J-030 追撃隊の足止め
列車が俺達の手前で大きな金属音を立てながら減速した。あれでは車輪がほとんど回ってないんじゃないかと思うほどの火花が線路と車輪から飛び散っている。
最後にドォン! と音が聞こえたのは、列車を引く蒸気機関車が転覆した貨車と衝突したに違いない。
急な停車で、列車の最後尾の無蓋貨車が脱線している。復旧は時間が掛かりそうだけど、俺達にとってはどうでも良いことだ。
「あれじゃあ、怪我した者もいるでしょうね」
「少し減ったにゃ。でも続々と下りて来るにゃ」
止まった貨車から兵士達が下りて隊列を組んでいるのが見える。だが、貨車の中から手だけ伸びているのは、かなり酷い怪我をしてるのだろう。
「2個小隊と言うところですね。もっといるのかと思いましたが?」
「急遽集めた兵隊にゃ。でも私達の方が少ないにゃ。ゴブリンはあの道標に敵が来たら、フェンリルは、あの丸い石当たりで射撃を始めるにゃ。1クリップ、1カートリッジで射撃は終了。後退するにゃ」
俺達がいることを教えるのかな?
それで諦めてくれれば良いんだろうけど、絶対に追ってきそうだよなぁ。
射点を定めて、銃口にサプレッサーを取り付ける。音は少しずつ大きくなるけど、銃身の火炎が見えずらいらしい。威力は少し落ちるらしいけど当たれば負傷は間違いないはずだ。
「リーディル。腹を狙うにゃ。道標までの距離は230、照準器の目盛りは200で十分にゃ」
腹なら少しぐらいの照準ずれでも間違いなく命中するだろう。
だけど、1発で葬ることはできないんじゃないか?
リトネンさん達から少し離れた場所でゴブリンを構える。
ようやく歩き出したようだ。隊列を組んでやってくる。狙うのは2隊目の前をふらついて歩いている太った男だ。勲章を上げているところを見ると、偉い奴に違いない。
祈りを唱え、トリガーに指を掛けた時だった。
パァン! という音が辺りに響く。
ターゲットがその場に身を屈めるのが見えた。返って狙いやすくなった感じだな。
隣の兵士に腕を借りて立ち上がろうとしたところでトリガーを引く。
その場で倒れたが、後ろにいる兵士を呼び寄せている。後方に走っていったのは担架を運んでくるためなんだろう。
命中したのは左わき腹だ。致命傷にはならないだろうが、敵の足を怯ませるには十分だった。
次は、拳銃のホルスターを着けた兵士だ。分隊指揮官ぐらいの地位はあるに違いない。
2人目を倒してボルトを引いていると、フェンリスの射撃が聞こえてきた。早めに残りの3発を消費しよう。
肩にモールをぶら下げた兵士、前方に走ってきた長剣をぶら下げた兵士、窓から様子を見ようとした兵士に銃弾を撃ち込んで、ゆっくりと後ろに下がる。
「リーディルで最後にゃ。北西に向かって急ぐにゃ」
足早にその場を後にする。
狙撃手の存在に気が付いたのだろうか?
直ぐに追手は来ないようだ。
1時間程歩いたところで、森の窪みに身を隠して敵を待つことにした。
「追ってくるでしょうか?」
「来ると思うにゃ。でも列車を何とかしないといけないにゃ。あれだと残った兵士を2つに割って任務を遂行するにゃ」
追ってくるのは1個小隊ってことか。
戦力が半減すれば撤退するとリトネンさんが言ってたけど、どうやら怪我人を運ぶためらしい。
殺してしまえば人数が減るだけだが怪我ともなれば、部隊に怪我人を運ばないといけないらしい。放っておけないということなんだろうな。
俺達の方にも負傷者は出たのだろうが、全員を運んでいるようだ。
だけど俺達の場合は、2人も歩けないような負傷者が出ると全滅しかねない。
「ファイネル、先に行っ野営した小屋に焚き火作るにゃ!」
「2つでいいのか?」
「作れるだけ作っておくにゃ!」
リトネンさんの指示で、ファイネルさんとテリーザさんが先行する。
俺達は後方を警戒しながら、森をゆっくりと進んでいった。
どうにか昨夜の野営地に到着する。まだ追手はやってこない。
ファイネルさん達が沸かしてくれたお茶をカップに注いで貰い、監視を続けながらビスケットとハムを食べた。
食事を終えると、100ユーデ(90m)ほど後退して物陰に隠れる。
リトネンさんが俺達を2つに分けた。リトネンさんと俺にイオニアさんと人間族のお姉さんだ。
ファイネルさんのところはテリーザさんにネコ族の2人とイヌ族の2人が加わる。
「始まったら、2発撃って後ろに下がるにゃ。私達がファイネルの後ろに移動したら、リーディルが撃つにゃ。2発で私達の後ろにゃ」
「ゴブリンが2発ごとで後退ですね。了解です。どの辺りまで下がりますか?」
「向こうが諦めるまでにゃ。上手く隠れて移動するにゃ」
30ユーデ(27m)程離れた場所で野営地を襲いに来るのを待つ。
寒いけれど、ここは耐えるしかないな。
とりあえずお腹が一杯だから我慢できそうだ。
リトネンさんが、俺達に頭を低くするよう合図をする。
どうやらやって来たようだ。
偉い人が誰か分からないから、近くを狙うしかないだろう。照準器は150にしてある。この距離ならそれほど狙いのズレは無い。腹を狙うなら確実だ。
散開してやってくるようだ。森の奥から木に隠れながらやってくる。
どうやら焚き火に気が付いたみたいだな。動きがゆっくりになって、2手に分かれ始めた。
