J-033 偵察部隊を待ち受けよう
王都から北の拠点を潰すための部隊が出発したとの報告を受けて、俺達は谷の出入り口から南に向かった。
ドワーフ族が4人、俺達が運びきれない荷物を運んでくれる。食料が10日分に半パイン(10リットル)ほど入る大きな水筒が2つだ。
それだけじゃ、2日ぐらいしか持たないだろうけど、俺達も水筒は1個下げているし、背嚢にも1個入っている。イオニアさん達の背嚢には更に大きな水筒が入っているらしい。
偵察部隊が来るのは3日後らしいから、それまでに水場を探すぐらいのことはできるだろう。
途中でバターを塗ったパンをお茶で頂き、日が傾く頃にどうにかリトネンさんが目指す場所に到着した。
大木が2つ近接している。谷に近い場所だから育ちが良いのだろう、付近の木々も大きなものが多い。
少し先に大きな石がゴロゴロしているのも良い感じだ。
「2つとも洞があるにゃ。中で繋がってるから10人ぐらいは休めるにゃ」
「焚き火は? 夜なら構わないにゃ。天井の穴は高い場所だから明かりも漏れないにゃ。でもあまり煙は出さない方が良いにゃ」
獣がいるかもしれないから、恐る恐る入ってみた。
焚き火の跡があるからだろうか? 中には何もいないし、下土は乾いている。
ドワーフ族の4人は、ここで荷物を置いて拠点に引き返していく。
帰りは真っ暗だから大変だろうと考えていると、途中でライトを使うとリトネンさんが教えてくれた。
男性3人で枯れ木を集めている間に、イオニアさん達が荷物を洞に運び込む。
薪を抱えて戻って来た時には、洞が見えなければ皆がどこにいるか分からないほどだった。
「これなら隠れるには最高ですね」
「それに、ここには水場があるにゃ。暗くなってしまったから今夜はツエルトを洞の口に張っておくにゃ。明日は枝で隠すことにするにゃ」
洞の中央にある焚き火の跡に枯枝を乗せて焚き火を作る。長めの枝を数本切ってきたから、それを使って3脚を作りスープを作る。
お茶はポットを焚き火の傍に置いておけば、食事が終わる頃には沸くはずだ。
「今日はここまでにゃ。食事が済んだら、2人ずつ見張りをするにゃ」
「配置に付いたことを連絡します!」
「『予定位置に到着、異常なし』でお願いするにゃ」
オルバンが、背嚢を開いて通信機を操作し始めた。
一通り信号を送って待っていると、通信機の上部に付いたランプがチカチカと点滅を始める。
レシーバーを耳に当てて、聞き取った信号をメモ書きしている。
どうやら終わったらしく内容を教えてくれたけど、「了解」という返事に「第1分隊と第2分隊が出発した」と追伸が入っている。
「便利だなぁ。明日は、第1分隊と第2分隊の状況も分かるってことだな?」
「12時から状況報告がありますから、それを聞き取ることにします。僕がいない時にはこのランプに注意してください。教えて頂ければ内容を受信できます」
「オルバンはここで通信機の番をするにゃ。たまに外に出ても良いけど、姿勢を低くするにゃ。姉さんの様子を見るぐらいなら問題ないにゃ」
「敵が接近してきたら、洞の中だからね! 重要な通信が入ってこないとも限らない員だから、それと銃は通信機の傍に置いておくこと、外に出る時には肩に掛けること!」
過保護な姉さんだけど、俺もそうした方が良いと思うな。戦力が欲しい時にはリトネンさんが引っ張り出してくれるだろう。
前回の殿の時とは雲泥の差だ。温かいし、食事もたっぷりと食べられる。
俺とファイネルさんは2番目の見張りだから、ファイネルさんの持ち込んだワインをカップに頂いてゆっくりと味わう。
見張りの2人は洞の入り口近くに座り、たまに外を見張っている。
さすがに今夜は来ないだろう。
ファイネルさんは、明日は色々と仕掛けを作ると言っているんだが、落とし穴でも作るんだろうか?
