J-036 俺達の6倍の戦力
母さん達は、通信室で現状と変わらない配置らしい。
それでも、ベルトにリボルバーを下げて、24発の銃弾をポーチに入れることになるということだ。
「用心のためと言ってるけど、私達が銃を使うようなら、この拠点も終わりになるでしょうね。私達より、リーディルは自分のことに注意するのよ」
「今度は電話番だから、無線機よりも楽だと思うの。他の拠点が動くみたいだけど、この拠点への攻撃が無くなることはないと教えてくれたのよ」
自慢げにミザリーが話してくれたけど、他の拠点が動くというのは機密事項じゃないのかな?
母さんが苦笑いをしているのは、他の人達が聞いていないことを確かめたんだろう。
敵の戦力を分散させようということなんだろうが、すでに敵は山裾まで着ているからなぁ……。
敵の増援がないことだけでもありがたいけど、一応戦力比は50対300に近いんじゃないか?
城を攻めるには4倍の戦力と言われているようだけど、6倍だからね。かなりきつい戦になるんだろうな。
「長く待つことになるでしょうね。でも、きちんと役目をはたして頂戴!」
「獲物を探す狩りの方が楽だと思うけど、年上の猟師さん達は数人で組んで猟をしているらしいんだ。役目によってはジッと待つことになると教えてくれたんだけど……」
あの猟師さん達葉無事だと良いんだが……。腕を折られたり、猟銃を取り上げられたりしたら、どうやって暮らしていくんだろう?
朝食が終わったところで売店を覗くと、ドーナッツを売り出していた。
10個で3メルなら安いものだ。購入して代金を渡そうとしたら、俺の右胸を指差している。
父さんのシガレットケースを取り出すと、カウンターのお姉さんに渡した。
「少し試したみたいね。これぐらいなら、問題ないわ。少し補充してあげる」
数本のタバコを入れて返してくれた。
「ありがとうございます。真似したんですけど、咳き込んでしまって……」
「咥えてるだけでも、気分転換になるわ。ハッカ入りだから丁度良いはずよ」
シガレットケースとドーナッツの袋を受け取り、代金を支払う。
さて、早めに出掛けてみよう。
お姉さんに手を振って食堂を出る。既に母さん達は出掛けたようだ。ミザリーは電話番を仰せつかったんだろうか?
ブンカーで電話を使うと、案外ミザリーと話ができるかもしれないな。
薄暗い通路を歩いて持ち場のブンカーの扉を開けると、既にリトネンさんとイオニアさんがいた。
「おはようにゃ。まだ来なくても良かったにゃ」
「行くところもありませんし……。ところで何をしてたんですか?」
「2人で距離を測ってたにゃ。前もって測っておけばリーディルの腕なら必ず当たるにゃ」
あの筒のような物で距離が分かるんだろうか?
筒の根元を覗くんじゃなくて、横を覗いてたんだよなぁ。
「これで、少なくとも10ユーデ(9m)単位で距離が分かりました。グレネードランチャーの射撃が少しは正確になるはずです」
「もう少し飛距離が欲しいところにゃ。でも、集団でやってきたら使えそうにゃ」
飛距離が短いけど、1人で扱えるところが良いところだ。
残りの2人がやって来たところで、お茶を頂きながら役割分担を確認する。
俺と、リトネンさん、イオニアさんとテリーザさんにリエランさん。オルバンは電話番になる。
基本はこうなるらしいけど、場合によってはリトネンさんがイオニアさん達に加わる場合もあるらしい。その時には、オルバンが俺の隣に移動するということだ。
「逆の場合はイオニアがこっちに来るにゃ。オルバンは姉さんと一緒にゃ」
「俺も撃てるんですか?」
「銃身を見せて、適当に撃っていれば良いにゃ。敵はオルバンに発砲するけど、銃眼に小銃しか出さないなら当たることはないにゃ」
囮ってことか。それでも安全な場所での仕事だから姉さんのリエランさんも安心できるだろう。
そんなんで良いのかと思っていたら、銃身を向ける角度と方向をある程度決めているらしい。
3つほどパターンを決めたらしいが、姉さんの指示でその範囲に銃弾を撃つということだ。
運が良いと当たるってことかな?