「横に向かった方を狙うにゃ。正面は私達がやるにゃ。イオニアはリーディルの方を頼むにゃ。突撃してくる兵を狙うにゃ」
「「了解」」と答えて、ゆっくりと横に移動し始めた敵兵に狙いを付ける。
距離は300ユーデ(270m)と言うところだろう。当たるとは思うけどくらいから狙いが付けずらい。もう少し近付いてからの方が確実だな。
敵兵の姿が野営地の焚き火に浮び上がる。
そろそろ誰もいないことに気が付くはずだ……。
リトネンさんが攻撃を始めた。銃弾が俺達の頭上を通り過ぎる。
低く身を潜め、敵兵に祈りを捧げてトリガーを引く。木の影に隠れていた敵兵がうずくまった。
次の兵に狙いを定め、再びトリガーを引く。
3発目を放つと、イオニアさんが俺の肩を叩いて後退を指示する。
そういえば、2発撃って後退だった……。
そのまま後ろに下がって距離を取ると、姿勢を低くして森の中を進む。
不意に手が見えた。
ファイネルさん達は、ここだったのか。通り過ぎて後方に位置する。
「追ってこないようですが?」
「直ぐにやってくるにゃ。囲まれないように左右もよく見るにゃ」
射点を定めて、5人で周囲を見張る。隠れているファイネルさん達の姿が後方からだと良く見える。
俺が狙撃する時に、何時も後方監視をさせていたのは、後ろからだと丸見えだからだろう。
イオニアさんの存在はかなり重要だったんだな。
じっと息をひそめていると、ファイネルさん達が銃撃を始めた。
直ぐに銃撃を止めて、俺達の後方に去っていく。
今度は俺達だな。どこからやってくるのか……。
「正面にゃ! 側面にも注意するにゃ」
正面の敵は俺が担当する。2射したところで再び後方へと移動した。
3度、後退しながらの銃撃をすると今度はやって来なくなった。
大きな岩陰に隠れて様子を見る。
「去ったのでしょうか?」
「分からなににゃ。ところで確実に弾を当てたのは何人にゃ?」
「7人です」
直ぐに俺が答えると、「3人」、「同じく3人」、「1人は確実」……、と皆から報告が上がってくる。
「暗い中なら仕方がないにゃ。誰も怪我を負わなかったほうが凄いにゃ。……でも13人を倒してるにゃ。1個小隊なら40人、三分の一にゃ。向こうも悩んでいるにゃ」
何を? と聞いたら、引き返すかどうかだと教えてくれた。銃撃で即死は案外少ないそうだ。早めに医者の治療を受ければ命が助かる者もいるらしい。
それに助けを求める兵士を置き去りにすると、部隊の士気が極端に低下するそうだ。
指揮官がそんなことを繰り返そうものなら、交戦時に味方から撃たれることもあるらしい。
「リーディルには、頭ではなく腹を撃てと教えたにゃ」
「負傷者を出すようにとのことですか?」
イオニアさんの問いに、リトネンさんが小さく頷いた。
イオニアさんが難しい顔をしているのは、上官としての指示としてどうかと考えているのだろう。
だけど、この場合は食糧の運搬を円滑に多なうことが最優先になる。更に負傷者も連れての行軍だ。1日半の足止めを行って俺達が拠点に戻っても、案外到着はそれほど変わらないかもしれないな。
「やって来たようだ。まだ戦意は衰えていないようだぞ」
「ここで迎撃するにゃ。右はファイネルとテリーザ、左は私とリーディル、正面は残りをイオニアが指揮するにゃ。弾丸は2カートリッジを必ず残すにゃ。まだ先があるかもしれないにゃ」
「了解です。無駄射ちを避けるように手榴弾の投擲距離に近付いた者を狙うようにします」
「そうだ! 俺には使い方が分かりませんから……」
イオニアさんに、手榴弾と焼夷弾を手渡した。
結構重いんだよな。これで少し身軽になれた感じだ。
イオニアさんがありがたく受け取ってくれたけど、トラ族だからなぁ。遠くまで投げられるに違いない。
「誰も負傷してないみたいだなぁ。となると、置いてきた公算が高いな」
「20人以上いるはずにゃ。なるべく散開してしっかり狙うにゃ」
銃弾の残りは20発ほどだ。最後はリボルバーってことになるのかな。
だけど、先ほどの指示では銃弾を少し残せと言っていた。
ある程度、ここで相手をして再び後退するのだろう。
再び銃撃戦が始まる。
こっちの方が少し高台になるようだ。銃弾が俺達の頭を跳び越えていく。
回りこもうとしてくる敵兵をリトネンさんと一緒に倒していくと、急に静かになった。
「じっとしてるにゃ。まだいるにゃ!」
小さく鋭いリトネンさんの指示が聞こえてきた。
繁みの奥で小さくなりながら、前方と右手に目を動かす。
どこにも動く気配はないのだが、リトネンさんの勘は鋭いからなぁ。
20分もそうしていただろうか、銃撃戦でハイになっていた気持ちが落ち着いてくると寒さを急に感じるようになった。
焚き火を作って体を温めたい気持ちで一杯になる。
敵兵はこれを待っているのだろうか? 寒さで俺達が動き始めたなら、そこに銃弾を集中させるつもりなのだろうか。
「動いたにゃ……。帰っていくみたいだけど油断は出来ないにゃ」
リトネンさんの呟きが聞こえてくる。
それから30分ぐらいが過ぎて、リトネンさんが近くの繁みを銃で突いて動かすと、ガサガサと大きく動く。
周囲に反応する動きはないようだ。
そのままの姿勢で、俺達はゆっくりと後方に下がっていった。




