★ 03 帝国の闇 【強化兵】
「卿が王宮で私を訪ねて来るとは珍しいこともあるものだ。先ずは、互いの健康を祝おう!」
私の事務局は王宮の西にある。
白鳥の右の羽に当たるこの建物は、文官貴族の巣窟だ。訪ねてきた嫡男の正妻の父親であるクリンゲン卿は昔からの友人であるが、武官貴族として皆から尊敬されている。卿の執務室は左の羽の中にあることから、文官貴族と武官貴族が白鳥の羽を行き来することは極めて珍しいことでもある。
「ところで、娘がこの間懐妊を知らせてくれた。新たな命に、もう1度乾杯しても良いと思うが?」
「賛成だ。嫡男でなくとも構わん。先ずは無事に生まれてくれるよう私も妻も祈る日々が続いているよ。ところで、そろそろ来訪目的を話してくれても良いのではないか?
前線に向かいたいという嘆願は却下するよ。生れ出る命に、祖父の2人を見せなければならないからね」
「ハハハ……。良い祖父だったと卿が伝えてくれれば十分だ。確かに退屈だが、50を過ぎて前線に向かうのは前線の士官達に申し訳ない。このまま王宮で過ごしたいところではあるのだが……。
近頃、捕虜の処刑が秘密裏に行われているという話を聞いた。捕虜の扱いは前線の指揮官に委ねられているが、重罪を犯した者は帝国本土での調査が行われた後に処刑の筈。
調査局は卿の配下。拷問士による尋問の後に処刑という流れだが、それ程容易に彼等から情報を引き出せているのかと不思議に思った次第だ」
フム……。やはり数を減らすべきだったかもしれんな。
解剖するには拷問が終わった後では使い物にならんそうだから、生きの良いのを送っていたんだが……。
「既に噂になっているということか?」
「いや、俺がそれを握り潰した。『良いことではないか!』とね」
「済まない。私が軽率だったようだ。捕虜を使って強化兵士の最終試験を行っていたのだ。むろん、試験後には確実に処刑しているから、帝国の規約に違反はしていない」
「なるほど……。だが、最終試験を捕虜で行ってよいのか? 兵士の中から志願させれば、直ぐに数が揃うだろうに」
「1つ問題がある。体の半分以上が機械に変わるのだ。元に戻すことは不可能だ。これでは人道的な問題が起こってしまうだろう」
「死刑判決が確定している捕虜であるなら、人権は無いということか……。それでは強化兵士を得ることが出来ないのでは?」
さすがは武官貴族だけのことはある。使えると考えたに違いない。
「2つの方法を模索しているところだ。1つは洗脳、もう1つは物理的な生命活動の停止措置。これで捕虜を使って強化兵を作れるに違いない」
「ほとんど完成しているのではないか! ……そうだな、1個小隊作れんか? 西で試してみよう。それで、性別と年代で差が出るのか?