2番手の見張りに着いてしばらくすると、俺達以外はブランケットに包まって寝息を立てている。
焚き火の火が小さくなると、枯れ木を追加するぐらいが俺達の仕事になってしまった。
眠気覚ましに飴玉を口の中で転がしているんだが、ファイネルさんはタバコを咥えている。
中々火を点けないんだよね。火を点けると無くなってしまうからかな。
「リトネンさんが近くに水場があると言ってましたけど?」
「ああ、あるぞ。水場というより井戸なんだ。ここは拠点の出城にしようと考えた時期があって、その時に掘ったらしい。
そういえば、ここで野営は初めてだったな。いつもは谷を使っているがここは谷を斜めに見下ろせるし、この大木の上に登れば荒地も眺めることができる。
石を並べて陣地を作ろうとしていたところで、出城は不要ということになったらしい」
なるほどね。使えば便利に使える場所だが、それを使うことが無かったということか。
南に出るには谷を下りて行けば良いだけだし、切通しに向かうならこの場所まで下がる必要も無いってことだ。
今回が実戦で使うのは最初になってしまうけど、この場所を選んだのは間違ってはいないということなんだろう。
「でもこの場所では、あまり部隊を集められませんよね?」
「この北を使うつもりだったんじゃないか? 荒れ地に続いているから、案外平坦だ。俺としては帝国も同じことを考えるんじゃないかと思ってる。
谷の西は結構起伏が多いんだ。大部隊を進めるには適さないな。直ぐに兵士が繋がってしまうから、手榴弾を投げられたら大損害を受けてしまう。
それに比べて東は森さえ抜ければ平坦だ。大部隊の集結、移動が容易だからな。そうなると、森を抜ける場所をどこにするかになるんだが……」
どこも同じに思えるということなんだろう。なら早い方が良いように思えるけど、あまり早く東に向かうと長く森を通ることになる。
その辺りの見極め情報を得ることが敵の偵察部隊の仕事になるのかな?
翌日。朝食を終えると敵を迎撃する準備を行う。
射点の確保と、監視場所の確保だ。
射点は大きな石の間に小さな石を積みあげて土嚢で押さえておく。その上に太腿ほどの石をイオニアさんが横にしてくれたから、幅の狭い銃眼のように作ることができた。
これなら敵弾に当たることは無いだろう。射界が狭いのが難点だが、前方90度以上の範囲なら問題ない。
ここで狙えぬ時の為に、左右に射点を作っておく。石がいくつか転がているから上手く利用できそうだ。
「森の東側と荒れ地の監視はここで十分だ」
大木の上からファネスさんの声がする。下からは良く見えないんだけど、洞の上に上手く収まっているようだ。
イオニアさん達も後方の監視場所を見付けたようだ。監視場所が普段と異なり30ユーデ(27m)近く離れているのが気になるところだけど、下草や藪が多いから、屈んで移動するなら見つかることは無いだろう。
井戸はセメントで作った筒でしっかりとしている。上を平たい石で塞いであったようだ。小さな布バケツにロープを点けて汲むのだが、水面まで5mほどだから案外浅く感じてしまう。
「リトネンさんは何をしてるんでしょうね?」
「あれか? 小さな花火を仕掛けてるんだ。糸を張って、花火の引き紐に結んでおくと、歩いてきたら糸に足を引っ掛けて紐が引かれる。そうすると、ポン! と爆発するんだ。
火薬が少ないから、せいぜい足を怪我するぐらいだろうが、結構音がでかいから直ぐに分かるはずだ」
それなら火薬の量を増やした方が良いんじゃないかな?
