽になったにゃ。さて、明日はどうなるのかにゃ?」
お腹が空いたと夜食を作り始めたけど、今夜は森の火事を見ながら過ごすことになりそうだ。
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「まだ燃えてるのかにゃ?」
起きてきたリトネンさんが、俺の隣にやって来て銃眼から森を見つめる。
「だいぶ治まってきましたね。帝国兵があのように状況を見分しています。大型の新兵器ですから、帝国としても顛末を報告する必要があるのでしょう」
「だけど、1戦はありそうにゃ。谷の出入り口近くを見るにゃ」
短眼鏡を谷に出入り口近くに向けると、数人が繁み伝いに動いているのが見えた。
ずっと飛行船を見ていたからなぁ。見張り失格だ……。
「済みません。そっちに気が回りませんでした」
「次に気を付ければ良いにゃ。それに、あれなら谷の連中が既に気が付いてるにゃ」
とはいえ念の為にと、朝食のスープを作っていたオルバンに指示を出してクラウスさんに伝えている。
あのまま近づいたら、谷の出入り口は直ぐに見つかるだろう。
リトネンさんの言う通り、今日は戦になるのかもしれないな。
午後になっても、森の火事は燻り続けている。一雨降れば治まるのだろうが、灰色の煙が東に向かって流れている。
帝国軍はどこに移動したんだろう?
斥候を放っているところを見ると退散したわけではないんだろうが、食事の煙は未だに森がくすぶり続けているから判明できない状況だ。
「斥候が下がっていきます!」
「本隊が動くかもしれないにゃ。イオニアの方に変化はないのかにゃ?」
「全くありません。やはり谷の出入り口だけに思えます」
陽動を仕掛けて来ることは無さそうだな。そうなると、谷の出入り口に帝国兵士が殺到するんじゃないか?
「日没まで、4時間はあるにゃ。さすがに夜襲は仕掛けてこないと思うにゃ」
リトネンさんの呟きに、俺達は無言でスリットから下の森を眺めるだけだった。
洞窟内の戦闘であるなら、昼も夜もさして変わらないだろう。
どちらかと言えば、夜の方が洞窟の出入り口に近付くことが容易に思える。
銃眼から離れて、テーブルで小銃の手入れをしている時だった。
少し離れた、丸い銃眼から監視をしていたイオニアさんが大声を上げる。
「東に信号弾2つ。赤と白です!」
「イオニア! 南斜面はどうにゃ?」
「変化なし……。いえ、信号弾1つ赤です」
どういうことだ? 思わず銃眼に駆けよった。
信号弾の残煙がまだ残っている。森の燻る煙を突きにけるように、上空に上がって炸裂したようだ。
「動き始めたにゃ。予想より多いかもしれないにゃ」
続々と森を低く覆う煙の中から兵士が現れてくる。
「2個小隊より多いのでは?」
俺の問いに首を傾げていたリトネンさんが、首をイオニアさんに向けた。
「南斜面に兵士達が近付いてきます。あっちは地雷を埋設していたんでしたよね。そろそろ踏むのではないでしょうか」
直ぐに、ドカーン! と炸裂音が聞こえてきた。
誰かが地雷を踏んだということなんだろう。
「2個小隊じゃないにゃ……、2個中隊はいるにゃ」
「1500!」
テリーザさんが目を丸くして驚いている。
「オルバン、直ぐに連絡にゃ。『敵兵の数2個小隊を越えている。南斜面と合わせると中隊規模を越えるものと推測』以上にゃ! イオニアとリーディルは射撃自由。オルバンも連絡次第、ここで撃ち始めるにゃ。でも教えた通り銃だけ突き出して片手で撃つにゃ。残った3人で敵を牽制するにゃ。敵兵の中に撃ち込めば運が良ければ当たってくれるにゃ!」
銃眼のスリットに銃を押し付けるようにして、敵兵にレティクルを合わせる。
事前に調べた距離までまだ近づかない。無駄球を出さぬよう、300ユーデ(20m)で射撃を開始しよう。
下の方から銃声が聞こえてきた。
銃撃戦が始まろうとしているのだろう。