現地で処刑せずに帝国内に送る捕虜の数を増やすぐらいは、私の一存で可能だぞ」
「20歳から25歳まで。男女の区別はいらんようだ。2個小隊分を確保できんか?」
「1か月後には、護送してこよう。警備兵は2個分隊を付ければ十分だ。どこに送れば良い?」
「秘密工廟になる。その時に連絡してくれれば、こちらから案内人を送るよ。実践での評価をして貰えるか?」
「互いに利がある話だ。それに親友ではないか!」
互いに席を立って、握手をしてグラスを掲げる。
いつまでもクリンゲン卿は私の良き友人であり、隣人であり、かつ理解者であってくれる。
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黒いラシャの外套纏い、装備ベルトをその上に着用している。頭のヘルメットは、砲弾対策としてつい最近兵士に装備されたばかりの品だ。
防毒マスクで顔を覆い、赤いガラス越しにぼんやりと兵士の目が見える。
私の身長は6フィール(1.8m)と高い方なのだが、目の前の兵士達は更に半フィールほど高いようだ。
「この者達が隊列を組むなら、敵も逃げ出すであろうな。武器は兵士達と同じオグレルを使用させるのか?」
「いえ、こちらになります」
秘密工廟の総責任者であるブランケル博士は、私の秘書ケニーの伴侶でもある。
ケニーから、ブランケル博士の「完成した!」との知らせを受けてやって来たのだが、なるほどこれなら帝国内で徴用した兵士よりもマシに戦えるかもしれない。
広い部屋の片隅にある頑丈そうなテーブルに乗っていた代物は、小銃にしては大きいようだ。
「帝国陸軍兵士が装備している小銃はオグレル3型で、こちらになります。強化兵士が装備するのはヒドラと名を付けた小銃です。大きな違いは口径になります。オグレルは30口径ですが、ヒドラは50口径、銃弾はこちらになります」
なるほど大きな弾丸だ。二回りほど大きく見える。
だが、弾丸が大きいと遠くに飛ばないとクリンゲン卿が言っていたな……。
「これは炸裂弾なのです。発射後1秒後に炸裂します。被害半径は3ユーデ(1.8m)ほどですが、オレグルを越えると推測しております。
それと、この変わった銃はグレネードランチャーになります。
口径1イルム半ですから手榴弾と変わりません。最大飛距離は150ユーデ(135m)になります」
携行する銃弾は、ヒドラの場合は40発、グレネードランチャーの場合は15発ということだが、背嚢に同じ数を入れることができるようだ。
「暑さ、寒さで作戦能力が変ることはありません。防毒マスクを着用させていますが、常に着用させることになります。肺を半分にしていますから、埃を嫌うのです」
「常時、このままの状態で良いということか?」
「その通りです。指示を与えれば、直ぐに任務を遂行できます」
数は2個小隊が完成しているとのことだ。欠点は専用の食事を与えなければならないらしいが、それも5日に1回で良いらしい。面倒なのは、3日毎に体内の電源を交換せねばならないらしいのだが、予備が背嚢に1つ入っているようだな。
「すばらしい! 早速実働試験を行いたいが構わないかね?」
「よろしくお願いいたします。当方から3人を派遣します。食料や電源の交換をまだ兵士達に行わせるには早いように思えます」
実働試験で、ダメ出しを行ってからということだろう。
報告書も彼等に任せれば問題なさそうだな。
「使いたい、という軍の高官がいる。知らせても良いかな?」
「問題ありません……。そうでした。問題と言えるかどうか微妙なところではありますが、自爆装置のスイッチがこちらです。
個別の判断が出来ませんから、分隊単位で破壊することになります」
「機能停止も同じことになるのかな?」
「作戦行動に従えないような故障もしくは負傷した場合は、体内に仕込んだ爆薬が炸裂します」
敵に情報が渡ることは無いということだな。
「だいぶ、疲れているようだね。これまでの苦労に報いたい。ケニーを通して、少しばかりの褒賞と休暇を送るよ。私の別荘でゆっくり過ごして欲しい。次の研究も期待したいからね」
博士が私に丁寧に頭を下げる。
良い研究には褒賞は付きものだろう。強化兵が使えるとなれば軍の方からも多額の報奨金が渡されるに違いない。
ケニーの話では報奨金は全て研究に使ってしまうようだから、本人ではなくケニーに渡しておいた方が良いだろう。