俺の考えが分かるかのように、笑みを浮かべてその訳を教えてくれた。
たくさん仕掛けるから、仕掛けた本人もどこに仕掛けたのか忘れてしまうらしい。
火薬の量を増やすと、味方が引っ掛かった場合は洒落にはならないと話してくれたから、かつてそんな事故があったということだろう。
地雷と一緒だな。地雷は、仕掛けた10日後には自爆すると教えてくれた。
さすがにおもちゃのような物にまで、自爆装置は付けられないんだろう。
「地雷は使い方によっては強力な武器だけど、戦場が変ると厄介なものになってしまうんだ。手榴弾の方が使い勝手は良いんだけどなぁ」
その手榴弾だけど、結構重いんだよなぁ。おかげでファイネルさんも俺も、手榴弾の投擲距離は30ユーデ(27m)を越えることがない。
イオニアさん達トラ族の人達に任せておこう。
「これで良いにゃ。他の方向からやって来ても、100ユーデ(90m)までには分かるにゃ」
「東は2線だけですね。やってきても視界が良いですから分かると思いますよ。それに堂々とやっては来ないでしょうからね」
「早ければ今夜にゃ。日が傾きはじめたら要注意にゃ」
まだ昼を過ぎたばかりだ。
列車でやって来たとしても、ここまで来るには1日半以上だからね。
周囲を確認しながらやってくるとなると、確かにそうなるんだろう。
早めに夕食を作り、スープは大目に作る。
ロウソクストーブがあれば、スープを温めるぐらいはできる。
夜はまだ冷えるけど、バックスキンの上着を着て、その上にツエルトを被れば迷彩にもなるし、風が通らないだけ温かい。
「そろそろ配置に付くにゃ。昼の連絡は異常なしだったけど、これからは分からないにゃ」
「右にリーディルで、俺はこの上で右と荒れ地を見張ります。ここは尾根近いですから、尾根を通っては来ないでしょう」
「私が見ておくにゃ。それじゃあ、始めるにゃ」
射点の右手に移動して、藪の中に身をひそめる。
この藪は、2つの石を隠すために枝を差しておいたものが根付いたようだ。長く放っておいたからなんだろうけど、今回は役に立ってくれるんだからありがたい。
結構茂っているし、石だって黒ずんでいる。その後ろに隠れたなら、簡単には見つからないだろう。
伏せているよりは、座っている方が楽だ。
ここは石の後ろが低くなっているから、座って藪を通して120度ほどの範囲を監視できる。
射点に戻るにも左に伏せて移動できる。ゴブリンを手元に置いて、短眼鏡を胸のポケットに入れておく。
「状況は?」
俺の隣に入って来たのはイオニアさんだった。
「変化なしです。暗くなってきましたね」
「私の方が夜目は利くだろう。ファイネルならば鼻も利くんだが……。しばらく交代する。今の内に休んでおけ」
監視場所をイオニアさんに譲ると、大木に向かって屈みこみながら移動する。
「何も無かったみたいにゃ。たぶん向こうも夜は動かないにゃ。薄明が始まる頃かもしれないにゃ」
洞に入ってきた俺に、リトネンさんの考えを教えてくれた。
ファイネルさんが差し出してくれたお茶のカップを受け取り、しばらくはカップに両手を添えて指先を温める。
「既に近くまで来ているけど、暗くて周囲の監視が出来ないってことですか?」
「初めての土地ならそうなるにゃ。私達だって、夜歩ける場所は限られてるにゃ」
谷の出入り口から、何度も列車を襲撃していたということかな?
夜目の効くリトネンさんでさえそうだとしたら、土地勘の無い連中が森に入ったなら、夜は動けないということになりそうだ。
「帝国は獣人族の兵士を使わないにゃ。それが私達の強みでもあるにゃ」
自分に言い聞かせるような呟きだ。
獣人族を蔑視しているのだろうか? 確かに、列車を襲った時の兵士は人間族だったし、飛行船を飛ばそうとしていた時に周囲にいたのも人間族だった。
リトネンさんやファイネルさん、それにイオニアさんやドワーフ族を見ても、俺とはかなり身体能力が異なるのは分かっている。
各種族ごとに長所もあるし短所もある。
俺のような連中だけなら、それ程強いとも思えないんだけどなぁ。
「それでも人間族中心の帝国に負けてしまったんですよね……」
「人間族は、集団になると強いにゃ。特に戦術を上手く使ってくるにゃ。拠点もクラウスがいるから何とかなってるにゃ」
「裏をかくのが上手いんだよ。それに同じ能力だと全体の指揮が上手くいくらしい。俺達は背嚢の重さだってまちまちだろう?」
ファイネルさんも苦い思いを受けたに違いない。
だけど俺には、いろんな能力があるこの部隊が一番強いと思えるんだけどなぁ。