それで銃弾を沢山用意してあるのかもしれない。
「そうにゃ! これを銃口に付けるにゃ。音は消せないけど銃口の火が小さくなるにゃ」
俺とイオニアさんに横に穴の開いた筒を渡してくれた。銃口にねじ込めばいいのかな?
銃口をよく見ると、先端三分の一イルムほどが回るようになっている。ネジを切っているのかな?
クルクルと回して銃口先端部分を外して、筒をポケットに入れておく。そこにフラッシュハイダーを取り付ければ出来上がりだ。
テーブルでお茶を飲みながら、たまに銃眼から谷を覗く。
今のところ動きはない。
夕暮れが迫っていた時だった。
銃眼から景色を眺めていたオルバンが、「あっ!」と声を上げる。
急いで俺達が銃眼のスリット越しに見えたものは、森の下の方から幾筋も立ち上る煙だった。
「夕食を作ってるにゃ。まだだいぶ先にゃ。明日には直ぐ近くまで来るかもしれないけど、攻撃はしてこないにゃ」
ここまでの移動で1日掛かるということかな?
さすがに不慣れな場所で夜間攻撃はしてこないだろうし。明後日にしても周辺の偵察が先行しそうだ。
「明後日には谷の洞窟が見つかってしまうにゃ」
「南や北もでしょうか?」
俺の問いに、リトネンさんが首を振る。
こっちが主流ってことか?
「帝国軍はいくらでも兵士を運んでくるにゃ。谷をメインに見せて、案外陽動ということもあり得るにゃ」
あれだけ派手に煙を出しているぐらいだからなぁ。
やってこないと規模は分からないってことなんだろう。
「とりあえず、連絡を入れておけば十分にゃ。たまに森を見るのは今夜も続けるしかないにゃ」
夜に移動するとなれば、ランプぐらいは使うってことかな?
それなら俺にも見張りが務まりそうだ。
炭を使うコンロでスープを作り、俺達の夕食が始まる。
乾燥野菜と干し肉を適当に混ぜて作るスープだけど、干し肉の香辛料と塩で結構おいしく頂ける。
真鍮のカップにたっぷりと頂いたから、ビスケットのようなパンを浸して食べると丁度良い感じだ。
食後はボードゲームで時間を潰す。
カップに半分のワインなら、酔うことも無いだろう。
イオニアさんが一服を始めても、リトネンさんは文句を言うこともない。
緊張していたら、神経が持たないのかもしれないな。
この状況がいつまで続くかも分からないんだから。
「そういえば、通信局にいる妹から他の拠点が動くという話を聞きましたよ」
「兵力を分散させる作戦かもしれないにゃ。でも、下の連中が他の場所に行くとは思えないにゃ。増援が無ければ私達も楽になるにゃ」
「ここまで来ているのですから、作戦を変えるのは難しいでしょうね。帝国軍内の作戦参謀たちの矜持にも関わります」
イオニアさんの話では、部隊移動はそれほど簡単ではないらしい。
大部隊になればなるほど、小回りが利かなくなるそうだ。
「数人ならどうにでもなるにゃ。でも大勢だと補給や移動手段を考えないといけないにゃ」
夜が更けてきたところで、オルバンと監視を交代する。
スリット越しに見える森は黒々としているが、かなり離れた南がほのかに明かることに気が付いた。
あの下で野営をしているんだろう。
まだまだ遠そうだから、明日が戦になるとは思えないな。
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夜が明ける頃に、イオニアさんと監視を交代する。
一眠りして、目が覚めた時には昼を過ぎていた。
ベッドから跳ね起きてテーブルに向かうと、リトネンさんがお茶を飲みながら状況を教えてくれた。
「煙の位置が近付いているにゃ。夕食の煙はもっと近くなるにゃ」
「明日にも始まるということですか?」
「まだまだにゃ。明日の朝に斥候を放てば、谷の入り口を見付けられるかもしれないにゃ。あの谷から出撃をしていたから、足跡のような痕跡は残っているはずにゃ」
洞窟に向かって足跡が続いていたなら、見付けることは容易かもしれない。
そんな連中を攻撃することはあり得るだろうか?