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3か月後、私の執務室にクリンゲン卿が訪ねてきた。
笑みを浮かべて強化兵の出来が良いことを、自分の事のように自慢してくれる。
「まさか、あれほどとは思わなかった。敵の銃弾を受けても平気なのだからな。2体を失ったが、あれは砲撃を受けたためだから仕方のないことだ。
さらに増産できないか? 捕虜ならいくらでも運べるのだが」
「現状で留めておいた方が良いのではないか? 貴族の動きが少し怪しく思える。今のところは3宰相と私の関係は良好だが、何時、武官貴族に飛び火しないとも限らないように思えるのだ」
「うむ……。グラハム卿とベテオル卿の間の亀裂が広がったという噂は聞いている。だがそれは文官貴族内部での話に思えるが?」
「先帝の弟君が絡んでいてもか?」
「何だと!」
大声を出して身を乗り出してきたが、直ぐに冷静な顔に戻って腰を下ろす。
ケニーが運んできたワインを飲み込んで、落ちつこうと努力しているようだ。
「まさか反旗を……」
「声が大きい。状況が状況だ。卿の提言で私が強化兵を増産させた場合、横流しが行われかねない。強化兵を使った内乱など考えたくもないぞ」
「この部屋の話は……」
「だいじょうぶだ。秘書と私が毎日盗聴の無いことを確認している」
「なら、だいじょうぶだな。……卿が知っているとなれば、噂では済まんのではないか?」
「それなりに情報収集はしているつもりだ。それに武官貴族に接触しても、相手が動かねば話にならん」
全く、貴族だけの争いで止めておけば良いものを、先帝の弟君を担ぎ上げるなど洒落にもならん。
弟君は御年45歳だが、貴族会議にも参加できない参内貴族として扱われている。帝国史の編纂を他の血筋と共に行う閑職に甘んじている。皇帝陛下の血筋としては余りににも低い地位ではあるのだが、皇帝の座を争うことが無いようにとの初代皇帝の思いやりであることは貴族であれば誰もが知っていることだ。
しかも、名ばかりの貴族を4代続けることで家を閉じることになっているし、他の貴族との会合は、全て記録に残されることぐらい宰相達も知っているはずだ。
中途半端な動きは、自らの派閥の痛手になりかねない。
それでもなお動くというのが、私には理解しかねるのだが……。
「だが言われてみれば、思い当たることもあるのだ……」
クリンゲン卿の話では、近頃戦勝祝いが多いらしい。
冬季明けの戦闘が各方面軍で行われているだろうから、それ自体珍しいとは思えない。
問題はその祝賀会の開催者、ということになるのだろう。
「祝賀会は、その地方の代官を任された貴族が王宮に対して自分の貢献度を示すためでもある。強いては他の派閥への誇示にもなるのだろう。勝手にやらせておけば良いだろう。
だが、この頃我等へも招待状が届くらしい。
招待状を貰っても、一番活躍した当主や時期当主は戦地だからな。丁寧に辞退するのが慣例だ。
ところが、全く無関係の武官達にもこの頃招待状が届くらしい。上級貴族からの招待状となれば無下に断ることもできないだろう……」
「靡くとも思えんが、もし文官貴族達の派閥争いに参加しようものなら……。内乱になるかもしれんぞ!」
「文官貴族だけなら、いくら争いが大きくなっても軍により鎮圧は可能だ。だが武官貴族が加わるとなれば、良くて内乱、悪くすれば帝国が瓦解しかねない。
卿は万が一の場合、王宮内を鎮圧できるよう動いて頂けるとありがたい」
「もちろんだ! 腹心に準備をさせておこう。だが、多くとも2個小隊程度になるだろう……。それ以上を常時待機させることはできまい」
「強化兵を分隊規模なら預けられるが?」
私の申し出に、笑みを浮かべて頷いてくれた。
指示を与えねば全く動くことはない。待機だけなら稼働時間を数倍に伸ばすこともできる。
王宮内で大型の武器を所持できる者はいないはずだ。テーブル越しのクリンゲン卿も自動拳銃を腰に帯びるだけだからな。
強化兵1個分隊は、通常の兵士1個小隊を上回る戦力になるだろう。
「それにしても、少しは帝国の為に尽くしてほしいものだ」
「まあ、それが彼等の仕事の1つだと思って諦めているよ」
互いに出るのは溜息だけだ。
幼少の皇帝陛下の為に尽くそうという考えよりも、現状の地位をいかに上げるかに奔走する輩ばかりだからなぁ。
これを機会に最高会議の参加者を全て処刑できれば、少しは帝国の将来が明るくなるやもしれんな……。