ブンカーが洞窟内に作ってあるらしいけど、洞窟の外にもあるらしいからなぁ。
場合によっては、誘いをかけることもあり得るかもしれない。
洞窟を見付けて反乱軍からの銃撃を受ければ、洞窟内に入ってくるんじゃないかな?
罠だとは思っていても、確認しないといけない状況を作るに違いない。
反撃を受ければ、主力の籠る洞窟ということになるからね。
「南と北は問題ないんでしょうか?」
「今のところは何もないにゃ。やはり主力は谷の洞窟かもしれないにゃ」
テリーザさんが食事を作ってくれたので、4人で頂くことにした。リエランさんはまだ寝ているみたいだな。
夕暮れが近づいたところで、監視を交代する。
夕食を作っている煙が森から上がっているが、だいぶ近くになってきた感じ時だ。
あの位置なら、谷の洞窟まで半日も掛からないんじゃないかな?
日が暮れて来ると、森の中から光が瞬くのが見える。
斥候部隊とも思えないんだが……。
「あれは、部隊の外を監視している連中にゃ。手前に動かない光があるにゃ。あれが斥候部隊にゃ」
斥候というよりは、前方の監視拠点ということになるんだろう。
俺達が夜戦を仕掛けてくることを警戒しているのだろうけど、あのように明かりが漏れてるんじゃ、迂回するのも容易に思えるんだけどねぇ。
「簡単に迂回できそうですけど?」
「あの陣よりも後ろ左右に部隊が潜んでいるにゃ」
ちゃんと考えているみたいだ。だけど、リトネンさんがそれを知っているのでは意味がないように思えるんだけどねぇ。
深夜にイオニアさんと監視を替わる。
明日は小競り合いが起きるかもしれないな……。
体を揺すられて目が覚める。
どうやらオルバンに起こされたみたいだ。
「おはよう。どんな状況だ?」
「おはようございます。テーブルにリトネンさんがいますよ。直ぐに食事を作りますから、待っていてください」
オルバンが食事作りを担当するみたいだ。
テーブルのベンチに腰を下ろすと、リトネンさんとリエランさんがお茶を飲んでいた。
軽く挨拶をすると、今朝の状況を教えてくれた。
「早ければ、昼過ぎに始まりそうにゃ。予定より早かったけど、早い方が良いにゃ」
「南と北は変化なしと?」
「今朝の連絡では、変化なしにゃ。でも谷の攻撃前に、陽動が始まるかもしれないにゃ」
いつまでも待っているよりは、動きがあった方が気も休まるってことかな? それが命のやり取りだとしても、ジッと待つとなると神経がすり減らされてしまいかねない。
朝食のスープとビスケットのようなパンは何時も通りだ。この味もだいぶ慣れてしまったからたまには変わった味を楽しみたいところだ。
売店から買ったドーナッツは、最初の夜に食べてしまったからなぁ……。
「リトネン隊長! やってきました。練兵場で炎上させた奴です!」
テリーザさんの大声を聞いて、一斉に席を立つと、銃眼から南を眺めた。
かなり遠くの上空にキラキラと輝いているのは、飛行船に違いない。
「1隻だけにゃ! でも、あれから落とす爆弾は物騒にゃ。オルバン直ぐに連絡にゃ。『飛行船を南に確認。数は1隻。真っ直ぐこちらに向かってくる。到着予定時刻は推定で30分後』以上にゃ!」
オルバンがテーブルの上に乗せた電話機の側面に付いたクランクをぐるぐると回して受話器を手にする。
相手が電話にでたのだろう、先ほどリトネンさんが言った内容を相手に伝えているようだ。
とんでもない増援だ。
これで戦の行方が、俺達の目論見と変わりかねない。




